時は少し遡る。
「エヒト様!! どうか……どうか私の声にお応え下さい!!」
神山に存在する聖教協会本山の大聖堂。その最奥にて、エヒト神が描かれた巨大な壁画の前で一人の老人が膝をつきながら必死に祈りを捧げていた。
彼の名はイシュタル・ランゴバルド。この聖教教会の教皇の地位につく男だ。
普段は教皇の名に相応しい佇まいと覇気を崩さない好々爺然の男だが、今の彼の姿は、エリヒドや光輝たちが見れば同一人物とは思えないほど様変わりしていた。
シワ一つ無かった豪華な法衣は薄汚れ、立派な烏帽子は折れ曲がってしまっている。
まともに寝ていないのか、目の下に真っ黒な隈を作り、体は枯れ枝のようにやせ細ってしまっている。
エヒトからの意志が途絶えて数日、寝る間も惜しんで祈りを捧げ続けているが、かの神からお告げが来ることは一切無かった。
エヒトの意向を告げる、メッセンジャーたる役目を持つノイントはいつの間にか姿を消していた。
他の司祭たちもイシュタルと同様に膝をつき、祈りを捧げるが結果は変わらない。
それもそうだろう。彼らが信仰を捧げる神は既にこの世界に居ないのだから……
「どうして!? どうして何もおっしゃってくれないのです!? もしや……もしや私たちは……!」
今までこのようなことが起こることは無かった。人間族が窮地に陥った時、必ずあの方が手を差し伸べてくれた。
しかし、現にかの神は何一つ言葉をくれることはない。そんな状況が続けば彼らの精神もすり減り、最悪な考えが頭を過ぎる。
それはつまり、エヒト神が人間族を見限ったのではないか? と、いうことである。
神に認められていながら、魔人族相手にいつまでも手こずっている我らに失望してしまわれたのではないか?
アルディアスが魔王として君臨するようになってからは、完全に戦況が不利になってしまった故に……
「ッ違う!? エヒト様が我らを見限る筈が無い!! これは何か、何かの間違いだ!!」
滂沱の涙を流しながら、頭に浮かんだ考えを振り払う。
認めたくない。認められない。認めるわけにはいかない。もし、認めてしまえば、自分は自分で無くなってしまう。
そんなイシュタルの耳に近くで祈りを捧げていた司祭たちの声が偶然聞こえた。
「何故……何故なのですか、エヒト様……!」
「勇者も魔王に敗北し……このままでは我々は……!」
「……貴様、今何と言った?」
「……へ?」
「何と言ったのかと聞いている! 答えろ!!」
「ッ! ゆ、勇者も敗北し……」
「……それだ」
「「「え?」」」
祭祀の言葉を聞いたイシュタルは天啓を得たとばかりに立ち上がり、他の司祭達に向き直る。
「勇者だ。エヒト様が我々人間族の勝利の為にこの世界に喚び出した神の使徒。だが、彼らの最近の活躍はどうだ? 無能一人失ったくらいで多くの者が前線を離脱し、さらに倒すべき魔王相手に惨敗。そのせいで更に剣を取るものが少なくなった。果たしてこんな者共が神の使徒と言えるか?」
イシュタルの言葉に司祭たちも同調するように頷く。
彼らはエヒト神に選ばれたにも関わらず、その力を持て余し、戦うことすら放棄する始末。勇者である光輝と作農師の愛子の進言もあり、見逃しているが、戦うこともせず、城で怠惰な生活をする彼らに不満が無いというわけではない。
「しかし、彼らはエヒト様直々に選ばれた存在です。彼らとエヒト様がお隠れになったことに何の関係が?」
「確かに、彼らはエヒト様がお力を与えた特別な存在だ。だが、人間とは力を持つと誰しも傲慢になるもの……エヒト様に与えられた力を自らの物と勘違いし、鍛錬を怠った結果が今の状況なのではないか?」
「ッ!?──も、もしやエヒト様が御姿を消したのは……!」
「ああ、奴らがエヒト様から与えられた力を十全に使えていたならば偽王なんぞに後れを取る筈がない。全ては彼らの怠惰が起こした悲劇! きっとエヒト様は失望されたのだろう。力を与えられながら、それを活かそうともしない勇者たちに……!」
「ならば、エヒト様が我らに望むのは……!」
「……捕らえろ。王都に居る勇者たち神の使徒……いや、神の意志に反する異端者共を! 一人残らず捕らえろ!! 奴らに然るべき裁きを下したその時こそ、必ずやエヒト様は我らの前に現れて下さる!!」
イシュタルを言葉を受け、司祭たちが一斉に行動を開始する。
誰も彼もが、まともに食事も睡眠も取れておらず、先程まで死に体だったにも関わらず、その動きに淀みは見られない。
自分たちは見捨てられたわけではない。その可能性が出てきただけで体に活力が湧いてくる。
イシュタルの言うことが正しいかなど関係ない。絶望の最中、暗闇に垂らされた一筋の光。只々それに縋り付く。
その思考こそが人間の傲慢だと気付くこともなく……
◇ ◇ ◇
「はあ、はあ、はあ……」
王城に隣接された兵士御用達の修練場。まだ、日が昇って早い時間帯だが、そこには一人の少年が愛用の聖剣を握りしめ、荒い呼吸を繰り返していた。
その額を流れる汗を見るに、恐らく日が昇る以前から訓練を続けていたのだろう。
「はあ、はあ……駄目だ。こんなんじゃ……もっと……!」
膝に手をつき、呼吸を整える少年──人間族の勇者である光輝は、再び剣を正眼に構える。
呼吸が落ち着くに連れて周囲の音が消えていき、光輝の目の前に仮想敵が現れる。
雪の様に真っ白な白髪。
キッと視線を鋭くした光輝が剣の柄を強く握り締め、一歩踏み出した瞬間──
──光輝の首が消し飛んだ。
「ッ!?──ガハッ!!」
思わずその場に膝をつく光輝。片手で首に手を当てるが、そこにはもちろん傷一つ付いてはいない。
「はあ、はあ、クソッ!?」
「……やっぱりここに居たのね」
自らの思うような成果が出ないことに、思わず彼らしくない乱暴な言葉が吐き出される中、一人の少女が呆れたように近付いてくる。
「……雫」
「ほらっ、汗くらい拭きなさい」
「あ、ありがとう」
持っていたタオルを投げ渡し、それを受け取った光輝が礼を言いながら、流れる汗を拭い取る。
「今の特訓……お祖父ちゃんから教わった方法でしょ?」
「やっぱり雫には分かるか」
「当たり前でしょ。ただ闇雲に剣を振るうだけでは意味が無い。常に自身の中での最強を思い浮かべろ。想像で勝てなければ実戦で勝てる訳がない。私も良く言われてたもの……その様子じゃ成果はイマイチみたいね」
「……ああ、何度挑んでも瞬殺されるイメージしか浮かばない」
「まあ、仕方ないわよ……私だって無理だもの」
「でも、やるしか無いんだ! あの人と同じ土俵に立てばきっと俺の話を聞いてくれる筈!」
「光輝……」
拳を握り込み、やる気を見せる光輝に雫は何とも言えない表情を浮かべる。
光輝が力をつけようとするのは何も問題はない。これからどうなっていくかは分からない以上、クラスの中心である光輝が折れてしまえば、たちまちその空気が全員に伝染してしまう。
そう考えれば今の状況はありがたいものなのだが、そうなった理由に問題があった。
あの日、彼らが初めてアルディアスと邂逅した後、王城でメルドと共に迷宮での事を報告した時のことだ。
それまで光輝は、敵である魔人族のことをイシュタルたちに言われるままに魔物の上位互換と信じており、彼らのことを知ろうともしなかった。
しかし、一度知ってしまえば、それまでと同じとはいかず、エリヒド王に魔人族の事を問い詰めたのだ。
エリヒド王も何を今更といった表情を浮かべたものの、一つ一つ丁寧に教えてくれた。
中でも光輝の興味を強く引いたのは王であるアルディアスのことだ。
一国の王であるにも関わらず、民を守る為に前線にまで現れる彼の姿は、光輝が好感を抱くには十分だった。
「きっと、あの人も本当は戦いたくなんかないんだ。話し合えばきっと分かる筈!」
「……私たち、あの時殺されかけたのよ?」
「それはあの魔人族の女性を傷つけられたからだろ? 俺だって雫や香織を傷つけられたら冷静でいられる自信はないさ。南雲が俺の話を聞いてくれてさえいれば、あんなことにはならなかった」
「はぁ……その南雲君が居なかったら私たちとっくに全滅してるわよ」
相変わらずのご都合主義に雫は頭を抱える。
アルディアスに直接殺気をぶつけられたというのに、彼の中では仲間を傷つけられたから苛立っていたと解釈されたようだ。
光輝は自覚していないが、ここまでハジメを敵視するのは、無能と蔑まれていたハジメが自分を遥かに超える力を手にしていたことと、大切な幼なじみを取られたという嫉妬が関係しているのだろう。
一度、光輝のご都合主義を放置していたせいで大変な目にあった身としては、もう同じ事がないように忠告を繰り返しているのだが、一切進展は見られない。
せっかく香織の件が片付いたのに、未だに心労が絶えない自分の立場に雫が深くため息をつく。
「? 何だ?」
「何か騒がしいわね?」
すると、修練所の外が何やら騒がしくなっていることに気付く。
二人が不思議そうに首を傾げ、顔を見合わせていると、突然、武装した神殿騎士たちが姿を現し、光輝と雫の二人を取り囲む。
「な!?」
「何!?」
二人を囲い込み、剣や槍を此方に向けてくる騎士たちに二人は困惑する。
そんな二人を余所に、一人の老人が彼らの前に歩み出てくる。他の騎士とは違い、武装をしておらず、法衣を纏っていることから聖教協会の人間なのだろうが、何となく二人には目の前の人物に見覚えがあった。
「……もしかして、イシュタルさん?」
「え!?」
じっと老人の顔を見つめていた雫が目を見開いたかと思うと、恐る恐るといった様子で一人の人物の名前を口にする。
そのよく知る名に驚愕した光輝が改めて老人の顔を凝視する。頬は痩せこけ、隈の酷い顔は自分の記憶とかけ離れていた。しかし、言われてみると薄っすらとだが、面影があるようにも思える。
「ほ、本当にイシュタルさんなのか? その顔は……」
「……久しぶりですな、光輝殿」
「え、ええ……お久しぶりです。あの、これは一体?」
「今朝方、聖教協会である決定が下されました。天之河光輝率いる神の使徒一行を神に仇なす者として異端者に認定。即刻、その身柄を聖教教会が拘束します」
「「なっ!?」」
イシュタルから告げられた内容に驚愕に目を見開く。
二人とて、この世界における異端者が何なのかくらいは知っている。だからこそ、謂れのない罪に声を上げる。
「ま、待ってください!? 俺達が異端者!? 何かの間違いでしょう!?」
「光輝の言う通りです! 私たちは何もしていません!!」
二人の必死の弁解に一部の騎士たちが僅かに狼狽える様子を見せる。どうやら彼らもいきなりの通達で混乱しているようだ。しかし、イシュタルは一切動揺する様子を見せない。
「
「それは……人間族を戦争で勝利させる為」
「ええ、その通りです。その為ならば我々は協力を惜しみません。しかし、実際はどうです? 無能一人失ったくらいで多くの者が前線を離れ、打倒すべき魔人族には手も足も出せずに敗北し、おめおめと生き恥を晒す始末……」
「ま、待ってください。確かにそうですが、みんな精一杯やって──」
「結果が伴わなければ意味がない!!」
「ッ!?」
光輝の言葉を遮るようにイシュタルの怒号が修練所に響き渡る。
「精一杯やった? そんなものに意味などありません。戦争は勝つか負けるかの二択のみ。敗北に価値などありません。それに光輝殿、貴方はエリヒド王に進言したそうですね。今すぐに戦争を止めて、魔人族と話し合うべきだと」
「え? そ、そうですけど……」
イシュタルから告げられた内容を光輝が肯定したことにより、周囲の神殿騎士たちがざわつく。
(マズイ!)
その様子にこのまま光輝に喋らせる危険性を察知した雫が話に割って入る。
「待ってください、その件は──」
「今は光輝殿に聞いているのです。それとも何かやましいことでも?」
「ッ!──いえ……」
しかし、すぐにイシュタルに阻まれ、口を紡ぐ。ここまで言われて、尚光輝を庇うような言葉を出してしまえば、自分たちの首を締める結果になりかねない。
「それで、どうなのです?」
「た、確かに言いましたけど……だって魔人族も俺達と同じ人なんですよ! なら、戦わなくても話し合えば解決できる筈です!」
(馬鹿ッ!!)
雫が内心光輝に怒りの言葉を吐き出すが、当の光輝は自分がとんでもないことを言っている自覚がない。
「つまり……魔人族と戦い、奴らを殺すつもりはないと?」
「はい! 殺すなんて絶対に駄目です!」
「……分かりました。聞いていた通りです。今すぐ彼らを捕らえなさい。エヒト様の意向に逆らう愚か者を神の名の下に断罪します」
「「「ハッ!」」」
「な!? 何をするんですか!?」
「当たり前でしょ、馬鹿!!」
イシュタルの号令に神殿騎士たちが一気に光輝たちに迫る。
先程までは躊躇する様子を見せる者もいたが、光輝の発言に僅かに残っていた躊躇いも無くなったようだ。
彼らに剣を向ける訳にもいかず、なすがままにその体を拘束される光輝と雫。
「抵抗はしない方が賢明です。あまり暴れるようでしたら、この場で処断します。それにご友人の安否も保証できませんよ?」
「ッ!?──みんなに何をしたんですか!?」
「言った筈です。神の使徒
「……私達をどうするつもりなんですか?」
「そんなもの、言うまでもありません。エヒト様に逆らう愚か者に生きる価値は無い。然るべき手順を踏んだ後に……全員処刑します」
イシュタルの無慈悲な一言に光輝は唖然とし、雫は顔を顰める。
「処刑!? 俺達は同じ人間なんですよ!?」
「だからどうしたんです。貴方たちの世界でも罪を犯せばそれ相応の罰が与えられるのでしょう? それと同じことです。連れていきなさい」
そのまま神殿騎士に拘束され、光輝と雫は修練所を連れ出される。
その後ろ姿を見つめるイシュタルに一人の神殿騎士が近付く。
「イシュタル様、他の神の使徒なのですが、二人程姿が見えないようです。問い詰めたところ、どうやら昨夜から部屋に戻っていないようでして」
「その二人の名は?」
「中村恵里と檜山大介です。神の使徒の中ではそこまで上位の者ではないようですが……」
「ならば、国中に手配を出しておきなさい。腐ってもエヒト様の恩恵を受けた存在。放置すれば後々厄介です」
「ハッ!」
一礼して去っていく神殿騎士を尻目に、イシュタルは恍惚とした笑みを浮かべる。
「後少しです、我が偉大なる神よ。貴方の意志に背く愚か者共は、このイシュタルめが全て消し去ってご覧に見せましょう。その時こそ、再び御身の存在を……!」
◇ ◇ ◇
「神の使徒の皆さんが異端認定とはどういうことですか!?」
「お、落ち着け、リリアーナ……」
「これが落ち着いていられますか!!」
ハイリヒ王国王城にて、国の王女リリアーナが国王である父、エリヒドに詰め寄っていた。
「光輝さんたちは異世界の住人でありながら私たちの為に戦ってくださっているのですよ! その方たちを異端者扱いなど、絶対に間違っています!!」
「しかしだな、現にイシュタル教皇からはエヒト神からの神託があったと……それに光輝殿が魔人族との戦いを拒否するような発言をしたことはお前も知っているだろう?」
「そ、それは……」
「何も私も光輝殿たちが本当に異端者だと思っている訳ではない。しかし、その件を出されれば流石に反論もしづらい。神の使徒が異端認定を受けたことで民たちにも動揺が広がっているが、光輝殿の発言がどこからか洩れたようでな……民が彼らに敵意を見せ始めている」
「そんな……!」
当初、光輝たち神の使徒が異端認定されたことに国民全員が驚愕したが、誰が話し始めたのか、光輝が魔人族との融和を望んでいるとの噂が立ち始めた。
そのせいで、彼らのことを魔人族に魂を売った裏切り者だと蔑む声が多く聞かれるようになった。
「幸い、すぐに彼らが処罰される訳ではない。私も、そして彼らの教官のメルドも何とか進言してみるつもりだ。安心しなさい、きっと大丈夫だ」
不安げな表情の娘を安心させようと笑みを向けるエリヒドだったが、リリアーナの表情に喜色が宿る様子はない。
「お父様。今回の件、本当にエヒト神のお告げなのでしょうか……?」
「リリアーナ?」
「元々疑問だったのです。慈悲深きエヒト神が戦争に勝利する為とはいえ、光輝さんたちをこの世界に無理やり連れてきたことが」
人間族が信仰する創造神エヒト。慈悲深く、寛容な存在としてこの世界に君臨するかの神が、人間族の劣勢を挽回する為とはいえ、関係のない者……それもまだ子供の光輝たちを連れてくるとは思えない。
仮に連れてくるとしても、心身共に成長しきった大人を選ぶのが普通ではないだろうか。
雫から聞いた話だが、彼女らの世界では戦争は排すべきものとして教えられ、自らに危険が迫った状況でなければ他者を害することは禁じられているらしい。
戦争真っ只中の国の王女であるリリアーナからすれば、信じられないことだが、それも争いのない平和な国だからこそなのだろう。
そう考えれば、光輝の殺人への強い忌避感も納得できる。
それに戦争はなくとも、国の防衛部隊は存在するらしい。リリアーナは戦いのことなど全く分からないが、その防衛部隊と光輝たち、どちらかを選ぶとしたら間違いなく前者を選ぶ自信がある。
「それに、ここ数週間、聖教教会はその門を閉ざし、一切の干渉を絶っていました。ようやく姿をお見せになったと思えば、今回の決定です。お父様はイシュタル教皇や他の司祭の方々のお姿を見て、何も疑問に思わなかったのですか?」
「それは……」
リリアーナの言葉にエリヒドは言葉を詰まらせる。
彼とてイシュタルを始め、聖教協会の司祭たちの異様な姿には困惑した。
普段の彼らの姿を知っているからこそ、何かあったと察するには十分だった。
「彼らの姿から何か異常事態が起きているのは明白。もしかしたら、エヒト神からの神託というのも……」
「まさか!? 聖教教会が神の名を驕ったとでも言うのか!?」
「あくまで私の想像に過ぎませんが……私たちの為に戦ってくださっている彼らが、自分たちの理想と違ったからといって異端者に認定するのは、私の聞き伝えるエヒト神の行いからは遠くかけ離れていると感じます」
目を見開いたエリヒドが顎に手を当てて考え込むが、すぐに首を横に振り、その可能性を否定する。
「いや、やはり私にはとてもそうは考えられん。イシュタル教皇のエヒト神への信仰は本物だ。それこそ、かの神が望むのならその命を差し出すのすら躊躇わないような人物といえるだろう。それほどの者が私利私欲の為に神の名を利用するとは考えづらい」
「それは……いえ、お父様の言う通りです。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」
未だに納得出来ていないリリアーナだったが、エリヒドの表情を見て、言葉を飲み込む。
ここはリリアーナとエリヒドの二人しか居ないが、彼女の物言いが聖教教会の司祭の耳に入ってしまえば、如何に国の王女とはいえ、処罰は免れないだろう。
聖教教会の教皇イシュタルは文字通り神の代弁者だ。
彼の意志の反するということは神の意志に反するということになる。
友人が謂れのない罪で捕まり、心配なのは分かるが、親としては娘が危険な目にあうのだけは避けたいのだろう。
父が自分を想ってくれているのが分かるからこそ、リリアーナもこれ以上言葉を続けることが出来なかった。
「気にすることはない。お前には色々と苦労をかけているからな……それと、一つ伝えておかなければならないことがある」
「……バイアス様との婚約の件でしょうか」
「……そうだ。以前より話には上がっていたが……正式に決まることとなった」
数年前より、侵攻が激しさを増しつつある魔人族に対抗する為、バイアスとリリアーナの婚約によって、同盟国の関係を強化する話はよく出ていた。事実上の婚約者とも言える。
しかし、神の使徒が召喚されたことにより、話自体、有耶無耶になっていたが、頼みの綱である勇者一行が魔王相手に惨敗を喫したことで、その話が再び持ち上がったのだろう。
その事実に思わずリリアーナの表情に影が差す。
リリアーナの婚約者であるバイアスは、父と同じく無類の女好きで、かなり気性の荒い人物だ。十歳にも満たないリリアーナに向けられた舐めるような嫌らしい視線は、今でも思い出すたびに虫酸が走る。
そんな嫌悪感を抱く人物だが、国の王族として、王女としての使命は自身の在り方としてとっくに受け入れていた。
年頃の女の子のような憧れも捨てきれてはいないが、いざとなれば、その身を捧げる覚悟はとうに出来ている。
そんなリリアーナの表情を見て、無理をさせてしまっていることに父として情けなさを感じるが、王としての責務を果たす為、口を開こうとした時──
「国王陛下!! 至急お伝えしたいことがあります!!」
「ッ!?──メルド? 構わん、入ってくれ」
扉をノックすると同時に、外から騎士団長のメルドの声が聞こえた。
何やら焦っているような様子にエリヒドとリリアーナは顔を合わせたが、すぐに入室許可を出す。
「失礼します! リリアーナ様!? 申し訳ありません!? お二人のお邪魔を──」
「構いません、何やら緊急のご様子。何かありましたか?」
「ハッ、実はヘルシャー帝国へと派遣した使者がつい先程帰還したのですが」
「ん? 随分早いな。もうしばらくかかると思っていたんだが……何か問題でもあったのか?」
リリアーナとバイアスの婚約を進める為に、先日帝都への使者を送ったのだが、その早すぎる帰還にエリヒドは首を傾げる。
帝都までは馬車を使っても数日かかり、簡単な協議を行うことも含めれば更にかかることは想像に容易い。
こんなに早く帰還することはありえない為、何か問題が起こったのではないかとメルドに問いかける。
しかし、事態はエリヒドたちが考えるよりも更に最悪の状況へと既に向かっていた。
「帝国中に魔国の国旗を確認! 更に、遠目からも国内外に多数の魔人族の姿を確認したとのことです!!」
「えッ!?」
「ま、まさか……帝都が落とされたのか!?」
彼らは全てが終わってからようやく気付く。
既に魔王の手が、その喉元にまで迫っていることを……
>聖教教会
絶賛大暴走中。今までエヒトの指示通り動くだけの存在だった為、まともな思考すら出来ていません。
>光輝やらかす
原作でも色々やってましたが、堂々と魔人族を殺すのは駄目だと宣言すればこうなるかなと。仮にエヒトが健在で、うまく言いくるめたとしても魔人族に強い恨みを持つ人間からは敵視されるのではないかと思いました。
>エリヒドたち王国上層部
帝国が落とされたことを知る。ただでさえ、聖教教会の暴挙に動揺しているところに追い打ち。これが泣きっ面に蜂。
というか、エリヒド王の言葉使いとかこれで違和感ないですかね? 書こうとしたらあの王様どんな感じ喋ってたっけ?と不安になったのでweb版で再確認してから書きました。