【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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連載中の小説を書き終わったら書こうと思ったんですが、モチベが低下してしまって、息抜きを兼ねて書き始めました。


本編
第一話 【誕生】


 その日、魔人族の国、魔国ガーランドに新たな命が生まれた。

 両親共に人柄がよく、多くの同胞に祝福されて生まれた子供は“アルディアス“と名付けられた。

 人間族との長きに渡る戦争が続き、多くの同胞が犠牲になる中、新たに生まれた命に盛大に彼らは祝い、盛り上がった。

 しかし、そんな空気を一変させる事態が起こった。

 突然、その場にいる魔人族をとてつもない重圧が襲った。酒を飲んでいた者は一気に酔いが覚め、食事を楽しんでいた者は胃の中のものを吐き戻しそうになる。

 そんな状況の中、この場に偶然居合わせたガーランドの特殊部隊所属の男がいち早く、この重圧の発生源を特定しようと周りを見回す。

 彼はその立場故に戦場に出ることも珍しくない。だからこそ、この圧が強大な魔力から発生するものだとすぐに分かった。そんな彼でも滅多に感じることのない大きさに冷や汗をかきながらもその発生源に向かう。

 

──そして、愕然とした。

 

 馬鹿な。ありえない。そんな思いが彼の中を巡る。

 次第に周りの者も落ち着きを取り戻し、続々と重圧の発生源に目を向けるが、誰もが同じ反応を示した。

 その場にいる全員が注目する先、そこにはまだ生まれたばかりの赤子がいた。圧は次第に収まりつつあるが、それでも人間族と違い、魔力の扱いに長けた魔人族の彼らが間違う筈もない。

 呆然とする中、誰ががポツリと呟いた。

 

──"忌み子"……と。

 

 小さく呟かれた一言はしかし、静まり返った中ではよく聞こえ、その場にいる全員の瞳が段々と剣気な色を帯びてくる。

 "忌み子"──存在するだけで災いをもたらすと言われている存在。種族によってその考えの尺度は違う。……が、一つだけ共通していることがある。忌み子は見つけ次第、処刑もしくは追放が定石である。

 もしこれが成長した暁に身につけた力だったのなら忌み子と言われることは無かっただろう。それどころか魔人族の英雄として讃えられた可能性だってあった。だが、生まれて数日の赤子がこれほどの力を持っているなど普通はあり得ない。

 

 理解できない。意味が分からない。恐ろしい。だからこそ迫害する。

 

 そんな状況に焦りを覚えたのは赤子の両親だ。

 例え、忌み子と呼ばれようとも二人にとっては愛すべき子供であることに変わりはない。

 だが、周りはそれを許しはしないだろう。忌み子を庇うようならば二人とて排除の対象だ。

 女性は涙を浮かべながら赤子を抱きしめ、男性はそんな二人を守るように前に立つが、それが無駄な抵抗だと言うことは分かっている。

 文字通り、天国から地獄に叩き落された夫婦は絶望の表情を浮かべ……。

 

──(悪魔)の手が差し伸ばされた。

 

 “待て“

 

 その場に威厳のある声が響いた。

 全員がその声のする方を向き、そして言葉を失った。

 

 魔国ガーランドの魔王にして、魔人族の信仰するアルヴ教の神・アルヴヘイトがそこにいた。

 

 魔人族は即座に膝を着き、頭を垂れる中をアルヴは悠々と歩き出す。向かう先には忌み子と呼ばれた赤子とその両親がいる。

 夫婦は魔王自らが現れたことに呆然としていたが、すぐに周りと同じように膝を着く。しかし、その体はガクガクと震えている。

 この時、夫婦も周りの魔人族も同じ思いを抱いていた。

 魔王自ら忌み子を排除しにきたのだ……と。

 夫婦の元にたどり着いたアルヴは母親に抱かれる赤子を見つめる。そして、小さく呟いた。

 

 “素晴らしい“

 

 王の口から出てきた言葉に周りの魔人族は耳を疑った。

 自分たちの耳が確かなら、かの王はあの忌み子を見て“素晴らしい“と言わなかったか?

 そんな動揺も気にすることなく、アルヴは母親から赤子を受け取り、その腕に抱きながら未だに呆然とする魔人族達に振り返る。

 

 “この赤子は忌み子ではない。神の子である“

 

 目を見開き、驚愕する彼らにアルヴは話を続ける。

 この子供は神の威光を受け継ぎし、神の使徒になるべくして生まれてきた子供だ。故に他を圧倒する魔力を有していても何らおかしな事では無いのだ……と。

 呆然とする魔人族だったが、アルヴの言葉の意味を理解すると途端に歓声が上がった。

 先程も言ったが、魔人族は数百年に渡り人間族と戦争を続けている。

 そんな中、神の祝福を与えられた存在がいれば、この膠着した現状を打破するキッカケとなるだろう。

 再び盛り上がりを見せる魔人族達だったが、肝心の赤子の両親の顔色は未だに優れることはなかった。

 今まで二人は戦いとは無縁の生活を送ってきた。もちろん、戦争中だということは理解しているし、国の為、魔人族という種族の繁栄の為に戦い続ける兵士達のことを誇らしくとも思っている。

 しかし、我が子が戦場に立つかもしれない状況を手放しに喜べるような神経を二人は持ってはいなかった。

 成長した暁に本人が望むならそれもいいだろう。国の危機に徴兵することになってもまだギリギリ受け入れられる。

 しかし、生まれて数日の赤子に戦いの道を強いることを二人は許容することが出来なかった。

 

 そんな二人の葛藤に気付いていないのか、赤子を抱くアルヴはかなり上機嫌だった。

 王宮で休息を取っていたアルヴだったが、突然、巨大な魔力を感じ、すぐに現場に向かった。

 その魔力量は軍の隊長クラスに匹敵しており、少なくとも自分の知る人物のものではなかったからだ。

 主から管理を託された国に自分の知らない存在が入り込んだ。

 

──失態だ。これでは我が主に合わせる顔が無い。せめて、すぐに自らの手で始末する。

 

 この時のアルヴの心境は下界に住まう、自身よりも下等な生物に出し抜かれたことに対する怒りだった。

 見つけ次第、この国に入り込んだことを後悔させてやる……そのつもりだった。

 アルヴは目を見張った。自分の目の前、巨大な魔力を発する存在に。

 赤子だ。それもおそらくまだ生まれて数日しか経ってない。

 しかし、確かにその小さな体からは溢れんばかりの魔力を感じる。

 アルヴは歓喜に身を震わせた。魔人族の王として降臨し、300年程経ったがこれほどの逸材は初めて見る。

 

──これならばあの御方の器に相応しい……!

 

 顔には出さずに心のなかで歓喜の声を上げる。300年前は神に背く愚か者のせいであの方の望む器を手にすることは出来なかった。それからあの方に相応しい器が現れることはなかったが、ようやく朗報を届けることが出来る。

 そんなことを考えていると、今まで目を閉じていた赤子がゆっくりと(まぶた)を持ち上げて、その隠れていた瞳をあらわにした。

 黄金(こがね)色に輝く、美しい瞳。魔人族とは似ても似つかないが、そんなことはどうでも良かった。

 見たところ、両親共に優れた容姿をしている。いずれはこの赤子も同様に整った顔立ちに成長するだろう。

 遠くない未来。この器に憑依し、世界に降臨したあの御方とその後ろに仕える自分。そんな光景を想像し愉悦に浸るアルヴ。

 

 だが、アルヴは気付かなかった。目を開いた赤子の黄金(こがね)色に輝く瞳が一瞬も逸らされることなく、自らを見つめ続けていることに……。

 自分がとんでもない間違いを犯したことに……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 初めて()()が感じた感情は【楽】だった。

 

 体は動かない。目も開かない。それでも、まるで暖かな毛布に包まれるかのような安心感を覚え、微睡(まどろ)みに身を任せる日々を送っていた。

 しかし、そんな日も長くは続かなかった。突然、安寧の居場所を追い出された。

 だが、それほど不満は無かった。目はまだ開けられないが、体は動かせる。声を出すことも出来る。

 何よりも誰かに抱きしめられているような感覚。何かこちらに語りかけているが、意味を理解することは出来なかった。

 

 それでも彼らからは大きな幸せの感情が伝わり、自身も【喜】の感情が溢れてきた。

 

 それから数日が経ち、段々と周りが騒がしくなることが多くなってきた。

 

 ある日、我慢の限界を感じ、初めて【怒】の感情を抱いた。

 

 一瞬で辺りが静まり返ったことで満足したが、すぐに騒音が戻り、更に多くの敵意を感じた。

 そんな状況に再び苛立ちを感じ始めるが、側にいた女性が自身を抱きしめ、男性が自らに向けられる敵意を遮るように間に立ちはだかる。しかし、二人からはこれ以上無い悲しみが伝わってきた。

 

 二人に呼応するかのように胸が苦しくなるほどの【哀】を感じた。

 

 しかし、そんな状況も長くは続かなかった。

 一人の神が現れたことにより、事態は急速に収束することとなる。その神は女性から()()を受け取り、腕に抱く。

 ()()は今まで一度も目を開くことはしなかった。理由は単純に必要なかったから。

 その目で見なくとも、何故か周りの状況を把握することは出来た。分かるのだからわざわざ見る必要はない。

 幼いながらもそんな考えをしていたのだが、自らを抱き上げた存在を前に初めてこの世界をその瞳に映した。

 そして、目の前の民を導く偉大なる王(極悪の偽王)を視界に捉えた。

 

 その瞬間、()()は全ての感情を抑えて【無】を感じた。

 

──そうか、そういうことか。()(コレ)を滅ぼすために生まれたのか……。




今回はプロローグのようなもので次回から本格的に動き出します。
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