【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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過去編ラストです。



第三十六話 【心の消失/Cruel Memories】

「…………」

 

 唐突に私は目を覚ました。

 ここは人類が住む世界とは次元を超えた亜空間。私以外の存在が何一つ存在しない真っ白な純白の世界。

 国を去った後、私は人類が住まう世界とは別次元に特殊な空間を創り、そこで休眠に入っていた。

 休眠と言っても、人のそれとは大きく異なり、数年単位による睡眠だ。ロシーダとの約束がなければ、数十年、数百年の歳月は眠っていたかもしれない。

 それでも五年もしくは六年は眠り続けるはずの眠りが突然覚めた。

 

「……これは」

 

 そのことを不思議に思いつつも、何か言い表せない不安が頭を過ぎる。

 

「体感では一年……といったところでしょうか」

 

 予定よりも随分と早い目覚めだったが、頭を過ぎった不安が気になり、再び眠りに入る気にならない。

 

「一年では何も変わらないと思いますが……少し様子だけでも見ておきましょうか」

 

 シュパースが虚空に手を翳すと、ブゥンと音を立てて空中にディスプレイのようなものが現れる。それには自分が居なくなった後の世界の様子が映し出される。

 シュパースは一瞬、あの湖畔の様子を見ようかと思ったが、まずは国の様子を確認しておこうと判断し、映像を高速で切り替えていく。

 

「ッ!?」

 

 そして、そこに映った光景を見て、シュパースは亜空間を飛び出した。

 

 

 ◇

 

 

「グラシアーノ君!!」

 

「ッ!?──創造神様!? おお、創造神様がお帰りになられた!!」

 

 玉座の間に飛び込んだシュパースがグラシアーノに声を掛けると、一瞬目を見開いたグラシアーノが暗く沈んだ表情から一転、満面の笑みを浮かべ、周りにいる騎士や文官も興奮したようにシュパースに頭を垂れ、帰還を祝福する言葉を述べる。

 

「やはり私達の考えは間違いではなかった! おい、宴だ! 宴の準備をしろ! 創造神様がご帰還したことを国中に伝えろ!!」

 

「はっ!! すぐに支度を──」

 

「そんなことはどうでもいい!!」

 

 数人の騎士や文官が慌てて玉座の間を飛び出そうとしたが、シュパースからの怒声とも呼べる声が全てを遮った。

 

「グラシアーノ君! 国の状況は見ました! あれはどういうことですか!?」

 

 玉座の間からも覗くことが出来る城下町。そこは一年前とは比べ物にならないくらい廃れていた。多くの住民が行き交っていたメインストリートは人一人見当たらず、建物内から人の気配はするが、彼らの表情は暗く、まるで全てに絶望したかのように諦めきっている。

 たった一年でどうしたらここまで変わるのか理解できない。

 

「やはり、もうご覧になられましたか。あれら全ては邪悪な”魔女”によるものです」

 

「”魔女”?」

 

「はい。イーシュバルディから我らが神を奪い取り、世界を掌握せんとする邪悪な魔女。其奴のせいで、我が国はかつての栄光を失い。まるで死都のようになってしまったのです」

 

 ”魔女”──その言葉にシュパースはかつて自分が予測した自分と同個体の敵が現れたのではないかと考えたが、そのような存在を感知できなかったことに頭を悩ませる。

 

(私と同程度の力を持つ存在に気付けなかった? もしや、私の感知能力から逃れるほどの隠密能力を……)

 

「……事情は分かりました。その”魔女”とやらは私が対処します。居場所は分かりますか?」

 

「なんと!? 創造神様が()()に向かってくださるならば百人力です!!」

 

「……加勢? ま、まさか……すでに誰かが向かったのですか!?」

 

「はい、エリュシファンがかの魔女の討伐に向かったばかりです」

 

「なっ!?」

 

 この国をここまで追い込むほどの敵だ。もしそれが本当ならば、いくらイーシュバルディ最強のエリュシファン君でも危険すぎる。

 

「ご安心ください。何も息子は勝算なしに向かったわけではありません。”神剣フラガラッハ”。かの(つるぎ)を携えておりますゆえ」

 

「ッ! フラガラッハを……」

 

 確かにあの剣があれば、超常の存在にも刃が届く。エリュシファン君の実力ならば可能性は十分あるだろう。しかし、それでも危険に変わりはない。

 

「私もすぐに向かいます! 場所は!?」

 

「ここから南に300km。森の中にある湖畔が魔女の住処という情報です!」

 

「……は?」

 

 その瞬間、私は全身から血の気が引いていくのを感じた。まるで肉体が瞬時に冷凍されたかのような錯覚に身体の震えが止まらない。

 そんなことは無い。あるはずがない。偶然だ。森も湖畔も世界中の何処にだってある。

 

「……その”魔女”の特徴は?」

 

 声を震わせながら私は尋ねる。気のせいだと。間違えであってくれと。

 そんな私の心情に気付くこともなく、グラシアーノは淡々と告げる。残酷なまでのその事実を……

 

「容姿は腰まで伸びる白髪に十代中盤の少女の姿をしており、常に森に住まう動物を眷属として使役しております。魔女の名は……”ロシーダ”」

 

 その瞬間、私は玉座の間の扉を蹴破る勢いで飛び出した。後ろでグラシアーノ君が慌てて私を呼ぶ声が聞こえるが、そんなもの今はどうでもいい。

 今になって、先にロシーダの様子を確認しておけば良かったと後悔するが、今はそんな事を考えている暇はない。

 

(間に合ってください!!)

 

 

 ◇

 

 

「なんてことを……」

 

 辿り着いた先に広がっていた光景に私は呆然と呟くしか無かった。

 

──森が……燃えていた。

 

 火の手はすでに森全体に周り、樹齢数百年にも及ぶ、樹木が次々となぎ倒されている。

 思わず動揺で足を止めたシュパースだったが、すぐに燃える森の中に飛び込んでいく。目指すべきは、奥地にあるあの湖畔だ。

 

(ロシーダは常にあそこにいるわけではない。大丈夫、きっと大丈──)

 

 木々を縫うように走り続けていたシュパースの足が止まった。

 視線の先には力なく地面に横たわる、大熊の姿があった。それだけではない。森に住まう多種多様な動物達が至るところに倒れ伏している。

 良く見れば、動物達はまるで列をなすようにシュパースの向かう先々に倒れている。

 それはまるで、襲撃者から森の奥地にいる存在を守ろうとしているかのような……

 

グルゥ

 

 その時、シュパースの耳に小さな唸り声が聞こえた。

 

「ッ! 無事ですか!?」

 

 声を上げた大熊の元に駆け寄ったシュパースはすぐに傷の治療を施そうとした……が、シュパースのかざした手は大熊によって弱々しく弾かれた。

 そのまま何かを訴えかけるようにシュパースを見つめた後、僅かに首を持ち上げ、ある方向を顎で指す。それはロシーダとシュパースのお気に入りのあの湖畔がある方向だった。

 

「グゥ」

 

「……行けということですか」

 

 シュパースの言葉に大熊は黙って小さく頷く。それを見たシュパースは僅かな逡巡の後、湖畔のある方向に向けて駆け出した。

 それを見た大熊はその背を見送った後、力を振り絞り持ち上げていた首をゆっくりと地面へと下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、我が神よ。一年振りでしょうか」

 

「……」

 

「一年も御身の姿を見なかったのは初めてですが、やはり御身はお変わりないようで」

 

「……」

 

「私もこの一年、自らの鍛錬を欠かさず、王位を継ぐ準備も着々と進んでおります」

 

 目的地についたシュパースを迎えたのは、彼が望んでいた相手ではなく、昔と変わらない表情を向けるエリュシファンだった。

 シュパースの姿を見た彼は、最初こそ目を見開いたものの、そこからは微笑を浮かべながら嬉しそうにシュパースに語りかけるが、シュパースはそんな彼の言葉を聞いている余裕などなかった。

 

 エリュシファンは王家に伝わる戦鎧を身に着け、右手には見覚えのありすぎる剣を握っている。その純白だった刀身は血で真っ赤に染まり、今も血が剣先から滴っている。

 そして、彼が背を向ける先、ひときわ大きな樹木に背中を預けるように倒れ込み、左肩から斜めに真っ直ぐに斬り裂かれた傷が痛々しい少女──ロシーダの姿があった。

 その瞳は閉じられ、まるで死んでいるかのような状態だが、僅かに胸が上下していることから、まだ意識はあるのだろう。だからといって良かった、なんてことは思えない。エリュシファンが握る剣。それは間違いなく自分が創り出した”神剣フラガラッハ”なのだから。

 

「……何故こんな事をしたのですか?」

 

「何故……とは?」

 

「彼女のことです!! 彼女が”魔女”だと!? そんな事あるわけ無いでしょう!? ロシーダの存在に気付いていたのは君くらいです! 君がグラシアーノ君に何かを吹き込んだのでしょう!?」

 

「吹き込んだも何も、その女の影響を御身が受けたのは事実。身の程をわきまえない愚か者を処分したに過ぎません」

 

「それはフラガラッハを使うほどのことなのですか!?」

 

「この女が私に匹敵するほどの魔の才を持っていることは調べがついていました。そういった者に限って、追い詰められた時に何を仕出かすか分かったものではありません」

 

「そのためにありもしない事実を仕立て上げたのですか!!」

 

 フラガラッハの使用には三つの制限がある。

 一つ目は王族()ならば問題が無く、二つ目も信じたくないが、本気で彼女の存在が私の、引いては国に悪影響を及ぼすと判断したとしたら納得は出来る。しかし三つ目までは彼だけではどうしようもない。

 だからこそ、国民の敵に彼女を仕立て上げた。フラガラッハの発動条件を満たすためだけに……

 

「この国の……いえ、この世界の平穏を守るためです」

 

「それで何の罪もない少女を犠牲にしていいわけが……!」

 

「良いのですよ。千を守るために一を犠牲にするのは何も間違ってなどいません……そもそも、私は父も民も謀ってはいませんよ」

 

「そんなわけが──」

 

「言ったはずです。この女のことは調べたと。その結果、こいつに国をどうこうする意志がないのは分かっています。それは全て余すこと無く民にも伝わっています」

 

「ならば何故、フラガラッハが使用できているのです!? それは君だけの意志だけでは使えない! イーシュバルディの民の三割の同意の意志が必要なのですよ!?」

 

「ええ、ですから同意したのです。全てを知った上で」

 

「……え」

 

 エリュシファン君から告げられた事実に私は言葉を失った。グラシアーノ君も国民も全てを知っている? 知った上で同意した? 何故……何故……

 

「この女が何を考えているのかなど関係ありません。重要なのは、この女のせいで御身が変わってしまったこと。だからこそ殺すのです。全ては御方と我が国のために。それに三割ではありません。イーシュバルディの全国民に値する、約五千万人の同意を私は得ています」

 

「……そんな馬鹿な」

 

 殺す? 私の大切な娘を? 私のために? 国のために? それに全国民が賛同した? なぜ? なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ? 分からない。目の前のニンゲンの言っている言葉が理解できない。これは本当に私が生み出した存在なのか?

 

 

──()()は……何だ?

 

 

「今はご理解頂け無いかもしれません。しかし、御身は我らのそばに居てくれればそれで良いのです。それだけで多くの民が救われます。だからこそ……」

 

 エリュシファンは後ろを振り返り、未だにピクリとも動く様子が無いロシーダに再びフラガラッハを突きつける。

 

「愚かな女よ。貴様のせいで多くの民が苦しみ、命を落とした。この国に厄災を齎した悪しき魔女が……」

 

──死ね。

 

 倒れ伏すロシーダに向かってエリュシファンが剣を振り下ろした。

 

 

 

 その瞬間、私の視界が真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が……降っていた。

 風もなく、豪雨とも小雨とも言えぬ雨模様。しかし、それでも空から降り注ぐ無数の水滴は森に燃え広がった炎を消化するには十分だったようで、全焼する事態は避けられたようだ。

 そんな中、雨に打たれるのも気にせずに、シュパースは一人、ロシーダを抱きしめていた。すぐ近くには地面に横たわるエリュシファンの姿があるが、その身体はピクリとも動かない。

 シュパースは強い自己嫌悪に陥っていた。

 私がロシーダの元に先に向かっていれば。離れずにずっとそばに居れば。彼女の存在を洩らすことをしなければ。

 

──いや、そもそも私が彼女と出会わなければ、彼女がこんな目にあうことも……

 

「……お、父さん?」

 

「ロシーダ? ロシーダ!?」

 

 シュパースが自分を責める言葉を連ねていると、腕の中から自分を呼ぶ弱々しい声が聞こえた。

 驚いて腕を僅かに緩めると、ロシーダが僅かに目を開いて、ぼんやりとしながらも、しっかりとシュパースを見つめていた。

 

「おかえりなさい」

 

「ッ!──ええ、ただいま」

 

「……ごめん、ね? お父さんから注意するよう言われてたのに……」

 

「君は何も悪くありません。全部私が悪いのです。ごめんなさい……ごめんなさい、ロシーダ」

 

 シュパースは只々謝ることしか出来ない。彼の力があれば、死人さえ蘇生させることが出来る。しかし、彼女の傷はフラガラッハでつけられたものだ。シュパースの目には、今この瞬間も消えていく命の灯がハッキリと見えていた。

 

「……謝らないで、お父さん」

 

「私が……私が君に出会わなければ……」

 

「……そんな寂しいこと、言わないで? 私は、お父さんに会えて良かったと思ってる」

 

「ですが……」

 

 悲しげに顔を歪めるシュパースにロシーダは薄っすらと笑みを浮かべ「嘘じゃないよ」と告げる。

 

「両親が居る子が羨ましかった。私の本当のお父さんもお母さんも小さい頃に死んじゃったから、しょうがないって何度も自分に言い聞かせてた。私を引き取ってくれた人に迷惑を掛けたくなくて、ずっと良い子で居なくちゃって我慢してた」

 

──そんな時に出会ったのが、お父さんだった。

 

「ちょっと天然で、子供っぽくて、うっかりしてることもあるけど、何も言わなくても私のそばに寄り添ってくれる。私の成長を見守ってくれる。もし、お父さんが生きてたらこんな感じなのかなって何度も思ってた」

 

「ロシーダ……」

 

「大丈夫。そんな悲しい顔しないで? 私はずっとお父さんのことを見守ってるよ……きっとまた会える。だから、泣かないで?」

 

 最後の力を振り絞り、ロシーダはシュパースの頬に手を添える。

 

──大好きだよ、お父さん。

 

 その言葉を最後にロシーダは静かに瞼を閉じた。小さく上下していた胸も動きを完全に止めた。

 

「……あああ」

 

 シュパースは再び強くロシーダの身体を抱きしめる。

 

「ああああああっ」

 

 その僅かに残った温もりを逃さないように。

 

「あああああああああああああああああッ!!!」

 

 シュパースの絶叫が辺りに木霊した。

 

 なぜ彼女が死ななければいけない。彼女が何をした。普通に生きていただけだろう。

 自問自答するシュパースの目に倒れ伏すエリュシファンの姿が止まる。

 

 そうだ、()()のせいだ。人類(あんなもの)のせいで私の大切な娘が死んだ。

 信じていた。彼らなら私の力を正しく使ってくれると。信じていたのに……

 

(……滅ぼす。あんな欲望に塗れた愚かな存在など、この世界の害にしかならない。私の世界には必要ない)

 

 黒くドロドロとした感情が胸の奥底から溢れ出す。そのまま自らを焼き尽くすような憎悪に身を任せようとした瞬間──

 

──人類(私達)はそんなに弱くないよ。

 

 最愛の娘のかつての言葉に、シュパースはギリギリで踏みとどまった。

 そして眠るように息を引き取った彼女の顔を見つめる。

 

「……君は、今でもあの時と同じ事を言えますか? 私は……」

 

 その表情は能面のようで、そこからシュパースの感情を読み取ることは出来ない。

 しばらくの間、黙ってロシーダの顔を見つめていたシュパースは、彼女を抱き上げその場を立ち上がる。

 

「今ここで人類(彼ら)を滅ぼすのは容易い。しかし、それは同時に君の想いを踏み躙ることでもある……試しましょう。人類が君の言う通り、強くあれる存在なのかどうか……」

 

 それを示すことが出来るのなら、私はいくらでも彼らの力になりましょう。

 しかし、それが出来ないと判断したとき……その時こそは……

 

──私自らの手で、彼らに引導を渡しましょう。

 

 その言葉を最後に、世界の創造神はこの世界から姿を消した。

 

 

 創造神の再びの失踪に続いて、次期国王として将来を約束されていた王子の死去。それは、ただでさえ混乱の渦中だったイーシュバルディに更なる衝撃を齎した。

 若きリーダーを失った彼らはまたたく間にバラバラになり、争いを始め、その種火はあっという間に世界に広がっていった。

 

 こうして、八百年の歴史を誇る巨大国家は僅か数年の月日で歴史から完全に姿を消すこととなった。




長々とお付き合いありがとうございます。これで過去編は終了となります。
次回からはやっと人類vs神の総決戦が始まります。
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