「……は?」
それは誰の口から漏れた言葉だろうか。その場に居る全員が空を見上げたまま、その漆黒に染まった空を呆然と見上げた。
……夜空? そんな馬鹿な。今の時刻は丁度正午に差し掛かるところだ。仮に再生魔法を使ったとしても、世界そのものの時を進めることなど出来る筈が無い。
そもそも、漆黒に染まった空は、夜空と言うよりはまるで真っ黒なペンキをぶち撒けたような色をしており、何より光が全く差し込んでいないにも関わらず、お互いの姿はハッキリと視認できる。
明らかな異常事態。アルディアスはすぐさま王都に居るカトレアに“念話“を繋げる。
「カトレア、そちらの状況はどうなっている?」
『ア、アルディアス様!? あの、いきなり空が暗くなって……! 王都の人間もかなりパニックになってます!!』
「やはりそちらもか。此方も同じ状況だ。理由は不明だが、嫌な予感がする。警戒態勢を崩すな」
『ハッ!!』
“念話“を切ったアルディアスは側に居たフリードとアレーティアに王都の現状を伝える。
「王都も同じ状況のようだ」
「これ程の広範囲に干渉する力……並大抵の物では無いですね」
「なら、これは……」
「ああ、
アルディアスの言葉に視線が鋭くなるフリードとアレーティア。
そんな彼らの様子に何か知っているのかとハジメが問いかける。
「おい、これが何なのか知ってんのか? お前達の仕業では無いってのは何となく分かったが……」
「……確証は無いが、間違いないだろう。これ程の人知を超えた現象。文字通り
「なっ!? ちょっと待て!! エヒトはお前が殺したんじゃ……!!」
「エヒトはな……だが、この世界に居る神はエヒトとアルヴだけではない。そもそもエヒトはその神に造られた人造神で元人間。この世界の住人同様、そいつの掌の上に過ぎない」
「「「ッ!?」」」
その言葉にハジメと、二人の話を聞いていた周囲の人間も言葉を失う。想像すらしていなかっただろう。創造神と謳われ、信仰を得ていた“神“が“人類“と同じで利用される立場だったことが。
「ッ!!」
「アルディアス?」
その時、突然アルディアスがバッと頭上を見上げ、ある一点を睨みつける。
アレーティアがその様子に首を傾げるが、此方を見向きもしない様子にある可能性が頭を過り、アルディアスの視線の先を追う。
最初にアルディアスがそれに気付いたのは必然だったのかもしれない。生まれた頃よりアルヴの存在を身近に感じ続け、何よりもエヒトをその身に宿したこともある存在はアルディアスを置いて他にはいない。
だからこそ、誰よりも早く気付いた。気付かないわけが無かった。その忌々しい程の“神性“に……。
──バキッ
アルディアスの見つめる先、漆黒に染まった空の一角。そこが突然割れた。
全員が視線を向ける中、バキバキバキッとヒビが横に広がっていく。そして、そのヒビが横に三メートル程広がった辺りで、ヒビ割れは止まった。
──そして、空が開いた。
「ふふ、やっと会うことが出来ましたね」
開いた空の先、漆黒の空とは相反する純白の光を背景に一人の老人が姿を現した。
一見すると、物腰の柔らかそうな好々爺風の老人だ。だが、その姿を見たハジメ達をとてつもない悪寒が走った。
殺気を向けられたわけじゃない。そもそも老人の視線はアルディアスに向けられており、目があってすらいない。それでも、彼らの体は無意識に震え、今すぐにでもこの場から背を向けて逃げ出したい気持ちに駆られる。
それは最早、強さ云々の違いでは無く、種としての格の違い。生物の本能が敵わない。逃げろと警鐘を鳴らす。
特に戦闘とは関わりの少ないリリアーナや愛子の表情は青白く、今にも倒れてしまいそうだ。王族として責任。教師としての責任。それが無ければ、簡単に逃げ出していたかもしれない。
しかし、だからといって、耐えられるものでもない。とうとう限界を超え、二人の意識が途切れそうになった瞬間。
『鎮魂』
アルディアスから淡い光が巻き起こり、周囲の人を包み込んでいく。その光を浴びたハジメ達は先程まで感じていた悪寒が軽減されていき、表情にも温かみが戻ってくる。
それを横目で確認したアルディアスはすぐに目の前の老人に視線を戻す。
「お前がこの世界の真なる神か?」
「ええ、その通りです。はじめまして、アルディアス君。私の名はシュパース。以後よしなに」
そういって嬉しそうに笑みを浮かべるシュパースにアルディアスはあからさまに眉を顰める。
まるで正反対の表情を浮かべる二人の間に他の者は口を挟めない。しかし、そんな空気の中、この場に似つかわしくない少女の声が聞こえてきた。
「ちょっとシュパース様!? 勝手に行かないでよ! この空間、僕一人じゃ右も左も分かんないんだからさ!!」
「あっ、すみません。すっかり忘れてました」
「このクソジジイ……!!」
シュパースの後ろからひょっこり姿を現した少女。その少女を視界に捉えた瞬間、香織と雫、そして鈴が目を見開いた。髪と瞳の色は変わっているが、見間違える筈が無い。特に鈴にとっては教会に拘束される前夜から行方が分からず、ずっと心配し続けた親友なのだから。
「…………エリリン?」
「あれ? 鈴じゃん。久しぶり〜」
鈴の呟きを聞き取った恵里は笑顔で鈴に手を振る。行方の分からなかった親友が生きていてくれたことに安堵する気持ちはある。しかし、それ以上に困惑する。今までどこにいたのか。何故容姿が変わってるのか。何故……そこにいるのか。
「エリリン! 心配したんだよ!! もう教会の人達に殺されちゃったんじゃないかって……!」
「んー? 僕があんな低能な奴らにやられるわけないじゃんか。相変わらず頭空っぽなの?」
「え? え、恵里……?」
突然鈴のことを貶すような発言をした恵里に鈴だけでなく、香織や雫も思わず固まる。
「恵里!! 鈴は貴方のことをずっと心配してたのよ!? そんな言い方はないでしょ!?」
「あー、もう、うるさいなぁ。別に心配して欲しいなんて言ってないし。余計なお世話だよ」
「「なっ!?」」
自分達の記憶からは想像も出来ない発言をする恵里に呆然とする二人。そんな彼女らを差し置いて、アルディアスはシュパースに問いかける。
「……単刀直入に聞く。何をしに来た」
険しい表情を浮かべるアルディアスに対して、ニッコリと笑みを浮かべながら答える。
「一つは君に会いたかったからです。人から昇華させたとはいえ、エヒト君が神の力を持っていたことは間違いない。その彼を殺す程の存在。間違いなく、君は私の知る歴史の中でも最強とも呼べる人類です」
「それは光栄だな……で、一つ目ということは他にもあるんだろう?」
「ええ。もう一つは……この世界に対して、宣戦布告に来ました」
あっさりと告げられた言葉にアルディアスの眉間にシワが寄る。今の問答だけでも、自分の想像しうる中でも最悪の可能性が浮上してきたからだ。
「宣戦布告……か。何の為に? お前もエヒト同様に俺達を盤上の駒としか見ていないタチか?」
堂々と正面から来る分、エヒトよりもマシか? 内心そんな事を思いながら、問いかけたアルディアスだったが、肝心のシュパースは目を丸くしてポカンとしている。まるで何故そんなことを問いかけられたのか分かっていない様子だ。
「駒? いえいえ、そんな事はありませんよ。
「では、何故宣戦布告などする。俺達が戦うことに何の意味がある」
「簡単な話です。人類の更なる進化を促し、平穏を与える。これ以上の理由はありません」
シュパースの言い分にアルディアスの視線が鋭くなる。そんな表情の変化に気付いていないのか、構わず話を続ける。
「そうですね……一つ、昔話をしましょう」
──希望に溢れ、輝かしい未来を夢見た……愚かな一柱の話を……
◇
あるところに一柱の神が居た。いつから存在したのかは自身にも分からない。何をすることもなく、只々どこかも分からない場所を漂い続けて、何億、何兆の月日が流れただろう。いや、時という概念すらない世界ではそれすらも分からなかった。
ある時、神は自らに何かを創造する力があることに気付いた。そこからの行動は早かった。
神は
──そして……
いつしか、人類は数を増やし、国を作り、繁栄を極めた。その国では誰もが笑顔だった。不満などありはしなかった。何故なら、彼らには神が居たから。
腹が空けば、食べ物を生み出した。技術が必要なら知識を教授した。力を欲するなら神力を分け与えた。
手に入らないものなど無い。危険など無く、誰もが平等に幸せになれる世界。
神は間違いなく満足していた。彼にとって、子供が笑顔でいることこそが幸せだった。
──そして、神の恩寵を与えられ続けた国は、千年を待たずに滅亡した。
◇
「……は!? いやいやいや、ちょっと待て!? 意味が分かんねえぞ! 何でいきなり滅んでんだよ!!」
突然の国の滅亡に思わずハジメが突っ込んだ。間違いなく、その神とやらは、目の前の老人のことだろう。他の面々も同じような表情だ。しかし、アルディアスとアレーティアとフリード、それにリリアーナの四人は黙ったまま表情を崩さない。彼らは国の運営に大きく関わってきた分、何故その国が滅んでしまったかが分かってしまったからだ。
「簡単な話です。私は何も知らない愚か者だった。人類が何故ここまでの繁栄をしてこられたのか……君に分かりますか? 南雲ハジメ君」
「そりゃあ……知性があるからだろ」
「もちろんそれもあります。しかしそれ以上に、人類とは何よりも欲深い生き物なのです」
国が滅びた理由……それはただ単に、人類が今以上の富と名声を求めたから。
神の恩寵といえども、それを享受し続ければ、次第にそれが当たり前の事となり、それ以上を求め始める。隣の芝生が青く見える様に、誰かが更なる力を手に入れれば、それ以上を要求するようになる。
そんな状況になってようやく異変に気付いたシュパースは、しばらく国を離れることにした。そうすることにより、神の力に頼ること無く、人が本来持ち合わせている力で、未来を切り開いてくれることを願って……
それが世界に対する止めになるとは考えもせずに。
神の恩寵を失った人々は嘆き、悲しみに暮れた。自らの手で探り探り道を模索し始める者も一定数存在したが、それまでとの差異に絶望し、次第に数を減らしていった。
「そして始まったのは、人同士による、私の残した奇跡の奪い合い。戦争などとはとても言えない……国中の人類が自らの為に命を奪い合う醜い争い。自己の欲求を満たすだけの戦い」
新しく生み出されないのなら、既にあるものを奪えば良い。かつての栄光をその手にしたいが為だけに、同族を殺す。初めは小さかったそのさざ波は、周囲を巻き込みながら、やがて世界を破滅へと導く大きな津波へと変わっていった。
「自身の失敗を悟った私は、破滅した世界を再生させ、一から始めることにしました。しかし、何度やっても結果は同じ……」
過去の失敗を繰り返す程愚かでは無い。
ある時は、神として人々を導きつつも、力を行使することはしなかった。結果、何人もの人々が生涯を全うすること無く、病や事故、戦で命を落とした。
ある時は、人類を見守りつつも、姿を見せることはしなかった。結果、天災で資源を失った人々は、人同士で限られた資源を奪い合い、多くの人々に不幸が訪れた。
どんなに手を尽くしても、どんなに知略を練っても、必ず人類は争いを始める。
「そこで私は考えました。異常なまでの欲深さこそが人類の原点であり、原罪であると。欲望があるからこそ、人類は愛を求め、それを得る為の手段として、知恵と力を欲する。君も同じです」
そう言ってアルディアスを見る。
「民を守りたい。同胞を救いたい。それらは確かに正しい感情でしょう。しかし、それも欲望という人の薄暗い業から生まれたものなのです」
「ッ!? 貴様ッ!! 黙って聞いていれば──ッ!!」
自らの主を愚弄されたフリードが激昂し声を荒げるが、アルディアスが手をかざして遮る。それによって何とか怒りを抑え込むが、握り込まれた拳が彼の感情を物語っている。
側に居るアレーティアからもじわじわと魔力が滲み出ている。アルディアスが居なければ今すぐにも魔法を放ってもおかしくはない状況だ。
「それで? 結局お前は何がしたい」
「何度も破滅の道を辿った人類ですが、たった一つだけ、共通して彼らが手を取り合い、進化の道を進む事象が存在しました」
──それが、人類共通の敵が現れた瞬間です。
「「「ッ!?」」」
その言葉で、全てを理解してしまった。目の前の神の目的とその手段を……
「“神“とは人類を導き、祝福を授ける存在などではありません。人類の壁としての永久的な敵性存在。人類の存続と進化を促す為に人類を滅ぼす絶対的な天敵。それが私の出した結論です」
誰もが呆然としたまま、言葉を発せない。理解も共感も出来ない。つまりそれは、人類は平和を維持するために、永久的に戦い続けなければならないと言われたようなものだ。
「ふざけたことを抜かすな。ならば、エヒトのことはどう説明する。奴はこの世界に祝福を与える存在として信仰され、人同士の争いを誘発させていた。お前の言っていたことと矛盾している」
「いえ、していませんよ? 確かに人類同士での戦争も起こりましたが、所詮数千年程度のものではないですか。その過程で、エヒト君に対抗する為に解放者が生まれ、その彼らの力が今や君に受け継がれている。彼らの、そして君の存在は、間違いなく人類の進化の大きな一歩と言えるでしょう」
「その数千年の間に、どれだけの犠牲が出たと思ってる……!」
「進化の為の必要な犠牲です。数千年など大した年月ではありません」
思わずアルディアスは無意識に拳を握り込む。
良く分かった。目の前の“神“はそもそも自分達とは価値観が大きく異なっている。人の一生は長いようで短い。ある種の例外はあるが、殆どの人類は千年など生きられない。それは寿命だったり、病だったり、戦であったり……理由は様々だが、人はあっという間に死ぬ。
だが、“神“からすれば、千年など瞬きの間に過ぎ去る程の刹那の感覚なのだろう。
明日を生きるのに必死な人類と違い、この“神“が見ているのは途轍もない程の未来の光景。
分かり合うことなど、出来る筈も無い。
「ならば、ハジメ達のことはどうするつもりだ? こいつらは、エヒトによってこの世界に無理矢理連れてこられただけに過ぎん」
「彼らに関しては私も想定外でした。私が進化を願うのはこの世界の人類のみです。彼らまで付き合わせるつもりはありません。この世界の者ではない彼らだけならば、すぐに帰還させて差し上げましょう」
その言葉に、地球帰還組が思わずお互いの顔を見合わせる。急に元の世界に帰れるかもしれない可能性が出たことに、歓喜の感情が浮かび上がるが、同時に大きな不安も走る。
そもそも目の前の神の言うことを信じてもいいのかという疑問もあるが、世界の危機的状況に、親友とも呼べる間柄にまで発展したリリアーナを置いていってしまうことが、香織達の心にしこりを残していた。
香織は不安そうにハジメに視線を向ける。ハジメの性格を考えるに、話の信憑性はともかく、本当に帰れるのなら、リリアーナ達のことなど気にすること無く、帰還の道を選ぶと思っていたからだ。
しかし、肝心のハジメは、眉を顰めたままシュパースを睨みつけていた。
ハジメには、その話が本当か嘘かなど関係がなかった。何故ならば、シュパースの提案の大きな穴に気付いていたからだ。
「
「え? それって……」
この世界の者でない彼らだけ──つまり、この世界の出身のシア達は連れていけないということ。
「ええ、その通りです。彼女らはこの世界の住人。ならば、この戦いに参加する、もしくは見届ける義務があります」
例え、その結果が死に繋がるとしても。そう続けるシュパースにハジメの視線が更に鋭くなる。
「なら、俺は帰るつもりは無い……約束したからな、俺の世界に連れていくって」
「ハジメさん……!」
シアはもちろんのこと、鬱陶しいが、ティオのことも仲間として大切に思っているし、何よりも、ミュウとの約束もある。それを反故にしてまで帰るつもりなど、ハジメにはさらさら無かった。
「よろしいのですか? 戦争が始まれば、慈悲を見せるつもりはありません。私は君のこれまでの戦いも見てきました。君だから力を貸しても良いと思ったのですが……」
遠回しに、他の者だけを還す為に力を割く気は無い。と、言い放つシュパースだったが、ハジメの考えは変わらない。そもそも、シア達と他のクラスメイトを天秤に掛けたところで、クラスメイト側に傾くことなどありはしない。
「そうですか、異世界の住人である君が、この戦いで何を見せてくれるのか……非常に興味深いですね」
「ハジメの戦いを貴様が見る必要は無い。俺が今、ここで貴様を討てばいいだけだ」
瞬間、アルディアスから魔力が吹き荒れ、背後に全長三メートルにもなる、赫く輝く雷で構成された槍が六本現れる。目が眩む程の雷光を纏う槍は敵対者を確実にその生命ごと穿つだろう。
しかし、そんなアルディアスに待ったを掛ける少女が居た。
「ま、待ってください!? あそこには恵里が、友達がいるんです!?」
呆然と固まっていた鈴が、その雷光の光で我を取り戻し、慌ててアルディアスを止めようと声を掛ける。
このまま槍を射出すれば、すぐそばに居る恵里も巻き添えになる可能性がある。
恵里を守ろうと必死に声を上げる鈴だが、アルディアスは一瞬視線を向けただけですぐに戻す。
「友達、か。少なくともアレは友に向ける眼ではないがな。どう見ても
「え? え、恵里? 嘘だよね? だって、その人は……」
動揺しつつも、恵里に問いかける鈴。否定して欲しい。そんな訳ないと。私達を滅ぼそうとしてくる人につく訳がない……と。
懇願にも思える鈴の問いかけに対して、恵里はニッコリと笑みを浮かべる。
その笑みは、鈴が今まで見てきたものとは全く違う、ドロドロの狂気を感じるものだった。
「アハハ、やっぱり魔王様は他の馬鹿共と違って物分かり良いねぇ。そうだよ? 僕はこっち側。シュパース様の下についたんだよ?」
「な、何で……!?」
「簡単なことさ。光輝君を手に入れる為。それだけだよ」
「は? 光輝?」
何故そこで光輝の名前が出てくるのか……? 困惑するクラスメイトに「やっぱり物分かり悪いなぁ」と頭を振りながらも懇切丁寧に説明を始める。さも、情熱的なラブストーリーを語る吟遊詩人のように振る舞う恵里だが、その内容は誰一人として理解できない、狂った少女の独白だった。
恵里のことは、召喚された者達の一人としか認識していなかったアルディアス達ですら、その内容に思わず眉を顰める。
中でも鈴の表情は、青白さを通り越して土気色までまで変色してしまっている。恵里にとって自分はただの都合が良い道具でしか無かった、その事実に……
「シュパース様は約束してくれたんだ。僕が協力するなら、光輝君と二人っきりの世界を作ってくれるって。誰も邪魔者が居ない……僕達だけの箱庭を!!」
そんな鈴の様子も目に入っててないのか、頬を高揚させながら語る恵里。
「恵里!! 貴方は!!」
鈴の心を踏み躙る仕打ちに雫が怒声を上げる。隣にいる香織も目を吊り上げて恵里を睨む。
しかし、恵里はそんな表情を向けられたところでどこ吹く風と言った様子で気にもしない様子で……
「──作る、筈だったんだけどなぁ」
「「「へ?」」」
突然今までの狂気的なナリが身を潜め、落ち着きを取り戻し始めた恵里に鈴達が目を丸くする。
爛々と輝いていた筈の瞳も今や面倒くさそうに半分閉じられ、心ここにあらずと言わんばかりに大きくため息をつく。
「おやおや、そんなにため息ばかりついてたら幸せが逃げてしまいますよ?」
「誰のせいだと思ってるのさ」
「…………もしかして、私ですか?」
「……はぁ」
自分の顔を見て、再び深いため息をつかれたシュパースが、ガーンとショックを受ける。
しばらくアタフタしていたシュパースだったが、考えても無駄だと判断したのか、パンッと手を叩いて、空気を切り替える。
「ま、まあ、お互い積もる話はあるかと思いますが、それは次までに取っておきませんか? あまり長居するつもりもありませんし──」
「次など無い」
『
シュパースの言葉を遮り、アルディアスの魔法が放たれた。
光と音を置き去りにして放たれた赫き槍は、その軌跡すらも突き放し、まっすぐにシュパースの頭部、四肢、心臓目掛けて突き進む。
その場の誰もが反応することすら出来ない。敵の命を穿つことで認識出来る程の神速の一撃。
──たった一柱の神を除けば……
『
神の口から紡がれた言葉。それは、何故かその場に居る全員の耳にハッキリと聞こえた。
──瞬間、全ては光に包まれた。
眩い光は全てを呑み込んでいく。
ハイリヒ王国を……ヘルシャー帝国を……フェアベルゲンを……魔国ガーランドを……大陸の外までも……世界の全てを照らしていく。
その日、その瞬間。世界中の人類は目撃した。世界を包み込む破滅と再生の光を。
「な、何が起きたんだ?」
刹那にも感じる光の濁流が収まり、ハジメが薄っすらと目を開くと、そこには先程と全く変わらない景色が広がっていた。
「ッ!?──シア! ティオ! 香織! 無事か!?」
「だ、大丈夫です!」
「何だったのじゃ……?」
「び、びっくりした……」
しばらく呆然としていたハジメだったが、シア達の安否に気付き、慌てて後ろを振り返ると、困惑しつつも、傷一つ付いていない三人の姿を確認できた。
そのことにホッと安堵の息を吐いた後、落ち着いて周囲を再度確認するが、アルディアス達を含め、そこに居た者達が負傷した様子は全く見られなかった。
(何だ? ただの目くらまし? それにしちゃ、違和感が……)
何が起こったのか理解できないハジメだったが、状況が分かっていないのはアルディアスとて同じだった。
(俺の魔法が消えた? 防がれた訳でもなければ、避けられた訳でもない。まるで魔法そのものが消失したかのような……)
シュパース目掛けて撃ち出した魔法が、シュパースの体を貫く寸前に消えた。視界が塞がれようとも、自らの放った魔法だ。当たったのか防がれたのかくらいは分かる……それが、消えた。
「……何をした」
「いえ、ただ舞台を整えようと思いましてね?」
「舞台……だと?」
「ええ。言ったでしょう? 宣戦布告と。この戦争は私と君との戦いではありません。
シュパースの言葉の意味が分からず、眉を顰めるアルディアスの元にカトレアから“念話“が入る。
『ア、アルディアス様!! あ、あの……外、外が……変わ、変わって……!?』
しかし、動揺しているのか、言葉に詰まってうまく言葉に出来ていない。
「落ち着けカトレア。何があった?」
『け、警戒態勢を敷いていた騎竜部隊から連絡が……ガ、ガーランドです!!』
「は?」
『王都から南に約二キロ先に! あたし達の国……魔国ガーランドが出現しました!!』
「何だと……!!」
ここに来て初めてアルディアスの表情に焦りが見えた。その様子にアレーティアとフリードも何か想定外のことが起こったのだと察し、ハジメもあのアルディアスが声を上げたことに嫌な予感が頭を過ぎる。
すぐにアルディアスが感知範囲を広げると、確かにカトレアの報告と同じ方角から魔人族の魔力を……それも、兵士ではなく、一般市民のものを多く感じた。
(いや、それだけじゃない! 周囲の地形が変わっている!?)
思わず思考が停止するアルディアスだったが、すぐに我に返り、カトレアに指示を出す。
「カトレア! すぐに王都の周囲十キロ圏内に偵察を放て!!」
『え? は、はい! 分かりました!!』
元々、アルディアスからの警戒態勢で、王都だけでなく、城壁の外まで監視を行っていた筈だ。竜を使えば、状況確認にはそこまでの時間は掛からないだろう。
カトレアとの“念話“を切ったアルディアスがギロッとシュパースを睨みつける。
「貴様ッ!」
「ふふ。その様子ではすで気付いたようですね」
「アルディアス、何があったの?」
アレーティアが全員を代表してアルディアスの問いかけると、視線はシュパースに固定したまま、答える。
「カトレアからの報告だ。王都から南に約二キロ、そこに魔国ガーランドが突如出現した」
「「なッ!?」」
その事実にアレーティアとフリードが絶句する。周りで話しを聞いていたハジメ達も声にこそ出していないが、同じような反応だ。
「それだけじゃない。王都の周囲の地形も明らかに変わっている……それに俺の予想が正しければ……」
言葉の途中でアルディアスがこめかみに指を当てて何かに応答する。恐らく、カトレアからの“念話“だろう。
「早いな。やはりそう遠くない位置に……ああ、分かった」
“念話“を切った後「やはりか」と憎々しげな声を出したアルディアスが再び話を再開する。
「王都の周辺十キロ圏内にヘルシャー帝国、更にハルツィナ樹海が現れた。他にもそこには存在しなかったいくつかの都市や町、集落を発見したそうだ」
「「「ッ!?」」」
最早、誰も声を上げることが出来なかった。つまり、アルディアスの言葉が正しいのなら、世界中の国や町が王都の周囲に転移してきたことになる。いや。これはすでに転移という枠組みを逸脱している。
「世界を……創り変えたのか……!?」
「かつて、このようなことを仰った偉人がいます。破壊の裏に創造あり。破壊と創造は表裏一体、と。私から言わせてもらえば、それは間違いです。破壊しなくとも創造は出来ます。創造しなくとも破壊は出来ます。破壊と創造はそもそも同じ概念なのです。個人の価値観の違いで使い分けているだけに過ぎません」
それに、と続ける。
「言ったでしょう。これは私と君だけの戦いではないと。私という絶対敵を前に人類をまとめ上げられるのか……見せてください。君達の可能性を……」
「簡単に言ってくれる……!!」
神に対抗する為に、ある程度の衝突は覚悟していたが、実際に国同士を近づけられることになるとは誰が想像できるだろうか。
するとゆっくりと割れた空が次第に塞がり始める。
「五日後の太陽が天高く昇る時。その時が、開戦の時刻です」
「バイバ〜イ」
「恵里! 待って!?」
鈴が必死に手を伸ばして引き留めようとするが、肝心の恵里は笑顔で手を振るだけで応じる様子はない。
「……最後に一つだけ、聞いておく」
「何でしょう?」
すでに腰辺りまで閉じかけている中、アルディアスは初めてシュパースの姿を見てから感じていたことを問いかける。
「お前……俺とどこかで会ったことがあるか?」
そんなアルディアスの発言にフリードやアレーティアですら、驚愕に目を見開く。
「……? いえ、直接会うのは初めての筈ですが……?」
しかし、肝心のシュパースは本当に心当たりが無いのか首を傾げて否定する。自分は随分前からアルディアスのことを見ていたが、あくまで一方的に見ていただけで、会った訳ではない。
そもそも、地上に降りたのすら、数千年、もしくは数万、数十万年振りだ。アルディアスは生まれてすらいない。
「……そうか」
その返答にしばらく黙り込んでいたアルディアスだったが、すぐに頷いて返す。どうやら彼自身も自分が何故そんなことを尋ねたのか理解していないようだった。
「よく分かりませんが、君には期待していますよ、アルディアス君。
その言葉を最後に空が完全に閉じた。
それと連動するかのように、空を覆っていた闇が、霧が晴れるように引いていき、冷え切った地上を温めるかのように、ギラギラとした太陽がその姿を現す。
誰もが言葉を出せずに呆然と空を見つめる中、アルディアスだけは、心底不愉快そうに表情を歪め、誰に聞かせる訳でも無く、小さく呟く。
「俺達の幸せが訪れることを願っている……か。フン、腹芸はエヒトよりも劣るらしい」
厄介な相手に暗雲が立ち込め始めたアルディアスの心情を嘲笑うかのように、雲ひとつ無い青空が王国を見下ろしていた。
>神の失敗。
何でも出来るけど、何も知らなかった。
>人類共通の敵が現れればお互いに争いを止め、団結する理論。
それなら、永久に敵として君臨し続ければ、人類がお互いに滅ぼし合うことは起こらないのでは? というとんでも理論。例え、人類が戦いに敗北しようとも文明が滅ぶレベルの被害は起こりますが、絶滅はさせず、敗北を糧にさらなる進化を期待している。
>
地上すべての国、町、集落、地形に至ってまでの全ての位置を、自身の思い通りに創り変える魔法。発動時にその場所に居た者も一緒に移動している。