──8年前、フェアベルゲンにて。
「貴女……アルディアスのことが気になるの?」
「うひゃあ!?」
幼いアルテナは木の陰からじっと、生まれて初めて見る
慌てて振り返ると、そこにはアルディアスと一緒にフェアベルゲンを訪れた、自分よりも少し年上の金髪の少女が佇んでいた。
「い、いえ!? 気になるとかじゃなくて!? 外の人を初めて見るので、珍しくて!?」
「……つまり、気になると?」
「うっ!? それは……はい」
慌てて否定するアルテナだったが、結局は気になっていることに変わりはなく、再度アレーティアに指摘される。
「あの……貴女は?」
「私はアレーティア。アルディアスのお姉さん」
「お姉さんなんですか?」
「ん!」
アルテナは胸を張るアレーティアをじっと観察する。容姿が優れているという点は共通するが、アルディアスとアレーティアの容姿から血の繋がりを感じることは出来ない。そもそも種族が違うことから実の姉弟では無いのだろう。
しかし、あまり人の家庭事情を詮索するのは無粋だろうとその事を深く追求することは止める。
それよりもアルテナには姉であるアレーティアに聞きたいことがあった。
「わ、わたくしはアルテナと申します……あの、アレーティアさん。わたくし、聞きたいことがあるのですが」
「ん? 何?」
「……アルディアスさんは何故、あんなにもお強いのですか?」
「強い?」
「はい。あの方はわたくしと年齢も離れていないのに、フェアベルゲンで一、二を争う程のジン様を簡単にあしらい、お祖父様を含む長老衆の方々と対等にお話されていらっしゃいましたわ。わたくしには決して真似出来ません」
「……」
アルテナは次期族長として、幼い頃より祖父であるアルフレリックの仕事を手伝ったり、会議の場に同席することが多かった。
これはアルフレリックに無理やり付き合わされているわけではなく、アルテナが自主的にやっていることだ。
アルフレリックとしては、年頃の少女のように過ごして欲しかったのだが、本人がやりたいと言っている以上、好きなようにやらせようと判断した。
自分のように立派な族長になりたいと言ってくれることに嬉しさを感じていたこともあるだろう。
そうして、アルフレリックに付いて行くことが多かったアルテナだったが、幼く、経験が浅いアルテナでは当然会議に口を挟むことも出来ず、終始目を白黒させるだけで終わってしまうことがほとんどだった。
政治面で駄目ならば、フェアベルゲンを守る為に力をつければ……と考えていたこともあったが、まだ体も満足に出来ておらず、性格的にも戦いに向いていなかったアルテナでは精々自衛の基礎を学ぶのが限界だった。
それでも、まだ子供だから仕方がないと割り切っていたアルテナからすれば、アルディアスの存在は目を瞠るものだった。
自分と同年代にも関わらず、簡単にジンをあしらう実力を持ち、アルフレリックたちと対等に意見を交わす姿はアルテナの常識を壊すには十分のものだった。
どうすればそんな力を身につけられるのか……どうすればそんな知識を身につけられるのか……アルテナには不思議でたまらなかった。
アルテナの疑問を聞いたアレーティアはしばらく考え込むとゆっくりと口を開いた。
「……私とアルディアスは本当の姉弟じゃない。それは分かるよね?」
「それは……はい」
「実をいうと、まだ初めて会ってから二、三ヶ月しか経ってない」
「え!? そうなんですか!?」
血がつながっていないことは想像していたが、まさかそんな短い付き合いだとは思わなかったアルテナは目を見開いて驚愕する。
「あの……何故あんなに仲が良さそうなんですか? いえ、時間が全てと言うつもりは無いのですが……」
「……アルディアスは私の灰色だった世界に色を灯してくれたの」
「色?」
「信じてた家族に裏切られて、真っ暗な場所に閉じ込められて、私は全てに絶望してた。そんな私にアルディアスは手を差し出してくれた。真っ暗な闇から救い出してくれた。
「……」
アレーティアから告げられた話は非常に抽象的で幼いアルテナにはうまく理解することが出来なかった。それでもアレーティアが心の底からアルディアスを信頼していることは伝わった。理屈ではない。子供が故の感覚なのだろう。
「確かにアルディアスは強いよ。でも、アルディアスの本当の強さは、力とか知識とかそう言うのじゃないと思うんだ。アルディアスの強さの根幹はその強い意志から来るんだと思う」
「意志……ですか?」
「アルディアスには果たすべき使命がある。でも、その道を阻む障害はとても多い。下手をすれば、同胞を……世界を敵に回すかもしれない」
「世界をですか!?」
「それでも、アルディアスは歩みを止めることをしない。例え、守るべき者に刃を向けられることになっても、憎悪を向けられても尚、きっと戦い続けると思う……私にはとても出来なかった」
アレーティアの表情に影が落ちる。
信頼してた家族に、守るべき民に裏切られたと知った時、アレーティアは一切抵抗することをしなかった。叔父の考えを尊重するならば、抵抗しないのが最善だったのだろう。
アルディアスと違い、神への対抗手段を全く揃えていない状態では、とても勝ち目などなかったことは明白だ。
それでも、本当にそれが正しかったのか……力を合わせれば何とかなったのではないか……そんな考えがぐるぐると頭を巡っていた。
「……だから、アルディアスは強い。どんな絶望が襲いかかっても、きっと諦めることをしない確固たる信念を持ってるから」
「……確固たる信念」
アレーティアの言葉を聞き、アルテナは自分の胸に問いかける。
自分はそこまでの覚悟を持っていただろうか。まだ子供だから……そう言って体の良い言い訳をしていただけなのではないだろうか。
年が近いのに何故ここまで違うのかずっと不思議だった。だが、アレーティアの話を聞き、表情を見た後では比べるのすら烏滸がましく感じてしまう。
アレーティアから視線を外し、再びアルディアスを見つめる。
今も堂々と祖父と会話をする後ろ姿。自分よりも小さな背中にのしかかる重圧。その瞳に宿る強い意志。
「アルディアス様……」
アルテナの瞳に熱が宿り、頬が高揚する。アルディアスに対する敬称が変わっていることに本人も気付いていないだろう。
しかし、最早ブラコンと言っても言いほど拗れたアレーティアの目は誤魔化せなかった。
「小娘がアルディアスに恋心を抱くなんて百年早い」
「はい!? わわわ、わたくし別にアルディアス様にそんなことは!?」
「アルディアスの敬称が“さん“から“様“に変わってる」
「はうっ!?」
アワアワと慌てだすアルテナにアレーティアは大きくため息を吐く。
「アルディアスは将来魔人族の……ううん、世界の中心に立つ存在。姉として生半可な相手を認めるわけにはいかない」
「ど、どうしたら認めてもらえるんでしょうか……?」
「せめて、フェアベルゲンの次期族長として、会議で意見を通すくらいは出来るようにならないと話にならない。まあ、それでようやくスタート地点だけどね」
「ううぅ……」
アレーティアに出された条件にアルテナは頭を抱える。つまりは、今はどう足掻いても認められないということだ。しかし、両頬をパンッと叩き、頭を気持ちを切り替える。
亜人族の中でも地位の高い森人族の長老の孫娘であるアルテナは文字通り、フェアベルゲンのお姫様として高貴な存在として扱われている。
同年代と関わる時間があっても他よりも優遇されてしまい、対等な関係というのは築けたことがない。アルフレリックの業務に付き合いたがるのもそういう面が関係しているのだろう。
そんな中、同年代であり、自分の地位や美貌にこれといった反応を示さず、自分に出来ないことを難なくこなす存在は初めてで、どうしようもなく惹かれてしまった。
アレーティアの話を聞いて、その気持が強く溢れてきてしまった。もう諦めることなんて出来ない。
「なら、なってみせますわ! アルディアス様の隣に相応しい存在に……必ず!!」
「並大抵の努力じゃ認めないけど……まあ、頑張ると良い」
アルテナの力強い宣言に、アレーティアは薄っすらと笑みを浮かべて答えた。
◇ ◇ ◇
「──って仰ってたではありませんか!?」
「……私、過去は振り返らない女だから」
「こっちを見て言ってくださいまし!?」
アレーティアは明後日の方向を向きながら、意味の分からないことを口にする。
アレーティアとて自分が言った言葉はしっかり覚えている。当時はアルディアスの姉として弟の相手を見定めてやろうという気概だったが、今は状況が変わってしまった。
さっきはつい物騒な言葉を出してしまったが、自分で焚き付けてしまった分、アレーティアとしても否定しづらい。
「わたくしはアレーティアさんの言葉を信じて今まで頑張ってきたのですよ! 覚えていないなどとは言わせませんわ!! 何か理由があるのですか! それならば仰ってください!!」
「……」
「アレーティアさん!!」
「うっ……」
机から乗り上げて顔を近づけてくるアルテナに身を引くアレーティア。
しかし、理由を説明しなければ納得しなさそうなアルテナに根負けしたアレーティアは渋々理由を話し始める。
◇
「つ、つまり……アレーティアさんもアルディアス様に恋慕を抱いてしまったと……?」
「…………ん」
「……」
アレーティアの告白を聞いたアルテナは椅子に座り直し、じーっとアレーティアを見つめる。
流石に罪悪感が湧いてきたアレーティアが何か言葉を口にしようとした時。
「なるほど。理由は分かりましたわ。それならば、アレーティアさんが渋った理由も分かります」
「……怒ってないの?」
「なぜ怒る必要があるのですか?」
「だって、私偉そうなこと言ったのに……」
「驚きはしましたけど、怒ってはいません。アルディアス様はわたくしの想像するよりもずっと素敵な殿方になって居られました。そんな方の側に居られるのなら、恋慕の感情を抱いてもおかしくはありませんもの」
「そ、そっか」
てっきり恨み言の一つでも言われるかと思っていたアレーティアだったが、杞憂に終わり、ほっと胸を撫で下ろす。すると、それを見て、アルテナがニヤリと笑みを浮かべる。
「でも、安心しましたわ。そのご様子ならばアルディアス様とのご関係が進んでいるわけではないようですね」
「うっ……」
「ならば、わたくしにもチャンスはありますわ」
「ムッ、私だって負けるつもりはない」
机を挟んで二人は睨み合う。しかし、しばらくすると、同時にプッと吹き出し笑みを浮かべる。
「なら、わたくしたちはライバルですわね。一番を譲るつもりは毛頭無いですよ、アレーティアさん」
「こっちのセリフ。それと、私のことはアレーティアでいい」
「ッ!──わ、分かりましたわ、アレーティア!」
アレーティアの言葉に更に笑みを深めるアルテナ。
アルディアスのこともそうだが、フェアベルゲンでの立場故に友人と呼べる存在が居なかった為、同年代の女の子と敬称を付けずに名前を呼び合う関係に憧れていたのだ。
そんなことを考えていると、アルテナはずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「そういえば、今更なのですが、何故アレーティアは容姿が変わっていないのですか?」
8年前にフェアベルゲンに来た時と比べて、アルディアスはその年月に相応な成長を遂げているが、アレーティアの容姿は一切変わっていない。そのことに疑問を抱いていたアルテナは何となく尋ねてみた。
「詳しいことは省くけど……私、年取らないから」
正式にフェアベルゲンとの同盟が結ばれれば、教えるのも吝かではないが、今は詳細は省いて年を取らないことだけ説明する。
「な、なんですかそれ!?」
「まあ、驚くのは無理ないし、気になるのは分かるけど──」
「では、一生その美貌を保てるということですか!?」
「……そこ?」
年を取らない。それを聞けば誰もが驚愕するだろう。欲に目が眩んだ貴族などは全ての財を投げ打ってでも方法を聞き出そうとする者も出てくる。もちろん、金を積んでどうにかなるものでも無いのだが……
しかし、アルテナが最初に口にしたのはまさかの美貌の維持。
アレーティアも同じ女性だが、12歳で成長の止まったアレーティアは肌の衰えなどとは無縁であり、カトレアやアルテナの気持ちをいまいち理解することは出来なかった。
(カトレアも似たようなこと言ってたし……やっぱり年頃の女性はみんな気にするものなのかな? まあ、好きな人の前で綺麗にいたいっていう気持ちは分かるけど)
アレーティアの肩を掴んで激しく揺さぶるアルテナを尻目にアレーティアはそんなことを呑気に考える。その時──
「ん?」
「?──どうかしましたか?」
「……ん、何でも無い」
一瞬感じた空気の揺らぎ。恐らく、誰かが魔力を開放したことによる空気の歪み。亜人族たちは一部の例外を除き総じて魔力を扱うことが出来ない。今、ここに居る者で魔力を扱うことが出来るのはアレーティアを除けば、アルディアスとガハルドのみ。ガハルドは今、アルフレリックたちと共にいる。もし騒ぎを起こせば、アレーティアたちのいる場所にも騒ぎが聞こえる筈だ。つまり、原因はアルディアスしかいない。
アルディアスが自分たちを監視していた者のことを追跡する前に、簡潔にだがアルフレリックから彼らの話を聞いていた。
(私たちと同じ、迷宮の攻略者によって訓練された兎人族。聞いた話だとかなり物騒な連中らしいけど……アルディアスが理由もなく此方から敵対行動を取る筈が無い。話をするのも困難な相手か、それとも……)
一瞬険しい表情を浮かべたアレーティアだったが、すぐに元の無表情に戻る。
援護に向かおうか悩んだアレーティアだったが、もし本当に援護が必要ならばアルディアスから要請がくる筈。それにもしアルディアスが全力を出すような事態に陥れば、目の前の少女が何も感じない筈が無い。
(流石に一筋縄ではいかないみたい)
◇ ◇ ◇
ハルツィナ樹海は、天高くそびえる木々が日の光を遮り、鬱蒼とした雰囲気と辺りを包み込む霧が一種の神秘性をもたらしているのだが、その一角だけは異質な有様を見せていた。
「ぐうッ……!?」
「くそっ……!?」
周辺の木々はことごとくなぎ倒され、大地は大きく剥がれている。まるで天災に襲われたような状況の中、数多のハウリア族が地面に這いつくばり、苦悶の表情を浮かべていた。
そしてそれは、族長であるカム・ハウリアとて例外では無かった。
「ぐっ、き、貴様……!」
せめてもの意地で、悠々と自分を見下ろす男を睨みつけるが、一国の将軍クラスの者でも、浴びれば体が硬直しかねない程の濃厚な殺気を当てられても、眉一つ動く気配がない。
「……これで終わりか?」
倒れ伏すハウリア族に対して、アルディアスは淡々と言い放った。
>8年前まではお姉さん。
読んで字の如し。かつては弟に近付く女性を全力で警戒しているときもありました。今では別の意味で警戒中。
>超絶一途なアルテナさん。
他国の友好関係でも無い国の男を想い続けた。実は同盟の話が出たときに思わずガッツポーズした。
残念ながらドM化はしません。全国のドMアルテナ好きの方には申し訳ない。シアポジションにカトレアを置く案も考えたけど、ちょっと厳しかった。
>ハウリア族
やった。