ドールズフロントライン ~船上の戦乙女~   作:弱音御前

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温かくなってきたのは良いとして、代わりに花粉に悩まされる今日この頃。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

海上での戦いもようやく佳境。
あと数週間のお付き合いをどうかおひとつ。
今回もごゆっくりとどうぞ~


船上の戦乙女 7話

 貨物デッキ ウォーターカーゴ

 

 

「随分と遅いご到着だな。お前らには指揮者への忠誠心というものがないのか?」

 

 私達の姿を見るなり、腹の立つ台詞を吐くスケアクロウ。

 ヤツの傍には、水生生物運搬用の巨大なプールが設置されている。大型の生き物も悠々と泳げそうなくらいの大きさだ。

 そして、そのプールの真上にクレーンで吊り下げられている檻の中には・・・

 

「ネゲヴ! ごめんね、私としたことが、こんなところでヘマするなんて」

 

 私達が見失った時そのままの指揮官が囚われている。

 ケガをしている様子が無いのは不幸中の幸いか。もし、かすり傷一つでも負っていたら、私は

平静ではいられないだろう。

 珍しく、しゅんとした様子の指揮官に頷きだけ返し、私は再びスケアクロウに向き直る。

 

「よく言うわね。おびき寄せておいて、重装部隊で潰そうと企ててたくせに」

 

「アイギスの部隊が? そうかそうか。いや、すまない。どうにも、あそこは跳ねっ返りが多くていけない」

 

 知らないところで勝手にやった事だから許せ、か? 指揮官を盾にとって優位に立っているせいか、いつもよりも饒舌な奴である。

 

「ネゲヴ、こんな無駄話をしている間に、一気に仕留めるのはどうでしょうか?」

 

 スケアクロウの態度に苛立っていたのは私だけではない。スプリングフィールドも普段の冷静さはどこへやら、かなり殺気立っている様子だ。

 

「まぁ、待ちなさいよ。わざわざここまで呼び出してくれてんだもの。何か、やりたいことでもあるんでしょうし、話を聞いてからでも遅くないわ」

 

 弓を構えようとするスプリングフィールドを制止する。

 その横で、イーグルは身じろぎ一つせず佇んでいる。

 ・・・でも、その名の通り、猛禽のように鋭い眼だけは別だ。敵の思惑を見透かすように、この貨物デッキ全体の様子を解析するかのように、妖しく煌めいていた。

 

「それで? 言われて通り来てあげたけど。さっさと指揮官を返して、尻尾巻いて撤収するっていうなら、見逃してあげてもいいわ」

 

「ははは、せっかくお前たちの指揮官を人質にとったんだ。少しくらい楽しませてくれたっていいだろう? 此度の催し物は・・・公開処刑だ」

 

 パチン。スケアクロウの指鳴りが貨物デッキに響き渡る。

 すると、今まで静かだったプールの水面が急にわななき、水中から三角形の板のよなものが浮かび上がってきた。

 指揮官が入れられている檻の下をグルグルと旋回する板・・・否、ヒレといった方が正確か。

 

「あれは、鮫? 鉄血はいつから動物を飼いならせるくらい賢くなったのかしら?」

 

「確かに、生物を手懐けるのは難しくていけない。あれは、鮫型のドローンだ。こちらのコントロール通りに動き、戦闘能力は本物の数倍に及ぶ。これほど便利なものはないだろう?」

 

 戦術人形の鮫版、鮫ロボか。水面下に見える影は、全長4メートル近く、胴回りは人間の男性よりもよほど大きい。水中という限られたフィールドのみの運用とはいえ、偵察、戦闘ともに問題なくこなせる代物なのだろう。

 

「1人ずつ、順番にプールに飛び込め。3人目が飛び込んだのを見届けたら、お前達の指揮官を

解放しよう」

 

「鉄血らしい、下卑た手法ですね。確実に指揮官様を解放するという保証は?」

 

「そんなものはない。私を信じる信じないに関わらず、お前たちは、ただ、私の指示に従って動くしかないんだ。この女を手中に収められている限りはな」

 

 そうして言う事に従い、私達全員があの鮫ロボに食い散らかされた後、指揮官も殺されるだろう。

 上層にいる数十人全員を始末する必要はない。私達の基地のトップ2人を始末したという事実が奴らにとっては大切なのだ。

 そういう風に考えれば、ここに私が来てしまったのは失策だったかもしれない。

 

「私なんかのことは気にしなくていい。目の前の敵を倒すことを第一に考えなさい。あなた達にはそう教えてきたでしょう?」

 

「そうですが・・・それでも、私は・・・」

 

 指揮官のまっすぐな言葉に、さしものスプリングフィールドも口を噤んでしまう。

 かたや、イーグルはというと。相変わらず微動だにせず、視線だけを私に向けている。

 

「そうだ、できるわけがない。お前たちの強さは優秀な指揮者との絆だ。しかし、それが仇になる。いくら、見捨てるのが合理的だと分かっていても、そんな不確かで下らないモノが足かせになり、致命傷を被ることに」

 

「指揮官の覚悟、確かに受け取ったわ。スケアクロウ、指揮官を殺したいならやりたいようにすればいい」

 

 スケアクロウのご高説を遮り、私はバッサリと言い放つ。

 それは、思いもよらぬ言葉だったのだろう、目を丸くしているスケアクロウと、背後に立つ

スプリングフィールド。

 

「・・・馬鹿な。ブラフで私を揺さぶるつもりか? あいにく、魂胆は見えている」

 

「そ、そうですよ、ネゲヴ! 指揮官様ラブなくせに、こんな時になに強がりを言っているんですか!?」

 

 背後から肩を掴んでくるスプリングフィールドの手を振り払う。

 彼女の方には視線を向けるつもりもない。

 

「グリフィンでは、戦術人形と同様に指揮官も使い捨てなのよ。代わりはすぐに寄こされるから、私達は大して不便はしないもの。・・・でも、やられっぱなしっていうのは私の性に合わない。

アンタの言う足枷がなくなったら、覚悟することね」

 

 ギロリ、と睨みつけながらそう答えてやる。

 口元を覆っているマスクで分かりづらいが、スケアクロウが息を呑んだのを遠目にも確認することができた。

 

「だから言ったでしょ? 私を人質にしたって無駄だって。出来の良い部下を持つと楽ができていいわ~」

 

 檻の中の指揮官は、もう覚悟を決めているのか呑気なものである。

 とても出来の良い上官を持った私は、きっと、世界で一番幸せな戦術人形といって間違いはない。

 

「くっ・・・・・・まあいい。グリフィンの指揮官を1人道連れにできれば、この作戦は成功。

私達の勝ちだ!」

 

 スケアクロウが降りに向けて手を翳す。

 檻は重機用のチェーンを通してクレーンユニットと繋がっており、スケアクロウはクレーンと

無線リンクされている。ここに、ヤツ以外の鉄血兵が居なくても、こうして腕の一振りでクレーンを操作して、檻をプールの中に鎮められるのだ。

 重いモーターを轟かせ、クレーンが駆動する。

 モーターに巻き取られたチェーンが解放され、檻は指揮官を捕らえたまま、鮫ロボがうろつくプールへと沈んでいく。

 ・・・スケアクロウとしては、その予定だったのだろう。

 落下を始めたと思われた直後、ガクン、と檻が大きく揺れ、その場で停止してしまう。

 

「なっ!? なぜ止まったのだ?」

 

 驚き、狼狽えるスケアクロウ。

 クレーンは問題なく作動している。それは、リンクしているスケアクロウ自身よく分かっていることだ。

 なので、これはその他の問題。私達、というかイーグルがちょっとしたイタズラをしたのである。

 

「ふ~ん、なるほどね。あの娘が投げたナイフがチェーンとクレーンアームの支点に挟まって、それで落下が止まったのか」

 

 スケアクロウよりも先に状況判断を終えるとは、さすが指揮官である。

 そう、檻が落下を始めた刹那、イーグルは手に隠し持っていたナイフを高速投擲。ナイフはチェーンとクレーンアーム先端の支点に見事挟まり、チェーンを固定してみせたのである。

 

「大体さ、こんな手の込んだ仕掛け、アンタ達鉄血には向いてないでしょ? いつもみたいに、数で圧してくる方がまだ勝算があるって分からないわけ? だからアンタ達はアホなのよ」

 

 私の後ろでイーグルが何を企んでいるのか察した私は、あえてスケアクロウを揺さぶり、イーグルの動向から目を逸らすための陽動である。

 スプリングフィールドが動揺していたように見えたのも、もちろん、私の陽動を盛り上げるための演技だ。

 

「ネゲヴ、頭の悪い方々なりに頑張って考えた作戦なのですから、そこまで言うのは可哀そうですよ。よく考えましたけど残念でしたね、って少しくらい褒めてあげないと」

 

 また、エグい言い方をしたものである。スプリングフィールドも、私に及ばずとも指揮官ラブ勢の1人である。指揮官を人質に取られたことに、かなり頭にキテいたに違いない。

 

「くそっ! どこまでも私達を愚弄するか、グリフィンの人形共! 詰めが甘かった事、後悔するがいい!」

 

 形勢は完全に逆転した。スケアクロウのこれは、ただの負け惜しみだと、そう私は判断してしまう。

 そのアテが外れてしまい、今度こそ、本気で慌てるのは私達になってしまった。

 

「きゃあ!!?」

 

 途端、檻の床が開き、指揮官の悲鳴が響き渡った。

 プールの中へと真っ逆さまコースだったが・・・しかし、間一髪。指揮官は開いた檻の床面にしがみつき、寸でのところで落下を逃れていたのだ。

 

「指揮官! こんにゃろ~~!」

 

 一時は背筋が凍り付いたが、すぐさま攻めに転じる。

 指揮官が落ちなかったと見れば、スケアクロウの次の手は分かっている。

 ほら出た、お得意の遠隔式砲座だ。

 杖を手に疾駆するが、それでも、ヤツが指揮官を狙い撃つ方が確実に早いだろう。

 なので、そこは適材適所ということで、お任せするとしよう。

 スケアクロウの遠隔砲座が射撃体勢に入った、その直後、眩いな火花を放ち、砲座が弾き飛ばされた。

 

「っ!?」

 

「ふふ、おイタはいけませんよ?」

 

 スプリングフィールドの矢が砲座を撃ち落としたのだ。5つあった砲座を全て、それも、ほぼ

同時に射抜いたというのだから、彼女のデタラメっぷりには脱帽である。

 

「この・・・バケモノども!」

 

「お前に言われたくないっての!」

 

 遠隔砲座を封じてしまえば、スケアクロウは丸腰も同然だ。

 スケアクロウを射程に捉えるや、杖を横薙ぎに振り切る。

 

「づぅ!」

 

 華奢な身体つきを見ても分かる通り、手応えはかなり軽い。

 杖で殴り飛ばされたスケアクロウは、そのままプールの中へと真っ逆さま。盛大な水しぶきを上げて着水した。

 

「鉄血のエリート人形は泳げるのでしょうか?」

 

「さぁ? ウォータープルーフくらいはしてあるでしょうけど。泳ぐ必要なんてなさそうだしね」

 

 駆け寄ってきたスプリングフィールドと共に、プールの様子を覗き見る。

 スケアクロウは水面まで上がっては来ず、水中で影がユラユラと揺れているのを視認できるだけだ。

 泳ぐことができないのか、水中で藻掻いているようにも見える。

 そんな、スケアクロウの影に突如として襲い掛かる機影。

 件の鮫ロボである。

 

「おわぁ!?」

 

 鮫ロボがスケアクロウに食いついた衝撃で、水しぶきが私の所まで飛んできた。

 

「あらあら、これはまた。自業自得とは、このことですね」

 

 鮫ロボの食事は、ほんの数十秒足らずの出来事だった。

 後に残ったのは、血のように滲んだ濃褐色のオイルと、水面に浮かび上がってきたスケアクロウの身体や服の残骸。

 本当に見事な食いっぷりである。仮に、スケアクロウの言う事を聞かなければいけない状態だったとしたら、と考えると薄ら寒くなってくる。

 と、飼い犬に食い千切られた、可哀そうなスケアクロウのお話はここまでにしておこう。

 

「そっちは大丈夫かしら?」

 

 檻の方に向けて声をかける。

 

「ええ、問題ありませんわ~」

 

 目を向けてみれば、すでにイーグルが檻に飛びついて、指揮官の救出にあたっていた。

 イーグルが真っ先に救助に向かってくれた事に気づいたので、私はスケアクロウの撃破に集中できたのである。

 そもそも、この3人の中で一番敏捷性に優れるのはイーグルだ。壁を張っているパイプやクレーンアームに飛びつき、檻までたどり着けるのは彼女しかいない。

 イーグルが指揮官の補佐をしつつ、檻を伝い昇る。

 その最中だった。

 水中を旋回していた鮫ロボが、突如として水面から飛び上がってきたのだ。

 

「指揮官!?」

 

 人形をも容易く噛み砕く大口が指揮官に襲い掛かるも、気が付いた指揮官が寸でのところで足を引っ込めて回避。

 水面から檻までは10メートル以上の高さがある。それだけの大ジャンプを繰り出すとは、流石のドローン技術といったところか。

 

「マズイですよ。今の衝撃でクレーンが」

 

「プールサイドから離れすぎてる。あれじゃあ、指揮官を連れて渡れない」

 

 鮫ロボが飛び掛かった衝撃で檻が揺れ、クレーンがわずかに回頭してしまった。

 巨大プールのど真ん中に位置取ってしまった檻は、もう身軽なイーグルでも指揮官を連れたままでは、こちら側に飛び移れる距離にない。

 

「クレーンを操作して、アームをこちらに回頭してみるのはどうでしょう?」

 

「スケアクロウが操作権限を掌握してた。私達じゃあ、権限を奪い返せないわ」

 

 こうしている間にも、檻にしがみついている2人に鮫ロボは繰り返し飛び掛かり続けている。

 

(落ち着こう。落ち着いて、周りをよく見れば解決策がなにか・・・)

 

 思い切って、視線をプールから外してみる。

 ここは貨物デッキだ。小型コンテナが幾つか収納されていて、それらを積み下ろしする機材が備えられている。

 檻を吊り下げているクレーンユニット、コンテナ搬送用のリフト、天井に張り巡らされたレールを伝うチェーンブロック。

 

(それだ!)

 

 比較的、小型の荷物を吊り下げる為のチェーンブロックは、この貨物ドック全体を通れるように設置されている。

 チェーンブロックにしがみつき、プールの真上を通過しつつ2人を救助するという案はどうか?

 ぶっつけ本番は怖いが、今、思いつく限るは最善の方法に思える。

 

「ネゲヴ! 絶対に受け取ってくれると信じてますわ!」

 

 などと、私が策を巡らせている最中、イーグルがひときわ大きな声をあげた。

 何事か? と、視線を檻の方へと戻す。

 そこには、片手で檻にしがみつき、もう片方の手で指揮官を肩に担ぐイーグル。

 まるで、ロケットランチャーでも構えているかのような姿勢にも見える。

 あの態勢で? 私に受け取れとおっしゃる? 何を?

 

「あ、あの娘もしかして・・・」

 

「ほんっと、無茶な事するお嬢様ね!?」

 

 イーグルはおおよそのハンドの娘達同様、小柄で可愛らしい身体つきである。

 しかし、その見た目に騙されてはいけない。アイツは、この基地でもトップクラス

の力持ちで、その力はショットの娘達とタメ張るくらいなのだ。

 あの娘が扱うデザートイーグルの弾薬は50口径AEマグナム弾。成人男性であっても、撃った際の衝撃で肩が外れるとされる超強力な弾だ。それを片手で連射する彼女の怪力ならば、体重5・・・失礼、平均的な成人女性相当の体重の指揮官をあの態勢で担ぐなど、造作もない事。

 加え、指揮官をプールサイドまでの距離、およそ20メートル強ほうり投げる事も可能だろう。

 

「てぇりゃあ!」

 

 指揮官の予想着地点へとダッシュする私。それにやや遅れ、イーグルが指揮官を射出した。

 

「きゃあぁぁ~~」

 

 綺麗な弧を描きながら宙を舞う指揮官。悲鳴をあげているが、その表情は心なしか楽しそうで、受け身を取るつもりもないらしい。

 あんなヘッドダイブ状態で金属張りの床に着地したら、大ケガは免れない。

 ただのお馬鹿なのか。それとも、私がキャッチしてくれると信頼しての事ならば、是が非でもそれに応えてなければならない。

 

(いける! 間に合う!)

 

 着地点へとスライディングで滑り込む。そこに、ちょうどのタイミングで落下してきた指揮官をお腹に抱えるかたちで見事にキャッチ。

 今年のグリフィン年間MVPはいただいたも同然な超ファインプレーだ。

 

「さっすがネゲヴちゃん。キャッチしてくれるって信じてたよ」

 

「信用してくれるのは嬉しいけど、もう少し緊張感もったらどうなのよ?」

 

 言いつつ、指揮官の身体を一通り見てみる。連行されて時のものなのか、衣服の所々に引っ掛けたような傷こそあれ、指揮官の身体は無傷のようだ。

 安堵の息をついたところで、ふと、先ほどの自分の発言を思い出してしまった。

 スケアクロウとのやり取りの中で言ってしまったことだ。

 

「さっき言ったことなんだけど。指揮官の代わりはいくらでもいるって。あれは、作戦の一環で言った事であって、私の本心じゃないから。私の指揮官は、アナタしかいないから。だから、その・・・ごめんなさい」

 

 揺さぶりをかける為とはいえ、私は酷い事を言ってしまった。こんな状況とはいえ、言えるうちに謝っておきたいと思ってしまったのだ。

 

「分かってるわよ。私達、以心伝心相思相愛だもんね~」

 

 柔らかな笑顔で頭をナデナデしつつ返してくれる指揮官。

 

「・・・でも、本当にそういう時がきたら、あなたも覚悟を決める事。ね?」

 

 そんな彼女が垣間見せた愁いを帯びた表情は、きっと、私のメモリーから生涯消えることは無いだろう。

 

「邪魔だてして申し訳ありません! 一難去ってまた一難ですよ!」

 

 せっかくの良い雰囲気だったのだが、今は作戦行動中なので仕方がない。

 お腹の上から指揮官を降ろし、スプリングフィールドのもとへ駆け寄る。

 

「アイツ、なんでまだあそこに居るの? さっさと戻ればいいのに」

 

 指揮官を手放したのだから、彼女1人であれば檻からクレーンアームを伝い戻ることが出来るはずだ。

 

 なので、私はイーグルの方は心配していなかったのだが・・・

 

「チェーンを固定しているナイフがもう限界なのです。あれでは、下手に檻を揺らすと、ナイフが折れて檻が落下してしまいます」

 

 私の目には遠すぎて分からないが、狙撃手である彼女にはそこまで見通すことができるのだろう。

 自分の顛末を悟ってか、イーグルは檻にしがみつき微動だにしていない。

 馬鹿め。こういう時には、もっと友達を頼ってくれていいのだ。

 

「スプリングフィールド。プールサイドの淵まで走ってきたらジャンプするから、それに合わせて、私の身体を思いっきり押し出してちょうだい」

 

「え? 何を考えてるんですか?」

 

「やれば分かる。頼んだわよ」

 

 壁際まで全力ダッシュ。天井から垂れ下がっているチェーンブロックを掴み、両手でしっかりと握りこむ。

 

「位置は・・・これくらいか。よし!」

 

 自分が走っていく直線状にイーグルを捉え、準備万端。

 一息で覚悟を決め、再び駆け出す。

 

「チャンスは一度きりです! 絶対に決めて下さい!」

 

 私の行動を見て、何をするのか悟ったスプリングフィールドがプールサイドで身構える。

 

「当然! スペシャリストたる所以、見せてあげるわ!」

 

 私に出せる最高速が出たところで、ちょうどプールサイドに到達。

 私が踏み切るのと、スプリングフィールドが押し出すタイミングが見事にリンクする。

 

「「いっけぇぇぇぇ~~~!」」

 

 チェーンにしがみついた私は、まるで、カタパルトで打ち出されたような勢いでプールの真上をかっ飛んでいく。

 この作戦を思いついたときは考えていなかったが、今更ながら、これ、結構怖い。

 瞬く間に近づく目標。イーグルはすでに私の方を見て、タイミングを計っている。

 ・・・と

 

「ネゲヴ! 下!」

 

 イーグルが声を張り上げる。

 下から何が? なんていうのは野暮な疑問だ。

 咄嗟に体を引き上げ、足を曲げる。

 直後、私が通過するコース上に鮫ロボが飛び上がってきた。

 私のつま先数センチを、鮫ロボの鋭い顎が空ぶる。

 もう、コンマ数秒でも反応が遅れていたら、私もスケアクロウの二の舞になっていたことだろう。

 

「イーグル!」

 

 危機を脱し、檻のすぐ横を通り過ぎる。

 私の合図に従って飛び移ってきたイーグルの手を、しっかりと掴む。

 その時、イーグルが飛び移った衝撃がトドメとなり、檻はプールへと落下していく。

 着水に伴い、盛大に巻き上がった水しぶきが、まるで雨のように辺りに降り注ぐ。

 プールサイドの反対側に差し掛かってたところで、チェーンブロックから手を離す。

 スプリングフィールドが全力で押し出したものだから、かっ飛んでいく勢いは、プール上を越えても一向に衰えない。

 なので、私とイーグルはその勢いを持ったまま着地し、床をゴロゴロ。少しだけ痛い思いをする羽目になってしまった。

 

「いたた・・・平気かしら、イーグル?」

 

「ええ、平気ですわ。しかし、これは助けてくれたことにお礼を言うべきか、無茶な策を考えたことを非難するべきか、とても悩ましいところですわね」

 

「礼を言いなさい、礼を。あんなのに食われてやられたなんて、アンタ、これから一生の笑い種にされるところだったんだからね」

 

「もちろん、分かっていますわ。ありがとうございます、私の親友」

 

 お礼の言葉と共に返されたその微笑みのなんと可愛い事か。同じ戦術人形の私でもついドキドキしてしまったくらいなので、相当なものである。

 仮に、鉄血の襲撃が無く、ミスコンが開催されていたとしたら、まず間違いなく優勝はコイツのものだっただろう。

 中止になってくれて良かったわ~、とちょっと思ってしまったのは内緒の話だ。

 

「お2人とも~、ケガはありませんか~?」

 

 プールサイドを回り込んで、スプリングフィールドと指揮官が駆け寄ってくる。

 

「平気よ。上手く合わせてくれてありがとうね、スプリングフィールド」

 

 立ち上がり、スプリングフィールドに手を振って応える。

 まだ座り込んだままのイーグルから、私が1歩2歩離れた・・・その時だった。

 突如として、プールから舞い上がる水しぶき。

 何か巨大なモノが水中からプールサイドへと飛び出てきたのを、私は視界の端で捉えた。

 

「え・・・?」

 

 唖然としながら、背後に目を向ける。

 そこに、座っていたはずのイーグルの姿は無い。

 代わりに、私の身長の倍以上はあろう黒い巨体、鮫ロボの姿があった。

 

「イーグル・・・イーグル!!?」

 

 甘かった。檻がぶら下がっていた高さまで飛び上がるような性能だ。プールサイドまで上がれる可能性も十分にある。

 それを失念して油断したせいで、イーグルがこんな奴の餌食に。

 スケアクロウを簡単に噛み千切ったほどの顎だ、イーグルがどうなっているのか、もう、想像すらしたくない。

 それでも私は咄嗟に鮫ロボの真正面に、イーグルを救うために駆け寄る。

 すると、そこには

 

「うゆゅゅゆゅゅ~・・・」

 

 それは、私の予想とはあまりにもかけ離れた光景。

 鮫ロボの口にスッポリと収まりながらも、顎が閉じないよう、必死に身体で抑えているイーグルの姿があった。

 参考までに、イーグルは思いっきり力を込めている時にはこういう奇妙な声を発するのである。

 イーグルが無事だった事への安堵と、思いがけない光景で生じた動揺が混じり合い、しばし

フリーズしてしまう私。

 最中、鮫ロボが身体をバタバタと振り回し始めた。

 これは、本物の鮫が獲物を噛み千切るために行うものだ。左右に振られた勢いで態勢を崩してしまえば、今度こそイーグルはあの鋭い牙でズタズタに引き裂かれてしまうだろう。

 

「この! 大人しくしろ!」

 

 鮫ロボの胴体に飛びつき、全力で取り押さえる。

 しかし、その胴回りは私の両腕が回らないくらい太い。私だけではどうしても抑えきれるようなものではない。

 

「ネゲヴ! イーグルさんは!?」

 

「コイツの口の中で堪えてる! 尻尾を抑えて!」

 

「り、了解!」

 

 今の説明で本当に理解してくれたのかはさておき、到着したスプリングフィールドに尻尾の部分を取り押さえてもらう。

 

「よくも私の可愛いイーグルちゃんを!」

 

「指揮官はさがってなさい! 生身だとケガするから」

 

「ぅ・・・うぅ~」

 

 コイツは、いわゆるサメ肌というものではないが、外殻は鋼鉄製である。私達ならともかく、

人間が下手に触れたらケガをしかねない。

 指揮官もそれは分かっていたのだろう、私の制止に渋々ながらも従ってくれた。

 

「イーグルちゃん、頑張って! 私が傍に付いてるからね!」

 

「うゆゅゅゅ・・・・・・ええ、それはとても嬉しいことです。おかげで、身体に力が湧いてきましたわ。ネゲヴ! スプリングフィールドさん! あと少しだけ動きを抑えていて下さいまし!」

 

 イーグルの力強い声に鼓舞され、私もスプリングフィールドも全力で鮫ロボを抑え込む。

 

「はあぁぁあぁぁぁぁぁ!」

 

 ギギギ・・・と、まるで、金属を捻じ曲げるような不快な音が耳に届く。

 その音は、周囲に鳴り響いているのではない。鮫ロボに抱き付いている、私の身体を通して聞こえてくる音だ。

 ふと、顔を上げてみると、鮫ロボの顎か微かずつ持ち上がっていくのが目に付いた。

 

「よっしゃあ! いけ、イーグルちゃん! そのままかち上げちゃえ!」

 

「てぇりゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっせい!」

 

 耳を劈く破断音と共に、鮫ロボの顎が勢い良く跳ね上がった。

 それと同時に胴体の動きも止まる。頭部の深刻なダメージが原因でシステムが落ちてくれたのだろう。

 

「イーグルちゃぁぁぁん! 無事でよかったぁぁ! カッコ良かったよぉぉ!」

 

「ええ、それはもう、指揮官様を悲しませるわけにはいきませんから」

 

 屍と化した鮫ロボの顎から無事に脱出できたイーグルは、指揮官に抱っこされてまんざらでもないご様子。

 しかし、土壇場で頑張ってくれたイーグルには悪いが、いつまでもここで油を売っているわけにはいかないのだ。

 

「お楽しみのところ悪いんだけど、続きは上に戻ってからにしましょうか。改めて指揮官、ケガはない? 鉄血の連中に酷い事されなかった?」

 

「うん、平気よ。みんなも無事で良かった。ありがとうね、助けに来てくれて」

 

 私達が指揮官を助けるのは当然の事だ。お礼なんて言われるような事じゃないんだけど、そう言われるのはやっぱり嬉しくて、思わず表情が緩みそうになってしまう。

 

「スプリングフィールド、念のため、指揮官とイーグルの身体を見てあげて。私は状況をマカロフに報告する」

 

 そう指示を出し、私は携帯端末を取り出す。

 

(あれ? すごい数の呼び出しがきてた)

 

 かなり忙しい状況だったので気づかなかったが、マカロフや違う組の娘達から呼び出しの通知が何件も表示されている。

 みんな、それだけ指揮官の状況が気になって仕方なかった、ということかな?

 とりあえず、マカロフに通話を試みる。

 

『ネゲヴ!? 何度鳴らしても出ないから心配したわよ! 無事なの?』

 

「ええ、平気よ。指揮官の救出に成功して、ついでにイーグルとも合流した。これからそっちに戻るわ。あと、指揮官が心配なのは分かるけど、みんな鳴らしすぎよ。どれだけ通知が溜まったと思ってんの?」

 

『それにはちゃんと理由があるの。とにかく、指揮官を連れて早く上層に戻ってきてちょうだい。この船はもうすぐ沈むわ』

 

「・・・なんで? 隔壁はちゃんと降ろしたわよ?」

 

『多分、指揮官の抹殺に失敗したからでしょうね。アイツら、船底に何ヵ所も大穴開けていったの。もう、ダメコンでどうにかなる状況じゃないわ』

 

 なるほど。作戦失敗時のBプラン、地獄へ道連れっていうことか。

 結局、指揮官を救出できたところで、全く状況は変わってやしないのである。

 

『幸い、私達みんなが乗れるだけの救命艇は準備できてるし、預けていた銃器の回収もできた。だから、急いでデッキに戻って』

 

「了解。アナタもこの通話が終わったらすぐに避難しなさいね」

 

 マカロフとの通話を終える。

 とんだ休日になってしまったものだが、これが最後の一仕事だ。

 

「みんな、落ち着いて聞いてほしいんだけど」

 

 パニックに陥れないよう、努めて冷静な声で3人に向き直る。

 

「エルフっていったら、とある国ではエロの代名詞みたいなものだったし。もちろん、お姉さんにあんなことやこんなことされちゃう覚悟、デキてるってことだよね? 私は出来ている」

 

「おいコラ、何やってんだ。プールに沈めるぞ?」

 

 涎を垂らしながらイーグルに迫る指揮官を前に、私は杖の切っ先を首元に突き付けてやる。

 

「もう、せっかく無事に助かったのですから、少しくらいの御戯れ、大目に見ても良いのではなくて?」

 

 イーグルはそんな指揮官にとても寛容、っていうか、コイツが指揮官を誘っている節があるので頭の痛い話である。

 

「・・・やけにマジな感じね。もう一山あるってこと?」

 

 杖を突きつけられながらも、指揮官はいきなりのスイッチオンである。

 確かに、今はこんなツマラナイ事を裁いている場合ではない。

 私は、マカロフからの情報を簡潔に素早く説明。みんな、驚きこそすれ、パニックにはならない辺り、流石の戦闘屋といったところだ。

 

「はぁ~・・・本当、とんだレクリエーションになっちゃったわ。みんな、ごめんね。私が激安なんていう謳い文句に釣られたばかりに」

 

「基地の予算繰りを考えるのは、上官として当然の事です。指揮官様は悪くありませんよ。では、私が先陣をきりますね」

 

「指揮官は私の横に着いて下さいまし。如何なる危険も排除してご覧にいれます」

 

「ダメだ。イーグルの傍だとふざけるから、指揮官は私の後ろよ」

 

「私ってばモテモテだなぁ。もう、我が人生に一片の悔い無し! な感じ」

 

 こんな時でも姦しいのも、割といつもの事。それでも、3人それぞれ指揮官の周辺に目を配りつつ進んでいけるのだから、頼りになる仲間たちである。




鮫ですね。
今作は映画のオマージュ(パクリとも言う)を散りばめたところがあるので、まぁ、こんな感じになりました。
それも、マイナーなやつが多いので、多分だれも分からないかな・・・。

ともあれ、ここからの脱出劇もどうかお楽しみに。
以上、弱音御前でした~
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