──数分前。
「お前がハウリア族の族長、カム・ハウリアか?」
「私に何のようだ、魔王アルディアス」
「そう睨むな。まあ、警戒するなと言う方が無理だが、俺にお前たちを害する意志は無い」
隠すこと無く殺気をぶつけてくるカムに、アルディアスは軽く両手を上げ、落ち着くように促す。しかし、姿は現さないが、四方からアルディアス目掛けて鋭い殺気が集中する。
(アルフレリックから聞いていたが……なるほど、全員動きが良く洗練されている)
自分が突然現れたことに一瞬動揺したようだが、今では気配を極限まで殺し、静かに、されど迅速に包囲網を完成させている。
目の前のカムの号令が発せられればすぐにでも襲いかかってくるだろう。
「では、何のようだ?」
「何、そこの少年の隠密が中々のものだったので、少し気になってな。自身の目でお前達を確認したくなった」
「……」
アルディアスの言葉にカムの視線が更に鋭さを増す。言葉の裏に隠れた意味を正確に理解したのだろう。
すなわち、
アルディアスがこの場に現れたのも言ってしまえばそれが目的だ。
パルの隠密はアルディアスから見ても、称賛に値するものだった。故に危惧した。もし、ハウリア族全体であのレベルの隠密能力を保有していて、それが魔国の民に向けられた場合、被害は甚大なものになる。
だからこそ、アルディアスは直接確かめる必要があった。ハウリア族が自分達の敵か否かを。
「で? 我らは貴様の目にどう映った?」
「……お前達はつい最近力を付けたらしいな。そういう奴は自らの力に溺れ、自分を見失うことがある。もし、お前達が命を奪うことに愉悦を感じているようなら、ここで始末するつもりだったが、どうやら俺の杞憂だったようだ」
「ッ!?」
「……」
アルディアスの発言に周囲のハウリア族が一瞬動揺する。アルディアスは知らないことだが、彼らは一時期、力に溺れ、殺しを楽しんでいた瞬間があった。そのことを思い出してしまったのだろう。
しかし、唯一カムだけはこれといった反応を見せることはない。
「ハジメの教育は行き届いていたわけか」
「……何?」
しかし、アルディアスの口から出てきた自らの主の名に初めて表情が変わる。
「何故、貴様の口からボスの名前が出てくる」
「少し前に接敵した。中々見どころのある少年だったな」
「ッ!?──貴様! ボスに何をした!?」
「何をしたも何も、敵と遭遇したらやることは決まってるだろう?」
その瞬間、アルディアスは周囲からの殺気が膨れ上がるのを感じた。
「まあ、お前達の主を──」
言葉を発するアルディアスの耳に僅かな風切り音が聞こえた。そちらを振り向くこともせず、飛来した矢を手で掴み取る。
「いきなりご挨拶だな。先程も言ったが、俺個人としては争うつもりは無いんだが?」
「世迷い言を。貴様は我らの逆鱗に触れた。生きてこの樹海を出れると思うな」
武器を構え、戦闘態勢を取るカムの姿にアルディアスは己の失言を悟る。
(……しまったな。言葉の選択を間違えたか。まさかここまでの忠誠心を持っていようとは)
アルディアスはパルの後を追うために、最低限のことしかアルフレリックに話を聞いていなかった。
曰く、戦闘において、亜人族の最強種であった熊人族を赤子扱いする程の強者。
曰く、元々は戦闘とは無縁の弱小種族であったこと。
曰く、南雲ハジメとの邂逅で人が変わった。
このくらいだ。これを聞いたアルディアスは比較的フェアベルゲンでは低い地位に付いていた兎人族がハジメに訓練を付けて貰い、力を付けたものだと判断した。
ハジメが異世界からの来訪者だということもあって、そこまでの期間を共に過ごしたわけでは無く、接敵した程度で襲いかかる程の忠誠は持っていないと判断した。
もし、兎人族がフェアベルゲンから逃げ出し、帝国人に襲われていたところをハジメに助けられたこと。そして、一族諸共処刑される運命を変えてくれたことを知っていれば、対応も変わっていただろう。何よりも……
「
「……ん? おい待て。ハジメは──チッ」
それ以上に何かとてつもない勘違いをしているカムの発言に、僅かに目を見開いたアルディアスはその勘違いを正そうとするが、その言葉を遮り、四方から矢や石が飛来した。
すぐにその場から身を翻すことでそれらを躱す。
しかし、それを分かっていたように小太刀を構えた者が次々とアルディアスに殺到する。
「落ち着け、俺は──」
「よくもボスを!!」
「生きて帰れると思うなよ!!」
「ボスの仇!!」
「話を聞かない連中だな!」
どうやらハウリア族はハジメがアルディアスに殺されたものかと誤解しているようだ。
ハウリア族はハジメの容赦の無さを身を持って理解している。ハジメは人間族のために戦っているわけではないが、戦いになれば敵に情けは一切かけない。敵国の王が相手でもそれは変わらない筈だ。
故に、ハジメと敵対して尚生きているということは、とても信じることが出来ないが、ハジメの敗北を意味する。
ハジメの名を何の躊躇いもなく口にするアルディアスの態度も、その考えを助長させている原因だろう。
ハウリア族の攻撃を危なげなく避け続けるアルディアスは、正面から突貫してくるハウリア族の男の攻撃をあえて避けずに受け止め、その勢いを利用して、彼らと距離を取る。反応が間に合わない程ではないが、このまま彼らの包囲網の中心に居続けるのは旗色が悪い。
「ッ!?──これは……」
ハウリア族の集落を離れ、彼らの包囲網を抜けた先の地に足がついた瞬間、地面に仕掛けてあったトラップが作動し、アルディアスの周辺を細いワイヤーが張り巡らされる。
僅かに樹海から漏れる日の光で輝くワイヤーは、一見すると簡単に千切れてしまいそうだ。
「変な気は起こさない方がいい。その鋼糸は鉱石ですら容易く両断する。人の身など言うまでもない」
アルディアスの頭上から発せられた言葉に、上を見上げると、カムが木の上からアルディアスを見下ろしていた。
「それだけではない。貴様にとっては命を刈り取る死神の鎌でも、我らにとっては自らの能力を活かす狩り場に過ぎない」
瞬間、アルディアスの視界を一つの影が通り過ぎた。通り過ぎた影──ハウリア族の青年はワイヤーを足場にして空中を自在に跳び回る。影は次第に数を増やし、それら全てを肉眼で捉えるのは至難だ。
さらに跳び回るハウリア族たちの僅かな隙間からスリングショットやクロスボウがアルディアスに狙いを定める。
「正面からでは我らに勝ち目は無いだろう。だが、地の利は此方にある」
カムがゆっくりと手を持ち上げる。そして……
「殺れ」
合図と同時に一斉にハウリア族が飛び掛かる。その僅かな隙間を縫うように石や矢が襲いかかる。
そんな状況に対して、アルディアスは一つため息をつき……
『
アルディアスを中心に魔力による衝撃波が全方位に向かって吹き荒れた。アルディアスに襲いかかったハウリア族は抵抗する暇も無く吹き飛ばされ、遠距離で狙いをつけていた者も周囲の木々ごと吹き飛ばされる。
魔力による防風が吹き荒れ、木々どころか、大地さえ剥がしていく。吹き飛ばされたハウリア族は無事な木々に捕まったり、体の大きな者にしがみついたりと各々耐え続けている。
無限にも感じられる王者の暴力がようやく収まりを見せ始めると、辺り一面は地獄絵図へと変わり果てていた。
「ぐっ、き、貴様ッ!!」
数多のハウリア族が倒れ伏す中、彼らの族長であるカムだけは、膝をつきながらもアルディアスを強く睨みつける。
しかし、そんな視線を物ともせず、淡々とアルディアスは言葉を返す。
「……これで終わりか?」
「クッ……」
自分達を見下ろすアルディアスの姿を見て、カムはようやく自分の失態に気付いた。
ハウリア族はハジメの特訓により熊人族をも手玉に取るほどの戦闘技術と躊躇のない攻撃性を身に着けたが、身体的なスペックで言えば熊人族には劣っているままだ。
そんな彼らが熊人族を翻弄出来たのは、彼らが無意識に磨き続けた危機察知能力と隠密能力を活かしていたからに他ならない。
言ってしまえば、彼らは天性の暗殺者なのだ。そんな者達が自分たちの存在を把握され、尚且敵の能力が不明な状態で襲いかかるなど愚行以外の何物でもない
本来ならば、その場は争わずにやり過ごし、アルディアスの行動や能力を観察した上で戦略を練るのが正解なのだが、自分たちのボスであるハジメを殺された(勘違いだが)ことで激昂してしまい、怒りのままに襲いかかってしまった。
(怒りで我を忘れるとは……なんと不甲斐ない! 申し訳ありません、ボス。結局貴方の仇を討つことは出来ませんでした)
自分の情けなさにカムは血が滲むほど拳を強く握りしめる。
これではかつての熊人族との戦いから何一つ成長していない。衝動のままに敵に襲いかかるだけのただの獣だ。
(そして、シア。ボスが殺られたのならお前も……ただで死ぬわけにはいかん。部下として、父として……例え、この身が朽ちようとも、一矢報いて……!!)
自らを奮い立たせ、体に鞭を打ち立ち上がる。そんなカムに引っ張られるように周りのハウリア族も同じように戦う意志を見せる。
彼らも自分達の運命を変えてくれたハジメに絶対の忠誠を誓っている。何より
元より、シア一人のために一族全員で樹海を抜け出そうとするくらい情に厚い種族だ。
どれだけ冷酷で残忍な性格に変わろうと、家族に手を出されて何も感じないわけがない。
「まだやるつもりか?」
「当たり前だ。これはボスと我が娘の弔い合戦──」
「生きてるぞ」
「「「……は?」」」
「ハジメ、それにシア。同じ種族だろうとは思っていたが……そうか、シアはアンタの娘だったのか。確かにハジメとは戦ったが別に殺してはいない。シアに至っては無傷だ」
アルディアスから告げられた事実に、カムを始めとするハウリア族が素っ頓狂な声を上げる。
だが、それも仕方がないことだろう。彼らとしては敬愛するボスと大切な家族の弔い合戦のつもりで、それこそ命を懸ける思いで戦っていたのだ。
「出任せを──」
「この状況で言うと思うか?」
「それは……」
いち早く硬直から回復したカムが言い返すも、すぐに返された言葉に口を紡ぐ。
アルディアスの言う通り、圧倒的な有利な状態で嘘を言う理由はない。
「何より、この手で奪った命を全て背負う覚悟はしてる。途中で投げ出す真似などしない」
「……」
アルディアスの言葉を聞き、深く考え込むカム。周りのハウリア族はカムに判断を任せるつもりなのか、黙ってカムとアルディアスの動向を見つめている。
しばらく考え込んでいたカムだったが、考えがまとまったのか顔を上げ、周囲のハウリア族に指示を出す。
「全員、集落に帰投しろ」
「…了解」
カムの指示を受け、周囲のハウリア族が一斉にアルディアスの元を離れていく。未だにダメージが抜けきれていないのか、初めに比べれば動きに淀みが見られる。彼らの姿が見えなくなると、再びカムはアルディアスへと視線を戻す。
「勘違いするなよ。今は退くが、お前が我らの敵であることに変わりはない。もし、またお前がボスや我が娘に手を出すというのなら次こそはその首をもらう」
「ああ、それで構わない。民に危害を加えない限りは無闇矢鱈と敵を増やすつもりはない」
じっとアルディアスを睨み続けていたカムだったが、しばらくすると背を向けて霧の中に姿を消した。
そのまま彼らの気配が離れるのを待ってからアルディアスは深くため息をついた。
「何とか矛を収めてくれたか……それにしても、ハウリア族……ある意味、帝国よりも厄介だな」
戦いとなれば負けるつもりは毛頭ないが、彼らの能力を考えれば楽観視は出来ない。
特にあの隠密能力を駆使すれば自分の居ぬ間に国に大打撃を与えることも不可能じゃない。
「癪だが、それだけはあいつに感謝してもいいかもな」
あの日、ハジメと初めて邂逅した時、アルディアスはハジメとシアを間違いなく殺すつもりだった。
それが実行されなかったのは、ひとえにアルヴが介入してきたからだ。
当時は忌々しく感じていたが、あのままハジメとシアを殺していれば、間違いなくハウリア族と敵対することになっていた。
そうなればアルディアスはハウリア族を殲滅しなくてはならない。
魔人族の安寧のためならば躊躇うつもりはないが、戦いを回避出来るのならばしないに越したことはない。
非常に……非常に不本意だが、結果的にアルヴの介入が良い方向に向かった、ということだろう。
アルディアスは顔を顰めながらも、生まれて初めてアルヴに感謝した。
◇
「良かったんですか、族長」
「何がだ?」
「何って……魔王のことです。あの状況で嘘を言う理由が無いのは分かります。ですが、奴がボスとシアの姉御に危害を加えたのは事実です」
ハウリア族の集落に戻ったカムにパルが尋ねる。自分達の敬愛するハジメと家族のシアが無事だったことは嬉しいが、手を出されたことは事実。それなのに見逃して良いのか? ということだろう。
「あのまま続けても、此方が敗北するのは目に見えていた。私は族長としてお前達を無駄死にさせるわけにはいかない」
「それはそうですが……」
「それに、いずれ再びボスが奴と敵対する可能性も0じゃない。その時こそ我らの力を振るう時だ。それまでは牙を研いておけ」
「……了解です」
その場を立ち去るパルの背を見ながらカムは先程のアルディアスの事を考える。
カムは8年前にアルディアスの姿を遠目からだが見ている。その時はあんな子供がフェアベルゲンの長老衆相手に対等に接している様子に只々感心していたが……今なら分かる。
(対等? 笑わせる。長老衆などアレに比べれば赤子同然だ)
自分達に有利な地形、戦況、更に敵の戦力、性格に至るまで全てを把握した状態で一族総出で襲い掛かったとしても勝てるビジョンが思い浮かばない。
ハジメの特訓により、力を付けたからこそ、ハッキリとアルディアスとの圧倒的なまでの差を感じ取ることが出来る。
だが、全く弱点が無いわけではない。
アルディアスの弱点……それは彼が守護する魔国の民たちだ。
アルディアスが自国の民を大切に想っていることは噂で聞いていた。実際に会って見るとそれが真実であることがよく分かる。
しかし、同時にそれは、竜の尻を蹴り飛ばすに等しい行為だ。
生半可な気持ちで手を出したら最後……その愚か者を細胞一つ残すことなく滅ぼしにかかるのは想像に難しくない。
「それでも、ボスに敵対するならば我らの道は決まっている……ボスの障害は我らが排除する」
誰に語りかけるわけでもなく、決意の言葉を静かに呟くカムが、木々の隙間から漏れる木漏れ日に目を細めた。
>勘違いハウリア
ボスと戦ったって? じゃあ、何で生きてるの? あの人が敵対者を生かすわけがないし。ボスの名前を普通に呼べてるし、普通なら恐怖に引き攣るだろ……え? 勝ったの? つまり殺した? じゃあ、一緒に居たシアも一緒に? ……ギルティ。
ハウリア族、特にカムって強化された後も無意識にハジメの地雷踏み抜くこと多かったし、こういうおっちょこちょいもあっていいよね。
>実は役に立ってたアルヴ神
彼が居なければアルディアスは忌み子として追放、または処刑されてたし、エヒトも未だに健在。ハジメとシアも殺されてて、ハウリア族にティオが敵対確定。更にミュウが泣く。
これら全てを未然に防いだ。流石神様。