【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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第十話 【進撃】

「お前達、少し下がっていろ……ふむ、流石は歴戦の戦士が集まる国。万全では無いが、この短時間でここまで態勢を整えたか」

 

 城門を悠々と通り抜けた先で、アルディアスの目に映り込んだのは、数十人にも及ぶ完全武装した兵士達の姿だった。各々動揺はあるものの、全員が此方に向けて油断なく武器を構えている。

 

「な!? あれは魔王!? 何で敵国のトップが!?」

 

「いや、好都合だ! 奴を仕留めれば魔人族の士気も一気に落ちる。囲い込め! 絶対に逃がすな!!」

 

 隊長らしき兵士の指示に、兵士達が城門をくぐり抜けてきたアルディアス達を扇状に囲い込む。建物の上からは弓を持った兵士がアルディアスに向けて狙いを定める。

 

「馬鹿が! ノコノコと大将自らやってくるとは。貴様を殺し、その首を魔人族の前に晒してやろう!! やれ!!」

 

 そのまま合図と同時に、アルディアス目掛けて矢を放とうとした瞬間──兵士達の頭上から無数の閃光が雨のように降り注いだ。

 

「な、何事だ!?」

 

「竜です! 上空から竜の群れが!?」

 

 兵士達が上に視線を向けると、そこにはフリードを背に乗せるウラノスを筆頭に、帝国の空を我が物顔で優雅に飛び回る竜の姿が。

 

「小癪な真似を……!」

 

「戦闘において、敵よりも上を取るのは当たり前だろう? 短時間でここまで揃えたのは称賛するが、視野が狭いな」

 

「黙れッ!! 弓兵は上空の竜を狙え! 一体残らず──」

 

「俺を前にしてよそ見とは、随分余裕だな」

 

『凍獄』

 

 アルディアスの足元を起点に凍てつく冷気が周囲に吹き荒れた。

 

「寒ッ! 何だこれは!?」

 

 辺りを覆い尽くす冷気に触れた隊長の男はそのあまりの冷たさに身を震わせる。しかし、それだけだ。

 

「こんなもので我々を止められるとでも思っているのか!? 舐めるなよ!? おい、早くあのトカゲ共を撃ち殺せ!!」

 

 ただ冷気を辺りに撒き散らすだけの魔法に、舐められているとでも思ったのか、表情を怒りに歪ませながら、部下に指示を出す。しかし、一向に矢が放たれる様子はなく、辺りが静寂に包まれる。

 

「おい、聞いているのか!? さっさと……!?」

 

 不思議に思った男が苛立ちげに周囲を見回し……そして絶句した。

 周囲に展開していた兵士数十名が、一人残らず物言わぬ氷像と化していた。

 

「あ……あ、ああ……」

 

「だから言ったろ? 視野が狭いと」

 

 言葉を失い、膝をつく男にアルディアスがゆっくりと歩み寄る。

 アルディアスを見上げる男の体が足元からゆっくりと凍りつき始める。

 

「安心しろ、殺しはしない。だが、いくら目の前に大将首が現れたからといって、安易に全員で囲い込むのは悪手だな。敵が自分達よりも強いと分かっているのなら、少しでも時間を稼ぐ事を第一に考えるべきだった。自軍の準備が万全でないのなら尚更だ……まあ、もう聞こえてはいないか。行くぞ」

 

「ハッ!!」

 

 既に言葉を発することもできなくなった男の横を通り抜け、アルディアスは堂々と進撃を続ける。向かう先はヘルシャー帝国の中心部、ガハルドが居る帝城だ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「まだだ! 次が来るぞ!」

 

「クソッ!? 魔物の数が多すぎる!? こんなのジリ貧だぞ!」

 

「泣き言を言ってる暇があったら手を動かせ!!」

 

 ヘルシャー帝国・北門前

 北の丘に現れた魔物の大群を前に、帝国の兵士達が奮戦しているが、途絶えることのない魔物の群れに確実に疲弊していき、いつ防衛ラインが崩れてもおかしくは無いところまできていた。

 

「隊長! やはり、この魔物を指揮する魔人族達を探した方が良いのではないでしょうか!?」

 

「そんなことは分かってる! だが、今隊列を崩せば、たちまちそこから瓦解する! 国に魔物がなだれ込むぞ!! それに、これだけの数だ! 指揮するものもそれなりの人数の筈! 一人二人見つけたところでどうにかなる問題ではない!!」

 

「隊長!! 東と西の防衛線から応援要請です!!」

 

「ふざけるな!! そんな余裕ある訳が無いだろう!?」

 

 初めこそ、突然の魔人族の襲撃に動揺が隠せなかった帝国の兵士だったが、日頃の訓練の賜物故か、短時間で迎撃態勢を整え、帝国への侵入を防いでいる手腕は流石と言える。

 しかし、だからといって、そこから押し返せるかといえば、そうではない。

 そもそも、人間族が今まで魔人族を相手に均衡を保て続ける事ができたのは、単純な数の差が大きかった為だ。しかし、魔物を使役することで、その数の利すら失われてしまった現状ではこの戦況は予想できた結果だろう。

 

「な、なあ、何かおかしくねえか?」

 

「ハア、ハア……ああ!? 何がだ!」

 

 そんな中、防衛に加わる若い兵士が近くに居る兵士に声を掛ける。戦闘続きで息も絶え絶えの男が乱暴に聞き返す。

 

「奴ら動きが妙っていうか……付かれ離れずっていうか……本気で攻めようと思えば、もっと来れそうじゃないか?」

 

 先程も言ったことだが、当初、帝国は完全に出遅れた形で魔人族の侵攻が開始された。何とか防衛ラインが出来上がるまで持ちこたえたが、戦力が整った今ですらギリギリ持ちこたえてる現状で何故突破されなかったのだろうか。

 

「もしかしたら、何か意図があるんじゃ……?」

 

「知るかよ!? 仮にそうだったとしてどうしろってんだよ!? 道を開けて帝国にご招待でもすればいいってのか!?」

 

「い、いや、そういう訳ではないけど……」

 

「だったらサボってないで戦え!」

 

「……ああ、そうだな。ここを通す訳にはいかないんだ!」

 

 不安げな表情をする若い兵士だったが、男からの叱咤を受けて、気持ちを切り替える。

 何を企んでいるのかは知らないが、ここを通すのだけは絶対に阻止しなければならない。国内には戦えない民間人が何人も居るのだから……

 

 そんな帝国兵の様子をカトレアが上空から見下ろしていた。

 

「良し、作戦通りだ。帝国の兵士も良い具合に集まってきてる」

 

 竜に騎乗して戦場を一人で見下ろすカトレアは、作戦通りに進む戦況に満足げに頷く。そう……一人でだ。

 百体にも及ぶ魔物の群れを前に、魔人族が数人は潜んでいると予想する帝国兵だったが、その予想に反して、魔物を指揮するのはカトレア一人だけだ。

 人間領への潜入任務で、アルディアスの魔物を貸し出したときに判明したことなのだが、カトレアには指揮官としての才があった。特に魔物のように各々の能力がハッキリと別れていると、よりその能力が顕著に現れた。

 敵の陣形、戦力を観察し、それに適切な魔物の配置。更に戦況に応じて、常に百体にも及ぶ魔物を動かし続ける対応力。

 アルディアス曰く、仮にフリードとカトレアが戦線に加わらず、指揮官として、同じ戦力の魔物の軍団を率いて激突した場合、勝利するのはカトレアだろうと言わせるまでの能力が彼女には備わっていた。

 そんなカトレアの今回の役割は陽動と囮だ。言うならば、東と西の軍勢も帝国の兵士を引き付ける為だけのものだ。

 兵士を三方向に引き寄せることで、戦力を分散させ、中央の守りを手薄にさせる。

 アルディアスならどれだけ戦力が集中しようが何の問題もないが、彼の力は一般の兵に向けるには大きすぎる。

 

「先の事を考えれば、残ってる戦力は少しでも多い方が良いしね」

 

 後は、適度に奴らに刺激を与えて、この状況を維持し続ければ良い。

 帝国の兵士達は魔人族が問答無用で帝国の人間を国ごと滅ぼしに来ていると勘違いしているが、アルディアスに絶対の忠誠を誓う魔人族が勝利よりも私怨を優先するなどありえない。

 

「戦争は殺した数が多い方が勝ちって訳じゃないんだ。アルディアス様が帝城に辿り着けばそれで終いさ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「戦況は上々と言ったところか」

 

 帝国の上空にて、フリードが各地の状況を確認しながら呟いた。

 フリードが指揮する騎竜部隊は、その機動力を生かした遊撃部隊だ。空から戦場の状況をリアルタイムで把握し、情報の伝達を行うと同時に必要に応じて各地の援護を行う。

 ただでさえ、目の前の敵に手一杯な状況で空からの奇襲も警戒しなくてはならない帝国兵からすれば堪ったものではない。

 

「第三部隊は東の増援へ向かえ。第四部隊は西だ。他はこのまま市街地をかき乱せ。ただし、何度も言ったが、民間人と保護対象は傷つけるなよ?」

 

「ハッ!」

 

 フリードの指示を受け、各々が行動を開始する。

 

「そろそろ私達の出番?」

 

 そんなフリードの乗るウラノスに一体の竜が近付き、その背に乗るアレーティアが問いかける。

 

「ああ、アルディアス様の存在に気付いた部隊のいくつかが帝城に集結しようとしている。あの方の道を阻もうとする愚か者を退けろ」

 

「ん!」

 

 勢いよく竜の背に立ち上がるアレーティアを皮切りに、彼女の周りに待機していた魔人族も同じ様に立ち上がる。

 

「魔導部隊……行くよ」

 

「「「了解!」」」

 

 そのまま何の躊躇いもなく竜の背から飛び降りた。それに続くように15人程の魔人族もアレーティアの後を追うように飛び降りる。

 

「第五部隊は魔導部隊の援護に回れ」

 

「ハッ!」

 

 フリードの言葉に十騎程の竜に乗った魔人族が追従する。

 

「事前に伝えた通り、地上では私以外はスリーマンセルで行動。何か問題が起きたら私に報告して。騎竜隊は各自の判断で適宜援護」

 

「「「了解!」」」

 

 アレーティアの指示に何の疑いも持たずに返答する魔導部隊のメンバー達。

 こうして見るとまるでアレーティアが隊長のように振る舞っているが、事実、この部隊の最高決定権を持つ人物こそがアレーティアだ。

 年季で言えば、アレーティアが一番新人に当たるのだが、その圧倒的なまでの魔法の実力と知識により、あっという間に部隊のメンバーに認められ、部隊長の地位にまで上り詰めていた。

 元々、魔導部隊のメンバーはアルディアスによって選出された魔法のエキスパートが集まる部隊だ。実力は言わずもがな、魔法への探究心はそこらの比ではない。

 そんな彼らの前に、自分達よりも高い知識と実力を兼ね備えたアレーティアが現れればこうなるのは必然だった。

 ちなみにアレーティアの「私がアルディアスを育てた」発言が飛び出し、アルディアスも肯定したことで普段の業務に支障が出るほどの衝撃が走ったことはご愛嬌だろう。

 

 重力に従って、落下し続けていたアレーティア率いる魔導部隊だったが、地面が近付いてきた辺りで、アレーティアは重力魔法を、他の面々は風魔法で落下スピードを殺さずに四方に散らばる。

 辺りを警戒しながら飛翔するアレーティアの前に、武装した帝国の一個小隊が現れる。向かっている先から察するに帝城の防衛部隊といったところだ。

 

「ッ!?──隊長! 3時の方角から何か来ます!!」

 

「魔人族か!?」

 

「……いや、魔人族じゃない? 子供?」

 

 アレーティアに気付いた兵士達がすぐに隊列を組み、そちらを警戒するが、そこに現れたアレーティアの容姿を見て困惑する。

 彼らからすれば、魔人族に襲撃されている現状で魔人族以外が現れるのは予想もしなかったことだろう。

 

「魔人族じゃないけど……私は魔人族側だよ。あと子供じゃない、あなた達よりも年上」

 

 子供扱いされたことにむっとしながらも自分のやるべきことをやる為に口を開く。

 

「大人しく投降するなら痛い目は見ないで済むけど……?」

 

「は?」

 

 いきなり目の前に現れた年端もいかない少女が、投降勧告を告げてきたことに呆然とするが、すぐに下に見られていることに気付き、表情に怒りを露わにする。

 

「帝国兵を舐めるなよ!! 子供だろうが、我々に歯向かうなら容赦はせん!」

 

「所詮は卑しい腰抜けの王に仕える蛮族だ!容赦するな!!」

 

「……は?」

 

 剣を抜き、今にも此方に襲いかかってきそうな兵士達を見据えていたアレーティアの顔から表情が抜け落ちた。

 

「お前……今何て言った?」

 

「何?……ああ、自らの主を愚弄されて頭にきているのか? フン、本当の事だろう? 王でありながら、敵に背を向ける者など王を名乗る資格すらない。民を守る為と言えば聞こえは良いが、ただ腰抜けなだけだろう」

 

「……」

 

 男の言葉を聞いたアレーティアは俯いたまま何も答えない。

 

「図星か? うまく我々の隙を突いたのは褒めてやるが、調子に乗るのもここまでだ。じきに偽王も討ち取られるだろう。どうだ? そんな間抜けは捨てて此方に来ないか? まだ子供だが、中々の逸材。お前程の容姿を持つ者ならガハルド様やバイアス様のお気に入りにもなれるやもしれんぞ?」

 

 状況が状況な為に初めは気付かなかったが、目の前の少女の容姿はガハルドやバイアスの側に居る美女と比べても一線を画す程の魅力を兼ね備えている。魔人族ならば問答無用で殺すが、そうでない以上、このまま殺すのは惜しいと男は判断する。

 帝国の皇帝や皇太子の側に立てるのだ。断るはずがないと手を伸ばす男に対してアレーティアは……

 

「生まれ直してこい、ブ男」

 

 氷のような冷たさを感じる表情で毒を吐いた。

 

「……やはり、所詮は蛮族。交渉などという人間の真似事など出来ようもなかったか……ならば、もう用はない。殺せ!!」

 

 隊長の合図で剣を抜いた兵士達が一斉にアレーティアに襲いかかる。

 

「……」

 

 その様子を見て大きくため息を吐いたアレーティアはゆっくりと掌をかざす。

 

『禍天』

 

 瞬間、その場の兵士達は地面に叩きつけられ、何かに押しつぶされるようにその場から身動きが取れなくなる。

 

「グウゥ!!」

 

「う、動けない……」

 

「な、何だこの魔法は!?」

 

 自分たちの知らない未知の魔法に困惑する中、アレーティアが先程よりも感情の籠もっていない声で語りかける。

 

「お前達に、三つだけ伝えておく」

 

「グッ!? な、何……!?」

 

「一つ、アルディアスは間抜けでも、腰抜けでもない。トータスの歴史を振り返っても、彼ほど王に相応しい人物は居ない」

 

「アアァァァ!?」

 

 男たちを襲う圧力が増す。体を動かすことはおろか、指一本動かすことも出来ない。

 

「二つ、私が欲しいなら、そっちから頭を下げて懇願しろ。まあ、お前達なんかについて行くなんて億が一にもないけど?」

 

 更に圧力が増していき、男達の纏う鎧が軋み始めた。最早、意識を保つだけでも精一杯の様子だ。

 

「三つ、私の前でアルディアスを侮辱するのは万死に値する」

 

 地面に亀裂が走り、呼吸をすることすら困難になっていく。

 意識が朦朧とする中、隊長の男は目線だけをアレーティアに向ける。そして、絹糸のような金髪から覗く、爛々と輝く紅の瞳と目が合った。

 そこで、ようやく男は気付いた。

 目の前に少女は、少女の姿をした化け物なのだと。相対することさえ、避けなければいけない相手だったのだと……

 

「ッ!?──……」

 

 後悔、恐怖、絶望。様々な負の表情を浮かべながら、男は意識を失った。

 

 

 

「……まあ、殺しはしないけどね」

 

 気絶した男達を見下ろしながらアレーティアは小さく呟いた。

 今後の為、アルディアスからは殺しは極力抑えるように伝えられている。もちろん、手加減をして此方が被害を被ってしまえば本末転倒なので、その指示を受けているのはアレーティアやフリードのような一部の実力者のみだ。

 アルディアスはもちろんのこと、神代魔法を習得している彼らがその力を大いに振るってしまえば、帝国の被害はとてつもないものになってしまうだろう。

 この世界の神に対抗する為の戦力は、少しでも多いに越したことはない。

 

「精々、お前達が侮辱したアルディアスに感謝するといい」

 

 それだけを吐き捨てると、アルディアスの覇道を阻む帝国兵を排除すべく、次の標的に向けて飛翔した。




魔物部隊司令官カトレア
せっかく生存しているのだから何かポジションを付けたいと思い、こうなりました。
原作での見た目から魔法職ではないし(そもそもアルディアスとアレーティアで存在が薄れる)、剣の達人とかそういうのも何か違うし、将軍はフリードだし……そうだ、原作でも魔物引き連れてたし、魔物専門の司令官とかどうだ?
と、言う訳で、うちの魔人族は空のフリードと陸のカトレアでいこうかと思います!


ヘルシャー帝国侵攻での魔人族の作戦早見表。

北地点 魔物部隊
作戦名:バッチリがんばれ
状況に応じて、攻撃、回避、回復をバランスよく行う。

東地点並びに西地点 歩兵部隊
作戦名:いのちだいじに
死ぬな、絶対に死ぬな。

南地点 アルディアス
作戦名:ガンガンいこうぜ
直進。とにかく帝城に向けて直進。どうせ君のMPは切れない。

帝都内部 騎竜部隊・魔導部隊
作戦名:いろいろやろうぜ
各地の戦況の把握。それに伴う情報の伝達と支援(騎竜部隊)
都市内に残った残存戦力の対処。各地点からの増援の妨害(魔導部隊)

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