【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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過去編ってどの作品でも結構賛否あるから不安だったけど、お気に入りだけでなく評価数まで減って身を持ってその難しさを体感しました。


第三十四話 【分岐点/Happy Memories】

「……お爺さんって神様なの?」

 

「はい。こう見えて神様なんです」

 

 私と少女──ロシーダ君はあれから湖の畔に腰を下ろし、雑談に興じていた。

 数百年前までは世界中のあちこちに顔を出していたため、私を知らない人の方が珍しかったが、イーシュバルディが国として機能するようになってからは、自身は国内に留まり、神個人としてではなく、国として動くことが多かった。

 国外に住まう人々も、自身の存在は知っていても、実際にその姿を見たことがあるという人の方が少数だ。精々が肖像画で見るくらいだろう。

 

「へぇ。てことは、お爺さんって私達のお父さんってことなんだ」

 

「……お父さん?」

 

「うん。だって私達を生み出してくれたんでしょ? それならお父さんでしょ」

 

 ロシーダの言葉に思わずポカンと口を開ける。

 お父さん──まあ、確かに人類の生みの親という点では間違ってはいない。間違っていないが、そんな風に言われたことが無いので何となく新鮮味を感じる。

 

「ふむ、悪くないですね」

 

 グラシアーノ君やエリュシファン君達もそう呼んでくれないだろうか。

 少し考えたが、すぐに無理だろうと頭を振って否定する。彼らに限らず、イーシュバルディの国民はもれなく全員が自分の事を超常の存在として崇拝している。今更そんな気安い関係など不躾だと感じてしまう可能性が高い。

 それに対して、目の前の少女は彼らとは全く違う。

 まず、私が神と知って驚きはしたが、言動に一切の変化が見られない。ただそれは嘗められているとかそのようなことでは無く、気負わずに接してくれるその性格に好感すら抱く。

 そして何よりも特に目を引くことが……

 

(何という潜在魔力。これはもしかしたら、エリュシファン君よりも……)

 

 小さな身体に内包する途轍もない魔力。年齢を聞けばまだ十二歳らしい。未だに成長期真っ只中でありながら、その才に思わず驚愕した。正に数百年、いや数千年に一人の逸材と言っても良い。果たして私が見てきた人類の中で彼女に匹敵する存在がいただろうか。

 

(もし、彼女に私の力を分け与えた場合、一体どれほどの………いや)

 

 興味が無いと言えば嘘になる。しかし、彼女は兵士ではない。話をした感じ、戦いを好むような性格でもない。彼女が望むのなら力を分け与えるが、そうでないのなら手を貸すべきでは無い。

 

「──さん。お父さん聞いてる?」

 

「ん? ああ、聞いていますよ。というかお父さん呼びで決まりなんですね」

 

「ダメだった?」

 

「いえ、構いませんよ。新鮮ですし。ですが、ロシーダ君のお父さんに申し訳ないですね」

 

「……両親は、私が小さいときに死んじゃった」

 

 何気なく発された言葉に流石の私も少し固まる。

 よくよく考えれば、このような森の奥にこんな小さな少女が一人でいることがおかしい。

 

「……それは、何かの病気で?」

 

「まあ、そうだね。二人共流行り病にかかって……あっという間だったみたい」

 

 ”流行り病”。その言葉に引っかかりを覚えた私は、彼女に病の名称を聞くと案の定、十年程前に私が原因を解明した病原菌によるものだった。

 

 国の通して知らされた原因不明の病の蔓延。人から人へと感染するそれは、またたく間に広がりを見せ、感染した者の魔力を暴走させ、三日と待たずに死に至らしめる恐ろしいものだった。

 連絡を受けた私はすぐさまその異変を解決するべく動いた。神からすれば、病原菌などなんの脅威にもならず、その病はまたたく間に収束を見せた。

 ……が、もちろん犠牲者が0だったわけではない。亡くなって間もない者は私ならば蘇生させることが出来る。しかし、感染によって亡くなった者の遺体を放っておけば、更に感染者を増やす危険性があったために、遺体を火葬されてしまっていたのだ。

 いくら私でも肉体も魂も無い者を蘇生させることは出来ない。

 家族を失ってしまった人々の中には、やるせない感情を視線や態度で私に訴えかけてくる者も居た。

 家族を奪った原因を解決してくれたことには感謝しているが、もっと早く来れなかったのか。神だろう。そんな声無き声がハッキリと感じ取れた。

 そばにいたエリュシファン君がそんな彼らに怒りを覚え、詰め寄るのを何とか宥めるのに苦労したことをよく覚えている。

 

(その時の彼女の年齢は一歳か二歳位のはず。当時のことを詳しく知らなくても無理はない)

 

 そうでなければ、自分に対してここまで気軽に接してくるわけがない。私がもっと早く動けていれば、彼女の両親が亡くなることはなかったのだから。

 彼女は知る権利がある。少なくとも、原因である私が黙って彼女と親交を結ぶわけにはいかない。

 国の民とは違う。ありのままで接してくれる彼女に距離を取られることは悲しいが、仕方がないと割り切るしか無い。

 

「ロシーダ君。実は──」

 

 私は彼女に全てを話した。私が病の原因を突き止め、それを排除したこと。その時の感染者や遺体が残っていた者に関しては蘇生させたこと。そして、私がもっと早く動いていれば君の両親は助かったかもしれないということ。

 最初は首を傾げて不思議そうにこちらを見上げていたロシーダだったが、話の内容が飲み込めてくると、真剣な表情で黙って私の話を聞き続けた。

 

「──君の両親が助からなかったのは私の責任でもあります。申し訳ありません」

 

 最後に頭を下げて謝罪する私を見て、今まで黙っていた彼女がようやく口を開いた。

 

「そっか…………ありがとう」

 

「……え?」

 

 恨み言の一つでもぶつけられることを覚悟していた私に掛けられたのは、感謝の言葉だった。

 驚いた私は慌てて顔を上げると、そこには薄っすらと笑みを浮かべた少女の姿があった。

 

「私は君の両親を助けられなかったのですよ?」

 

「助けられなかったのは私も同じ」

 

「君はまだ子供で……」

 

「他の大人達でもどうしようもなかったんでしょ?」

 

「私はどうにかすることが出来ました」

 

「してくれたんでしょ? そのおかげでそれ以上の犠牲者は出なかった。当時は私も小さかったから全部を覚えてるわけじゃなし、実を言うと両親のこともあんまり覚えてない。それでも二人が私のことを大切に想っていてくれていたことは何となく覚えてる」

 

──だから、ありがとう。皆を助けてくれて。

 

 その言葉に思わず私は目を見開いた。

 確かに私の行いで被害は最小限に留められただろう。百人が聞けば九十九人は私の行いを称えることは間違いない。しかし、残りの一人、被害を受けた者からすれば簡単に良かったで済ませられることではない。

 

「……君は」

 

「うん?」

 

「君は何故、そのような考えを持てるのですか? 私には君達を導く義務と力があります。助けられて当たり前。零れ落ちてしまったのは完全に私の落ち度なのです。君は私を罵る権利があります」

 

「そんなことしないよ」

 

「それは何故?」

 

「何故って言われてもなぁ。お父さんだって頑張ってるし。頑張って頑張って、それでも手が届かなかったことを批難するのは間違ってると思う」

 

「それは……」

 

「あっ、でも気に入らないことが一つだけ」

 

 薄く笑みを浮かべていたロジータ君が突然眉を顰めてこちらを睨みつけてきた。そのことにやはり多少なりとも思うことはあるのだろうと、何を言われても受け入れる態勢を取る。

 

「自分が批難されるのが当たり前と思ってるのが気に入らない」

 

「へ?」

 

 予想もしてなかった言葉が彼女の口から飛び出して思わず目が点になる。

 

「だって、お父さんのおかげで何人もの人が助かったんだよ。そんな暗い顔しなくても、もっと胸を張れば良いのに。それに他の人達もそう……皆、何かあったらすぐ「創造神様に〜創造神様に〜」って。少しは自分達でやろうとしようとは思わないの!? そうは思わない!?」

 

「え!? いや、えっと……でも私が頑張ればいい話で──」

 

「甘い!! お父さんがそんなんだから皆自分で頑張ろうって気にならないんだよ!! そこのところ分かってる!?」

 

「あ、はい、すみません」

 

「大体──」

 

 そこからはまるで決壊したダムのように彼女の口から不満が出るわ出るわ。私の第一印象としては物静かな雰囲気を纏っていて、淑女という言葉が似合うような少女だったのに、表情をあまり変えずに不満を口にする様子には違和感しか覚えない。

 

「──だから……はあ、まあいいや。とりあえず私が言いたいことはね。人類(私達)はそんなに弱くないよ」

 

「……」

 

 そんなことはない。人は簡単に死ぬ。私と違い、百年も生きられず、短い人生の中でも様々な苦難が待ち受けている。()が居なければ簡単に滅んでしまうような弱い生き物だ。現に私からすればどうってこと無い病原菌一つで多くの人が成すすべなくその生命を散らしていった。

 ロシーダ君はまだ十二歳。君の価値観で測れる程、世界は狭くもないし優しくもない。年長者として、いつかはぶつかる壁かもしれないその事実を伝えなくてはならない。

 それなのに……何故だろうか。彼女の瞳を見ると、そんな否定の言葉が喉に引っ掛かり上手く出てこない。

 そんな私の心情を汲み取ったのか、彼女はまるで諭すように語りかけてくる。

 

「確かにお父さんに比べたら、ちっとも強くないのかもしれない。何回も失敗するかもしれない。私だってまだ子供だから森に入るのは危険だって言われてるけど、ここまで一人で来れたし、皆とも仲良くなれた」

 

 ロシーダ君の言葉に私達……というよりも、私から距離を一定に保っていた動物達が近寄ってきた。

 魔法の中には動物を使役する類のものもあるが、彼女がそれを使っている素振りはない。信じられないことだが、魔法抜きで彼らと友好を育んでいるのだろう。普通できることではないし、そもそもやろうとも思わない。

 それでも彼女はそれを成し遂げた。いや、成し遂げるなんて大層な考えを持ってなどいないだろう。

 

「一人で頑張れるのは確かに凄いけど、それって寂しくない? きっと皆で頑張った方が楽しいと思う」

 

「皆で頑張る……」

 

 考えたことも無かった。私にとって人は守るべき対象で、庇護しなくてはいけない存在だった。人が何人集まろうとも私には遠く及ばない。だから……

 

「……すぐには無理そう?」

 

「そう、ですね。守るのが当たり前。ずっとそう考えてきましたから」

 

「ならせめて、ここでくらい肩肘張らなくても良いと思う。ここには私やこの子たちしか居ないし、神様だってたまには弱音を吐いたって良いんじゃない?」

 

「しかし、それでは君に迷惑が……」

 

「ハァ、お父さんは普段から頑張ってくれてるんでしょ? それに話を聞くくらいなんてこと無いよ。気を使いすぎ。そんなに色々気難しく考えてたらハゲるよ」

 

「ハ、ハゲるのはちょっと……」

 

 思わず自分の頭を抑えて戦慄する。神は不変。故に容姿が変わるといったことはないのだが、何となく背筋がゾワッとした。この子はなんて恐ろしいことをさらっと言うのか。

 

(それにしても弱音を吐いても良い……か。特別無理をしているとかそういう風に思ったことは無いんですが)

 

 それこそ、国を創る前から当たり前のようにやってきたことだ。やりたくてやっているのだから、それを辛いと感じたことなどなかった。それでも彼女から見たら、無理をしていると見えたのだろうか。

 今まで見たことが無いタイプ。私に助けを求める者は何人も居たが、手を差し出してくる者は一人も居なかった。私の後ろについてくる者はいたが、隣に並ぼうとする者は一人も居なかった。

 

(もしかしたら、私は(彼ら)を信じていなかっただけなのかもしれません。人の可能性。彼女と居ればそれが分かるような気がする)

 

「……分かりました。では、遇にで良いので話を聞いてもらってもいいですか?」

 

「ッ!──うん、私で良ければ」

 

 私の言葉を受けてロシーダ君は笑顔を浮かべた。それは先程までの僅かに口角が上がる程度のものではなく、花が咲いたような満面の笑みだった。

 

(年齢の割に随分落ち着いた子だなとは思ってましたが、笑顔を浮かべた時の顔は年相応ですね)

 

 今日は良き日だ。何気なく辿り着いた地だったが、思いもよらない出会いがあった。神は不変。しかし、世界をより良くするためには私も変わっていかなければいけないのかもしれない。

 まあ、今日のところは──

 

「そろそろ日が沈む。今日はこの辺りで帰りましょうか。家まで送りますよ?」

 

「え!? い、いやいや、良いよ。悪いし」

 

「子供が遠慮するものじゃありませんよ。というか、ここで放っておく方が心配です」

 

「え、え〜と……その……」

 

「?」

 

 突然あたふたとし始めたロシーダ君の姿に私は首を傾げる。最初はわざわざ私に送らせることに気を使っているのかと思っていたが、どうもそれだけではない気がする。

 何か理由があるのかと考えていると、ふと、彼女の言葉が蘇った。

 

『確かにお父さんに比べたら、ちっとも強くないのかもしれない。何回も失敗するかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ここまで一人で来れたし、皆とも仲良くなれた』

 

「……なるほど。家の人に黙って来ている手前、私が一緒に居たら、森に入ったことがバレてしまう、ということですね」

 

「ッ!?」

 

 この子が両親を失った年齢を考えれば、これまで一人で生きてきた、なんてことはありえないはずだ。

 

「私も一緒に謝ってあげますから、帰りましょう?」

 

「子供扱いしないで」

 

「だって子供ですもん」

 

 頬を膨らませて不機嫌な様子を見せるロシーダ君の姿に、思わず笑いが溢れる。

 かなり大人びてるとは思っていたが、そういうところはまだまだ子供っぽい。

 

「ほら、行きますよ」

 

「だからいいって。勝手に森に入ったことがバレたら、ここに来づらくなるし……」

 

「むっ……」

 

 それは……少し可哀想な気もする。彼女がこの場所や動物達のことを大切に想っていることは、この少ない時間でもよく分かった。それを奪ってしまうのは何となく気が引ける。

 ここの動物達は彼女に懐いているようだし、下手にここ以外の場所に行かれるよりかは危険はずっと少ないだろう。

 

「……分かりました。ではせめて森の出口まではご一緒します。それぐらいは構わないでしょう?」

 

「それなら、まあ……うちはあっち」

 

 先導するロシーダ君の隣を私は歩き出す。

 

「お父さんって結構暇なの?」

 

「失礼なこと言いますね。こう見えて国のトップなんですよ?」

 

 夕日を背に並んで歩く様はまるで仲の良い親子のようだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 翌朝。

 イーシュバルディ城下町。そこには創造神の姿があった。

 日が昇ったばかりの早朝ということもあって、普段は多くの民で賑わうメインストリートも今は人も疎らだ。

 元々の予定では数日空ける予定だったのだが、とある少女との邂逅を経て、一度国に帰ることにした。

 

「あっ、創造神様!」

 

 それでも目敏く自分の姿を見つけた妙齢の女性が表情を明るくしながら駆け寄ってくる。女性が近づいてくるにつれて、私はその顔には覚えがあることに気付いた。

 確か、農業を営む女性だった気がする。彼女に限らず、国の食事事情に直結する彼女らの頼みを聞くことは、他と比べてとても多い。純粋に作物の成長を促進させることもあれば、嵐などで駄目になってしまった作物の再生などを頼まれることが多い。

 

「おはようございます、創造神様。お早いですね」

 

「ええ、ちょっと野暮用がありまして」

 

 一応城を抜け出してきた手前、実は今の今まで国の外に出ていました。とは流石に言えず、少し濁して伝えると、女性は特に疑う素振りは見せずに「そうなんですね」とにこやかに納得する。

 

「それで、私に何か御用ですか?」

 

「はい。実はまた創造神様のお力をお借りしたく……」

 

 話を聞くとやはりいつもどおり、新しい作物を育て始めたので、その成長の促進を促して欲しいというものだった。

 本来作物を育てるためには、その作物に合った土や気候、十分な水分や害虫対策などやらなくてはいけないことは山程ある。しかし、私が力を使えばその限りでは無い。収穫するまでの時間を大幅に削減し、害虫などの被害も無い。更にその味はお墨付き。ともなれば、誰もが私を頼るのは当たり前だろう。

 

「なるほど、話は分かりました。では早速……」

 

「? 創造神様?」

 

 いつもと変わらぬ日常。大切な子供から頼られればそれを叶えるのが私の務め。それが当たり前だった。しかし──

 

(私達)はそんなに弱くないよ』

 

 脳裏に蘇るは、今日会ったばかりの少女の言葉。

 

「…………」

 

「あの……どうかしたのですか?」

 

「いえ、何でもありません。ではこれを」

 

「……えっと?」

 

 女性は私が取り出したものを見て首を傾げた。白い粒状のものが詰め込まれた大きな袋。所轄、肥料と呼ばれるものだ。

 

「私が調合した特製配合肥料です」

 

「肥料なのは分かりますけど……」

 

「いきなりで困惑するかもしれませんが、私だけの力で育てるよりも皆で育てたほうが良い出来になると思うのです。少し手間は掛かりますが、どうでしょうか?」

 

「……創造神様がそうおっしゃるのなら」

 

 いきなりの私からの提案に、困惑した表情で私の顔と手元の肥料を交互に見つめる女性だったが、それでも私の言うことを信じて肥料を受け取ってくれた。

 そのまま深く一礼した彼女は受け取った肥料を抱えて去っていった。

 その後姿を見て、私は満足げに頷く。

 

(少しずつ。少しずつで良いのです。私が出しゃばらず、彼らが活躍する機会を増やしていけばきっと……)

 

 きっとその先に、私が居なくても世界が平和に成立する基盤が出来上がる。そうすれば、本当の意味で誰しもが幸せな世界に……

 

 何の変哲もない日常の朝。誰もがいつもどおりの一日を始めようとする中での一幕。

 大海原に小石を投げ込んだレベルの小さな変化。それでも今日をきっかけにこの国は大きく変わっていくことになる。

 

──それが、世界の破滅に繋がる分岐点となったことなど、この時は誰も気付いていなかった。




過去編は後二話で終了予定です。
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