【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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第二十九話 【生まれた意味】

「無理無理無理無理無理無理!? 絶対無理ですよ!?」

 

 突然の抜擢に、愛子は首が取れるんじゃないかと思う程、必死に首を振りながら拒否する。

 

「別にそこまで重荷に思う必要は無い。トップと言ったが、旗印のようなものだ。あくまで人間族の柱として立ってもらいたいだけで、細かい指示は此方で行う」

 

 何もアルディアスとて、本当に全軍の責任を愛子に託そうとしている訳では無い。しかし、目の前の敵で精一杯な状況で内部分裂を起こされたら堪ったものではない。その為の旗頭が必要なのだ。

 魔人族がアルディアスの指示を違えることなど絶対にありはしない。同様に、アルディアスに恩がある亜人族と、そもそも種族間での差別や溝が無い竜人族も問題はない。

 人間族だけなのだ。戦いに赴くに当たって、アルディアスに反抗しかねないのは。

 帝国だけならばまだ通用したかもしれないが、王国の民相手では些か不安が残る。

 

「な、なら、エリヒド陛下やリリアーナさんの方が適任じゃないですか!?」

 

「確かに、エリヒド殿やリリアーナ嬢ならば王国の人間を鼓舞をすることは出来るだろう」

 

「だったら──」

 

「俺達魔人族が居なければ、の話だがな」

 

「え?」

 

 もし、この人類総決戦に魔人族が居なかったのであれば、もしくは敵として立ちはだかったのであれば、王族の言葉で民達の士気も向上したことだろう。“豊穣の女神”と呼ばれる愛子も、その波に乗り、兵士達を扇動するだけで済んだかもしれない。

 だが、事はそう簡単な問題ではない。何せ、今まで数千年に渡り、争い続けた魔人族と肩を並べて戦えと言うのだ。いくら国の王族からの言葉とはいえ、素直に従えない者が間違いなく出てくる。魔人族に家族を殺された者なら尚更だ。

 

「だからこそ、王族以上に影響力を持つ存在が必要だ。その為に各国の王(俺達)の上に立ってもらいたい」

 

 各国、各種族の頂点に立つ存在。特に人間族にとっては、あの魔人族の王(アルディアス)の上に立つ存在と位置づけることが出来れば、間違いなく人間族の象徴となり得ることが出来る。

 

「うっ……でも……」

 

 それでも愛子は簡単に頷くことは出来ない。元の地球ではただの一教師に過ぎない自分が、形だけとは言え、いきなり人類のトップとして立たなくてはならないのだ。その重圧は並大抵のものでは無い。

 薄っすらと涙を浮かべる姿に、アルディアスの胸にも少しばかり罪悪感が宿るが、シュパースの語った期限は五日。混乱を収め、各国の代表とコンタクトを取り、こうして会議まで辿り着くのに二日を使ってしまっている。最終日の決戦の日を除けば、今日を含めて三日しかない。

 出来る限りその期間を戦力の充填に当てたいアルディアスからすれば、愛子に立ってもらうのが最善なのだ。

 そんな様子をただ見守っていたハジメだったが、しばらくすると愛子に向けて口を開いた。

 

「俺は先生なら出来ると思うぞ」

 

「南雲君!? 君はまたそうやって私に無茶振りを……! そもそも君が悪戯に私を担ぎ上げるからこんな事になってるんじゃないですかぁ!!」

 

「いや、あのときは確かにちょっとノリでやったが……」

 

「ノリでやったんですね」

 

 ジト目になった愛子がハジメを睨みつけるが、ハジメはそんな視線を完全にスルーする。

 

「でも、今も昔も出来ないとは思ってない」

 

「ッ!?」

 

「一人で馬鹿みたいに抱え込んで、周りを拒絶してた面倒なガキだって真っ当に戻してみせたんだ。それに比べりゃ、民衆なんて簡単だろ?」

 

「南雲君……」

 

「それに、それだけの立場を任せられるんだ。それ相応の見返りはあると思ってもいいんだろ?」

 

 そういってアルディアスを、ひいては各国のトップ達に視線を向ける。その視線に対して、アルディアスはすぐさま頷いて返す。

 

「ああ、もちろんだ。先も言った通り、指示は此方で出す。何か案があるのなら優先して聞こう。俺に出来ることならば可能な限り応えよう。そして、この戦いが終わった後のこと……元の世界への帰還方法についても国を上げて協力すると誓う」

 

「……!」

 

 地球への帰還。その言葉に愛子の心が僅かに揺れる。現状、ハジメも神代魔法を集めながら、帰還の方法を探しているが、手立ては少しでも多いほうが良い。シュパースからの提案をハジメが蹴ってしまった以上、自分達で帰還方法を探す必要がある。

 

「もちろん、これを断ったとしても、帰還方法については変わらず助力するつもりだ。本来、貴女達は巻き込まれただけの存在。この戦いにも無理に参加する必要は無い」

 

 残りの日数を戦力の充填に当てたい気持ちはあるが、関係の無い者を、本人の意志を尊重せずに軍の旗印として立たせるつもりはアルディアスにはなかった。

 正直、アルディアス達が敗北すれば、帰還の手助けも何もあったものじゃないので、とてもじゃないが平等とは言えない取引だろう。そのことに申し訳なく思う気持ちもある。

 愛子とて、もちろんそのことくらいは気付いている。この戦いに人類が敗北すれば、自分の、ひいては生徒達の安全も保障出来ないだろう。正直、帰還どころの騒ぎではない。

 じっと俯いたまま考え込んでいた愛子は、ゆっくりと顔を上げ、そばに居るハジメに視線を向ける。

 

「……南雲君は戦うんですよね?」

 

「ああ。戦争に負ければ、シア達の命もどうなるか分かんねぇからな」

 

「……やります。やらせてください!! 生徒達を守るのが教師()の役目なんです! 例え一緒に戦えなくても、私なんかがお役に立てるのなら……やってみせます!!」

 

「……その決断に感謝する。アルテナ。君には愛子殿の補佐をしてもらいたい。構わないか? アルフレリック殿」

 

「ああ、構わない」

 

「ええ!? 私がですか!?」

 

 事の成り行きを見守っていたアルテナが、突然自分の名前を呼ばれたことに驚愕するも、祖父であるアルフレリックは二つ返事で了承する。

 

「君なら任せられる。フェアベルゲンで培ってきた知識が役に立つ筈だ。それに亜人族の立場もある」

 

 表立って何かする可能性は極めて低いが、亜人族とて人間族には強い恨みを抱いている。アルテナを愛子のそばにつかせることで、人間族からの亜人族への忌避感を少しでも軽減させることが出来れば、亜人族のため息も少しは減るだろう。

 

「アルディアス様……はい! このアルテナ、精一杯やらせて頂きますわ!!」

 

 驚きはしたものの、想い人に頼られたことに胸が高鳴り、やる気を漲らせるアルテナ。

 すると、同じ様に会議の場を見ているだけだったリリアーナも声を上げる。

 

「その役割、私にもお手伝いさせて頂けないでしょうか!! 元より我が国の事情! まだまだ未熟なれど、愛子さん達のお力になれると思います!!」

 

 その言葉を受けたアルディアスはチラリとエリヒドに視線を向ける。リリアーナのことは詳しく知らない為、父であるエリヒドの判断に任せるつもりのようだ。少し顎に手を当てた後に、エリヒドはしっかりと頷いて見せる。

 

「分かった。では、リリアーナ嬢もよろしく頼む。フリード。演説の原稿や段取りは任せた」

 

「ありがとうございます!」

 

「了解しました」

 

 話が一段落したことで、次の議題へと話を進めていく。と言っても、避難民の避難先の選定に、戦力の増強計画。当日の各部隊の配置など。今、決められる事は粗方決め終わった。敵の戦力が分からない以上、後は戦況を見て、臨機応変に対応するしかないだろう。

 

「後は、シュパース本神の対応ですが……」

 

「奴は俺がやろう」

 

 フリードの言葉にすかさずアルディアスが答えた。周りの者達も一瞬顔を見合わせたものの、誰も異論はないようだ。

 すると、ガハルドが腕を組みながらアルディアスに鋭い眼光を向ける。 

 

「分かってると思うが、世界を創り変える程の奴だ。簡単にはいかねえぞ? 他がどれだけ気張ろうが、てめぇが負ければこの戦いは負けだ。以前、帝城で神に勝てるのか聞いた時に、お前は言ったな。影も分からぬ相手にそんなことを考えても時間の無駄だと」

 

 帝国を落とし、ガハルドに世界の真相を話していたときのことだ。神に勝てるのかと問いかけてくるガハルドに対して、アルディアスは勝てるか勝てないかでは無く、ただ、戦うだけだと答えた。だが、あの時と違い、その神の姿をしっかりと捉えている。力の全容を見た訳ではないが、その片鱗だけでも“神“の名に相応しいオーラを放っていたことは言うまでもない。

 

「今一度聞くぞ? てめえは奴に勝てるのか?」

 

 その質問に全員の視線がアルディアスに向けられる。ガハルド程直接聞くのは躊躇われていたが、誰しもが気になっていたのだろう。

 しばらく、目を伏せていたアルディアスは顔を上げるとハッキリと言葉にした。

 

「勝つさ……いや、違うな。俺は奴に()()()()()()()()()()。奴の姿を見て、改めてそう思った。俺は……」

 

──()(シュパース)を滅ぼすために生まれたのだから……。

 

「「「────ッ!?」」」

 

 喰われる。全員が反射的にそう思った。

 恐怖……とはまた違う。敵を威圧する力の暴風ではなく、まるで、全てを呑み込むブラックホールのように。全員の意識を引き込んで離さない。アルディアスの十倍以上もの年月を生きているアドゥルですら、視線を向けられた訳でもないにも関わらずに背筋がゾクリとした。

 同時に、期待せずにはいられない。敵は世界を創り変える程の途轍もない力を有する超越存在だ。“神“に“人“は勝てるのか。その問いに誰しもが断言することは出来ないだろう。それは、この場に集まった各国のトップ達ですら例外ではない。

 しかし、アルディアスならば……後天的な神とはいえ、エヒトとアルヴを葬った存在ならば、何とかなるかもしれない。そう感じさせる程の王者の気迫。

 “王“とは強さだけでは成り立たない。他を圧倒する力に、千里先をも見通す叡智。何よりも、民にこの王に付いていけば大丈夫と思わせる程の絶大なカリスマ。

 アルディアスのそれは、民だけでなく、他種族の王ですら圧倒し、呑み込む。

 

 そんな中、唯一困惑した表情を見せる者が居た。

 

「アルディアス様……?」

 

 フリードだ。

 確かに、フリードもアルディアスの放つ王者の風格には、誰よりも深く感嘆した。同時に誇らしかった。これこそが、我ら魔人族の王だと……

 だが、先のアルディアスの発言。それを聞いた瞬間、フリードは一抹の違和感に襲われた。何が? と言われても分からない。説明が出来ない。それでも、一瞬だけアルディアスが自分の知るアルディアスでは無いような気がした。自分の大切な弟が、どこか遠くに行ってしまったような気がしたのだ。

 困惑を隠すことなく、思わず口から出てしまった言葉に反応して、アルディアスが後ろを振り向く。

 

 そして──

 

「フリード? どうかしたか?」

 

 いつもと変わらない表情を浮かべるアルディアスの姿があった。

 

「あっ……い、いえ、何でもありません」

 

「そうか?」

 

 その事に我に返ったフリードが、慌てて何でも無いことを伝える。少し不思議そうに首を傾げたアルディアスだったが、一応納得したのか再び視線を戻す。

 

(……私の気の所為だったか。弛んでいるな)

 

 どうやらこの二日間、まともな休息も取らずに、多方面に渡り指揮を執ってきたせいか、疲れが溜まっていたようだ。今までのは前準備に過ぎない。本番はここからだ。このような体たらくではいざという時に重大なミスを起こしかねない。

 僅かに頭を左右に振って、気持ちを切り替えたフリードは、再び会議の進行を滞り無く進めていく。すでにその頭から、僅かに感じた違和感は影も形も無くなっていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 会議が終了し、各々が忙しなく行動を始める中、アルディアスはハジメと共に城内にある場所に向かっていた。

 

「開発部門?」

 

「ああ。主に国の防衛機構や武具。アーティファクトなどの開発、製作を行っている。そこでならお前の作業も効率が良いだろう」

 

 アルディアスが生成魔法を会得してから、その恩恵をフルで活かすために生み出した新部門。生成魔法自体はアルディアスにしか使えないものの、オルクス大迷宮の最深部で見つけた技術を元に、それ以前よりも工房のレベルは飛躍的に上昇した。

 

「いや、ありがたいけどよ、それならオスカーの住処に行けばいいんじゃねえか? あっちの方が良いだろ?」

 

 アルディアスが作り上げた工房がどの程度のモノかは分からないが、オスカーの隠れ家ならば、十分な材料と使い慣れた設備がある。攻略の証を使い、ライセン大峡谷のショートカットを通ればすぐに辿り着くことが出来る。

 

「それは無理だ」

 

「は? 何で?」

 

「肝心のライセン大峡谷がどこにあるか分からん」

 

「どこってそんなの……ああ、そうだった」

 

 一度ライセン大迷宮を攻略してる筈のアルディアスがライセン大峡谷の場所を知らない筈が無い。何故そんなことを聞くのかと首を傾げたハジメだったが、すぐに自分の勘違いに気付いた。

 

「奴の……シュパースのせいで世界中の地理が変わっている。ライセン大峡谷も例外ではない」

 

 この二日間、ただただ世界中の混乱を抑える為に奔走していた訳ではない。変わってしまった周囲の地理の確認も同時に行った。だが、それによって分かったのが、王国を除いて、以前と全く同じ光景は何一つとして存在しないという事実だ。

 ライセン大峡谷があった場所には、そんなものは初めからなかったかのように、草木が生い茂る平原が広がっていた。座標が変わってしまっている以上、アルディアスの“影星“での転移でも、ライセン大峡谷が()()()()()()()()に転移するだけなのだ

 ちなみにアルディアスの超長距離転移魔法の存在を知ったハジメは、初めからそれを駆使すれば、もっと周辺の混乱の収束と状況の把握を素早く終えたのでは? と疑問に思ったが、自分以外に使えないことと、もし他人に無理やり使えば、体の一部だけが転移する危険があることを聞き、頬を引き攣らせた。

 

「開戦までの時間もそこまでない。悪いがそこで我慢してくれ」

 

「仕方がねえか」

 

 そんなことを話しながら廊下を並んで歩いていると、前方から城の衛兵が此方に駆け寄ってくるのが見えた。

 

「アルディアス様。此方に居られましたか」

 

「どうした?」

 

「実は今しがた、城に兎人族の少女がそちらのハジメ殿を訪ねてきまして」

 

「兎人族? シアか?」

 

「ええ、確かそのような名をしていたと……それと海人族の親子も一緒です」

 

「……海人族?」

 

 ハジメの脳裏に、自分の事を父と慕ってくれる娘とその母親の姿が浮かび上がった。

 

 

 ◇

 

 

「パパぁー!!」

 

「お久しぶりです、あなた」

 

「やっぱりミュウとレミアだったか」

 

 衛兵に連れられ、アルディアスとハジメが城門付近にある待機所に入った瞬間、エメラルドグリーンの長い髪が特徴の幼女がハジメの胸に飛び込んだ。

 ハジメの予想した通り、海人族の親子とは、ミュウとレミアであった。何故ここにいるのかとハジメが聞くと、純粋にハジメが心配で会いに来たらしい。

 二人の住む町、エリセンも例外なく転移の影響を受けていた。街中がパニックになっていたところに、王国の騎士団が現れ、王都までが近かったこともあり、町の住人は全員が王都に移動してきたらしい。

 避難先がまだ決まっていなかったというのもあるが、ある程度の集団でまとまって移動した方が道中の危険も少ないだろうとの判断からだ。

 そこで偶然シアと鉢合わせ、状況を教えてもらった二人はシアに頼み込んでハジメの元まで連れてきてもらった、ということらしい。

 

「ごめんなさい。忙しい時にお邪魔するのもどうかと思ったんですけど、どうしても一目、顔を見ておきたくて……」

 

「パパ、元気なの? 怪我してない?」

 

「そうか、心配掛けたみたいだな……ああ、パパは元気だ」

 

「うふふ、そのようで何よりです。それに……」

 

 ハジメの無事を確認したレミアが頬に手を当てて微笑んでいると、ハジメから視線を外し、側に居たアルディアスに向ける。

 

「大きくなりましたね。見違えました、アルディアス君」

 

「久しぶりだな、レミアさん」

 

「「……え」」

 

「うみゅ?」

 

 一拍置いた後、ハジメとシアは目を丸くして固まり、ミュウは不思議そうに首を傾げる。

 

「はぁ!? お前、レミアと知り合いなのか!?」

 

「ああ、八年前にな」

 

「海岸をあの人と歩いていた時に、突然海から魔物が現れたことがあるんです。その時に助けて頂いて……」

 

 レミアから話を聞くに、八年前、つまりミュウがまだ生まれてもいない頃に、当時はまだ交際関係であったミュウの実父と海岸デートをしていたところ、突然魔物が海から現れたらしい。

 本来は沖に生息している筈の魔物が、こんな浅瀬に現れたことに驚いた二人が慌てて逃げようとしたが、思っていた以上に魔物が俊敏で、あっという間に追い詰められてしまったそうだ。

 もう駄目かと諦めかけたところに現れたのが、アルディアスとアレーティアだった。

 

「あの時は本当にびっくりしました。突然空から炎の槍が降ってきたんですもの」

 

「すまない。こちらもギリギリだったからな」

 

「いえいえ、アルディアス君達が居なければどうなっていたことか……この子を授かることも出来なかったかもしれません」

 

 そう言って、ハジメに抱っこされているミュウの頭を優しく撫でる。

 

「そうか、娘が出来たのか……ハジメのことをパパと言っているが、フィンさんはどうしたんだ?」

 

「夫は五年前に……」

 

「……すまない、不躾なことを聞いた」

 

「いえ、当時は色々ありましたが、私にはミュウが居てくれます。それに……」

 

 僅かに表情を暗くするレミアの姿に、知らなかったとは言え、気軽に尋ねることではなかったと後悔する。すぐさまアルディアスが謝罪するが、レミアは気にした様子も無く、ミュウを見て笑顔を浮かべる。そしてそのまま……

 

「旦那様も居てくれますから」

 

「いや、だからレミア。その呼び方は……」

 

「レミアさん!? 何してるんですか!?」

 

 ミュウを抱っこするハジメのそばに寄ったかと思うと、いたずらっぽい笑みを浮かべながらハジメの肩に手を置く。相変わらずのレミアの様子にハジメやシアがツッコむも、「うふふ」と微笑むだけで離れる様子はない。

 

「……そうか」

 

 アルディアスが小さく頷いた。

 彼はこの中で唯一、レミアの夫(当時は恋人)と接点がある。実は、二人を助けたお礼がしたいと、食事に誘われたのだ。「自分は魔人族だ」そう言って何度も断ったのだが、どうしてもと二人が譲らなかったので、他の住人にバレないように、姿を少しいじって隠すことでお邪魔することになった。

 この時代に珍しい人達だなとは思っていたが、まさか八年の間に娘が出来、自分よりも年下の少年を旦那と呼ぶことになろうとは、当時は想像もしていなかった。

 

「……そうか」

 

 一つ深く深呼吸して、再びアルディアスは頷いた。彼にしては珍しく、一度聞いただけでは理解しきれなかったようだ。

 

(フィンさん。レミアさんは元気だ。どうか安心してくれ)

 

 天に居るであろうレミアの夫に、アルディアスはそっと黙祷を捧げた。つまるところ、考えることを放置した。

 その後、あまり長居するのも悪いからと、早々に二人とシアは王都に戻っていった。ミュウが名残惜しそうに何度も振り返るが、ハジメの「必ず約束は守る」という言葉を信じて、レミアと共に去っていった。

 

「時間を取らせたな。行くか」

 

「ああ、ハジメは先に工房に行ってくれ。用事を済ませ次第、俺も合流する。すまないが、ハジメの案内を頼む」

 

「了解しました」

 

「用事? 時間掛かるのか?」

 

「いや、用があるのはこの城の地下だ。十分もあれば済むだろう……奴め、気を利かせたつもりか?」

 

 不機嫌そうに呟いたアルディアスに、ハジメは小さく首を傾げた。

 

 

 ◇

 

 

 魔王城・地下牢獄。

 

 城の地下深くに存在する罪人を収容する為の牢獄施設。アルディアスがいるのはその最深部だ。国を揺るがす程の大罪を犯した者を収容する為の強固な牢屋。以前は神への反逆者を捕らえておく為に活用されていたらしいが、現在、ここに収容されている罪人は一人も居ない。

 壁に取り付けられた照明を頼りに、迷うこと無くアルディアスは歩み続ける。そして、最奥にある他と比べて大きな牢屋の中に入り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をじっと見つめる。

 

「……ここが報告にあった場所か」

 

 アルディアス達が世界の混乱の収束に動いていた時、魔都に残っていた魔人族の兵士達も、何もせず遊んでいた訳ではない。国そのものが転移してしまったようだが、転移しただけで、中身が何一つ変わっていないとは限らない。魔都に住む住民の安否確認。施設の点検。不審者の確認。やらなければならないことを数えだしたらきりが無い。

 それらを兵士総出で確認していったのだが、住民の安否は問題なく、体調が優れないといった者も居なかった。しかし、城をくまなく調査していた兵士達が、唯一転移前と様子が一変しているモノを発見したのだ。

 それが、地下牢の最奥で発見したコレである。

 

(偶然ここに転移した……は都合が良すぎるな。間違いなく奴が意図的にここに転移させたのだろう。俺が気付くのも想定してたのか)

 

 アルディアスの視線の先。そこから微かに感じる気配から、例え、兵士からの報告が無くとも自分ならば気付けただろう。間違いなく奴の……シュパースの意図を感じる。

 

(奴の言いなりになるようで気が進まんが、どのみち()()の力は必要だ。仕方がない)

 

 軽くため息をついた後、本来の牢屋の石壁とは色合いが違う壁の一部に手をかける。

 すると、ガコンッ! と、突然壁が回転し、アルディアスを壁の向こう側へと送る。

 

 誰も居なくなった地下牢の最奥。その色合いの違う壁の一部。そこには壁を直接削って作ったであろう長方形の看板が存在感を放っており、それに反して、可愛らしい女の子のような丸っこい字でこう掘られていた。

 

──おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪──




>ミュウとレミア
 正直、ここを逃したら出すタイミングが無かった。どうせなら出したかったので。
 原作ではレミアしか知らないミュウの実父ですが、アルディアスは知ってます。亡くなってから五年も経過していることと、まだ幼いミュウの為に再婚を考えるのは分かるが、突然の事実に少々混乱中。父親の名前は模造です(最初は旦那さんとかあの人で乗り切ろうとしたんですが違和感半端なかったので)

>魔王城の地下に転移してきたあの人の大迷宮
 偶然ではなく、シュパースが意図的に転移させました。 
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