【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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第九話 【侵攻開始】

「随分、来るのが遅くなってしまったな」

 

 ガーランド国内を一望できる高い丘の上、そこに立てられた二つの立派な墓標の前に、アルディアスは一人佇んでいた。

 

「久しぶりだな……()()()()()()

 

 そう、この墓標は正真正銘アルディアスの生みの親である父と母が眠る墓である。

 二人が亡くなったのは、もう15年前のことだ。その日は近年稀に見る大雨で、何故かそんな日に限って、国の外に出ていた二人が崖から足を踏み外して転落した。

 いつまで経っても帰ってこないことを不安に思った知人が、軍に捜索願いを出したが、兵士による捜索もむなしく、変わり果てた姿で発見された。

 何故、二人は不用意に崖に近付いたのか、何の用があって国の外に出たのか。真相は分からなかったが、アルディアスはアルヴが接触したものと見ていた。

 実際、エヒトの記憶からもアルディアスの想像通りのことが視て取れた。

 

 当時から神が絶対だった魔国ガーランドの民達だったが、アルディアスの父と母は狂信と言えるほどの信仰心は持ってはいなかった。もちろん全く無い訳ではなく、外から見れば十分な信者だったと言えるが、まだ小さな子供を戦場に送ろうとすることに疑問を覚えるくらいの良識は残っていた。

 それが、アルヴには邪魔だったのだろう。

 しかし、神に背く反逆者として罰してしまえば、民の怒りが子であるアルディアスにも向く可能性もあり、何よりもアルディアス自身が国に反旗を翻す可能性もあった。

 だから不運な事故死に見せかけた。アルヴからすれば、それくらい造作もない事だった。

 二人は元々の人徳と、神の子であるアルディアスを産んだ功績もあり、国を挙げての葬儀が行われ、国を見渡せるこの地に埋葬されることとなった。

 

「二人の仇は取った。報告が遅れてすまない。だが、新たな問題が出てきてな……」

 

 アルディアスは二人の墓前の前にしゃがみ込み、今まであったことを語る。

 

「──と、いう訳だ。相変わらず俺達を苛つかせてくれる。神というのはそういう存在なのか?」

 

 話している内に段々と熱を帯びてきたのか、表情に苛立ちが浮かび上がる。普段は常に冷静なアルディアスの珍しい一面に、もし、この場に彼と親しい者が居れば、その意外な一面に目を丸くすることだろう。

 

「……ハア、ダメだな。どうもここに来るとつい感情的になってしまう。この程度で心を乱すとは俺もまだまだだな」

 

 神の子として、幼少の頃より周りに期待され続けたアルディアス。本人もそれが自分のやるべきことと認識し、辛く、苦しいことも山程あったが、ただの一度とて、自らの選択を後悔したことは無かった。

 それでも弱冠3歳で親を亡くすことが辛くない訳が無かった。誰も居なくなった墓標の前で人知れず涙を流したことさえあった。

 それでも、立ち止まる訳にはいかなかった。ここで止まれば、それこそ両親の死が無駄になってしまう。

 

「……俺達はこれから人間族への侵攻を始める。帝国を落とし、そのまま王国も落とす。ここに帰ってくるのは、文字通りこの戦争を終結させたときだろう。どうか、俺を見守っていて欲しい」

 

 伝えたいことは全て伝えたのだろう。少し名残惜しそうではあるものの、ゆっくりと立ち上がり、その場を後にしようと背を向ける。

 

((行ってらっしゃい、アルディアス))

 

「ッ!?」

 

 突然、アルディアスの脳内に響いた懐かしい声。聞き間違える筈が無い。その声は確かにもう聞くことは叶わない筈の……

 

「……ああ、行ってくる」

 

 アルディアスは両親の墓標に向けて、力強く頷いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 両親が眠る丘を後にしたアルディアスが向かったのは、城内の広場だった。普段は兵士の訓練にも使われる広大な広場は物々しい雰囲気に包まれていた。

 広場を埋め尽くす程の兵士がそれぞれ、思い思いの方法で自らの戦意を高め、来たるべき瞬間が訪れるのを待っている。その周囲には彼らを囲むように竜の大群が待機していた。その中にはフリードの相棒のウラノスの姿もある。

 すると、アルディアスが来たことに気付いたフリードが駆けてくる姿が目に入った。

 

「アルディアス様」

 

「すまないフリード、待たせたな」

 

「いえ、お気になさらずに……ご挨拶はお済みになりましたか?」

 

「……ああ、背中を押されたよ」

 

「……そうですか……此方の準備は万全です。いつでも行けます」

 

「分かった」

 

 そのままフリードを連れて、兵士全員が見渡せる位置まで移動する。待機していた兵士達もそれに気付き、姿勢を正す。しかし、この前の市民のような歓声は上がらず、その目には確固たる信念と静かなる闘志が宿っている。

 その様子に満足そうに頷いたアルディアスは口を開いた。

 

「ついに、この時がやってきた。人間族との戦争が始まり、何千年たっただろうか……どれほどの犠牲が出ただろうか……その中にはお前たちの家族や友人も居たことだろう」

 

 アルディアスの言葉に、多くの兵士の脳裏に志半ばで散っていった仲間の顔が浮かび、その表情を悲しげに歪める。

 

「これから始まる戦いは、正真正銘、魔人族と人間族の雌雄を決する戦いになるだろう。さらなる犠牲も出るやもしれん……だが、俺から言えることはいつもと変わらん……死ぬな」

 

 アルディアスの一言が広場に静かに、されど強く響き渡る。

 

「死んだらそこで終わりだ。お前たち一人一人、帰りを待つ者がいるだろう。その者を悲しませるくらいなら、魔人族のプライドなど投げ捨ててしまえ。どんなに意地汚くても、情けなくても、必ず生きろ。生き延びろ。死んでも勝つなどと考えるな。勝てない敵が居れば周りに助けを求めろ。逃げることは恥ではない」

 

 アルディアスが広場に集まった兵士全員の顔を見回す。

 

「俺はお前達全員を守り切るなどと理想を語れる程強くはない。この戦いでも多くの者がこの掌から零れ落ちるだろう……」

 

 だからこそ、と続ける。

 

「お前達の力を俺に貸して欲しい。俺が受け止めきれなかった者を、お前達に受け止めて欲しい。さすれば俺は、前だけを見ることが出来る。魔人族の勝利の為に、お前達の誰よりも俺は前に出よう。危険が立ちはだかれば、俺がその一切をねじ伏せよう。この戦いに……いや、これまでの戦いに終止符を打つ為に、俺にお前達の力を……信念を……命を預けてくれ」

 

「ッ!!」

 

 アルディアスの言葉に兵士達がぶるりと体を震わせた。自分達など足元にも及ばない偉大なる王が、自らの力を必要としてくれている。信じてくれている。そして、背中を預けてくれている。ここまでのことを言われ、心に響かない者などこの場には居ない。

 自身を焼き焦がすかのような熱い感覚が胸から湧き上がってくる。

 

「仲間を信じろ……己を信じろ……そして、俺を信じろ。俺達には何者にも断ち切れぬ絆がある! 今こそ示せ! この世界に……天から見下ろす神に! 俺達、魔人族の力を!!」

 

「「「ッ!!──ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」

 

 兵士達から国中に響き渡る程の雄叫びが上がる。

 それは、自身を鼓舞する為に……必ず大切な人の元に帰る誓いを立てる為に……戦友を守る決意を固める為に……

 そして、誰よりも自分達の身を案じ、誰よりも戦いの前線に立つであろう、我らが王に報いる為に。

 

「行くぞ……! 出陣だ!!」

 

 長きに渡り、停滞し続けたトータスの歴史が……今、動きだした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……はあ、暇だなぁ」

 

「おい、警備中だぞ。気を抜きすぎだ」

 

 ヘルシャー帝国の南部に位置する監視塔。そこは主に、魔人領との境界線を監視する目的で建設されており、帝国の兵士が交代制で24時間常に監視体制が敷かれている……が、そこに勤務する兵士が全員真面目に取り組んでいるかと言われればそうではない。

 

「仕方ないだろ? ここ数年、魔人族との争いはあっても、国まで攻めてきたことは一度もない。奴らにそんな度胸無いだろうさ」

 

「それでもだ。監視を緩めた所を襲撃されましたじゃ、笑い話にもならんぞ」

 

「つっても、ここまでの人数を常に置いておく理由があるか?」

 

 そう言って男が辺りを見渡す。

 男が居るのは監視塔の最上階だが、自らを含めて、そこには8人。更に塔内部に5人。地上には7人の計20人が配置されている。

 これが国境間に立てられる関門ならば話は変わるが、ここはあくまで監視塔だ。監視対象に動きがあれば本国に連絡を入れ、可能ならば妨害を、無理ならば自国の防衛ラインまで後退するのが基本だ。言わば、捨てても問題ない施設の筈だ。普通、ここまでの人数を置いておく必要はない。

 

「……噂で聞いたんだが、これを決めたのはガハルド様らしい」

 

「ハア!? 皇帝陛下が!? 何でわざわざ……!」

 

「声を落とせ! あくまで噂だ。何でも魔王を警戒してるらしい」

 

「魔王って……偽王のことか? あんな腰抜けの王に何が出来るってんだ?」

 

「俺が知るかよ。それに魔王が前線に出てからの魔人族の死傷者はゼロだ。決して油断していい相手じゃない」

 

「そうは言っても、守ってばかりで一回も攻めて来ねえじゃねぇか。そんな腰抜け、敵じゃ無いだろ。まあ、もし奴が前線に出てきたら俺がその首を取ってやるよ」

 

「たくっ、お前は……」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる同僚に呆れながらも、ここまでの警備態勢をやりすぎに感じているのは同感なのか、深くは言い返さない。

 そんな、いつもと変わらない日常。あと2時間もすれば交代の人員が来る筈だ。そうすれば、本国へと帰り、亜人族の奴隷娼館に行くのが、いつもの二人の習慣だった。

 だが、二人はこの日、身を持って思い知ることとなる。常に変わらぬ日常など存在しないのだと。束の間の平穏とは不穏の前触れでしかないことを……

 

「……ん? おい、あれなんだ?」

 

 突然、警備の男の一人が南の空を指差し、近くの者に声を掛ける。その声に周りの者がわらわらと集まり、男の指差す方を凝視する。

 

「んー、何だ? 魔物か?」

 

「……いや、待て、あれ竜じゃねえか?」

 

「ッ!?──竜だと!? おい、それ魔人族じゃねえか!?」

 

「待て待て、慌てんなって。どうせまた偵察だろ? ご苦労なこった。おい、一応連絡入れとけ。無視して職務怠慢なんて上に言われたら面倒だ」

 

 数年前から魔人族が魔物を使役し始めたのは周知の事実だ。中でも単体での戦闘能力が高く、無条件で制空権を得られる竜種は特に数が多く、竜種の魔物を見たらすぐに魔人族を連想する者も少なくない。

 途端に騒ぎ出す面々に、先程ニヤニヤと笑みを浮かべていた男が、露骨に動揺する他の兵士を落ち着かせるように諭す。

 魔人族が此方の偵察に一人二人を送るなど珍しいことではない。どうせ、しばらくすればどこかへ飛び去ってしまうだろうが、報告しなかったことがバレれば、痛い目を見るのは自分たちだ。

 面倒だが、後ろを振り返り、近くに居た部下に連絡を入れるよう伝える……が、その男は目を見開いたまま、その場を動く様子がない。その姿を見て、未だに動揺から抜け出せてないと判断した男が苛立ちげに催促する。

 

「おい、いつまで呆けてるんだ。早く行け」

 

「し、しかし……」

 

「いいから行けっつってんだよ! 俺の言うことが聞けねえのか!!」

 

「ま、待って下さい!? でもあれは……!」

 

「いい加減に──」

 

「待て!? 何かおかしいぞ!?」

 

 そのまま激情に身を任せ、部下に掴みかかろうとした男だったが、同僚の声を聞いてその手が止まる。

 

「おかしいって……何がだよ?」

 

「あれを見ろって!?」

 

 何やら焦燥感に駆られるような様子に流石に違和感を感じた男が後ろを振り返る。

 そこには先程も見た竜が居た……五体も。

 

「あん? さっきは一体だっ……た、筈……」

 

 一体だった竜が五体になっていたことに首を傾げた男だったが、その口から出た言葉はどんどん尻すぼみに小さくなっていく。

 南の空にポツポツと黒点が増えていく。10、20、30と増えていき、今もその数を急激に増やしていく。

 近付くにつれて、それが全て竜であることに気付く。しかも、その背には此方を睨み付ける魔人族達の姿が……

 

「ち、違う!? 偵察じゃない!! 敵襲だ!!」

 

 ここに来て、ようやく帝国の兵士達は事態の深刻さを理解した。

 ただの偵察にあんな大量の戦力を投入する必要など無い。しかも、今この瞬間もとんでもない速度で此方に真っ直ぐ向かってきている。

 

「は、早く馬を走らせろ! 本国にこのことを伝えるんだ!」

 

「そ、それよりも撤退が先だろ!? あんな数、俺達だけじゃ抑えきれない!!」

 

「馬鹿野郎!! このまま侵入を許す方が一大事だ!!」

 

 突然の事態に兵士達はパニックに陥る。この時の為の訓練は何度も行なっている筈なのだが、100体にも及ぶ竜の大群を前に統率は全く取れておらず、各々が自分の意見を言い合うだけで一向に何も進まない。すると──

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 突然、監視塔が揺れる程の咆哮が彼らを襲った。

 全員が耳を塞ぎ、その場に蹲る。まるで、心臓を鷲掴みにされたような衝撃に叫び声を上げることも出来ない。

 しばらくして、ようやく咆哮が収まり、困惑しながらも辺りを見回しながら恐る恐る立ち上がる。

 

「な、何だったんだ今の?」

 

「竜の雄叫びみたいじゃ無かったか?」

 

「馬鹿言え! まだそんな距離じゃねえだろ!」

 

 今まさに、此方に竜の大群が向かって来ているが、いくら竜とは言え、これだけの距離であれだけの咆哮を届かせる個体など存在する訳がない。

 そう……先程の衝撃はまるですぐそばで発せられたような……

 

「な、なあ……何か今の、上から聞こえなかったか?」

 

「上?」

 

 兵士の一人が震えながら小さく呟く。それを聞いた一人の男がまさかと思いながらも恐る恐る身を乗り出し、上に視線を向ける。

 そして、()()と目があった。

 

 監視塔の上空、そこには此方に向かって来ている竜と同種と思われる存在が居た。

 いや、それだけではない。上空で羽ばたく竜の群れ。その中心に堂々と佇む純白の竜。他の竜と比べても一回りも体が大きく、尋常ではない威圧感を放つ巨竜だ。恐らく先程の咆哮はこの竜が発したものだろう。

 あまりの衝撃に言葉を失っていると、その竜の顎門がガバっと開き、そこに眩い光が収束し始める。

 

「あ……」

 

 目の前の竜が何をしようとしているのかを察したのだろう。男の顔が急速に青褪めていく。すぐに周りの仲間に伝え、慌てて逃げ出そうとするが、最早全てが遅かった。

 

 純白の竜──ウラノスから放たれたブレスが監視塔を呑み込んだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……ふむ」

 

 ヘルシャー帝国・玉座の間。

 その玉座にて、ヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーは、つい先日、王国に送った使者からの報告を聞き、頭を悩ませていた。

 

「聖教教会が一切の活動を停止している……か」

 

「はい。エリヒド陛下の話によれば、もう2週間程前からイシュタル教皇と連絡が取れないそうです。出入りしている司祭に話を聞いても何も問題はないと一蹴されているようでして……」

 

「……キナ臭いな。あの爺さんが理由もなくそんなことをするとは思えねぇ。何か企んでやがるのか……それとも奴らにとって想定外の事態が起こったのか……」

 

「探りを入れましょうか?」

 

「……いや、必要ない。下手につついて藪蛇が出てくる方が面倒くせぇ」

 

 少し悩む素振りは見せたものの、すぐに手を振って部下の案を却下する。同じ人間族だが、国が違う以上安易に手を出せば、此方が予想外の痛手を貰う可能性がある。気に食わないが、聖教教会の力は本物だ。

 

「それより、魔人族の動きに変化は無いか?」

 

「はい。未だに動きがあったという報告は上がっていません」

 

「そうか……引き続き警戒を緩めるな。兵士にもキツく伝えとけ。最近、魔王を舐めてる奴が多いからな」

 

「御意」

 

 実力主義の帝国では、同胞を守る為とはいえ、敵に背を向けて無様に逃げるアルディアスを嘲笑する者は決して少なくない。

 その為か、アルディアスを、ひいては魔人族を軽く見ている者の存在が帝国では問題になっている。ある程度の実力者ともなれば、今まで以上に油断ならない相手だと理解できるのだが、残念ながらそれが理解できるのは帝国でも一部の者のみである。

 

(魔王アルディアス……奴を初めて見たときのことは今でも鮮明に覚えてる。見た目はただのガキだったが、目が合っただけで自分の死を夢想した)

 

 歴戦の戦士である自分が、まだ10にも届かない子供に恐怖した。他人が聞けば何を馬鹿なことを、と笑うだろうが、紛れもない事実だ。

 自身の戦士としての直感が、今までにない無い程の警鐘を鳴らした。

 戦うな、歯向かうな、降伏しろ。そんな言葉が頭の中を駆け巡った。その時は、魔人族側が撤退を開始した為、刃を交えることは無かったものの、もし、あのまま戦っていれば、間違いなく自分はここには居ないだろう。

 

「……何だ? 騒がしいな」

 

 そんなことを考えていると、何やら部屋の外から騒がしい声が聞こえてくる。誰かが声を荒らげているようだが、王城の、それも玉座の間の近くでそんなことをする輩が居ることに、苛立ちよりも先に好奇心が先行する。

 すると、誰かが此方に駆けてくる音が聞こえ、バンッと勢いよく扉が開かれた。

 

「へ、陛下!! 至急お伝えしたいことが──」

 

「無礼者が!! 貴様、ここがどこだか分かっているのか!!」

 

「止せ。それだけの慌てようだ、余程のことなんだろう? 話せ」

 

 何の許可も無しに玉座の間に飛び込んできた男に、側近の一人が詰め寄ろうとするも、ガハルドが制止し、要件を促す。飛び込んできた部下の表情を見るに恐らく緊急事態なのだと簡単に察せられる。そうでなければ、皇帝である自分の居る部屋に許可も無く入るなどという愚行は侵さない筈だ。

 

「魔人族です! 魔人族が現れました!!」

 

「ッ!──来たか。南の監視塔からの連絡だな? なら、奴らがここに来るのも時間の問題……すぐに迎撃準備をしろ。奴らが到達する前に、戦力を南の関門に集結──」

 

「違います!! 監視塔からの連絡ではありません!! 奴らは既にここ、ヘルシャー帝国に到達しております!!」

 

「ッ!?──何だと!?」

 

 てっきり、南の監視塔に勤務する兵士からの連絡が来たものかと思っていたガハルドだったが、それを否定する部下の口から予想だにしない言葉が飛び出てきた。

 ガハルドだけでなく、周りの側近たちも目を見開き、驚きを露わにする。

 すぐにテラスに飛び出し、南の方角を確認する。すると、薄っすらとだが、そこには確かに、魔人族が使役していると思われる竜の大群が南の空に展開している姿が見えた。その様子から、いつ侵攻が始まってもおかしくは無いだろう。

 

「どういうことだ!? 何故ここまで接近されるまで気付かなかった!?」

 

「わ、私に言われても……」

 

 側近の一人が、魔人族の襲撃を伝えに来た男に怒鳴りつけるが、男も現状を伝えに来ただけで詳細は知らないのか、表情を青褪めて狼狽えるのみだ。

 そんな中、ガハルドは一人、現状に違和感を抱いていた。

 

(どういうことだ? 仮に速攻で南の監視塔を落としたとしても、そこからの連絡が絶えたことで他が異変に気付く筈だ)

 

 ガハルドは魔人族を、特にアルディアスの力を十分に警戒している。連絡を出す間もなく、監視塔が落とされる可能性ももちろん考えていた。

 だからこそ、監視塔、及び周囲の関門には常に連絡信号を送り合う決まりにしていた。そうすることで、非常事態があった場合、連絡信号が途絶え、他の要所の兵士にそれが伝わる仕組みになっている。

 しかし、現に魔人族の軍勢が帝国の目の前に現れるまで、どこからも連絡が来ることは無かった。

 そのことに眉を(ひそ)めるが、すぐにその疑問は解けることとなる。

 

「陛下!!」

 

 全員が困惑する中、開きっぱなしの扉から新たに兵士が現れ、此方に駆けてくる様子が目に入った。

 

「魔人族が現れました!!」

 

「ああ、今確認したところ──」

 

「そちらではありません!! 北の丘に数え切れない程の魔物の大群です!!」

 

「なッ!?」

 

「同時に、東と西の地にも魔人族の軍勢を確認!! 我が国は完全に包囲されました!!」

 

 部下から新たにもたらされた情報に、その場に居る全員が言葉を失う。

 どうやったのかは知らないが、帝国の監視網をくぐり抜け、全方位から同時に主要施設の制圧を行ったようだ。

 なるほど、それならば連絡が来なかったのも納得だ。自分たちが攻撃されている状態で、他の拠点の無事など確認している暇など無い。

 

「やってくれたな……!」

 

「陛下! いかが致しましょう!?」

 

 周りの側近が、絶望的な状況にガバルドに意見を求める。

 少し、思考したガハルドはすぐに顔を上げ、部下達に指示を出す。

 

「ここまで接近された以上、四の五の言っても仕方がねぇ。すぐに迎撃態勢を取れ、迎え撃つぞ!」

 

「しかし、間に合うかどうか……」

 

「間に合わなけりゃ、このまま国ごと落とされるだけだ。死ぬ気で間に合わせろ!」

 

「ハ、ハイ!!」

 

 ガハルドの指示を受け、全員が行動を始める。動揺はありつつも、その動きに淀みは感じられない。流石はガハルドの側近を務める者達だろう。

 その背を見送ったガハルドは再び南の空に視線を向け、悠々と空を飛ぶ竜の大群を強く睨みつける。

 今までのアルディアスの動きから、奴が攻めよりも守りに重きを置いていることは想像に容易い。恐らく、帝国を完全に孤立させ、疲弊させることで自国の民の被害を最小限に抑えるつもりなのだろう。それならば、まだ時間はある。

 その筈だ、その筈なのだが……終始、ガハルドは胸騒ぎを感じていた。何かを見落としているんじゃないのかと、嫌な予感が頭を離れない。

 

「何を考えてやがる、アルディアス……!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「アルディアス様、全軍の配置完了しました」

 

「ああ」

 

 数人の部下を連れて帝国を睨みつけていたアルディアスは、フリードの報告に振り返ること無く頷いた。

 

「アレーティア、カトレア、此方の準備は整った。そちらはどうだ?」

 

『問題ない。いつでも行ける』

 

『此方も問題ありません!』

 

 遠く離れた位置に居る二人に念話を送ると、すぐに了承の返事が返ってくる。

 

「良し、ではこれより予定通り、作戦を開始する」

 

『『了解!』』

 

「フリード、お前も行動を開始しろ」

 

「ハッ、ご武運を……」

 

 ウラノスに飛び乗り、天高く舞い上がるフリードを尻目にアルディアスは数名の部下を連れて、ヘルシャー帝国へと足を進める。

 そのまま城門を視界に収めると、右手を門に向けてかざす。

 アルディアスの体から魔力が溢れ出し、目の前に円錐状の炎の槍が形成される。

 それだけ見れば、ただの“緋槍“だと思うかもしれないが、そこに込められた魔力は通常とは桁違いだ。

 

「ん? お、おい!? あれって!?」

 

「何でここに奴が!?」

 

 空高く舞う竜の姿に気を取られていたのだろう。そこに来て、ようやく城門の兵士達がアルディアスの存在に気が付いた。

 

「時間を掛けるつもりは無い。精々足掻いてみるが良い、歴戦の戦士達よ」

 

『緋槍』

 

 アルディアスの生み出した炎の槍が、帝国の兵士達が認識することも出来ない速さで打ち出され、いとも容易く分厚い城門を貫いた。




初手から国ごと囲い込むスタイル。
何の前触れもなく、アルディアスが帝国内に転移してくるよりはイージーモードだね……うん。

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