【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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第二十六話 【束の間の平穏】

 激しい閃光と同時に起こった大爆発。

 天高くまで舞い上がるキノコ雲を見上げ、フリードとアレーティアはその威力に半ば呆れたような表情を浮かべていた。

 

「アレーティア、助かった」

 

「ん、びっくりした」

 

 ティオのブレスによって引き起こされた大爆発の余波は、上空で待機していたフリードとアレーティアにまで牙を向いたが、ギリギリでアレーティアが“聖絶“を発動したことで吹き飛ばされることは回避した。

 

「あのブレスにそこまでの威力は無かった筈だが……」

 

「何か、火薬類に引火したとか?」

 

「それが妥当……か?」

 

 実際に引火したのは火薬ではないのだが、この状況を起こした原因は似たようなものだろう。

 愛子の技能の一つ、“発酵操作“を使い、神山に存在する食べ物などの発酵出来るものを片っ端から発酵させることで可燃性のガスを発生させた。それを遠く離れた神山の一点にティオが風魔法で凝縮した。

 わざわざ、遠くに集めたのは、臭いでアルディアスに気付かれるのを防ぐ為と、爆発に自らが巻き込まれないようにする為だ。

 流石のハジメもすぐ目の前であの爆発に巻き込まれたらひとたまりもない。何より、周りの人間は間違いなく耐えられないだろう。

 事前に下山を始めていたクラスメイト。離れたところで“聖絶“を展開した香織と鈴とリリアーナ。その二組はここからでも無事な姿が確認できる。

 ブレスを放ったティオも予想以上の爆発だったのか、吹き飛ばされていたようだが、距離が開いていたことが幸いして、すぐに態勢を立て直していた。

 しかし……

 

「南雲ハジメ。シア・ハウリア。そして側に居た少女。彼らの姿が見えんが……」

 

「……居た、あそこ」

 

 アレーティアの指差す方向に視線を向けると、瓦礫に埋もれた地面にヒビが入り、その下からハジメにシア、雫が姿を見せる。

 

「なるほど。“錬成“で穴を掘り、その中に逃げ込んだか」

 

 ハジメはアルディアスを吹き飛ばした瞬間、“錬成“で地中に穴を開け、シアと雫と一緒に飛び込み、穴を塞ぐことで爆発から身を守っていた。大盾を取り出し防ぐ手も考えたが、それでは爆風から身を守れても迫りくる熱を防げない。

 

「まさか、アルディアス様が吹き飛ばされるとはな」

 

「ちょっと驚いた。でも……」

 

 アルディアスが爆発に巻き込まれたというのに、二人が焦る様子は一切ない。何故ならば、分かっているからだ。

 

()()()()でアルディアスをどうにか出来ると思ってるなら、まだまだだね」

 

 その瞬間、爆発地点で瓦礫が吹き飛んだ。

 

 

 ◇

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 その音を耳にしたハジメ達が思わず息を呑む。

 瓦礫の崩れる音や、建物が崩壊する音に紛れた明らかな誰かの手によって起こった破砕音。

 この音の発生源であろう男の姿を想像し、ハジメは表情を青褪めさせる。

 

「くそったれ!! マジで不死身かよ、あいつ!!」

 

「別に不死身ではないが」

 

「「「ッ!?」」」

 

 困惑するハジメの直ぐ側で誰もが聞きたくなかった声が響いた。

 

「無傷……! いい加減にして欲しいぜ……!」

 

「いや、流石に俺も油断してた。魔法の発動が遅れてたらマズかったな」

 

 アルディアスは爆発に巻き込まれる瞬間、空間魔法“縛羅“を発動した。この魔法によって、自身の周囲の空間を固定し、ティオのブレスだけでなく、爆破による熱と衝撃から身を守っていた。

 

「まあ、少しばかり発動が遅れたせいでこの有様だ」

 

 そう言ってアルディアスが右手を持ち上げると、手の皮膚の表面が赤熱し、僅かに痙攣もしているようだ。

 しかし、それも一瞬、アルディアスの右手を淡い光が包み込んだ後、無造作に振り払うと、傷一つ無い手が姿を現す。

 

「さて……」

 

「ちっ!」

 

「やらせません!!」

 

「勘弁してよね!!」

 

 アルディアスが動き出そうとした気配を感じ取り、ハジメが、シアが、雫が動き出す……が。

 

「“動くな“」

 

「ぐっ!? か、体が……!」

 

 アルディアスが一言告げる。それだけでハジメ達は指一本動かせなくなる。

 

ズドオオオオオン!!

 

 ハジメ達が突然動かなくなった体に困惑していると、突然、地響きと共に空から何かが墜落してきた。

 

『ウグググッ! 先生殿、大丈夫かの!?』

 

「は、はい! 死ぬかと思いました……」

 

 どうやらティオもアルディアスの“魔言“の影響を受けて墜落してしまったようだ。

 ハジメが視線だけを香織がいる方向に向けると、歯を食いしばっている様子に彼女らも動けないのだろう。

 そんなことを考えていると、アルディアスがハジメの目の前まで歩み寄ってくる。

 

「てめえ、こんなの出来んなら何で最初から使わなかった!」

 

「それだとお前達の力を見ることが出来なかったからな」

 

 アルディアスはハジメに向けて手を伸ばしていく。しかし今度は、真っ直ぐ額に向けられた手を見てもハジメは少したりとも目を外さない。体の自由は利かずとも、その眼光には力強い意志が宿っている。

 そのままアルディアスの手から淡い魔力が溢れ出し……

 

「十分だ」

 

 ハジメ達を淡く緑色に光る魔力が包み込んだ。

 

「ッ!?──……これは」

 

 一瞬、何かの攻撃魔法かと思われたそれは、ハジメ達に触れた途端に、その傷ついた体を治療していった。

 

「何のつもりだ……!」

 

「何のつもりも何も、俺は元々お前達を殺すつもりなど無い。最初に言っただろう。迷宮の入り口を教えてやってもいいと。今のお前なら、ここの迷宮を攻略できるだろう」

 

「……どういうことだ」

 

 首を傾げるハジメにアルディアスは神山の迷宮のコンセプトを説明する。迷宮の攻略条件は、最低二つ以上の大迷宮攻略の証を所持している事と、神に対して信仰心を持っていない事、或いは神の力が作用している何らかの影響に打ち勝つこと。

 つまり、神に靡かない確固たる意志を有すること、だ。

 

「俺がこの大迷宮を攻略した際は、洗脳や魅了で深層心理に揺さぶりをかけることで、神に対する精神性が試された。お前は証を所持しているようだし、神に対する信仰心も持ってはいないが、恐怖心を持っていた。それじゃどのみち攻略は無理だ。だからこそ、お前の中の恐怖心を取り除く必要があった」

 

「……もしや、王都でお主の臣下が妾達を見逃したのは」

 

 アルディアスの話を聞いていたティオが、竜化を解いて問いかける。

 フリードと争っていた最中、突然誰かと話している素振りを見せた後、戦いを止め、ティオのことを見逃すと告げた男に流石のティオも困惑した。もちろん罠の可能性も考えたが、そんな真似をするような男には見えず、何よりも一刻を争う状況だった為、ハジメの元に向かうことにした。

 

「俺の指示だ。こいつは俺に恐怖しているくせに、誰かの力を借りることにも強い忌避感を感じていたからな。多少荒療治だが、結果うまくいったな」

 

「……何で、そこまで。敵じゃないにしても、お前にそこまでする義理はないだろ」

 

 つまり、アルディアスはハジメの為にわざわざハジメを焚き付けて争うように仕向けたということだ。敵じゃなくとも、味方ですら無い自分にそこまでする意図が分からず困惑する。仮にハジメが神代魔法を手に入れられなくともアルディアスには何の問題も無い筈だ。

 

「俺なりの詫びだ。元凶じゃないにせよ、この世界の者としてお前達を巻き込んでしまったからな。直接帰還の手助けを出来たら良いんだが、俺にもやらなければならないことがある」

 

 ハジメ達をこの世界に召喚したのは、紛れもなくエヒトだ。そしてそれを利用したのは王国の人間。魔人族のアルディアスに責任は無い。しかし、アルディアスにも彼らに対する同情心が多少なりとも存在した。

 当然、ハジメのように心から帰還を望んでいるのなら手助けをしても良いとも思っている。

 

「まあ、そうだな。色々言ったが、俺はお前のことを気に入ってる。理由などそれくらいだ」

 

「…………」

 

 アルディアスの言葉にハジメの表情が何とも言えないものへと変わる。

 そもそもの原因はお前だ、とか。それだけの為に死にそうな目にあったのか、とか。言いたいことは山程ある。神代魔法を手に入れる為に必要なことだったとも理解している。だが、それを感謝出来るかと言えばそうではない。

 ズタボロにされた分、一言くらい言ってやる。

 そう決意し、アルディアスをキッと睨みつけたハジメだったが、その横顔を見たシアがふと気づく。

 

「ハジメさん、何か顔赤くないですか?」

 

「は? 何言って──」

 

「ホントじゃ。耳まで真っ赤じゃぞ、ご主人様」

 

「え!? ハジメ君大丈夫!?」

 

「む? 傷は完治させた筈だが……」

 

 シアの発言にティオと香織が反応し、アルディアスも治癒が足りなかったのかと首を傾げる。そんな彼らを尻目に一人、ハジメの顔をじっと見つめていた愛子が「あっ」と小さく声を上げる。

 

「もしかして、南雲君照れてます?」

 

「は?」

 

「「「照れてる!?」」」

 

 愛子とハジメ、アルディアスを除く全員が驚愕に目を見開いた。あのハジメが、唯我独尊を地で行くハジメが照れる? そんなありえない現象に全員がハジメに視線を向ける。当のハジメは顎を開けたまま呆然と愛子を見つめたまま動かない。

 何とも言い難い空気の中、彼らのそばにウラノスが降りるやいなや、フリードが深く頷きながら、ハジメに声を掛ける。

 

「照れても仕方がないだろう。アルディアス様に認められたのだ。何も間違ってはいない。存分に誇ると良い」

 

「はあ!? ふざけんな!! 誰が照れてるって!! つーかてめえ誰だ!?」

 

 まるでそれが当たり前だと言わんばかりに告げるフリードにハジメが噛みつく。

 そんなハジメの姿を見て、シアが「そういえば」と言葉を続ける。

 

「ハジメさんって怖がられたりすることは多くても、純粋に褒められることってないですよね?」

 

「ほう? つまりご主人様は褒められ慣れていないと? ご主人様も可愛いところがあるの〜。どれ、妾が一つ褒め殺して──へぶっ!?」

 

 ニヤニヤ顔を隠さず近付いてきたティオを、ハジメは問答無用でぶっ飛ばす。しかし、そんなことでへこたれるティオではない。むしろ快感に身を捩らせていた。

 

「んんっ!? ハアハア、これじゃ! これが欲しかったのじゃ!!」

 

 こんな時にも変わらず変態のティオに一同は何とも言えない表情を浮かべ、アレーティアはピシリと固まる。ちなみにアルディアスは偶然……本当に偶然フリードが間に入った為、ティオの表情は見えなかった。妙な声は聞こえたようだが……

 そんな空気の中、再び愛子が「あっ!?」と声を上げる。心なしか、先程よりも声量が大きい。今度は何だよとばかりにハジメがジト目で愛子を見ると、ワタワタと慌てながら愛子が話し出す。

 

「そ、そうだ!? 教会! 教会が! ここまで壊れちゃうなんて思わなくて!? 早く中の人を助けないと!?」

 

「助けるって……」

 

 愛子の言葉にハジメは改めて周りを見回す。一面瓦礫の山で、ところどころ地面が爛れ、剥がれている。どう見ても生存者は期待できないだろう。そのことを告げると愛子は「そんな……」と顔を青褪めさせて膝をつく。

 ハジメを守る為とはいえ、関係のない人を殺めてしまった。そのことに胃の中のものがせせり上がるのを感じ──

 

「いや、その少女は誰も殺しては居ないぞ?」

 

 アルディアスの言葉でギリギリそれがせき止められる。

 

「え? で、でも、教会もあんな状況で……」

 

「そもそも俺がここに何の目的で来たのか忘れたのか?」

 

「目的……? ああ、なるほど」

 

 首を傾げたハジメだったがすぐに納得した表情で頷く。未だに意味が分かっていない愛子はハジメにどういうことかと問いただす。

 

「こいつと地下牢を抜けたとこで会った時、言ってただろ? “聖教教会の司祭共に用がある“ってよ。で、今人間族と魔人族は戦争中だ」

 

「……あっ」

 

「気付いたか? 教会に居た連中なら、すでに俺が一人残らず殺した。一度死んだ人間を再度殺す事など出来ない」

 

 だから、気にする必要はない。そう続けるアルディアスだったが、愛子の表情は依然暗いままだ。例え、命を奪ったわけでは無いにしても、遺体を吹き飛ばしてしまったことに変わりはない。その事が愛子の心に深い傷を負わせている。

 香織や雫、鈴が愛子に寄り添う中、アルディアスは先程から黙って此方を見つめ続ける少女の姿を捉える。

 

「お前は……」

 

「お初にお目にかかります。私はハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒと申します」

 

「魔国ガーランド現魔王アルディアスだ。お前は先程牢屋から出てきた集団にいたな。神の使徒の救出に協力していた、といったところか?」

 

「その通りです」

 

「意外だな。神の使徒の異端者認定は聖教教会の下した決定と聞いていたが……聖教教会の決定に逆らったのか?」

 

 王国では例え王族と言えども、聖教教会には逆らえない。そう認識していたアルディアスは心底意外そうに問いかける。

 

「はい。彼らは私達の事情に巻き込んでしまった、言わば被害者です。戦ってくれることに感謝こそすれど、処罰するなどあってはなりません」

 

 そう断言するリリアーナをじっと見つめる。その瞳からは嘘を言っている雰囲気は感じられない。

 

「……なるほど、どうやら王族までは腐ってはいなかったらしい。察してるとは思うが、すでに王都は落ちた。国王の身柄もすでに我らの手中にある」

 

「ッ!?」

 

 アルディアスの言葉にリリアーナは強く唇を噛みしめる。覚悟はしていた。今の状況で魔人族が攻めてくれば間違いなく王国は負けると。そして敗戦国の王族である自分の運命も……

 だが、死の恐怖を感じながらも、リリアーナは僅かに安堵していた。先程、アルディアスはハジメ達を殺すつもりは無く、帰還の手助けすらしても構わないような発言をしていた。自分は助からなくとも香織や雫達は助かるかもしれない。

 ハジメから聞いたエヒトの本性。未だに信じられない気持ちも大きいが、もし、その通りだった場合、自分達では間違いなく守りきれない。もちろん、アルディアスがハジメを気に入っているだけで、他の……それこそ光輝達のことまで気にかけてくれる保証はない。そもそもアルディアスがエヒトに対抗出来るかも分からないが、少なくとも王国の庇護下よりは安全だろう。

 王族の血を受け継ぐ自分は処刑されるだろうが、彼らが元の世界に帰れる可能性が出てきただけでもほっとする。

 

「……悲壮感漂わせてるところに悪いが、別にお前を殺そうなどとは考えてないぞ。王都に住まう民達も、悪戯に殺すつもりはない」

 

「…………え?」

 

 覚悟は出来てます。そう言わんばかりに瞳を閉じ、深く息を吸い込んでいたリリアーナは、アルディアスから告げられた言葉の意味がすぐに理解できず、呆然とする。

 

「どういうことだ? 普通、敗戦国の王族ってのは全員処刑されるもんじゃねえのか?」

 

 リリアーナが言葉に詰まっていると、横からハジメが話に加わってくる。その斜め後ろには愛子の姿もあり、先程よりは落ち着いた雰囲気を見せている。少し熱のこもった視線をハジメに向けているような気もするが……

 

「まあ、本来はそうなんだが、少し事情があってな。帝国も俺達の支配下に下ったが、ガハルドは生きてるぞ。上層部の人間で死んだのはバイアスとかいう屑一人だ」

 

「え!?」

 

 その事実にリリアーナが思わず声を上げる。それは敗戦国の王族を生かしていることに対してか、それとも自身の婚約者だけが死んでいることに対してか。それは本人にしか分からない。

 

「事情だと? お前、何しようとしてる? エヒトを殺す為の策でもあるってのか?」

 

 帝都に続き、王国も落とされたとなれば、すでに人間族の敗北は決定したと言ってもいいだろう。

 ハジメ達が少し前に寄ったアンカジ公国。かの国だけで魔人族に対抗出来るとは思えない。周辺の町の戦力をかき集めたところでそれは変わらないだろう。

 ともなれば、間違いなく神が何かしらのアクションをしてくる筈だ。そのことを大迷宮攻略者のアルディアスが知らない筈がない。少なくとも、ミレディから神の本性は聞いている筈だ。

 認めるのは癪だが、アルディアス(こいつ)は馬鹿じゃない。目の前の事実から目を背け、盲目的に神を信じるような男には思えない。何故ならば、戦いの最中もアルディアスの口から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「──?」

 

 その瞬間、ハジメは何か違和感を感じた。何かとんでもないことを見逃してるようなそんな気が……

 

(何だ、この違和感。そう言えば、最初からこいつの発言には何かが引っかかって……)

 

──勝てないかもしれない。そんな覚悟で勝てる程“神“は甘くはない。

 

──神はお前が考える程軟ではない。性根はともかく、実力は神を名乗るだけのことはある。

 

 アルディアスがハジメにぶつけた言葉の数々。それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

「ッ!?──お前まさかっ! すでにエヒトと接触してんのか!?」

 

「……ああ、そういえばまだ言っていなかったな。エヒトとアルヴならば、すでに俺が殺した」

 

「「「………はぁあああああああッ!?」」」

 

 アレーティアとフリードを除く全員がアルディアスの発言に目を見開いて驚愕する。

 誰もが言葉を失う中、いち早く復帰したハジメがどういうことかとアルディアスに詰め寄り、アルディアスが簡単にこれまでの経緯を説明する。ハジメや王族であるリリアーナにはどのみち話しておくつもりだった。

 

 語られる内容は、まるで荒唐無稽の出来すぎたファンタジーの物語のような話だが、その話が本当だと仮定すれば、聖教教会の暴走とも取れる行動や、これほどの力を持っていながら、本格的な侵攻をしてこなかった理由。突然活発になり始めた魔人族の動きにも納得出来てしまう。

 現に人間族の総本山とも呼べる王国が落ちたというのに、未だに神からの干渉が起こった気配は一切ない。

 全てを聞き終えたハジメは頬を引きつらせながら、アルディアスに戦慄の目を向ける。

 

「お前……世界中が神の掌で踊らされてる中、たった一人で……?」

 

「一人ではない。ここ居るアレーティアにフリード。俺を信じてくれた民達。彼らが居なければ決して成し遂げられなかった」

 

 その言葉に、アレーティアとフリードが頷く。

 

「つっても、始まりは一人だろうが。マジでお前どうなってんだ。実はチート持ちの転生者とかそんなんじゃねえだろうな?」

 

「先程も言っていたが、ちーと、とは何だ?」

 

「はあ、こっちの話だ……」

 

 深くため息をつきながら、ハジメは改めて目の前の男の姿をハッキリと視界に入れる。

 世界中が神の玩具にされる中、ただ一人、違和感に気付き、水面下で仲間を募り、神を打倒する程の力を付ける。

 言葉にするのは簡単だが、それがどれだけ難しいものかは考えるまでもない。人間族だけでなく、魔人族ですら神に絶対の信仰を捧げていたのだ。そんな中、神に反旗を振るおうとすれば、どうなるかは解放者を見ればよく分かる。

 そんな状況で、十年以上の時を掛けて、少しずつ、確実に計画を進めていき、一国の王までのしあがり、とうとう神殺しすら成し遂げてしまった。

 かつてオルクス大迷宮で戦ったカトレア、そして、この場にいるアレーティアとフリードの様子から、アルディアスが王として揺るぎない忠誠を捧げられていることは簡単に想像がつく。恐らく、国民に対しても似たようなものなのだろう。

 

 民を想い、民に想われ、知略に優れ、神殺しを成し遂げる力を併せ持つ絶対なる王。

 まるで漫画やアニメから飛び出してきた主人公のような存在だ。ハジメとて、元の世界ではオタクと言われる程に様々な漫画、アニメ、小説に至るまで数え切れないほどの物語を見てきたが、それですら、ここまで完璧超人の人物は中々居ない。

 

(ははっ、そりゃ敵わねぇわな)

 

 文字通り、経験も信念も違いすぎる。そんなアルディアスに改めてハジメは思う。今の自分では絶対に敵わないと。しかし、そう断言するハジメの表情からは今までのように恐怖するような感情は全く感じられない。

 多くの経験を積んできたハジメだが、元を正せばただのオタクの高校生だ。物語の登場人物に憧れたり、興奮したことも一度や二度ではない。

 

(……かっけえな)

 

 その力に、生き様に、憧れを抱いても仕方がないだろう。人の上に立ちたいわけではないが、神が相手でも、一歩も退かず、信念を貫き通すその在り方は、ハジメの理想とする完成形そのものだった。

 

「〜〜ッ!? だ、だったら最初から言えってんだよ! それを知ってたら俺が無駄に神に対して警戒することも……!」

 

 が、それを正面から堂々と言える程、今のハジメは昔程子供ではないし、純真でもない。思わず声に出しかけたそれをかき消すようにハジメは声を荒げる。

 

「悪い。だが、一度根付いてしまった恐怖心は簡単には剥がれることはない。お前自身が乗り越える必要があった。すまなかったな」

 

「うっ、別に謝れとは……」

 

 アルディアスの謝罪にハジメは居心地の悪そうに頭をかく。

 そんな様子のハジメに対して思わずアレーティアが呟く。

 

「……ツンデレ?」

 

「誰がツンデレだ!?」

 

 僅かに赤面しながら喚く怒鳴るハジメだったが、その珍しい光景にシアやティオ、更には香織までもが、面白いものを見つけたと言わんばかりに顔をニヤけさせる。

 近くで完全に蚊帳の外に追いやられてしまったリリアーナが「王女なのに……」と落ち込むのを雫と鈴と愛子がなだめる。

 先程まで命の危機を覚えていたというのに、何とも気の抜けた空気に一転していた。エヒトの本性を知っていた彼らとしてはそのエヒトがもういないというのは、それだけ朗報なのだろう。

 ハイリヒ王国の王族であるリリアーナは、まだこれからの国の行方などの心配事は尽きないが、アルディアスの言葉を信じるならば、これ以上民に危害が及ぶ危険性は少ないだろう。王族として様々な人物を見てきたリリアーナの目には、アルディアスが嘘を言っているようには見えなかった。

 

 しかし、彼らはまだ知らない。エヒトとは比べ物にならない脅威がこの世界に迫っているかもしれないことを。

 この空気に水を差すのは躊躇われたが、いつかは知らなくてはならない事実。それを改めてアルディアスが伝えようと口を開く。

 

 

──瞬間、空が漆黒に包み込まれた。




>神山の大迷宮
 迷宮の攻略条件は、最低二つ以上の大迷宮攻略の証を所持している事と、神に対して信仰心を持っていない事、或いは神の力が作用している何らかの影響に打ち勝つこと。となっていますが、コンセプトが“神に靡かない確固たる意志を有すること“である以上、迷宮攻略の過程で恐怖心が試される試練があってもいいのかなと思って、こういった感じにしました。

>愛子のダメージ減?
 原作と違い、殺してはいません。吹っ飛んだだけです。遺体が。

>ハジメ君のオタク魂
 中二病っていうのはね、一度発症すると一生付き合っていかなければいけないものなんだ。皆表に出さなくなるだけで、心の中にずっと秘めているんだ。

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