終結プログレス 作:カモカモ
◆指環ディスフォーリア
マグカップを手に取ろうとしてカンと、硬質な音が響く。
斎賀百は、少しの間眉を潜めてから音の正体に気づいた。
左手薬指の、アクセサリー。
先月、同居人と共に選んだものが昨日届いた。サイズ確認のために二人して指にはめて、
「まさか、こうなるとはな……」
と同時に呟いたのには笑った。
それにしても、と百は思う。
意外と違和感を感じる。考えてみれば、腕時計を持ちはじめた学生の頃にも、最初のころはちょっとしたその重みにも中々慣れられなかったので、このアクセサリーもいずれは着けていて当然となるのだろうか。
(なるのだろうな)
この先がどうなるかはわからない。
他人同士が共に生きていくことは難しい。
明日のことは誰も知らない。なんせ、サイガ100が草餅とリアルでお見合いをして、こうなってしまっとことなんて誰も予想はできなかっただろう。
だけど、まあ、今だけは。
(あっちはあっちで、違和感を覚えていれば良い)
百の口角が僅かに上がっていることは、同僚達しか知らない。
勇気を出した同僚の社員達から、質問責めにあう50分前のことであった。
◆カレー+白Tシャツ=
「百さん……今日は、いつものジャージの上着ないの?」
久佐持丹月は、落ち着かなさのあまり、そんなことを暫定婚約者に尋ねてしまう。
絶賛夕食のカップラーメンカレー味をすすり中の斎賀百は箸を動かす手を一旦止めて。
「なぜそんなことを聞く」
「いや、ちょっと気になりまして」
「暑い」
実に端的な返答が来た。確かに、そろそろ空調は必要のない季節になったとはいえ、汁物を食べるにはまだまだ気温は高い。体温調節の一環として、Tシャツで過ごすこと自体は、何ら不思議ではない。
ないのだが。
「ジャージの上、着ません?」
「くどい」
「なら、そのシャツ着替えるとか」
タァーン!と、音を立てて勢いよく割り箸が机に置かれた。丹月は、首をすくめる。
「言いたいことがあるなら、さっさと言え」
「そのTシャツ、結構良いやつですよね。カレー汁をつけるのは、大分と不味いと思うんだけど」
知識のリソースを大分と趣味関連に割いている丹月でさえ、名前を知っている最近流行のブランドのロゴ入りTシャツ(白色)に学生時代の体操服というのが、本日の百の装いであった。
「汁を飛ばさなければ良いだけだろう」
「そうですけどね」
丹月には、もう嫌な予感しかしていなかった。
「あ」
程なくして、百はそんな声を出した。
「はーい、さっさと替えのシャツ用意して、そっちはお湯で洗いましょうねー」
「食べ終わってからで」
「決めるのは百さんでも俺でもなく、カレーの染みだからねー、諦めてください」
迅速な処置がよかったのだろう、シャツは無事に白色を保てた。
後に、このブランドもののTシャツが、百の友人からの贈り物であったときいて、胸を撫で下ろしたのはまた別の物語だ。