「おかえり、アルディアス……どうだった?」
「アレーティアか……とりあえず、今すぐ事を構えることは無いだろう」
ハウリア族との接触を終え、フェアベルゲンの入り口に転移で戻ってきたアルディアスの元にアレーティアが駆け寄ってくる。
「此方としては敵対する気は無いが……恐らくハジメ次第だろうな」
「ハジメ……確か、アルディアスが戦ったっていう?」
「ああ、中々の逸材だった。どうやらハウリア族はあの少年に絶対の忠誠を誓っているようでな、支配下に置くのは無理だろう」
「そっか。放っておいていいの?」
「とりあえずはな……ところで、アルテナは何をしている?」
「ッ!?」
話が一段落したところで、アルディアスはずっと気になっていたことを尋ねた。
体をこれでもかと言うほど縮こまらせ、アレーティアの小さな背中にしがみつきながら肩越しにチラチラと視線を送っていたアルテナは、アルディアスに名を呼ばれたことにビクッと体を震わせた。
「わ、わたくしのことを覚えていてくださったのですか!?」
「ああ、もちろん覚えている。幼いながらに立派に次期族長としてのノウハウを学ぼうとする姿勢は俺も参考になった」
「そそそ、そんな!? わたくしなどまだまだですわ!?」
かつて、アルディアスとアレーティアがフェアベルゲンを訪れた際、大樹周辺の霧が晴れるまでの間の数日間をフェアベルゲンにて過ごしたのだが、その間にアルテナがアルディアスと会話出来たのは片手の数で事足りる程だ。
滞在中の間、アルディアスは時間のほとんどを自己鍛錬に当てていたというのもあるが、アルテナもアレーティアに宣言したはいいが、どうやって話しかけたらいいか分からず、影から見つめるだけで時間が経過してしまったのだ。
今度は同じ失敗はしないと意気込んだはいいが、いざ、そのときになると腰が引けてしまい、アレーティアの背中に隠れてしまった。
しかし、そんな自分のことを覚えていてくれたこと。憧れていた人が自分の努力を見ててくれたことの嬉しさを覚えたアルテナは頬を染めながらアレーティアの背から出てくる。
「わたくしもアルディアス様の御姿を手本として精進してきました! またこうしてお会いすることが出来て感激ですわ!!」
「あれから8年か……昔は可愛らしい印象だったが、今では立派な大人の女性だな。正直、見違えた」
「ひゃい!? そ、そんなこと……!」
アルディアスの称賛の言葉に顔を真っ赤に染めたアルテナが動揺する。
アルテナにとって自身の容姿を褒められることは特別珍しいことではない。その人柄、容姿、生まれから持ちかけられる縁談も非常に多く、アルテナの容姿や内面を褒め称える言葉はある意味聞き慣れていた。
しかし、想いを寄せる異性から言われるだけでここまで変わるとは思わなかった。
「そ、それよりも!? お疲れでしょう!? お部屋をご用意しましたので、どうぞお休みになってくださいませ!」
顔の火照りを誤魔化すように手で顔を扇いでいたアルテナは何とか動揺を抑え込み、アルディアスを部屋に案内しようと手を取ろうとする。
「……アレーティア?」
「ん……何?」
そんなアルテナとアルディアスの間にヌッと瞬時に割り込み、アルディアスの手を握るアレーティア。
「どうしたの?
「ええ、もちろんですわ。しかし、いつまでも帝国の皇帝殿を放っておくわけにもいきません。案内するのは先程までわたくし達が居た部屋ですし、アレーティアは分かりますよね? 後から合流しましょう」
「……忘れた」
「……へえ」
にこやかに笑みを浮かべるアルテナと薄っすらと笑みを浮かべるアレーティアの視線が交差する。アルディアスには何故だか、バチバチと放電しているかのような幻聴が聞こえていた。そんな二人を見て、アルディアスは首を傾げる。
(この二人、いつの間にここまで仲良くなったんだ?)
昔から自分に隠れてコソコソ話しているのは見たことがあったが、ここまで距離は近くはなかったような気がする。
そんなことを考えながら、アルディアスは少し申し訳無さそうにアルテナに告げる。
「すまない、アルテナ。俺達は先を急がなくてはならない。アルフレリック達に挨拶だけ済ましてここを出立するつもりだ」
「ええ!? もう行ってしまわれるのですか!? せめてもう少しだけでも……」
「気持ちは有り難いがな。フリード……臣下から連絡が来たんだが、どうやら王国で動きがあったらしい」
「そうなの? アルディアスの予想じゃ、もうしばらくはまともに動けない筈だったけど……意外と優秀?」
数百年もの間、エヒトを第一と捉えていた王国、引いては聖教教会が元の態勢にを立て直すには少なくない時間が必要と予想していたが、聖教教会もそこまでエヒト一辺倒だったわけでは無かったようだ。
そんな考えを口に出したアレーティアだったが、アルディアスは首を振ってその考えを否定する。
「いや、どうやらそうでもないようだ。聖教教会が勇者達神の使徒一行を異端者に認定した」
「……何で?」
「知らん」
アルディアスから告げられた内容がすぐに飲み込めなかったのか、一瞬間があった後、アレーティアは心底意味が分からないと首を傾げた。その点はアルディアスも同感のようだ。
神の使徒……特に勇者は人を殺すことの覚悟も出来ていないただの子供だ。例え、アルディアスの敵として立ち塞がったとしても何の脅威にもならない。
しかし、精神は未熟だが、その実力は確かだ。カトレアの話によれば、彼女の身体能力を越える動きすら見せたという。
魔人族の精鋭部隊のカトレアを上回る。例え、敵を殺すことが出来なくても、その気になれば殺すことが出来る力を有している。それだけで、一種の抑止力となりうる。
仮に“人“同士で戦う意志を最後まで持てなかったとしても、魔物を相手にすればいいだけだ。
戦力が足りていない現状で神の使徒を異端者扱いなど、自分達の首を絞めるようなものの筈だが……
「エヒトが居ない今、聖教教会が独自に判断を下した筈だが……フリードが情報の裏取りを取っている。俺達も帝都に戻るぞ」
「ん、了解」
「そういうわけだ。慌ただしくてすまないな」
「……いえ、アルディアス様にはまだやるべきことがあるのですね。そんな貴方をお引き止めするわけにはいきませんわ。どうか、貴方様の覇道をお進みください。ですが……」
心の底から残念そうな表情を浮かべるアルテナ。八年間想い続けた相手とやっと再会出来たのだ。その早すぎる別れに意気消沈するのも仕方がないだろう。
しかし、幼いころと違い、今はアルディアスの背負っているものの大きさがよく分かる。だからこそ、自分の我儘で歩みを妨げることはしたくはない。
そう気持ちを切り替えたアルテナは快くアルディアスを送り出す言葉を口にした後、徐ろにアルディアスに近づき……
「全てが終わった後、わたくしも遠慮はしません。どうかお覚悟ください」
アレーティアの反対側、空いている手を握り……いや、抱きしめ、アルディアスを見上げながらそんなことを言うアルテナ。その表情は非常に魅力的で、大人の女性になる手前特有の可憐さと麗しさを兼ね備えている。フェアベルゲンの男衆が見れば、簡単に心を撃ち抜かれるだろう。
思わず、アレーティアも「むむっ」と唸る。
「……アルテ──」
「わーーー!? わ、わたくし、先にお祖父様達に知らせてきますね!? アルディアス様もすぐにおいでくださいませ!!」
そんなアルテナをじっと見つめていたアルディアスが口を開いた瞬間、それを遮るようにアルテナが大声を上げ、物凄い速さで走っていってしまった。
アルテナはうまく顔を隠していたつもりだろうが、その長く美しい金髪から見える、森人族特有のスッと長く尖った耳が先まで余すこと無く真っ赤に染まっていた。
勇気を振り絞りアタックしたはいいが、恥ずかしくなってしまい逃げ出した……というところだろう。
「……意気地なし」
「……アレーティア。一つ聞きたいんだが……何故アルテナはあそこまで俺に好意を寄せてくれるんだ? そこまで彼女に想われる理由に心当たりがないんだが……」
「……他の娘はすぐに気付くのに、何で私だけ」
「ん? すまない、良く聞こえなかったんだが……」
「……知らない」
「?」
相変わらずのアルディアスに、アレーティアはそっぽを向いて頬を膨らませた。
◇ ◇ ◇
暗く、ジメジメとした埃っぽい部屋の一室。
簡単に壊れてしまいそうな木製の机と椅子。石のように硬い備え付けのベットにむき出しのトイレ。
どこからどう見ても罪人を幽閉するための牢屋のような一室に、彼らは──神の使徒一行は居た。
ここは神山の聖教教会に存在する、処罰を待つ罪人を捕らえておくための牢獄だ。
流石に全員を収容できる程の大きさの牢は存在しないため、いくつかのグループに分けられて収容されている。とはいえ、鋼鉄で出来た格子越しにお互いの声は聞こえている。
しかし、彼らは一様に地面にへたり込んだり、俯き、頭を抱え込んでいる者がほとんどだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「俺は悪くない、俺は……」
「お母さん……」
「帰りたい……帰りたいよ……」
聖教教会からの通達を受けた時、彼らはその理不尽すぎる決定に大いに反対した。
特に苦言を示したのは檜山と一緒に居ることの多かった小悪党組……近藤、斎藤、中野の三人だ。
しかし、彼らがどれだけ弁解しようとも、眉を顰めるだけで意見を変える様子の無い司祭の様子に、近藤達はついに司祭達に向けて魔法を放つ姿勢すら見せ始めた。
流石にそれはやりすぎだと、周りのクラスメイトが止めに入ろうとした瞬間──近くに待機していた神殿騎士の一人の手によって、一番近くに居た近藤の首が斬り飛ばされた。
一瞬の静寂の後、状況を理解した彼らから悲鳴が木霊した。一気に騒がしくなった現状に顔を顰めた司祭は、再び神殿騎士に指示を出そうとしたところで、クラスメイトの一人、永山の声が司祭の指示を遮った。
──分かった、言う通りにする。だからこれ以上危害を加えるのは止めてくれ。
そう言って、永山は両手を上げ、抵抗する意志が無いことを示す。
永山は今の一瞬で理解したようだ。彼らが自分達を殺すことに何の躊躇いもないことに。事実、聖教教会は神の使徒が従わなければその場で皆殺しにすることも構わない考えだった。
仮に全員で蜂起すれば、王国から逃げ出すことも不可能ではないだろう。彼らはそれだけの力を持っているのだ。
だが、持っているだけでそれを発揮できるかと言えば、首を横に振りざるを得ない。そもそも、この国以外に居場所が無い彼らがどこに逃げるというのか。
そんな永山の考えを理解したのか、次に遠藤を始め、彼のパーティメンバーが……それに釣られ他のクラスメイトも降伏の意志を示し、それ以上、王城に血が流れることは無かった。
しかし、クラスメイトが目の前で殺される瞬間を見てしまった彼らの心には大きな傷を残していた。
クラスメイトの死を体験したのは初めてではない。初めての迷宮探索ではハジメが奈落の底に落ちている。愛子の護衛を務める園部たちに至っては清水がハジメに銃殺された瞬間を見ていた。
そんな彼らだったが、今回は首を斬り飛ばされた事による斬死だ。死体を見ることが無かったハジメと銃殺という、現実味をまだ感じられる死に方の清水とは訳が違う。
重力に従い、倒れた近藤の首の断面。吹き上がる血飛沫。床を転がる首の悲痛な表情。その光景が彼らの脳裏から離れない。
自分達もこのまま同じ運命を辿るのではないか……そう考えるだけで体の震えが止まらない。
こんな状況……いつもならクラスのムードメーカーの鈴がみんなを励ますのだが、流石の彼女も今回ばかりは意気消沈していた、何よりも……
「エリリン……大丈夫かな……」
「鈴……」
聖教教会からの通達が来る前日の夜から姿が見えない、親友の恵里のことで頭がいっぱいだった。
神殿騎士たちは自分達を殺すことに一切の躊躇も見せなかった。もしかして、ここに恵里が居ないのはもうすでに殺されているからなのかもしれない。
そんな考えがぐるぐると頭を巡り続けている。
「恵里ならきっと大丈夫よ、鈴」
「シズシズ……」
「あの子のことだもの。後先考えずに無茶することは無いと思うわ。もちろん、危険がないわけではないでしょうけど」
「……うん、そうだよね。きっと大丈夫だよね!」
雫のフォローに少しだけだが表情が明るくなる鈴。
しかし、それに水を差す者が現れた。
「何が大丈夫だ……どうせ俺達を見捨てて一人で逃げたんだろ」
雫達のいる牢とは違う牢。位置的に姿を見ることは出来ないが、声色からして小悪党組の一人、中野だろう。
「な!? そんなことないよ!!」
「どうだか? 大人しそうな顔して裏じゃ何考えてたか分かったもんじゃない」
「エリリンはそんな子じゃない!!」
鈴の怒号が響き渡るが、中野は鼻を鳴らして考えを改める様子はない。
しかし、そんな中野の暴言を聞いて、周りのクラスメイトが黙っていなかった。
「何よ、偉そうに! あんたたちが下手に刺激したせいで私達まで危険に晒されたの分かってるの!?」
「そうだ!! そもそも檜山だって居ないんだ! あいつこそ逃げたんじゃないのか!?」
「お前ら四人にはいい加減辟易してたんだ! 異端者に認定されたのだってお前達の素行が悪いからじゃないのか!?」
「何だとてめぇら!?」
言い合いは次第にヒートアップしていき、最早各々が自らの不満を言い合うだけの見苦しいものとなっていった。
しかし、そんな彼らに待ったを掛ける男が居た。
「みんな、落ち着いてくれ!!」
クラスのリーダーの光輝の一声により、口々に罵声を出していた者達は口を紡ぐ。
場が落ち着いたのを確認した光輝が、全員を落ち着かせるように話し出す。
「俺達が異端者なんて何かの間違いに決まってる。きっとすぐに誤解が解けるさ、それまでの辛抱だ!」
顔は見えなくともクラスメイトには光輝がいつもの笑顔を浮かべているのが容易に想像できた。トータスに来てから不安でいっぱいな自分達を引っ張ってくれた力強い笑み。きっと光輝ならどうにかしてくれると思わしてくれる……そんな表情……少なくとも、これまでは。
「──けんな」
「え? すまない、今何て──」
「ふざけんな!? 全部てめえのせいだろ!?」
「……え?」
クラスメイトからの罵声に光輝は目を見開いて呆然とする。
「そうだ! 何が俺が守るだ! 何も守れてねえじゃねえか!!」
「ねえ、何で魔人族と戦わないなんて言ったの? そんなこと言えばどうなるか分からないわけ無いでしょ……!」
「戦争に参加するって言ったの光輝君でしょ!? ちゃんと責任とって戦ってよ!?」
実際、彼らが光輝に不満を抱いていなかったといえばそうではない。もちろん、盲目的に信用していた者も居るだろうが、決して全員ではない。
戦争に参加を表明したこと。檜山達によるハジメへの行き過ぎたイジメの黙認。魔人族との戦い……そして敗北。
周りが誰も反対しないが故に、誰も自分からその不満を口にすることは出来なかった。
その積もりに積もった不満が、極限にまで追い詰められたことにより爆発してしまった。
「ちょ、お前ら落ち着けって!?」
「そうよ! 光輝を責めても仕方がないでしょ!?」
「みんな、ちょっと落ち着いて!?」
堪らず、龍太郎、雫、鈴が光輝のフォローに入るが、その程度で止めることは出来ない。
「何が勇者だよ!? 何も出来ねえじゃねえか!?」
「役立たず!!」
「……無能……お前なんか無能だ!!」
心無いクラスメイトからの罵声に光輝は言葉を返すことすら出来ない。
(何で……何でそんな事を言うんだ……俺は、みんなを守りたくて……この世界の人達を、ただ助けたくて……)
苦しんでいる人を助けたいと思うのは当たり前で、他の人よりも力を持った自分がみんなを守らなくてはいけない。魔人族のこともそうだ。どんな理由があっても誰かを殺すのはいけないこと。だから戦いを拒否するのは当たり前で……
(俺は……俺は……)
飛び交う罵倒の中、光輝は只々呆然とその場に立ち尽くした。
>クラスメイトの心情。
原作で光輝はどこから湧いてくるのか自信に満ち溢れてましたが、その場の雰囲気に流されたとは言え、落ち着いた後、戦争に参加するという現実に不安感を感じる生徒の一人や二人くらい居たんじゃないかな。
剣や魔法のファンタジーな世界に浮き立つ人も居れば、全く興味ない人だって居ると思います。訓練もそれなりに過酷だと思いますし、物語の主人公気分だった生徒も、時間が経てば経つほど、夢も覚めると思います。(主に勇者との能力の差に)
でもクラスの中心の光輝の意見に自分一人だけ反対すれば、周りから白い目で見られるかもしれない。だから、合わせよう。
こういう心理が働いてそう。
>光輝……光輝ィ……
流石に大勢にあれだけ言われたらへこむ。