【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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前話の前書きで5回に1回はハイリヒ王国をハイリア王国と打ち間違えると書きました。

投稿した30分後に誤字報告。はい、ハイリア王国が紛れ込んでました。やっちまった。


第二十一話 【王都強襲】

 ハイリヒ王国南方に位置する広大な大陸。

 そこには万を優に超える魔人族の軍隊がすでに部隊を展開しており、指示一つで一斉に動き出せる状態にあった。その中心で竜に騎乗したアルディアスは少し呆れたような表情で王国を見つめてた。

 

「流石の俺もここまで簡単に接近出来るとは思わなかったぞ?」

 

 帝国を出発したアルディアス率いる魔人族はアルディアスが軍全体を覆う程まで拡大展開させた隠蔽結界“無響“にて誰にも気付かれること無く、王国へと到達していた。

 しかし、まさか本当に何の問題も無く、王国まで辿り着けるとは思ってもみなかった。

 魔人族が人間族よりも魔法に優れた種族であることは周知の事実だ。故に王都周辺くらいは魔法に対するトラップの警戒もしていたのだが(もちろんその対策もしていた)王都周辺に近付いてもその類の存在を発見することは終始無かった。

 

「帝国と違い、兵士による監視も穴だらけ……外に目を割いている余裕も無いのか……それとも、それだけ大結界に自信があるのか……」

 

 王国の民達は魔人族の軍勢にすでに気が付いているのか、国の兵士達が防衛体制に入りつつある様子が窺える。しかし、彼らの表情からはそこまで焦った様子は見られない。

 王国を覆う大結界とは外敵から王都を守る三枚の巨大な魔法障壁のことだ。宮廷魔法師が定期的に魔力を注ぐことで常に展開し続け、数百年に渡り破られること無く王都を守護し続けている。

 その実績が彼らに余裕を持たせているのだろう。それが命取りになることに気付きもせず……

 

「まあ、此方としては好都合だ」

 

 それだけ呟くとアルディアスは徐ろに結界に向けて人差し指を突き出す。

 

劫火(ごうか)

 

 アルディアスの指先から小さな黒い炎が現れ、そのままゆっくりと大結界に向けて放たれる。

 拳大程の大きさの炎を目にした王国の兵士達は、そのあまりに小さな炎に嘲笑の笑みを浮かべる。

 あんなもので大結界を破れると思っているのか? 所詮、見掛け倒しの偽王か……言葉は聞こえずとも、表情からそういった感情が容易に読み取れる。

 そして、小さな黒炎が一枚目の障壁に触れ……

 

──ボッという音と一瞬の閃光と同時に第一結界が燃え尽きた。

 

「「「…………………は?」」」

 

 目の前で起きた光景に王国の兵士達の口から間抜けな声が漏れる。

 しかし、そんな彼らをさらなる衝撃が襲う。

 

 一瞬で第一結界を燃やし尽くした黒炎の火球は、未だに消える様子を見せず、そのまま第二結界に到達し、同じように二枚目の障壁を燃やし尽くした。そして、肝心の黒炎は尚健在だ。

 そこでようやく王国の兵士達は最悪の状況が迫っていることに気付き、慌ただしく行動を始める。静観していた宮廷魔法師達は慌てて、結界に魔力を注ぎ始めるが、彼ら程度の魔力を加えたところで、結果が変わるわけがない。

 アルディアスが手を頭上に掲げる。それに伴い、魔人族達が目を鋭くさせ、王からの指示を今か今かと待ち続ける。

 アルディアスの生み出した黒炎が最後の第三結界に触れ、何の抵抗も無く、呆気なく、数百年も王都を守護し続けた大結界は王都の民の前から跡形もなく消失した。

 同時にアルディアスが手を振り下ろす。

 

「──全軍、突撃」

 

 ハイリヒ王国全土に魔人族の咆哮が轟いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 聖教教会の地下牢。神の使徒が捕らえられている牢獄は最早すすり泣きすら聞こえぬ程の静寂に包まれていた。

 殺されるかもしれない恐怖に光輝に苛立ちをぶつけ続けていた彼らだったが、怒鳴れば怒鳴るほど体力も気力も失われていき、声を出す余裕すら失われていた。

 そんな時、彼らの居る牢に誰かが向かってくる足音が聞こえた。音からして向かってきているのは四人。

 もしや、自分達の処刑がついに実行されるのではないか? そんな恐怖に彼らが怯えていると、彼らも良く知る声が聞こえてきた。

 

「無事ですか、皆さん!?」

 

「雫ちゃん!? みんな!?」

 

「……愛ちゃん先生?」

 

「……香織?」

 

 聞き覚えのありすぎる声に園部と雫が顔を上げ、格子の隙間から顔を覗かせる。

 てっきり神殿騎士か司祭の誰かが来たものかと思っていた彼らだったが、曲がり角から現れたのは彼らと異世界へと飛ばされた唯一の大人、愛子と王都を出ていた筈の香織だった。

 

「どうしてここに!? 愛ちゃん先生も捕まってたんじゃ!?」

 

「はい! でも私も助けてもらって」

 

「香織!? 何で貴方ここに!?」

 

「リリィが教えてくれたの! 雫ちゃん達が捕まってるのに助けに来ないわけでしょ! 無事で良かった……!」

 

「香織……ん? 貴方が居るってことはもしかして……」

 

 親友が自分達のための危険を犯して助けに来てくれたことに雫が胸にこみ上げるものを感じていると、ふとある男の存在が頭に浮かび上がった。 

 

「ああ、俺も居るぞ」

 

「皆さん、ご無事で!?」

 

 愛子と香織の後ろからハジメがゆっくりと姿を現した。すぐ後ろにはリリアーナの姿も見える。

 ハジメが自分達を助けに来てくれたことに生徒達が言葉を失っていると、徐ろにハジメは牢屋の格子に手を触れる。バチッ! と、紅い魔力光が奔ると格子はカランと簡単に外れた。

 

「とりあえず、全員さっさと出ろ」

 

 そのまま他の格子も次々と破壊していくハジメ。生徒たちは呆然したまま、牢を出たが、次第に助かったという実感を感じ始めたのか、歓喜の声を上げる。

 

「……正直、驚いたわ。貴方がわざわざ私達を助けに来てくれるとは思わなかったもの」

 

「元々、神山には用事があっただけだ。そのついでだ、ついで」

 

「ふふ、それでもありがとう。本当に助かったわ」

 

 お互いの無事を確かめるように香織を抱きしめていた雫はハジメに感謝の言葉を告げる。

 正面からお礼を言われたハジメは少し照れくさそうにしながら視線を外し、そして視界に入ったそれの姿を捉える。

 

「……おい、あいつ何してんだ?」

 

「……その、ちょっと、ね……」

 

「……光輝君?」

 

 ハジメと雫、香織の視線の先の牢屋の一角。そこには光輝がベットに腰掛けたままピクリとも動いていなかった。

 どうやら、ハジメ達が来たことも牢を開けてくれたことも気付いていないようだ。

 

「ちょっと光輝! いつまでそうしてるつもりよ! さっさと出てきなさい!!」

 

「……え? ああ、雫か。出るって言ってもどうやって……南雲?」

 

「おい、こちとら急いでんだ。さっさと出てこい」

 

「そうか……南雲が助けてくれたのか……ありがとう、助かった」

 

「…………おい、こいつ頭でも打ったのか?」

 

「まあ、気持ちは分かるわよ」

 

 あの光輝が……自分の正義感を疑わず、ご都合主義の権化のような光輝の口から、救出に来たハジメに素直に感謝の言葉が出た。

 ハジメとしては「お前のせいで俺達が異端者認定されたんだ!」くらいは言ってくるものだと思っていたのだが、未だかつて無いほど素直な光輝に「もしや、偽物か?」と一瞬ドンナーを構えようか真剣に考えるが、それを感じ取った雫から速攻で止められた。

 雫もハジメの気持ちは痛いほど分かるが、目の前の男は正真正銘、自身の幼なじみの天之河光輝本人なのだ。

 

「……まあ、いい。とにかくここを──」

 

「南雲君!!」

 

 出るぞ。そう告げようとしたハジメの言葉を遮り、鈴がハジメに声を掛ける。

 

「何だ? 谷口」

 

「エリリンを見てない!? ずっと姿が見えないの!」

 

「……エリリン?」

 

「恵里のことよ。中村恵里。イシュタルさんは王都にいる神の使徒は全員捕まえたって言ってたんだけど、恵里と檜山の姿だけ無いのよ」

 

「ああ、そういやそんなふうに呼んでたな。こっちは、見てねえが……少なくともこの周辺には居ねえな」

 

「そっ、か……」

 

 もしかしたらハジメなら知っているかもしれない。そんな期待を込めて聞いた鈴だったが、未だに行方が分からない親友の安否に鈴の表情が暗くなる。

 

「ええ!? 中村さんと檜山君が居ないんですか!? さ、探さないと……!」

 

「ちょっと落ち着け先生」

 

 愛子も守るべき生徒の姿が無いことを知り、動揺し、慌てて探そうとするが、すぐにハジメに止められる。

 

「先生には言っただろう。時間が無いんだモタモタしてる余裕は無い。それにわざわざ別の場所で拘束する理由もないんだ。ここに居ないなら、神山自体に居ないんだろう」

 

「それは……そうですが……」

 

「? 南雲君、時間が無いってどういうこと?」

 

「まだ確証があるわけじゃないんだが──」

 

 雫の疑問にハジメが答えようとしたとき、ハジメが突然言葉を切り、どこか遠くを見ながら集中している様子を見せる。

 

「南雲君?」

 

「ちっ、最悪だ。なんつータイミングだよ。姫さんの悪い予感が的中したわけか」

 

「悪い予感?」

 

 何やらあからさまに顔を顰めながら、不穏な言葉を告げるハジメの様子に何やら良くないことが起こったのだと判断した雫は無意識に体を固くする。

 首を傾げるクラスメイト達とは対照にハジメとクラスメイトの救出に神山に潜入した香織とリリアーナ、そしてすでに事情を聞いていた愛子はハジメの言葉から何かを察したようで、みるみる顔色が青褪めていく。

 地上には万が一に備えてシアとティオを待機させておいた。もし、何かあればすぐにハジメに連絡がいくようになっている。

 

「南雲さん、もしかして!?」

 

「ああ、地上に居るシア達からの連絡だ。来たぞ、魔人族の襲撃だ」

 

「「「ッ?」」」

 

 ハジメの口から語られた内容にその場に居る全員が驚愕し、表情が青褪める。

 魔人族──そのワードを聞いたクラスメイト達の脳裏にはあの日の光景が鮮明に蘇る。自分達を圧倒したカトレア。そのカトレアを簡単に制圧したハジメを歯牙にも掛けない強さを見せたアルディアス。

 彼らがまた自分達の直ぐ側まで迫っている。

 

「分かりました。皆さんはすぐに王都を脱出してください。王都には数百年に渡り王都を守護し続けた魔法結界があります。すぐに魔人族が国になだれ込む事態にはならない筈です。その間に──」

 

「いや、そうもいかないみたいだ」

 

「え?」

 

「奴が、魔王が放った魔法で大結界が破られた。それも第三結界まで全てだ」

 

「ッ!?──そんな!?」

 

 リリアーナは口を覆い言葉を失う。その表情は最早、血が回っていないかと思われるほど青白くなっている。

 魔人族の力が自分達を大きく超えていることは十分承知の上だった。元々、数の有利を利点に戦況を拮抗させていただけなのだから。

 しかし、王都を守護する大結界が数百年に渡り突破されることがなかったことは事実だ。だからこそ、慢心した。かの魔王も、大結界を正面から破壊することは出来ないのだと……

 

「……とりあえず、ここに居ても仕方ねえ。すぐに外に出んぞ」

 

「ほらっ、光輝も行くわよ」

 

「あ、ああ」

 

 すぐそこに絶望が迫っていることに全員が呆然としている中、ハジメの指示で何とか移動を開始する。

 敵はついさっき王都の魔法障壁を破壊したばかりだ。王都ではすでに戦闘が始まっているだろうが、神山まで到達するにはもうしばらく掛かる筈。生徒達は口に出さずとも誰しもそんなことを考えていた。

 そして、それはハジメも同様だ。

 彼の目的は神山に存在する神代魔法の会得だ。しかし、魔人族が迫っている状態で試練をこなしている時間があるとは思えない。ゲートを設置しておいて後日攻略に来るという手も考えたが、もし、魔人族に神山が占領されることになった場合、あのアルディアスの目を掻い潜れるとは考えづらい。間違いなく察知されるだろう。

 

(やはり多少無茶してでも今日やるべきか? だが、そもそも迷宮の入り口も分かってない現状で間に合うかも分からん。それに、神山が占領されたところで、奴が四六時中居るわけじゃない……)

 

 そんな事を考えながら地下牢を出たハジメだったが、その瞬間ここで聞こえる筈の無い声が聞こえた。

 

「久しいな、ハジメ」

 

「なッ!?」

 

 自らの名を呼ばれたハジメがその声の主に視線を向けて……絶句した。

 ハジメの後に続いてぞろぞろと出てきたメンバーも目の前の人物を視界に捉え、言葉を失う。

 

「懐かしい魔力を感じて見に来たが、こんなところで再会するとは驚いたぞ」

 

「何で、何でてめえがこんなところに居やがる!? 魔王!!」

 

 ここに居るはずの無いアルディアスの姿にハジメは困惑する。

 シア達からの“念話“ではアルディアスの魔法によって大結界が破られたと聞いていた。その報告を聞いてまだ五分も経っていない。その張本人が何故ここにいるのか。

 

「俺には優秀な臣下が居るからな、王都はそちらに任せて俺は此方に転移してきたというわけだ」

 

(転移!? クソッタレ、俺は馬鹿か! そんな単純なことにも気付かないなんて……!)

 

 自分の馬鹿さ加減にハジメは自分で自分をぶん殴りたくなった。自分ではゲートを設置しておくという案が浮かんでいたというのに、何故敵が同じ転移という移動手段を持っている事を予想出来なかったのか。

 本来なら侵すことの無い単純なミス。それが偶然によるものか、自分よりも強者と対面するかもしれないという焦りから生まれたものかはハジメにも分からない。

 

「それにしても……」

 

「……な、何だよ」

 

 困惑するハジメを無視し、アルディアスはじっとハジメを見定めるように見つめ続ける。

 思わずハジメが後ずさりすると、アルディアスが少し眉を潜めながら口を開く。

 

「……どうやらあの戦いはお前にとって悪い方向に向かっているらしいな」

 

「は? 何を言って……」

 

「ハジメ、神山にある神代魔法はもう会得したか?」

 

「……いや、まだだ」

 

「だろうな。大方まだその場所も掴めていないんだろう……迷宮の入り口、教えてやってもいいぞ?」

 

「……は?」

 

 アルディアスの言葉にハジメは今度こそ言葉を失った。アルディアスがそんな事をする意図が読めない。自分達は敵同士の筈だ。その事を問いかければ、アルディアスからは否定の言葉が返ってきた。

 アルディアスは当初ハジメの事を人間族の陣営として認識していたが、カトレアから聞いたハジメの様子に王国に力を貸す人間としては違和感を感じ、アルフレリックからの情報でハジメが人間族とは独立した勢力であることを確信した。

 敵対する理由が無いのなら、わざわざ敵を増やす意味など無い。それこそ、この世界のゴタゴタに巻き込んでしまったことから、多少の手助けをしてもいいくらいには思っていた。

 

「とはいえ、強制するつもりはない。俺はこれから聖教教会の司祭共に用がある。もし、興味があるのなら、神山を下るリフトがある広場で待っていろ。どのみち、後ろの者達を下に送らなければならないのだろう?」

 

 それだけ言うとアルディアスはハジメ達に背を向けて、教会の奥へと進んでいく。

 生徒達がこの場で戦闘にならないことに安堵の息を吐いたり、その場に腰を抜かす中、ハジメはアルディアスの姿が見えなくなるまでその背中から視線を外さなかった。

 

 自分の背中に突き刺さる視線を感じつつ、アルディアスは大きくため息をついた。

 まだハジメと初めて邂逅した日からそこまで経ったわけではない。しかし、あの頃よりも確かに力の高まりは感じる。恐らく新たな神代魔法を手に入れているのだろう。それでもアルディアスは断言できる。今のハジメはあの日接敵したときよりも確実に弱くなっていると……

 

(ハジメ……今のお前じゃここの神代魔法を手に入れるのは不可能だ)




>王都の大結界。
 速攻で壊される運命は変わらない。

>光輝軟化
 色々あったけど、結果軟化しました。
 ハジメに責任転嫁する展開も考えたんですけど、敵(アルディアス)や自分よりも強い人物(ハジメ)だと変にご都合主義しそうですけど、自分が守るべき弱者(クラスメイトや王都の人間)に責められるのは結構効きそうだなとこうなりました。

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