【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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ハイリヒ王国って文字を打つ度に、5回に1回はハイリア王国になってる。


第二十話 【集結する兆し】

 アルディアスがフェアベルゲンを出発して数日。

 行きと違い、亜人族の奴隷を引き連れていないため、比較的早く帝都に戻ってきたアルディアスは、アレーティアとガハルドと共にフリードから王国の状況の説明を聞いていた。

 

「──と、いうわけで、王都周辺で集めた情報ですが、信憑性は高いかと思われます」

 

「……つまり、神の使徒が自分達の思い通りの結果を出さなかったから処罰するというわけか……どうやら聖教教会の連中は俺の予想を遥かに超えた愚か者の集まりだったらしい」

 

「同感」

 

 エヒトを失ったことで指揮系統に大きな影響を齎すことは予想していたが、これはアルディアスにも予想外だった。

 エヒトの狂信者の集まりとはいえ、仮にも王国という一つの国のトップ達だ。最低限の国の運営くらいは出来ると思っていたが、どうやら買いかぶり過ぎていたらしい。

 

「ガハルド。聖教教会の連中はこんなのばかりなのか?」

 

「あー、まあ、奴らの神への信仰心がヤバいのは知ってたが、これは流石に俺も引くわ」

 

 アルディアスからの問いかけに表情を引きつらせながらガハルドは答える。

 自分もエヒト神の信者ではあったが、第一に考えるのは帝国の未来だ。神に祈りを捧げるにしても、あくまで国の繁栄を願ってのこと。神への信仰を優先して自国を破滅させてしまっては本末転倒だ。

 

「でも、エヒトはもう居ないんだし、聖教教会が独断で決定したってこと?」

 

「ああ。だが、聖教教会はエヒトからの神託があったと発表している。つまり、国民を欺いているというわけだ」

 

「時には国を守るため、国民に情報の全てを開示しない選択を取ることは理解できる。俺もやってたからな。だが、神の使徒を処分したところで王国に何の利益がある? 理想と違うからと処分したところで、どう考えても不利益にしかならん。国民の様子はどうだ?」

 

「神の使徒は魔人族と秘密裏に手を組み、エヒト神に反旗を翻そうとしていた……そういう噂が流れているようです」

 

「まるでかつての解放者のようだな。彼らとは似ても似つかないが」

 

 解放者とは、はるか昔、エヒトの本性に気付いた者達がエヒトを討ち滅ぼすために集まって出来た組織に所属していた者たちを指す。しかし、エヒトにより世界を破滅させる敵というレッテルを貼られ、神代魔法の使い手の七人を除き全滅した。

 状況は似ているものの、解放者と神の使徒では実力も信念も比べ物にならないだろう。

 

「アルディアス様、いかが致しましょう。本来の予定では王国は後回しにして、公国に向かう予定でしたが……」

 

 当初の予定ではヘルシャー帝国とフェアベルゲンの後はアンカジ公国に向かう予定だった。

 特別アンカジ公国を優先しなければならない理由はないが、ハイリヒ王国がしばらくは機能が停止していることと、アンカジ公国が砂漠に囲まれ、周辺と孤立している理由から優先させたに過ぎない。

 しばらく考え込んでいたアルディアスだったが、考えが纏まったのか顔を上げる。

 

「予定変更だ。先に王国に向かうぞ」

 

「ハッ!」

 

「ん、了解」

 

 アルディアスの決定に一も二もなく即答するフリードとアレーティア。元よりアルディアスの決定に異を唱えるつもりは無いのだろう。

 しかし、ガハルドは心底意外そうな表情を浮かべる。

 

「意外だな。てっきり無視するもんだと思ったんだが……神の使徒(あいつら)を助けるつもりか?」

 

 神の使徒は魔人族の敵としてこの世界に呼ばれた存在だ。別に彼らが処刑されようが、魔人族には痛くも痒くもない。どちらかと言えば勝手に戦力を削ってくれるなら儲けものだ。

 だからこそ、ガハルドは不思議でたまらなかった。このタイミングで王国に侵攻を仕掛けることがまるで、神の使徒を助けに行くような行動に感じられて……

 

「勘違いするな。別に奴らがどうなろうと知ったことではない。無理やりこの世界に連れてこられたことには同情するが、戦う選択をしたのは奴ら自身だ。あの勇者を見るに、無理やり従わせられてるわけでも無いようだしな」

 

「じゃあ、何でだ?」

 

「俺が今一番危惧しているのは、聖教教会が神の使徒を処刑した後にどんな行動に出るか分からないことだ」

 

 何度も言うが、王国にとって神の使徒を異端認定することに利益は何も無い。そして、エヒトが居ない以上、その判断は聖教教会が下したことに間違いない。

 しかも、その理由が神の使徒が自分達の思い通りの成果を出さないから。

 

「ガハルド、聖教教会の連中は国民よりもエヒトを優先する……そうだな?」

 

「ああ、それは間違いない」

 

「ならば今回の行動も私欲ではなく、エヒトを最優先して起こした可能性が高い。もし、奴らがエヒトが居なくなった理由に気づいて無く、神の使徒の不甲斐なさが原因と考えたとしたら、神の使徒を処刑して尚、エヒトが戻らなかった場合、さらなる奇行に走る可能性がある……それこそ無辜の民の命を捧げたりな」

 

「……チッ、無いとは言い切れねえな。あの爺さんならそれくらいやっても不思議じゃねえ」

 

 今でこそ、廃れてきているものの、かつては生きた人を神に捧げる風習が存在した。

 それはエヒトだけでなく、天災を神の怒りと捉えた人類が若い女性や幼い子どもを供物として捧げた。

 その方法は多岐に渡り、人の手によって命を奪うものもあれば、生まれたばかりの赤子を人の手の届かないところに放置する。中には巨大な獣を神と称し、生きたまま食い殺される者すら存在した。

 常識的に考えればそんな事を実行しようとする者がいるなど考えたくも無いが、あのエヒト至上主義のイシュタルがエヒトの存在を失って正常な判断を下せるとはガハルドには考えられなかった。

 

「つまり、敵国だろうと罪の無い民が殺されるのは黙ってられないってか? 少しばかり甘い考えだが、お前はそれを押し通す力があるんだ。良いんじゃねえか?」

 

「それも思わなくはないが、俺が一番気に入らないのは聖教教会の連中だ。仮にも一国のトップがこの(てい)たらく……同じ立場の者としては心底気に入らない」

 

 そう言い放つアルディアスからは沸々と怒りのオーラが立ち昇る。形式上は同じ立場の存在として思うところがあった。

 もし、アンカジ公国を優先しなければいけない理由があったのならば、アルディアスはそちらを優先しただろう。一番優先すべきは自国の民の安全。自分の我儘に彼らを付き合わせる気は毛頭なかった。

 しかし、どんな理由があれ、王国が動き出したのなら早めに叩いておくに越したことはない。何より、もし、エヒトが居なくなったことで自暴自棄になった故の行動であるならば、余計放っておく方が後々面倒だ。

 

「聖教教会……どうやら奴らは俺の理想とする未来の障害となり得るようだ」

 

 もちろん、今までの話は現状で分かっている情報から予測しただけに過ぎない。自分達が知らないだけで彼らには彼らなりの正義があるのかもしれない。エヒトのためではなく、国民を優先して決定した可能性もある。

 それでも……もし、自分の予想通りの屑共だったのなら……

 

「一人残らず……潰す」

 

 アルディアスから溢れる覇気にガハルドが表情を引き攣らせながら一歩下がる。

 

(俺に向けられてるわけじゃねえのに、なんつー気迫だよ。つーか、コイツラは何で動じねえんだよ)

 

 ガハルドがチラッと隣に視線を送ると、フリードとアレーティアは全く動じる様子を見せず、それどころか頼もしげにアルディアスを見つめる。

 もちろん、彼らもアルディアスの覇気をしっかりと感じている。しかし、付き合いの浅いガハルドと違い、彼らにとってはそれは最早、安心感を与えるものでしかない。

 

「……アレーティア、フリード」

 

「ん、準備は任せて」

 

「ハッ、承知しました。三時間で終わらせます」

 

「ガハルド、お前は王国の知っている情報を教えろ」

 

「へいへい、分かってるよ」

 

 アルディアスの指示を受けて各々が動き出す。

 そんな彼らを尻目にアルディアスは王国がある方角を強く睨みつける。

 

(精々首を洗って待っているが良い)

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「アンタはこんなとこで何やってんだ?」

 

 場面は変わり、メルジーナ海底遺跡を攻略したハジメ達一行は、無事、新たな神代魔法、再生魔法を手に入れ、アンカジ公国を後にした。

 四輪を走らせること二日、そろそろホルアドに差し掛かる頃、ハジメ達はある一行と再会した。

 簡素な馬車が視線に入ったハジメは当初は特に止める理由もないことからスルーするつもりだった。しかし、突然香織が声を上げたことと、馬車の護衛と思われる一人が自分の良く知る人物だったことから、ゆっくりと速度を落とし、馬車の近くに停車させた。

 馬車の護衛達は当初は四輪を正体不明の魔物かと警戒したが、その内の一人がその見覚えのありすぎる外見に目を見開いた。

 

「ハジメ? ハジメか!?」

 

「ああ。で? 王国の騎士団長様がこんなとこで何してんだよ?」

 

 護衛の一人──メルドはハジメの姿を目にし、安心したように息を吐く。

 

「良かった。お前を探していたんだ」

 

「俺を?」

 

 自分を探していたというメルドに首を傾げるハジメ。

 よく見ればメルドの装備は自分の記憶にあるものよりもいくらかグレードダウンしているように見える。今の格好では騎士団長というよりも一介の冒険者といったところだろう。

 

「何で俺を──」

 

「香織!」

 

「リリィ! やっぱりリリィなのね!!」

 

 探していたんだ? そう告げようとしたハジメの言葉を遮り、フードを被った人物が香織の胸に飛び込んだ。

 香織の胸に飛び込んだ人物──リリアーナはそのままガシッと強く香織に抱きつく。

 

「びっくりしたよ! まさかこんなところで会えるなんて思わなかったから、半信半疑だったけど。どうしてリリィはこんなところに……リリィ?」

 

 この世界で出来た友人との再会に笑顔を浮かべる香織だったが、自分に抱きつくリリアーナの様子がおかしいことに気付く。

 

「リリィ? 泣いてるの?」

 

 リリアーナは香織の胸に顔を埋めたままボロボロと涙を溢していた。その様子にアワアワと慌てた香織はなんとか落ち着かせようとリリアーナの体を擦る。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい香織……!」

 

 何故か香織に謝罪の言葉を吐き出し始めるリリアーナに香織は困惑はする。

 この時ハジメは、誰だこいつ? と思っていたのだが、流石に言葉にするのは自重した。どう考えてもシリアスなこの状況でそんな事を言う程空気が読めない男ではないのだ。

 その後、何とか香織が落ち着かせると、リリアーナが涙を拭いながら顔を上げる。

 

「申し訳ありません。私が泣いたところで何も解決しないというのに……これでは王族として失格ですね」

 

「リリィ……」

 

「姫様……」

 

(…………………………ああ、王国の姫さんか)

 

 完全に置いてけぼりだったハジメだったが、メルドの姫様という言葉にようやく目の前の人物がハイリヒ王国の王女であることを思い出した。

 

「リリィ、一体何があったの?」

 

 リリアーナの様子から何か良くないことが起こっているのは明白だろう。それも自分にも関係している何かが……

 香織の問いかけに、少し言い淀む様子を見せたものの、意を決したのかついに口を開く。

 

「光輝さん達神の使徒の皆さんが、異端者認定を受けました」

 

「……え?」

 

「……何?」

 

 リリアーナから告げられた内容に香織は目を見開き、ハジメは眉を潜める。

 

「ちょ、ちょっと待って!? 私達が異端者!? 何でそんなことに……あっ! も、もしかして私が勝手に出てきたのがマズかったかな!?」

 

「落ち着け、それくらいで犯罪者扱いされてたらきりねえぞ。そもそもそんな事して奴らに何の利がある? 一体何があった?」

 

「私も何が起こっているのか分かりません、ただ……」

 

 言葉につまりながらもリリアーナは王国で何が起こっているのかを説明する。

 ハジメ達がアルディアスと邂逅してから数日後、聖教教会が突然活動を停止したこと。ようやく姿を見せたと思ったら神の使徒を異端者に認定したこと。王都に居た神の使徒が全員聖教教会に身柄を拘束されたこと。更に光輝の発言と国民の反応。

 

「ごめんなさい、香織……雫達が……貴方の友人が捕まっているのに私は何も出来ませんでした」

 

「そんなっ! リリィのせいじゃないよ!?」

 

「香織の言う通りです! 全ては彼らの教育係である私の責任です!!」

 

 深く頭を下げるリリアーナに香織が慌てて頭を上げさせる。

 メルドもそれに続き、責任の所在は自分にあると告げる。元々、光輝達に人を殺すことの覚悟を教えなかった事を後悔していたメルドは光輝の魔人族との戦いを拒否する発言も自分のせいにあると思っていた。

 ハジメが聞けば、あれは元々の性格だと言い切るだろうが、早々に人殺しの経験を積ませておけば少しは変わったのではないかとメルドは過去の自分を殴り飛ばしてやりたかった。

 自らを責め続ける二人を尻目にハジメは一人忌々しそうに舌打ちする。

 

「ちっ、あのアホ勇者め。面倒なことをしてくれる……そんで? あんたらが俺を探してたのは奴らを助けたいからか?」

 

「……その通りです。王国に置いて、聖教教会の力は絶大。いくら国の王女とは言え、私程度の発言では彼らには届きません。ご迷惑な事をお願いしているのは承知の上です。南雲さん……貴方のことは雫やメルド団長から聞いていました。どうかお力添えをお願いできませんでしょうか」

 

 頭を下げて懇願してくるリリアーナにハジメは不機嫌そうに表情を歪める。

 

「都合がいい奴らだな。自分達じゃ教会に逆らえないから俺を使おうってのか? そりゃ、随分──」

 

「いえ、南雲さんに全てを任すわけではありません。私達も戦います」

 

「……正気か?」

 

 自分の声を遮ったリリアーナの発言にハジメは目を丸くする。

 つまりそれは、聖教教会の意向に逆らうということ。国の王女と言えども罪人扱いは免れないだろう。

 リリアーナに続き、メルドも表情を引き締める。

 

「我々も姫様と同じ気持ちだ。光輝達のことは誰よりも近くで見てきた。彼らが処罰されるのを黙って見ているわけにはいかん。全て覚悟の上だ」

 

 メルドの周りにいる騎士達も同調するように頷く。最初は気付かなかったが、周囲の騎士達の姿にハジメは見覚えがあることに気付く。恐らく、メルドと同様、自分達の教育を担当していた者達だろう。

 当初は彼らも何とか決定を覆せないかと手を回したが、どれも無駄に終わった。帝国が魔人族に落とされたことを伝えてもそれは変わらなかった。

 もし、こんな状況で魔人族が攻めてくれば王国は間違いなく終わる。聖教教会は「エヒト様への信仰を絶えず捧げ続ければ、必ずや我々をお救い下さる。魔人族など取るに足らん」と明言したが、戦場に身を置く者としては、目の前の脅威に対して全てを神に頼り切る様な真似など到底できようもなかった。

 だからこそ決断した。例え、罪人の烙印を押されようとも、せめて関係のない戦いに巻き込んでしまった光輝達だけでも救おうと。

 

「しかし、私達だけでは到底教会から皆さんを取り戻すことは出来ません」

 

 言うまでも無いが、リリアーナ達のしようとしていることは文字通りエヒト()の意志に逆らうことになる。味方も少なく、リリアーナ達の行動は黙認してくれるようだが、父である国王も立場上安易に動けない。下手に味方を募ろうとして、教会に動きがバレてしまえば元も子もない。

 どうしたものかとリリアーナが悩んでいると、ふとここに居ない親友の存在を思い出した。彼女と一緒にいるであろう存在も一緒に……

 そこからの行動は速かった。メルド達、信頼できる騎士達を護衛に連れ、万が一魔人族に見つかる危険性も考えて、装備を変え、ホルアドを目指した。ハジメ達に会えたのは本当に偶然だった。

 

「どうか、どうかお願いします!!」

 

「ハジメ君……」

 

 深く頭を下げるリリアーナにメルド達も同じように頭を下げる。

 そんな彼らを見て、香織はハジメに視線を向ける。言葉にしないが、ハジメには香織の考えが手に取るように分かった。雫達が捕まっているのだ。心配じゃないわけが無いだろう。

 

「ハア、しょうがねえな」

 

「ッ! ハジメ君!」

 

「ッ! よろしいのですか?」

 

 了承とも取れるハジメの言葉に香織は表情を明るくし、リリアーナもぱっと顔を上げる。

 

「勘違いすんな。王国がどうなろうが、人間族がどうなろうが知ったこっちゃねえ。天之河が捕まっただけなら無視してたんだが……八重樫には色々世話になったしな。それと神の使徒を異端者認定したってことは、先生も捕まったのか?」

 

「はい……しかし、愛子さんだけはまだ判決が決まっていません。今後も国のため、作農師として貢献するなら情状酌量の措置を下すらしいのですが、愛子さんが断固として皆さんの身の安全を優先するよう求めているようでして……」

 

「まあ、あの人ならそうするだろうな」

 

 誰よりも、例え自らの命を狙われようとも生徒のために行動するような人だ。生徒が処刑されようとしているのに自分だけ助かろうとはしないだろう。

 

(しかし、先生だけ見逃そうとしてるってことは、()()()()で捕まったわけじゃねえのか?)

 

 ハジメはてっきり自分が先生に伝えた、この世界の神の真実を生徒達に伝えたことを勘付かれてしまい、その口封じに動いたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 神の使徒である光輝達はもちろんだが、豊穣の女神として人々に讃えられている愛子は民からの信頼も厚い。実際、訓練や迷宮に籠もることが多い彼らと違い、作農師として民の前で力を振るうことが多い愛子の方が話も伝わりやすいだろう。

 神の使徒を異端者認定する理由が思い当たらず、首を捻るハジメを尻目にリリアーナは善は急げとハジメ達を急かす。

 

「では、急いで王国へと戻りましょう!」

 

「? ああ、そりゃ構わないが……何だ? あいつらの処刑ってのはもうすぐに迫ってんのか?」

 

 まるで一秒すら惜しいと言わんばかりのリリアーナの表情にハジメは首を傾げるが、続くリリアーナの言葉に目を見開くことになる。

 

「いえ、処刑まではまだ数日あります。今からでも十分間に合うでしょう」

 

「なら何で……?」

 

「……魔人族が、魔王アルディアスが王国に侵攻してくる可能性があるのです」

 

「ッ!?」

 

「えっ!?」

 

「嘘!?」

 

 リリアーナの耳を疑う発言にハジメだけでなく、シアと香織も目を見開いて驚きを露わにする。ティオだけは唯一「その名前は確か……」と顎に手を当てている。

 

「アルディアス……確か、魔人族の王を務める男じゃったな。ご主人様とシア、それに香織は一度会ってるんだったかの?」

 

「……ああ、手も足も出せずにボコボコにされたよ」

 

 当時の事を思い出したのかハジメの表情は硬い。

 

「……それで、リリィ、どうして魔人族が攻めてくるって分かるの?」

 

「数日前、魔人族によって帝国が落とされました」

 

「帝国が!?」

 

 実力至上主義国家、ヘルシャー帝国が落ちたという話に最初に声を上げたのはシアだ。やはり、今まで亜人族を苦しめ続けた国が落とされたという事実に驚きを隠せない様子だった。

 

「はい。これまでも小競り合いはありましたが、実際に国を落とすほどの戦力が投入されたことは初めてです。まだ確証はありませんが、あの王がこの機を逃すとは考えづらいです」

 

「そうか……いや、奴の力を考えれば逆に今まで無事だったのが奇跡なくらいだしな。にしても、何で突然動き出したんだ?」

 

「それは私にも分かりません。突然の魔人族の動きの活発化。聖教教会の異変。それらは全てどこかで繋がっているのではないかと、不安なのです……」

 

「……姫さん、言っておくが俺は──」

 

「分かっております。南雲さん達は神の使徒の皆さんを救出でき次第、すぐに王都を脱出してください。これだけご迷惑を掛けておいて、今更魔人族とまで戦って欲しいなどとは言いません」

 

 そういって笑みを浮かべるリリアーナ。ただでさえ、神の使徒の異端認定に国がざわついているのだ。そんな状態で魔人族の襲撃を受ければひとたまりもないのは明白。そんな負け戦にハジメ達を巻き込むつもりはなかった。

 いくら常識外の力をハジメが持っているとしても、敵はそれを遥かに超える化け物。わざわざそんな相手に自分からちょっかいを掛けるつもりはハジメには無かった。

 

「……なら、良い」

 

 それだけ言い放ち、四輪へと足を進めるハジメ。

 聖教教会へと侵入し、愛子と八重樫、ついでに他のクラスメイトも助け出す。余裕があれば神山にある神代魔法を手に入れる。それだけだ。それだけのはずなのにハジメの中の嫌な予感は晴れなかった。

 

「ハジメさん……?」

 

 そんなハジメを心配そうにシアが見つめていた。

 ハジメの拳が少し震えているのを視界に捉えながら……




>アルディアス、次の標的をアンカジ公国からハイリヒ王国に変更。
 目的:聖教教会の撲滅。
 良識ある領主が統治する国と頭おかしい動き見せる狂信者が統治する国。危険視するのはもちろん後者。

>ハジメも行き先をハイリヒ王国に変更。
 目的:雫や愛子の救出。神代魔法の会得。
 ついでに他のクラスメイトもまあ、助けてやる。但し、その後は知らん。行くあてが無い? 死ななかっただけ儲けもんだろ。

>王国への道中。
 ハジメからリリアーナとメルドにはエヒトの本性を説明しました。

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