【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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書きたい内容はいっぱいあるのに自分の文才の無さにモヤモヤする日々。
ふわっとした気持ちで読んでもらえると幸いです。




第十一話 【魔王の逆鱗】

「各地の戦況はどうなっている?」

 

「北門、東門、西門! 何とか均衡を保っていますが、突破されるのも時間の問題かと思われます!!」

 

「南に展開していた部隊の侵入を確認! 各地にて上空からの奇襲を受けています!!」

 

「チッ、分かっちゃいたが、状況は最悪だな……」

 

 帝城にて各地の戦況の報告を受けたガハルドは圧倒的な不利な状況に顔を歪める。

 

「陛下、やはり王国に救援要請を……!」

 

「完全に包囲されてる状況でどうやれと? それに、仮に出来たとしても増援が到着した頃には帝国は落とされてる」

 

「それは……」

 

 側近の一人がガハルドに進言するが、素気無く却下される。ガハルドとて、それが出来るのなら真っ先にやっている。だが、帝都が包囲されている現状で、王国への救援の使いがあっさりと抜け出せるとは考えづらい。無駄に捕まるだけだろう。

 

「……死傷者が予想よりも少ないのが幸いですね」

 

「……死傷者が少ない? おい、そんな報告は受けてねえぞ?」

 

「……え? あ、も、申し訳ありません!! 必要ないかと思いまして……!」

 

「必要かどうかは俺が決める!! てめぇのさじ加減で判断するんじゃねえ!!」

 

「も、申し訳ありませんでした!!」

 

 ガハルドの怒号を向けられた部下は震えながら頭を下げる。そんな様子に苛立ちながらも、今は時間が惜しいと新しくもたらされた情報を吟味する。

 

(死傷者が少ない? これだけ出遅れて、今尚劣勢な状況でそんなことあり得るか? そもそも、アルディアスが出てくれば一般の兵士なんぞ一瞬で……!?)

 

 一人思案していたガバルドだったが、唐突に何かに思い当たったのか目を見開いた。

 

「アルディアスを見た奴はいるか!?」

 

「え? 魔王ですか? いえ、奴が出たという報告は上がっていませんが……」

 

「後方で指揮をとっているのでは……?」

 

「バカ野郎が!! そんな訳ねえだろ! 自国の民を守るために最前線まで出張るような奴だぞ! そんな奴が安全な場所で高みの見物をしてる訳がねえ!!」

 

 何も分かっていない部下の態度に怒りを露わにしながら怒鳴りつける。

 だが、その怒りは同時に自分に向けたものでもあった。

 確かに魔人族達の力は凄まじい。一人一人が油断出来ない相手だが、その中でも一番に警戒しなければいけない相手がアルディアスだ。

 例え、どんなに優勢な状況だろうとも奴が現れるだけで状況は一変する。そんな相手の存在を真っ先に確認させなかった自分に腹が立つ。

 戦いが始まってしばらく経つが、その男の動向が分からないだけで言いようのない危機感が募る。

 

「とにかく、奴を探せ! もし姿を見つけたら接敵はせずに必ず情報を持ち帰れ!!」

 

「ぎ、御──」

 

──その必要はない。

 

「ッ!?」

 

 すぐに部下に指示を出すガハルドだったが、突然聞き覚えのない声が耳に入ってきた。

 その場に居る全員が声のした方向、部屋に繋がる扉に視線を向ける。

 ガチャ、とゆっくり扉が開き、そこからここに居る筈のない人物が姿を現す。

 

「こうして直接顔を合わすのは初めてだな。ヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャー」

 

「……ああ、そうだな。魔国ガーランド現魔王アルディアス」

 

 たった今、帝国に侵攻を続けている魔人族のトップ、アルディアスがたった一人で玉座の間に現れた。

 

「貴様!? 一体どうやってここに!?」

 

「正面からだが?」

 

「ふざけるな! この城に一体何人の兵士が居ると思っている!」

 

「構わん! この場で殺せば同じことだ! 全員一斉に掛かれ!!」

 

 突然のアルディアスの出現に、その場に居る全員が困惑するが、即座にその首を飛ばそうと剣を抜く。

 こうなることは予想済みだったのか、アルディアスは一切動揺する様子を見せること無く、口を開こうとした瞬間── 

 

「動くんじゃねえ!!」

 

「ッ!?」

 

 ガハルドの怒号が室内に響き渡る。

 そのあまりの迫力に、アルディアスを除く全員の肩が驚きで飛び上がる。恐る恐る振り返ると、そこには此方に目もくれず、真っ直ぐにアルディアスを睨みつけるガハルドの姿があった。

 

「……陛下?」

 

「……全員その場を動くな。俺の指示無しに動くことは絶対に許さん」

 

 力強く宣言するガバルドだったが、側に立っていた側近の一人はハッキリと目撃した。ガハルドの頬を一筋の汗が流れ落ちたのを……

 何時、いかなる時も王として、強者としての毅然な態度を崩すことのないガハルドが明らかに焦っている。

 そんなガハルドに対して、アルディアスは感心したように頷いている。

 

「理解不能な状況に対して、思考を捨て、闇雲に突撃するのは得策とは言えない……良い判断だ」

 

「そりゃ、どうも。それで、どうやってここまで来やがった?」

 

「先程も言ったが、正面から堂々と」

 

「……下に居た俺の部下達はどうした」

 

「騒がれそうだったのでな、少し眠ってもらった。安心しろ、死んではいない」

 

「こっちとしてはありがたいんだが……何故殺さなかった? まさか、敵でも命はなるべく取りたくないとか抜かすような甘ちゃんじゃあねえだろ」

 

「ああ、敵に情けをかけるほど甘い考えを持ってはいないさ。殺さなかったのは俺の目的の為でもある」

 

「目的だと?」

 

 アルディアスの言葉に眉を顰めるガハルド。

 人間族と魔人族は何千年もの間戦い続けている。目的は単純明快、敵種族の殲滅だ。民間人や女子供の扱いの差はあれど、少なくとも敵国の兵士を生かしておく理由など考えつかない。

 

「ああ、それで──」

 

「貴様が偽王アルディアスか!!」

 

 話を続けようとしたアルディアスの言葉を遮り、一人の男が声を上げる。

 アルディアスがそちらに視線を向けると、大柄な男が此方を値踏みするよう睨みつけながら、ズカズカと近付いてくる。 

 

「……そうだが?」

 

「ふん、敵陣の真ん中にノコノコと現れるとは、余程自信があるのか、それともただの馬鹿か……どちらにせよ、貴様を討てば俺の名声もトータスに響き渡ることだろう」

 

 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべ始めた男は、どうやら自分の首を取ることで自身の名を轟かせたいようだ。

 それ自体は何ら不思議なことではない。魔人族の王である自分の首を打ち取れば、その人物は人間族の英雄として歴史に名を残すことになるだろう。

 だが、それよりもアルディアスには気になることがあった。

 

「貴様……誰だ?」

 

 自分と皇帝であるガハルドの会話に何の抵抗もなく割り込んでくることから、それなりの地位の人間であることは予想できるが、あいにくと遠く離れた敵国の人間の顔を一人一人覚えている訳も無かった。

 

「なッ!? 貴様、俺の顔を知らないだと!? ふざけるなよ!? 俺は──」

 

「バイアス!! てめえ、何勝手にしゃしゃり出てやがる!!」

 

 アルディアスが自身の事を知らないと知った男が、表情を怒りに歪め、食ってかかろうと更に一歩踏み出した瞬間にガハルドの怒号が男の言葉を遮った。

 

「バイアス?」

 

 その名前にアルディアスは聞き覚えがあった。顔は知らなかったが、確かその名は帝国の皇太子のものだ。

 

「俺の命令が聞こえなかったのか? 俺の指示無しに動くなと言った筈だが……?」

 

「お言葉ですが、皇帝陛下。敵国のトップが間抜けにも一人で姿を現したのですよ? 呑気に会話などせず、さっさと首を落としてしまえばいいではありませんか」

 

「そう簡単な問題じゃねえんだよ、クソガキが……!」

 

 あまりにも楽観的な考えのバイアスにガハルドの額に青筋が浮かび上がる。

 そんな二人の会話を聞いていたアルディアスは、親子と聞いていたが、随分と内面に差があるのだなと呑気に関心していた。

 

「バイアス・D・ヘルシャー。帝国の皇太子に選ばれる程の男なら、それ相応の器の人間かと思っていたのだが……フム、どうやら俺達がわざわざ足を運ばなくても帝国は滅んでいたかもしれんな」

 

「何だとてめえ!?」

 

「ガハルド。他国のことにどうこう言うつもりは無いが、後釜くらいもう少しまともな奴を選ぶことをオススメする」

 

「……チッ」

 

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ! 帝国は力こそが全て! 誰よりも強い俺が次期皇帝の座に座るのは当たり前だろうが!!」

 

 アルディアスの忠告とも取れる言葉にガハルドは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 実力主義の帝国において、バイアスが皇帝の座につくのは何ら問題は無いが、あまりにも精神面が未熟すぎた。側室の子である為、ガハルドから親の愛情を受けていないことも原因の一因だろう。

 だが、アルディアスの言葉はバイアスからすれば耐え難い侮辱だ。

 

「確かに王を名乗る上で力は一つの重要な要素だ。だが、力だけの王になど民は着いてこない。そんなことすら分からないのか?」

 

「バカバカしい! 民が着いてこないだと? 着いてこなければ切り捨てれば良い。歯向かうならば殺せば良い。弱者は強者に従うのみ! この国では強さこそが正義だ!」

 

「……そうか、お前とは根本的に相容れないようだ」

 

「元々貴様なんぞと馴れ合う気などないわ! 俺を侮辱した罪は重いぞ! 簡単には殺さん! じわじわと嬲り殺しにしてくれる! ()()()()()()()()()!!」

 

「……何?」

 

 これ以上の問答は時間の無駄だと悟ったアルディアスが話を切り上げ、再びガハルドに視線を戻すが、バイアスの怒りは収まらない。本能のままに怒声を飛ばすが、アルディアスは見向きもしない……その言葉を耳にするまでは。

 

「あの魔人族とはどういう意味だ」

 

「ん? ああ、何だ? 気になるのか?」

 

「答えろ……!」

 

 自分に興味を示さなかったアルディアスが明らかに此方に敵意を向けている状況に、先程までの表情から一変、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「ありゃあ、一年前くらいだったな。お前ら魔人族との小競り合いに俺も参加してたんだが……そのときにムカつく奴がいてな。弱いくせにいっちょ前に仲間を守ろうとしやがってよ、苛つくったらありゃしねえ。だから、殺してやった。それも簡単には死なせないようにじわじわとなぶり殺しにな!」

 

「……」

 

「バイアス!! 戦場で何勝手なことしてやがる!!」

 

「人間族の敵を殺しただけですが? 何か問題でも?」

 

「バカがッ!!」

 

 帝国の掲げる実力至上主義。その弱肉強食の理論は帝国に深く染み付いており、ガハルドとバイアスも例外ではない。しかし、二人の弱者に対する扱いは大きく違っていた。

 ガハルドにとって、弱者とは道に転がる石ころのようなものだ。自分の歩みを妨げるなら蹴り飛ばすが、道端に転がって居るならば気にすることもない。それが自国の民でないのなら尚更だ。

 それに比べ、バイアスにとっては退屈しのぎの玩具に過ぎない。自分の機嫌を損ねようものなら簡単に殺す。仮にそこが戦場であろうともそれは変わらない。

 

「……ソイツの特徴は?」

 

「は? 雑魚のことなんざいちいち覚えてられるか……いや、お前の名前を出してたな。アルディアス様、申し訳ありません〜ってな。情けなくて笑えたぜ。それと女の名前もあったな。確か……シリア、だったか?」

 

「ッ!──そうか」

 

「シリアってのはソイツの恋人か何かか? なら、愛しの彼氏の最後を教えてやれば泣いて喜ぶかもな! ハハハハッ!!」

 

 バイアスの高笑いが室内に木霊する。対してアルディアスは俯いたままで、その表情を伺うことは出来ない。

 その様子にガハルドが何か嫌な予感を覚えた瞬間──

 

 バイアスが背後から剣に貫かれた。

 

「うわあ!?」

 

「ひッ!?」

 

「アアッ!?」

 

 バイアスが悲鳴を上げると同時に、周囲の兵士達からも同様に悲鳴が上がる。

 全員が滝のような汗を流しながら、同じ様に胸を押さえている。

 

「い、生きてる……?」

 

 バイアスが震えながら刺された胸に手を当てるが、そこには剣など初めから存在しなかったように傷一つ無かった。

 そんな中、唯一ガハルドだけが何があったのかを正確に理解していた。

 

(ッ!?──今のは殺気か!? なんつー馬鹿げた殺気出しやがる! 一瞬、自分の死を錯覚しちまった!)

 

「……それ以上口を開くな」

 

 その場に居る全員にゾワリと悪寒が駆け巡る。無意識に体が震え、まるで石になったかのようにその場から動くことが出来ない。

 特にその殺気の矛先に居るバイアスの表情は周りの者と比べ、一段と酷い。

 

「あ、ああ……あああ」

 

 表情を青褪めさせ、その場に腰を抜かす。その股からは微かにアンモニア臭が漂う。

 

「一年程前、魔人族の若い兵士が戦死した。回収された遺体は損傷が激しく、顔は判別が出来ない程ぐちゃぐちゃにされていた……そうか、お前か」

 

 アルディアスが一歩、また一歩とバイアスに近付く。彼の脳裏には今も当時の光景が鮮明に映し出される。自分に憧れていると嬉しそうに語っていた青年の表情が……無惨な姿で帰ってきた青年を前に泣き崩れる婚約者の姿が……

 戦死者の遺体が五体満足で帰ってこないものは数多く存在する。しかし、その青年の遺体の損傷は戦闘によるものとは考えづらい程、酷い状態だった。それこそ、まるで拷問にあったかのような……

 

「戦争に私怨を持ち込むなどあってはならないが……俺にも限界というものがある」

 

 アルディアスがバイアスの前に立ち、恐怖に震えるその男を見下ろす。

 

「どうした? 先程まで意気揚々と騒いでいたではないか。その腰の剣は飾りか?」

 

 自分の目の前に立つ男を見上げながら、バイアスは終始困惑していた。

 

(お、俺はこの国の皇太子だぞ……次期皇帝だ!? そんな俺を見下ろすなど……断じて許す訳にはいかない! なのに、何故体が動かない!? 何故手が震える!? 俺は……俺は……!)

 

 バイアスは良くも悪くも武の才に恵まれていた。しかし、恵まれていたからこそ圧倒的な敗北を味わったことが無く、与えられた指南役は数日もすれば相手にならなくなった。

 唯一、ガハルドならばバイアスの相手を務められたが、皇帝としての職務に忙しく、そもそも親としての愛情を持っていなかった為、わざわざ時間を割くこともしなかった。

 だからこそ、初めて感じる圧倒的な強者からの殺気に困惑する。

 自身が感じているのが、恐怖だと気付くこともなく……

 

「ッ!?──舐めるなよ、俺は次期皇帝になる男だぞ!? 貴様なん、ぞ……に……」

 

 それでも、自身の奥底から湧き出る恐怖を押し殺し、バイアスは立ち上がり、剣の柄に手を掛ける……が、それを抜くことは出来なかった。

 バイアスを見つめる黄金(こがね)色の瞳。その奥に感じる黒く燃え上がる怨嗟の炎。

 そこが彼の限界だった。

 

「う、うわァァァ!!」

 

 叫び声を上げながらアルディアスに背を向け、扉に向けて駆け出す。

 無様に足をもつれさせながら逃げる様からは皇太子としての威厳は全く感じられない。

 

「せめて、一撃入れるくらいの気概があれば救いようもあったんだがな……お前はいらん」

 

「──ガッ! な、何だこれは!?」

 

 一直線に走っていたバイアスが額を何かに強くぶつける。困惑しつつも辺りを慌てて見回すと、自分が透明な結界に覆われていることに気付く。

 

「出せ! ここから出せぇ!! おい、貴様何を呆けている!? 早く俺を助けろ!!」

 

 扉の近くに居た兵士の一人に助けを求めるが、困惑する様子を見せるも、助けに動く気配はない。

 

「何をしている!? 俺はこの国の皇太子だぞ! 替えの利く貴様らとは違うんだ!? 俺の為に死ぬのが貴様らの役目だろうが!!」

 

「……?」

 

 それでも動かない。それどころか、どんどん困惑の色が強くなっていく。

 しかし、それも仕方がないことだろう。何せ、バイアスの言葉は何一つ彼らに届いてなどいないのだから……

 

「───!───!?」

 

「無駄だ。その結界内ではお前の声が此方に届くことはない」

 

 “無響(むきょう)“──対象を中心に形成される隠蔽結界。中の人物や物が発する音や気配を完全に抹消する魔法。アルディアスがカトレアと共に人間領を脱出した際に使用した魔法だ。

 その気になれば周囲の景色と同化することも可能だが、今回はその能力は使っていない。

 そして……

 

「お、おい……何か、あの結界縮まってないか?」

 

「……え?」

 

 未だに殺気を放ち続けるアルディアスを前に、黙って見ていることしか出来なかった兵士達が異変に気付く。

 バイアスを覆う結界が少しずつ収縮している。

 そのことにバイアスも気付いたのだろう。ようやく腰の剣を抜き、我武者羅に結界に叩きつけるが、ヒビ一つ入る様子はない。

 ついには剣を振るうことすら出来なくなり、大柄なバイアスの体を強く圧迫していく。

 苦悶の表情を浮かべ、悲痛な叫びを上げるバイアスだが、その声は誰の耳にも届くことはない。

 次第に腕や足がおかしな角度に折れ曲がり、肉体が裂け、結界内を鮮血が満たし始める。 

 周囲の兵士達も堪らず視線を外す。結界に囚われるバイアスの最後を悟ってしまったのだろう。

 バイアスは滂沱の涙を流しながら結界の前に佇むアルディアスに目を向ける。

 その表情からは先程までの傲慢な様子は鳴りを潜め、アルディアスに許しを請うかのように見つめる。

 しかし、そんなことでアルディアスが止まる筈も無い。

 

「本来ならば、遺言の一つくらい聞くんだがな……お前の言葉など聞くに値しない。後世に何一つ残すこと無く、消えてしまえ」

 

 アルディアスの言葉を最後に、結界の収縮が一気に加速する。何の音もなく、赤黒いビー玉サイズまで縮まり、そのまま宙に溶けるように消えていった。

 

 あまりの衝撃に誰も口を開くことが出来ず、辺りが静寂に包まれる。

 そんな中でたった一人、アルディアスだけは何事も無かったようにバイアスが居た場所に背を向け、再びガハルドの前に戻ってくる。

 そして、油断なく此方を睨みつけるガハルドに視線を向ける。

 仮にも自らの息子を目の前で無惨に殺されたのだ。本来ならその相手にさぞかし憎悪の籠もった眼を向ける筈だが、ガハルドからは単純なアルディアスの力に対する警戒を感じるだけで、怒りや憎しみなどといった負の感情は伝わってこない。

 

「実の息子が死んでも動揺は無し……か。帝国は皇帝の座をかけて身内だろうと決闘を行うと聞いていたが、本当のようだな」

 

「良く知ってるじゃねえか。あいつは次期皇帝の座を決める決闘で実力を示した。だから皇太子の座を与えた。ただそれだけだ」

 

 実力があったから、それに見合う地位を与えた。魔人族はもちろん、同じ人間族である王国の人間にすら理解することは出来ない思想だが、これこそが帝国が実力至上主義と言われる所以なのだろう。

 

「だが、奴は俺を不愉快にさせた。戦士にとって戦場は己の力を示す唯一無二の居場所。立ち塞がる敵をなぎ倒し、強者との命のやり取りをする中で、常に高みを目指す男こそが皇帝の座に相応しい。決して足元に群がる弱者にいい気になるようなクズが座れる椅子じゃない。てめぇが殺らなかったら俺が首を刎ね飛ばしてやったところだ……バイアスが殺したという男……ソイツはお前から見て強者になり得る男だったか?」

 

「……お前のいう強者に該当するかは知らんが、国の為、愛する者を守る為に己をかける事が出来る男だった。将来は魔国の将にまで上り詰めたかもしれんな」

 

「そうか……戦場で命を弄ぶなど言語道断。シリアだったか? 恋人らしいな。ソイツには謝っといてくれ」

 

「承知した」

 

 ガハルドがアルディアスに謝罪の言葉を述べたことにその場の兵士達に衝撃が走るが、彼に近しい側近達はガハルドの行動の真意がよく理解できた。

 彼は帝国の思想を体現したかのような存在だが、王であると同時に紛れもない一人の戦士であった。

 故に、例え弱者であろうとも、確固たる信念や強者になり得る才を持った戦士には一定の敬意を払うことも珍しくなかった。

 もしこれが、情報を得る為に捕縛した敵兵を拷問しただけであったなら、ガハルドは何とも思わなかったし、アルディアスに謝罪することもなかった。もちろん、アルディアスがあそこまでの怒りを露わにすることもなかった筈だ。

 

「さて、話が途中だったな。目的がどうとか言っていたが?」

 

「ああ、随分時間を無駄にしてしまったな。あまり外の連中を待たせるのも悪い。単刀直入に用件だけ伝えよう……降伏しろ」

 

 いきなりの降伏勧告にその場が一気に緊張に包まれるが、先の光景を思い出し、恐怖から反論の声を上げることが出来ない。

 

「いきなりだな。呑まなければ?」

 

「帝都を落とす」

 

「だろうな……断る。帝国を舐めるなよ? お前が何を考えてるのかは知らんが、戦わずして降伏などありえん。敗戦国の王族の末路は死あるのみ。何千年もの恨みが積み重なっていれば民にもそれが及ぶ可能性もある。俺も、この国の兵士も最後まで抵抗を続けるだろう」

 

「先程も言ったが、無駄に命を奪うつもりは無いが……?」

 

「それをはいそうですかと信じられると思うか?」

 

「まあ、無理だろうな」

 

 一瞬、自身の目的を話そうかとも思ったが、信憑性がない上に、王国程じゃなくとも、エヒトの信者である彼らにいきなり真相を話したところで、信用を得るどころか、混乱させる為の出任せと捉えられてしまう可能性が高い。

 

「やはり、計画通りに進めるのが最善か」

 

「何?」

 

 ため息をつきながら、小さく呟くアルディアスに眉を潜めたガハルドが聞き返す。そんなガハルドを尻目にアルディアスはこめかみに指を当てる。

 その様子に何かをするつもりなのかは分からないが警戒を高める兵士達。しかし、次の瞬間、彼らは一様に言葉を失うこととなる。

 

「……全軍に通達。たった今を持って、作戦を第二段階へと移行する。全軍──()()()()()()()()()()

 

「「「……は?」」」




次期皇帝?バイアス・D・ヘルシャー
バイアスって次期皇帝らしいけど、強さはともかく他は完全にガハルドに劣ってますよね。カリスマとか人望なさそうだから皇帝になったとしてもすぐ謀反とか起きそう。

アルディアス様ブチギレ
戦争に汚いもクソもないので、情報を吐かせる為に捕虜を拷問するのは理解できるし、何ならすることにも躊躇いはありません。自国の民の安全が第一なので。
しかし、自らの愉悦の為だけに民を殺したバイアスに神の姿が重なり、ギルティとなりました。

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