【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

33 / 59
これで人類側の準備フェーズは終了です。


第三十二話 【最後の夜/Happy Memory】

「貴方、アルディアス、夕飯が出来ましたよ」

 

「お、もうそんな時間か? 行こうかアルディアス」

 

「うん」

 

 世界を橙色に染めながら沈みゆく太陽。それをじっとベンチで見つめていた男性と幼子は、家の中から聞こえてきた凛とした声につられ、二人で家の中に移動していく。

 アルディアスが部屋に入ると、食欲を刺激する匂いと共に、アルディアスによく似た女性が二人をにこやかに迎えた。

 

「アルディアス、最近の訓練はどう?」

 

「……まあまあかな」

 

「父さん知ってるぞ? 3メートルもある大岩を剣で一刀両断することはまあまあとは言わない」

 

 家族で食卓を囲み、食事を取りながら子供の近況を聞く母親になんでも無いように告げるアルディアスだったが、父親は知っていた。自分の背丈の何倍もある大岩を両断することをまあまあとは言わない。

 

「何で知ってるの?」

 

「え!? そ、それはだな……!?」

 

「ふふ、この人、アルディアスが心配で職場を抜け出して何度も貴方のこと見に行ってるのよ。だから、その度に上司の人にこっぴどく叱られてるの」

 

 突然の妻からの暴露に「母さん!? そのことは内緒だと……!!」と動揺する父親。どうやら、息子の前では威厳のある父親でいたかったようだ

 

「…………」

 

「ち、違うぞ、アルディアス。偶然……そう、偶然休憩で外に出てだな。別にフリード君を疑ってるわけじゃ……」

 

「過保護」

 

「うっ!?」

 

 ジトっとした愛息子の視線に父親は胸に剣が突き刺さったかのような錯覚に陥る。

 最近息子の教育係に選ばれた人物、フリード・バクアー。彼は魔人族の次期将軍と名高い人物で、部下からの信頼も厚い。彼ならば息子を安心して任せられるが、それでもアルディアスはまだ小さい子供だ。心配するなと言う方が無理な話だった。

 

「まあ、お父さんも心配しすぎだと思うけど、許してあげて。貴方が大切だからどうしてもそうなっちゃうのよ」

 

「別に怒ってるわけじゃない」

 

「お父さんもそうだけど、私も心配なのよ? いくら才能があるって言っても、貴方はまだ子供なんだから」

 

 母親の眉尻を下げ、不安げな表情からは、心の底から自分のことを心配していることが痛いほど伝わる。

 アルディアスは少しでも不安を和らげれたらいいと、小さく、それでもハッキリと笑みを浮かべる。

 

「大丈夫。少しずつだけど、力はついてる。二人はおれが守る」

 

「「…………」」

 

 しかし、アルディアスの予想に反して、二人の表情は晴れない。その事に何か間違えてしまったかと不安に思っていると、母親がアルディアスの手を包み込み、語りかけた。

 

「アルディアス、よく聞いて。貴方がそんな風に思ってくれるのはすごく嬉しい。でも私達が何よりも望んでいるのはそうじゃないわ」

 

「……でも」

 

「神の子って言っても所詮まだまだ子供だな」

 

 納得のいかない様子のアルディアスに、父親がやれやれと首を振る。その様子に「むっ……」と顔を顰めたアルディアスの頭をガシガシと乱暴に撫でる。

 

「親にとってはな、子供の幸せが一番なんだ」

 

「貴方が私達のことを想ってくれてるように、私達も貴方のことを想っているのよ?」

 

「それは……」

 

 それでも、おれは……

 

「難しく考えなくてもいいわ。私達がアルディアスのことを好きで好きでたまらない。貴方が傷付けば、悲しむ人がここに二人いる。それだけ分かっててくれたらいいの」

 

「ま、親の気持ちなんて、親になって初めて分かるもんだ。アルディアスに何かあったら俺達は世界だって滅ぼせるぞ?」

 

「それは……困る」

 

「でしょ? だから無理をしないでとは言わない。それでも、必ず私達の元に帰ってきて。約束よ?」

 

 そう言って小指を差し出してくる母親に、少し躊躇った後、ゆっくり自身の小指を絡ませる。

 

「わかった。必ず二人の元に帰ってくる。約束する」

 

 その言葉を聞いて、ようやく二人の顔に笑顔が戻った。

 

「アルディアス! お父さんとも! お父さんともしよう!」

 

「あら、今は私の時間よ。貴方は後」

 

「そんな殺生な!? 俺もしたい!?」

 

「………ふふ」

 

 父親も机から身を乗り出して小指を差し出してくるが、母親がアルディアスを抱きしめてそれをガードする。妻の横暴な愛息子の独り占めに、声を荒げて抗議するが微笑んだまま見向きもしない。

 そんな二人のいつもと変わらぬやり取りに、アルディアスは一人小さく笑みを浮かべた。

 

 それは二人がアルヴの策略により亡くなる前。アルディアスにとっての日常。もう二度と戻ることのない幸せな記憶の1ページ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「─────ディアス様、アルディアス様!」

 

「………フリードか」

 

 魔王城、執務室。

 アルディアスが目を覚ますと、腹心の臣下が、アルディアスの肩に手を置き、覗き込むように表情を伺っていた。

 

「…………そうか、夢か」

 

 一拍置いて、アルディアスは状況を理解する。自分は先程まで決戦に向けての最終チェックを行っていたはずだが、気付かぬ内に居眠りをしてしまったようだ。

 それにしても、懐かしい夢を見た。幼い頃はともかく、最近はめっきりその手のものを見ることは無くなっていたのだが……

 

「やはり、疲労が溜まっておられるのでは……今日はお休みになられた方がよろしいかと」

 

「そういうわけにはいかない。決戦は明日だ。僅かな洩れも見落とすわけにはいかない」

 

 そう、とうとう明日はシュパースの指定した決戦日当日だ。この三日間、戦力の増強・強化はもちろんのこと、アーティファクトの製作など考えられる手は全てやった。

 窓から差し込む月明かりに、随分と寝てしまったことが窺える。今日まで夜通し騒がしかった国内も今は静まり返っている。皆、明日の決戦に備え、英気を養っているのだろう。

 

「それで明日に悪影響が出てしまえば本末転倒です。お休みになられてください」

 

「お前はどうするんだ?」

 

「貴方が休むのを確認したら休みます」

 

 言外に自分が休まなければ自分も休まない、と告げるフリードに「以前も似たようなことがあったな」と思わず苦笑する。

 

「……分かった。今日はもう休むことにしよう。ただ、少し付き合ってくれるか?」

 

「? 私で良ければ」

 

「悪いな。少し夜風に当たっておきたい」

 

 そう言って席を立つアルディアスにフリードが追従する。

 フリードを連れてアルディアスが向かうのは、魔城の最上階に設置されたテラス。そこからはガーランドの街を一望することが出来る。

 

「む? どうやら先客が居たようだ」

 

 二人がテラスに出ると、そこには一人の金髪の少女が手すりにもたれ掛かって佇んでいた。

 

「ん? アルディアスにフリード? こんな時間にどうしたの?」

 

「少し気分転換にな。アレーティアは?」

 

「何だか眠れなくて……」

 

「そうか」

 

 そのままアレーティアの隣に並んだアルディアスは黙って街並みを見下ろす。アレーティアと後ろに控えるフリードも言葉を発さない。

 しばらく静寂が場を支配する中、唐突にアルディアスが口を開いた。

 

「久しぶりに両親の夢を見た」

 

「アルディアスのご両親?」

 

「ああ。何故だろうな。子供の頃ならともかく、最近はそんな夢を見ることなど無かったというのに……」

 

 何故今なのか。明日を決戦に控えるこの瞬間なのか。やれるべきことは全てやった。トータス連合軍は文字通り、今のトータスに住まう人類の総力を結集した仕上がりになった。

 後は持てる力を全てぶつけるのみ。それだけのはずだ……はずなのだが……

 

「俺は不安を捨てきれていないのだろうな」

 

 だから、父の優しさを求めた。

 だから、母のぬくもりを求めた。

 

───この大事な時に、幸せな世界(楽な道)へと逃げた。

 

「弱いな、俺は。連合の前では強く見せていただけで、結局はこんな体たらくだ」

 

 こんな無様を晒すようでは民を守ることなど出来はしない。シュパースに勝つことなど夢のまた夢だ。

 

(過去の記憶に縋るな。俺が後ろを振り向いている間にも敵は迫ってくる。甘えるな。前を向け。歩みを止めるな)

 

「……アルディアス、ちょっと屈んで」

 

「? 何故だ?」

 

「いいから」

 

 目を瞑り、自分を戒める言葉を吐き出していたアルディアスをじっと見つめていたアレーティアが手を引っ張り、屈むように促す。頭上に疑問符を浮かべていたアルディアスだったが、そのままアレーティアに引っ張られるままにその場に膝をつく。

 そうすることでアレーティアは普段は見上げているアルディアスと視線と正面からかち合う。

 

───そのままアルディアスの頭を胸に抱き寄せた。

 

「……アレーティア?」

 

「アルディアスは弱くなんかないよ」

 

「しかし……」

 

「ご両親のことを思い出すことの何が弱いの? 過去に縋ることの何がいけないの?」

 

「………」

 

 アルディアスを抱きしめながら、アレーティアは優しく語りかける。

 子供に言い聞かせる母親のように。手本を見せる姉のように。共に支える恋人のように。

 

「過去を振り返らず、只々前に進み続ける。確かにそれも立派な生き方なのかもしれない。でもそれは、きっととても辛くて寂しい孤独の道」

 

 アルディアスは強い。誰よりも強い。だからこそ、彼は先頭を歩み続ける。常に茨の道を踏みならし、後続の危険を排除し続ける。

 だが、先頭を歩き続ける限り、アルディアスの瞳には敵しか映ることはない。だからこそ、時には立ち止まっても良い。後ろを振り返っても良い。そこにはきっと……

 

「私達が居る。アルディアスにいつまでもついていく。悩んだら相談して欲しい。辛かったら頼って欲しい」

 

──私達、家族でしょ?

 

「──ッ!」

 

「アレーティアの言う通りです」

 

 アルディアスが硬直していると、背後で黙って話を聞いていたフリードが近付いてくる。

 

「ひたむきに歩み続ける貴方の背中も美点の一つではありますが、全てを一人で背負おうとする、その強すぎる責任感は少し改めて頂きたいところです」

 

 そう言いながら、アルディアスのそばに立ったフリードは、その掌をしゃがみこむアルディアスの頭の上に置く。

 将軍の立場とは言え、臣下として一国の王相手にするには間違いなく不躾に当たる行為。国が国ならば、即刻首を刎ね飛ばされてもおかしくはない愚行。

 しかし、そんな普段の様子からは考えられない行動をするフリードの表情はとても穏やかで……

 

「貴方は優しすぎる。誰にも傷ついて欲しくないから、いつだって一人で抱え込もうとする」

 

「それは、俺がそう誓ったからで……もう何も失わないために。強くあるために……」

 

「弱音を吐くことは弱さではありません。自分の弱さを認め、吐き出し、それでも歩き続ける。それこそ真の強者足り得ると私は思います」

 

「真の……強者」

 

「貴方の支えとなれるならば、何度でもその背を支えましょう。貴方が道を踏み外すようなら、何度でも引き戻そう。お前の力となれるならば、何度でもこの力を貸そう。俺達はお前を信じている」

 

──だから、少しは()()を頼れ。

 

「フリード……」

 

 フリードの自分への言葉遣いにアルディアスは目を見開いた。

 いつからだったか……フリードが自分に対して敬称をつけ、話し方を変え始めたのは。確か魔王に即位して間もない頃だった気がする。

 「二人だけの時は今まで通りで構わない」そうは言ってはいるが、多少言葉の硬さがマシになった程度で、言葉遣い自体が変わることは無かった。

 そのことを不満に思わなかったわけではない。やはり、兄のように慕っていた人物からその様に扱われることに多少なりとも悲しく思った。

 しかし、王という立場に就く以上、避けては通れないと半ば割り切っていた。

 

「お姉ちゃんも存分に頼ると良い」

 

「アレーティア……」

 

 アルディアスが突然のことに呆然としていると、アレーティアが自分のことを忘れるなと言わんばかりに抱きしめる力を強くする。

 

「アルディアスが私を助けてくれた。そのおかげで叔父様が私を愛していたことを知ることが出来た。今度は私が助ける番……アルディアスが私達を助けて、私達がアルディアスを助ける。そうすれば神にだって負けない」

 

「…………そうか、そうだな、そうだった。何も心配する必要などなかった」

 

──両親との過去は弱さの象徴?

 

 そんなわけが無い。あの二人ほど強い人を俺は知らない。

 

──姉と兄のことは頼りにならない?

 

 昔から俺のことをそばで支え続けてくれた。いつだって頼りっぱなしだ。

 

──信じて着いてきてくれた民は足手まとい?

 

 彼らが居たから、折れずにここまで来ることが出来た。

 

──じゃあ、もう大丈夫。

 

 ああ、不安に思うことなど何も無い。俺は俺の役目を果たすのみ。

 

「……すまない。また情けないところを見せた。もう大丈夫だ」

 

「弟の面倒を見るのが姉の役目。情けないところの一つや二つ包み込んで見せるのが良い姉の条件」

 

 そう言って名残惜しそうではあるが、アルディアスを開放するアレーティア。

 「ああ、いつも助かってる」そうアレーティアに伝えたアルディアスがフリードの方に改めて視線を向けると、そこには膝を着いて頭を垂れている()()の姿があった。

 

「申し訳ありません、アルディアス様。臣下としてあるまじき無礼。どのような罰でもお受けいたします」

 

「……やっぱりお前は相変わらずだな。もう少し硬さを無くしても良いと思うんだが……」

 

 先程までは態度から言葉遣いまで、過去のものに戻っていたというのに、少し目を離した隙に兄から臣下へと早変わりしていた。その切替の早さに流石のアルディアスも少し呆れる。

 

(真面目と言えば良いのか、頭が固いと取れば良いのか……少しは感傷に浸る時間を残しておいてはくれないのか、この兄は……)

 

「罰を与えるつもりは無い。そもそも俺としては先程までの扱いを望んでいるのだがな。何なら、堅苦しい扱いを無しにすることを罰とするか?」

 

「そ、それは……」

 

「ハハハ、冗談だ」

 

「フリードは重たく考えすぎてる。もっとフランクにすれば良いのに」

 

「そうもいかん。私が規律を破ればそれは回り回って軍に悪影響を及ぼしてしまう。私から言わせてもらえばアレーティアが軽すぎる」

 

「別にアルディアスが良いって言ってるし。それに本人がそれを望んでる。私は弟の願いをちゃんと聞いてあげる良いお姉さん。頑固な兄と違って」

 

「うぐっ!?」

 

 アレーティアの正論とも言える発言にフリードも思わず口ごもる。アルディアスが自分に求めているものをハッキリと分かっている手前、反論しづらい。

 フリードが反論できないことが分かっているのか、アレーティアも普段の無表情から僅かに口端をつりあげ、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 そんな姉と兄のやり取りを眺めるアルディアスの表情には、もう先程までの暗い表情は一切残っていなかった。何気ない家族のやり取り。アルディアスが見ていたいと願った当たり前の普通の光景。

 

 この光景を守り続けていくためにも、必ず明日を乗り越えなくてはいけない。しかし、何も今から気を張る必要は無いだろう。

 人類の運命を決める戦いを前に、アルディアスは今も言い争う二人の輪に入っていく。

 

 

 

───そしてついに、人類の未来を決める運命の日を迎えた。




>ちょっと弱気になるアルディアス。
 国の王様で、人類最強で、神殺しも成し遂げたアルディアスですが、彼まだ18歳ですよという回。ハジメ達と一つしか変わりません。

>お姉さんするアレーティアとお兄さんするフリード。
 アレーティアはともかく、思えば二話以降お兄さん要素皆無だったフリードにお兄さんさせました。人生経験ではアルディアスよりもずっと豊富な二人。
 尚、部屋に戻った後、自分の姉という印象が強くなってしまったのでは? と一人膝をつく吸血姫が居たとか……


>そしてついに、人類の未来を決める運命の日を迎えた。
 次回から始まるぜ!! みたいな雰囲気出してますけど、なんとまだ始まりません。前書き通り、()()()は終わりました。
 自分でもここまで延びるとは思ってなかったんですが、どうかお付き合い頂けると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。