「驚いたな。あのときの少年がここまで成長しているとは。そちらの少女は容姿が変わってないようだが……」
「ん、久しぶりだね。私はちょっと特殊だから」
「フム、なるほど。色々事情がありそうだ。それに帰ってきた者からは魔王に助けて貰ったと聞いた」
「3年前に即位した。解放した者からある程度の話は聞いているか?」
「ああ、正直まだ信じられない気持ちだが、帰ってきた者からある程度のことは聞いている。少年……いや、もうそんな年でもないか。魔人族の王よ。フェアベルゲンを代表して礼を言わせてもらう」
「気にするな。こちらもある程度の打算ありきだ」
「……それは貴殿の隣に居る者が関係しているのか?」
アルディアスと会話をしていたアルフレリックが目を鋭くさせ、ガハルドを睨みつける。
周りの亜人族も武器を構え、今にも襲いかかりそうだ。
「お前たちの気持ちも分からんでもないが、今は話を聞いて欲しい」
「何を世迷い言を!! その男が今まで我らの同胞を何人殺してきたと思っている!! よくものこのこと我らの前に姿を出せたな!!」
アルディアスが止めに入るが、亜人族の護衛たちはそんなこと知ったことかと声を荒げる。
しかし、そんな状況でありながら、ガハルドは面倒くさそうに顔を顰める。
「ふん、俺だって来たくて来たわけじゃねえよ。そもそも奴らが死んだのはお前たちが弱かったのが悪いだろ。自分たちの不甲斐なさを俺のせいにするんじゃねえ」
「貴様!?」
「よせ。気持ちは痛いほど分かるが、今は堪えろ。アルディアス殿の話を聞くのが先決だ」
「ガハルドも無駄に煽るな。ここに来た目的は理解している筈だ」
「くッ……」
「わーってるよ」
一触即発の空気は変わらないが、アルフレリックとアルディアスの仲裁に渋々矛を収める亜人族。ガハルドも流石にここで殺り合う気はないのか亜人族から視線を外す。
「同胞がすまない。だが、理解して欲しい。それほど我々の帝国に対する恨みは深いのだ」
「分かっている。こうなることを承知の上でコイツを連れてきたわけだしな」
「……何やら込み入った事情があるようだな。ここでは何だ、フェアベルゲンまで案内しよう」
「アルフレリック様!?」
「こちらとしては有り難いが、いいのか?」
「ああ、君の人となりはある程度理解している。そこの帝国の皇帝も君が居るならば何も出来まい」
「チッ」
アルフレリックの言い分にガハルドは不機嫌そうに舌打ちする。
事前に話を聞いていたというのもあるが、この僅かの会話や動向でアルディアスとガハルドの力関係を察したのだろう。この洞察力の高さは流石と言わざるを得ない。
「それに、多くの同胞を救ってくれたのだ。そんな君を無下に扱ってしまえば亜人族はとんだ恥知らずになってしまう」
アルフレリックの言葉に困惑していた護衛たちも渋々だが納得した表情を浮かべる。
彼らも、もう二度と会えないと諦めていた家族が、恋人が、親友が帰ってきて、奇跡の再会に歓喜の涙を流しながら抱き合う光景を見ているのだ。
そんな光景を作り出してくれた恩人を無下に扱うのは彼らとしても本意では無かった。
「では、お言葉に甘えさせてもらう」
「うむ、招待しよう。我らの故郷、フェアベルゲンへ」
◇ ◇ ◇
「なるほど、この世界の真の神……か。この世界が神の盤上とは聞いていたが、その神すらも盤上の駒だったとは、皮肉なものだな」
場所は移り、フェアベルゲンの中心、アルフレリックが用意した広場で彼らは話し合いを行っていた。
ここにはアルディアスとアレーティア、ガハルドの他にフェアベルゲンの長老衆とその護衛が集まっていた。
無論、ここに来るまでに一悶着(主にガハルド関連)あったが、多くの同胞を救ったアルディアスの存在とアルフレリックの取成しにより、なんとか怒りを抑え込んでいる。
真なる神の存在を告げたアルディアスだったが、予想と違ったアルフレリックの反応に首を傾げる。
「何だ、エヒトの正体を知ってるのか?」
「ああ、ついこの前だが、君と同じ迷宮の攻略者が現れたのだ。その者から真相を聞いた」
「攻略者……もしや、その者は南雲ハジメと名乗らなかったか?」
「ッ!?──知ってるのか?」
「ああ、一度だけ接敵してる。やはり迷宮の攻略者だったか。まだまだ荒削りだが、中々見どころのある少年だった」
「アレをそんな風に言えるのは君くらいだよ」
自分たちは危うく国ごと滅ぼされる手前だったというのに、そんな相手をまるで将来が有望な子供のような扱いが出来るのは世界でもアルディアスくらいだ。
アルディアスの発言にアルフレリックは苦笑し、他の長老衆が戦慄していると、アルディアスはここに長老の一人がいないことの理由を察する。
「……なるほど。8年前に居た熊人族の長……確か、ジンと言ったか。奴がここにいないことを疑問に思っていたが、また凝りもせずに手を出したな?」
「……」
「アルディアスに情けをかけて貰ったのに、学習しなかったの?」
「返す言葉もない」
ジト目のアレーティア対して、アルフレリックが眉間を抑えながら肯定する。
八年前、アルディアスとアレーティアがフェアベルゲンを訪れた際に、口伝に従い、二人をフェアベルゲンに招いたアルフレリックに反抗し、いきなり襲いかかったのだ。
当時、10歳だったアルディアスと見た目が12歳で成長が止まっていたアレーティアの姿を見て、こんな子供が敵対してはならない強者だとはとても信じられなかった故に起こした愚行だった。
結果は言うまでも無く、アルディアスに簡単にあしらわれた。
アルディアスに殺す気が無かったことが幸いして、その場は見逃され、本人には「見た目だけで安易に判断して浅慮な行動をしないことだ」と忠告したものの、無駄に終わったようだ。
「まあ、その事はいい。それで俺としてはフェアベルゲンの亜人族にも戦力に加わってもらいたいと思っている」
「それは……」
アルディアスの言葉にフェアベルゲンの長老衆たちはお互いに顔を見合わせる。
アルディアスの言葉が事実と仮定すれば、フェアベルゲンとしても関係の無い話ではない。仮に亜人族全体が戦いに協力せず、人間族と魔人族だけで事を片付けてしまった場合、世界が存続したとしても、今よりももっと亜人族は肩身の狭い思いをすることになるだろう。
仮に人類が敗北してしまい、神とやらが世界を滅ぼさんとしようものなら目も当てられない。
かといって、簡単に手を取り合えるかと言われればそうとも言えない。
人間族、特に帝国人は長年亜人族を奴隷として虐げてきた。世界の危機だとしてもそう簡単に頷くことは出来ない。
「あ、あの!」
重々しい雰囲気の中、話し合いは難航し、時間だけが過ぎていく中、広場に一人の少女の声が木霊する。
その場の全員がそちらに視線を向けると、森人族の少女が一人立っていた
「アルテナ?」
「わ、わたくしはアルディアス様の話を受け入れるべきかと思います!」
「これはフェアベルゲンの今後を大きく左右する案件だ! いくら族長の娘とはいえ、安易に口を挟むな!!」
「落ち着きなよゼル。頭ごなしに否定するのもどうかと思うよ?」
アルフレリックの孫娘、アルテナの意見に虎人族の族長であるゼルが声を荒げるが、狐人族の族長のルアが窘める。
「アルテナ、どうしてそう思ったんだい?」
アルフレリックの問にアルテナはチラッとアルディアスに視線を送る。
突然こちらに視線を向けてきたアルテナに、アルディアスが首を傾げていると、すぐにアルフレリックに視線を戻す。
「……わたくしは将来の族長候補として、お祖父様たちの姿から日々精進を重ねてきましたわ。そんなお祖父様が常に仰られていたのはフェアベルゲンの次期族長として恥ずべきことのない姿を見せよということです」
「……」
「しかし、この世界の危機を前にしても樹海に引きこもり、問題が解決されるのをただ待ち続ける姿が、果たして後世に胸を張れるでしょうか」
「それは……」
「わたくしは思いませんわ。もちろん、帝国人の方々と肩を並べるなど想像も出来ません。彼らを見ると今でも足が竦んでしまいます。それでも……フェアベルゲンの長老、アルフレリックの孫としてここで逃げ出すのだけは出来ません! ここまでして頂いて、それでも戦うことをしなかったらわたくしたちはただの臆病者です!!」
「ッ!?」
アルテナの言葉に長老衆を含むその場に居る亜人族が目を見開く。アルフレリックに至っては孫娘の成長に涙ぐみ始める。
「アルテナ……そんなに立派になって、祖父として鼻が高いぞ」
「若い子がここまで言ったんだ。先達としてかっこいい背中を見せてあげるべきだと思うんだが……君はどう思う? ゼル」
「うっ、俺は別に……」
「はぁぁぁ、しょうがないね。ゼルはどうやらその神とやらにビビっちゃったみたいだ」
「なっ!? 俺はビビってなどおらん! 勇敢なる虎人族を愚弄するな! いいだろう、神だろうが何だろうが叩き潰してくれる!!」
ゼルの宣言につられるように他の長老衆も力強く頷き始める。
「我らの意志は決まったな。アルディアス殿、全ての遺恨が無くなった訳ではないが……それでもこの世界の為、フェアベルゲンの民の未来の為、我らも共に戦うことを誓おう」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
差し出されたアルフレリックの手を取り、握手を交わす。
「……そうだ、アルフレリック。戦いの助力とは別でフェアベルゲンに提案がある」
「提案?」
「ああ。俺たちの国、魔国ガーランドとフェアベルゲンとの間で同盟を提唱したい」
「ッ!?」
アルディアスの提案にアルフレリックを始め、長老衆も目を見開いて驚きを露わにする。
「本気か? しかし我らは……」
「神から迫害されていることなら今更だ。そもそも、魔人族にはそこまで亜人族に対する差別意識は広がってはいない」
「何と……!」
この世界の亜人族は魔力を持たないことから、神から見放された獣もどきとして差別の対象となっている。
しかし、実をいうと、魔人族はそこまで亜人族に対して差別意識を持ってはいない。
というのも、人間族は亜人族を奴隷として扱うことで民にも差別意識が深く浸透しているが、魔人族はここ数百年の間、まともに亜人族との交流を持ってはいない。亜人族を見たこともない魔人族すら存在するくらいだ。
見たこともない存在を差別など出来る筈もない。
「本来亜人族が迫害されてきたのは、エヒトの馬鹿の教えが浸透したせいに過ぎない。そのエヒトを殺した俺にそんなことは関係ないからな。この戦争を終結させた後、少しずつだが種族の壁を無くし、融和の道を探りたいと思っている。これはその第一歩になる。それに……」
「それに?」
アルフレリックが続きを促すとアルディアスはチラッとガハルドに視線を向ける。
何故だかそれにとてつもなく嫌な予感がしたガハルドだったが、止める間もなくアルディアスは口を開く。
「帝国は魔国の支配下に下った。つまり、俺達の下だ。だが、同盟国となれば立場は平等。コイツにデカい顔が出来るぞ」
「おまっ!?」
「ほう」
自身を指差すアルディアスに驚愕するガハルドと対象に、アルフレリックたちはニヤリと笑みを浮かべる。
「てめえ! 帝国が下ったことの証明が手っ取り早いとか抜かしてたが、俺を連れてきたのはこの為か!?」
「彼らには一番有効なメリットだろう?」
「メリットってそのことかあーー!?」
堪らずアルディアスに掴みかかるが、アルディアスはどこ吹く風といった様子だ。
「諦めろ。お前の言葉を借りるなら、負けたお前が悪い」
「グッ!?」
普段からガハルドら帝国が掲げる弱肉強食の理念。それを持ち出されてしまえば、ガハルドも口を紡ぐしか無い。
「心配しなくとも命まで取られることは許容しない。精々鼻で笑われるくらいだ」
「グググッ!?」
かといって、簡単に受け入れられない屈辱にガハルドは頭を抱える。
「フフフ、確かにそれは魅力的だな。とはいえ、流石にすぐに決めることは出来ない。時間を貰っても構わないだろうか?」
「ああ。初めからすぐに返答を貰おうとは思っていない。今後の国の方針を決めることにも繋がる。ゆっくり考えてくれ」
その後も今後の方針を一つずつ決めていく。そんな彼らを影から見つめ続ける少年が一人。
「奴が魔王アルディアス……念の為、族長に報告だ」
目を鋭くさせた少年が背中を向けてその場を後にする。
その背を一人の男がじっと見つめていることに気付くこと無く……
◇ ◇ ◇
フェアベルゲンから少し離れた場所に存在する小さな集落。
フェアベルゲンと比べると全体的に暗く、鬱蒼とした集落ではウサミミが特徴的な亜人族が集まって生活をしていた。
彼らは兎人族のハウリア族。かつてはフェアベルゲンの長老衆より処刑を命じられた弱小種族だった者たちだ。
元々は争いとは無縁な温厚な性格をしていたが、ある少年の介入により、その温厚さは跡形もなく無くなり、冷酷な暗殺集団と化していた。
「族長! ご報告したいことが!」
「バルトフェルドか……どうした?」
そんなハウリア族の族長、カム・ハウリアの元に、ハルツィナ樹海の巡回に出ていた必滅のバルトフェルドことパル・ハウリアが現れた。
「フェアベルゲンに魔国ガーランドの魔王アルディアスと帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが現れました!」
「……目的は何だ?」
「この世界の真なる神の討滅への協力。そして、フェアベルゲンと魔国の同盟関係の構築と話しておりました……どうやら、長老衆は神の討伐への協力は受け入れた様子です」
「フム、真なる神とな……」
「魔王が言うには、エヒトすらもその神によって昇華された存在らしいとか。真偽は定かではありませんが……」
顎に手を当てて考え込むカムだったが、突然何かに気付いたようにバッと顔を上げ、パルを……正確にはその背後を注視する。
次第に目が鋭くなっていくカムの姿を見て、パルが不思議そうに尋ねる。
「……族長?」
「バルトフェルドよ、つけられたな」
「へ?」
「中々の感知能力だ。隠密には自信はあったのだがな」
誰もいない筈の背後から声が聞こえてきたことにパルは慌てて背後を振り返る。
するとそこには先程まで自身が監視していた男が佇んでいた。
「よく言う。わざと殺気を洩らしただろう。私を測ったな?」
「その点は謝罪する。俺の知識にある兎人族とは大きくかけ離れていたのでな」
淡々とする
◇ ◇ ◇
「それで、話って?」
「えっと……」
フェアベルゲンのとある部屋にて、アレーティアとアルテナは机を挟んで対面していた。
アルディアスが会議を一時中断してフェアベルゲンを後にした後、手持ちぶさただったアレーティアをアルテナが相談があると連れ出したのだ。
ちなみにアルディアスに続いてアレーティアまでこの場を離れることに、ガハルドはマジかといった表情を浮かべたが、アレーティアは無視した。
ガハルドに恨みを持つ彼らだが、アルディアスとの協定を自ら破綻させる行動は慎むだろう。フェアベルゲンとの同盟も長老衆の反応を見るに前向きな様子だ。
まあ、万が一襲われたとしても、アルディアスや自分が駆けつける間も無く殺されるといったことは無いと判断したアレーティアだった。
そんなこんなで今はアルテナと二人っきりでいるアレーティアだったが、話すように促しても顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
実を言うと、アレーティアにはアルテナが何を言いたいのか想像が付いている。そして、それに対する答えも決まっている。
しばらく、その状態が続いていたが、意を決したのか、アルテナが両の手を握りしめ、アレーティアに視線を合わせる。
「8年前にアレーティアさんから言われた事をずっと考えて精進してきましたわ。あれから私の気持ちは変わりません! どうか、アルディアス様との恋仲になることを認めてくださいませ、お義姉様!!」
その場で頭を机につく程深く下げるアルテナ。
そんなアルテナに対して、アレーティアはよく出来ましたと言わんばかりの微笑みを浮かべ……
「火だるまと氷漬け……どっちが望み?」
「何でですの!?」
笑顔で毒を吐いた。
>魔人族の亜人族への価値観
原作では人間族以上に亜人族への差別どころか憎悪すら抱いている魔人族でしたが、当作品ではアルディアスの影響で狂信者は居なくなってます。魔国に亜人族の奴隷がいるような描写は無かったですし、ならそもそも神への信仰が無くなれば、差別意識もなくなるのでは?との解釈からこのような設定にしました。
亜人族も魔人族とは全く関わってきていないので、協力することに人間族程、忌避感は感じ無いんじゃないかなと。完全な個人の解釈ですが。
>ハウリア族
ハルツィナ樹海に魔王と皇帝が来たら、そりゃ気付きます。
>アルテナ
多分誰も予想できてなかったこと。作者も予想できてなかった。