今後も皆さんのご期待に答えられるように頑張っていくのでよろしくお願いします。
今回なんと10000字を越えてます。
タグを追加しました。今後ももしかしたら増やす可能性があるのでご了承下さい。
静寂が支配する中、決して大きくはないその声は、迷宮内に静かに響いた。
クラスメイト達はまるで呼吸を忘れたかのようにその声を発した青年を凝視している。
女子生徒に至っては顔を赤くし、ここが迷宮でなければ黄色い歓声を上げていることだろう。それほどまでに目の前の青年は美しかった。
老人の白髪とは違う、雪のように美しく輝く白髪。その輝きに勝るとも劣らない
地球で数多くの俳優やアイドルといった、イケメンや美女を見てきた彼らだったが、目の前の存在に比べれば誰もが霞んでしまうだろう。
ハジメという想い人がいるシアや香織ですら、一瞬目を奪われてしまう程だった。
「……アルディアス様」
「何?」
そんな中、唯一警戒を解かなかったハジメの耳に、カトレアの呟きが聞こえた。
恐らく、目の前の男の名前だろうソレに、ハジメは聞き覚えがあった。
それどころか、
(アイツが魔王アルディアス……か)
聞いた話通りなら、自分と同じで神代魔法を習得している。一瞬の油断も出来ないだろう。
すると、辺りを見回していたアルディアスの視線がハジメで、正確にはカトレアで止まる。
(どうする? あっちが仕掛けてくる前にこっちから仕掛けるか……?)
「カトレア、遅くなってすまない」
自分と同等かそれ以上かもしれない相手にどう立ち回るか思考するハジメの直ぐ側で、男の声がした。
「ッ!?」
「え? あ、いえ! あたしは大丈夫です!!」
ハジメの全身に鳥肌が立った。考えるよりも先に体が動き、全力でその場を離脱する。
そんなハジメの様子に気付いていないのか、呑気にカトレアと会話するアルディアスに畏怖の視線を向ける。
(嘘……だろ? 俺は一瞬たりとも視線を外さなかった!? それなのに、気付いたら隣に立っていやがった!)
単純な基本ステータスによるものか、何かの技能や魔法を使ったのか、それすらも分からないハジメだったが、一つだけハッキリしていることがある。
もし、アルディアスがその気だったのなら、今の一瞬でハジメの命は無かったということである。
(ふざけんな!? 強いとは聞いてたが、こんなバケモンとは聞いてねえぞ!! 何でこんな奴が居て、人間族はまだ滅ぼされてねぇんだよ!?)
ハジメは心の中で一人叫ぶ。
少なくとも、オルクス大迷宮とライセン大迷宮を攻略しているのだから、それだけの力があることは予想していたが、未だに戦争が終結していないことから国そのものを滅ぼすほどの力は無いのでは? と考えていたハジメだが、それが根本から覆されてしまった。
何よりも、アルディアスはここに現れてからカトレア以外を視界に捉えていない。
(俺は眼中に無いってか……!)
オルクス大迷宮から生還してから、これまでの間、ミレディなどの手間取る相手は居たが、自分に対してここまで無関心の相手は居なかった。そのことが酷くハジメの癇に障るが、理性が迂闊に手を出すことの危険性を訴えてくる。
すると、カトレアに回復魔法をかけ終わったのか、アルディアスがハジメを視界に捉え、まるで観察するかのようにじっと見つめる。
「……んだよ」
「いや、ついこの前まで戦いの知らぬ子供だったらしいが、随分と肝が据わってると思ってな。流石は勇者……といったところか? 確か……アマノカワコウキ、だったか?」
「はあ?」
アルディアスの言葉に眉を
「違います、アルディアス様。奴は勇者ではありません。あそこにいる無駄にキラキラした奴がそうです」
「……何?」
カトレアの言葉に少しばかり目を見張りながらも彼女の指差す方に視線を向ける。
そこにはすでに満身創痍で膝をつく光輝の姿があった。
「……勇者と聞いて、単純に力の強い奴がそれかと思ったのだが、そうではないのだな」
「なっ!?」
純粋に弱いと言われた光輝は目を鋭くさせ、アルディアスを睨む。
「そう怒るな。そうか、お前が勇者か……ふむ、お前じゃないな」
光輝をじっと見つめていたアルディアスは、少しすると興味を失ったらしく、視線をハジメに戻す。
「やはりお前か……カトレアをここまで追い詰めたのは」
「……だったらどうした?」
「別に、何か恨み言を言うつもりは無いさ。これは戦争だ。殺されたからと言って、その相手を憎むのはお門違いだ。……だが、魔人族の王として、臣下が傷つけられて黙っている訳にもいかないのでな」
「「「王!?」」」
そんな二人の会話を遠巻きに聞いていたクラスメイトだったが、アルディアスの口から出た“王“という単語に驚愕の声を上げる。
カトレアの畏まった態度と、その圧倒的な存在感から只者ではないと薄々感じ取っていたが、まさか敵国のトップがこんなところに現れるとは思ってもいなかった彼らは硬直し、言葉を失う。
そんな中、いち早く硬直から復帰し、アルディアスに話しかける男が居た。
「魔人族の王様! 貴方にお話があります!」
「ちょ、光輝!?」
それまで、アルディアスのことを睨みつけていた光輝だったが、彼が魔人族の王と知るやいなや、重たい体を引きずりながらも、アルディアスに近づきながら声を掛ける。
そんな光輝に嫌な予感がした雫が止めようと声を掛けるも、その程度では光輝は止まらない。
「貴様! アルディアス様に対して不躾な──ッ!」
突然、アルディアスの会話に割り込んできた光輝にカトレアが声を荒げるも、持ち上げられたアルディアスの手を見て言葉を飲み込む。
「良い……で、何か俺に用か? 人間族の勇者よ」
「魔人族の王である貴方に提案があります!! こんな戦いに何の意味もありません! 人殺しなんて絶対に間違ってる! どうか、俺たちと話し合いませんか!」
「……何?」
「光輝ッ!!」
光輝から告げられた内容にアルディアスは眉を潜め、雫は状況が何も分かってない幼馴染に対して怒鳴りつける。
「自分が何を言っているのか分かっているの!?」
「邪魔をしないでくれ、雫! 人同士で争うなんて間違ってるに決まってるだろ!? 人殺しは“悪“だ! 俺はこの世界を救う勇者なんだ! こんなの俺達のやることじゃない!!」
「この……大馬鹿!!」
雫は他の者と違い、この戦いの先に人を殺すことになる可能性を常に考えていた。しかし、それを改めて光輝に伝えることはしなかった。想い人を最悪の形で失った香織のフォローや自身の訓練で忙しかったのもあるが、一番の理由は恐らく理解してもらえないと判断していたからである。
直接は無くとも、それとなく遠回しに伝えたことはあったのだが、何を言っても「俺が皆を守る」の一点張りだった。
昔から、自分が正しいと決めたら何を言っても無駄だった為に状況の変化と時間の経過が解決してくれることを願っていたのだが、その性格が最悪のタイミングで露見してしまった。
「……なるほど、そういうことか」
光輝の発言に目を細めていたアルディアスだったが、雫とのやり取りを聞いて、言葉の真意を理解したのか、光輝を睨みつける。その瞳には確かな侮蔑の色が見て取れる。
「お前は、この世界での勇者がどのような存在なのかを理解していないようだな」
「?──それはどういう……」
「この数千年続く戦争の中でも、人間族、魔人族共に勇者と呼ばれる者は存在した。お前のように、天職がそうだった訳ではない。何故、彼らがそう呼ばれるようになったか……お前に分かるか?」
「え? それは、たくさんの人を守って……」
「違う。彼らがそう呼ばれるようになったキッカケは唯一つ……誰よりも敵を殺したからだ」
「……え?」
アルディアスの言う通り、かつて勇者と呼ばれる人物は確かに存在した。
圧倒的な武力を持って、たった一人で何十人もの人間族を殺し、付近の村々を壊滅させた魔人族がいた。
争いの影に紛れて、一人、魔国ガーランドに潜入し、一夜で大虐殺を行った人間族がいた。
敵からすれば、歴史に名を刻む程の大罪人だが、味方からは死をも恐れぬ勇気ある者──勇者として讃えられた。
「う、嘘だ!? そんなの勇者じゃない!? そんなの正義のやることじゃない!?」
自分の想像していた勇者像とはかけ離れた在り方に、声を荒らげて否定する光輝だったが、アルディアスは表情一つ変えること無く、更に現実を突きつける。
「そもそも、戦争とは正義と悪の間で起こるものではない。正義と正義の衝突で始まるものだ。そして、勝者は歴史に正義として名を残し、敗者が悪として断罪される。それが戦争というものだ。……無理やりこの世界に連れてこられて、あっさり戦争に参加するなど、随分お人好しな奴らとは思っていたが……子供の遊びじゃないんだ。あまり俺たちを馬鹿にするなよ、クソガキ……!」
「ヒッ!?」
アルディアスからの殺気が光輝に突き刺さる。
アルディアスは幼い頃から戦場を経験したことで、戦争の残酷さを十分に理解している。自分に親しくしてくれていた者が次の日に亡くなった、という経験は一度や二度では無い。
光輝の発言は国の為、愛する人の為に命を落とした者の犠牲が無駄だったと言っているのも同義だ。
「……フン、まあいい、今はお前などどうでもいい。俺が用があるのはそこの眼帯の男だ」
「俺は無いんだがな……」
「お前程の力を持つ存在を野放しにしろと? 一応聞いておくが……
「俺がてめぇの下につくとでも?」
「いや、思わないな。誰かの下に大人しくつくような質じゃないだろ。だから……」
──お前はここで始末する。
瞬間、アルディアスから目に見えるほどの魔力の奔流が溢れ出す。その流れは決して狭くはない迷宮内を覆い尽くすほどの広がりを見せる。
「なッ!?」
「何これ!?」
「嘘……こんなのって……!」
「あ、ああァ……」
その莫大な魔力に全員が絶句する。特に魔法が得意な天職を持つ者達は同じ魔力を扱うものとして気付いてしまった。いや、正確にはあまりに次元が違いすぎて分からなかった。アルディアスがどれほど高みに到達しているのかを。
全員が戦慄する中、唐突にアルディアスの背後に小型の魔法陣が浮かび上がる。しかし、驚くべきはその数だ。視界を埋め尽くす程の魔法陣の数、恐らく50は越えているだろう。その魔法陣からは凝縮された魔力の塊が光球となって現れる。
「バケモンが……!!」
そんな絶望的な状況に思わず悪態をつくハジメの瞳に、片手を天高くかざすアルディアスの姿が映る。
「魔人族の安寧の為……逝け」
『
アルディアスが手を振り下ろす。
その瞬間、魔力が凝縮された光球が次々とハジメ目掛けて射出された。
軌跡を残しながら流れる様は、まるで東方の伝説に残る龍のようである。それが雨のようにハジメに襲いかかる。
傍目からは美しい光景だが、向けられた側からは堪ったものではない。
「チクショウがァァァ!!」
雄叫びを上げながらも迎撃を選択するハジメ。
この密度の攻撃を全て躱し切るのは不可能だろう。常に移動し続け、躱しきれないものは着弾前にドンナーで撃ち抜く。しかし、光球が爆発したことによる熱波だけでハジメの皮膚が焼かれる。
「うわあああァァァ!?」
「キャアァァ!?」
光球の着弾地点からは距離がある筈だが、クラスメイト達の元まで爆発の余波が及び、それぞれの体を支え合うことで吹き飛ばされないようにその場で耐える。
「ハジメくん!?」
「ダメよ、香織!?」
「でも、ハジメくんが!?」
「貴方が行って何が出来るの!?」
「ううぅぅ……」
爆撃の中心にいるハジメの元に走り出しそうな香織を、雫が必死になって引き止める。
もし、香織があそこに向かったとしても、ハジメの元にたどり着くこと無く、跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
死んでしまったと思っていた。きっと生きていると信じつつも、何時だって最悪の可能性が頭から離れなかった。
だが、彼は生きていてくれた。窮地に駆けつけてくれた時、とても嬉しかった。たくさん話したいことがあった。
でも、その彼がまた死んでしまうかもしれない。今度こそ二度と会えなくなってしまう。それがとても恐ろしく、そして──
(守るって約束したのに……! 私はまた……!)
あの時と同じで見ていることしか出来ない自分に怒りが湧く。
あの時から何も成長していないのか……と。
そしてハジメの身を案じているのは香織だけではない。
「ハジメさん!!」
頭にウサ耳を生やした兎人族の少女──シアがハジメの元に向かおうとするが──
「来るんじゃねえぇぇぇ!!」
「ッ!?」
ハジメの一喝に肩をビクつかせて、足を止める。
実際、大槌型アーティファクト──ドリュッケンを使っての近接戦闘がメインのシアでは、その身を盾にすることくらいしか出来ないだろう。
それくらいシアも分かっている。彼女も香織と同様に見ていることしか出来ない状況に目に涙を浮かべながら歯を食いしばる。
ドンナー・シュラークでの射撃。クロスビットでの支援射撃と防御。“風爪“での斬撃。他にも、自らの持ち得る手札を全て使い、それらを“瞬光“で精密に、完璧に制御する。一つのミスが自身の死に繋がる状況。
しかし、オルクス大迷宮を一人で攻略した力は伊達ではなかった……ということだろう。
「ハア……ハア……ハア……ゴフッ……」
アルディアスの発動した“雨龍“によって、天井は崩落し、地面は陥没し、地獄のような状況の中、ハジメは未だに生きていた。
しかし、その体はすでに満身創痍だ。至るところに痛々しい火傷の跡が見え、“瞬光“で脳を限界まで酷使した影響か、どす黒い色をした鼻血が出ている。
ドンナーとシュラークは性能を無視した連射と光弾の爆発により一部が融解しており、クロスビットは一つ残らず破壊された。文字通り、持てる
「ハジメくん!!」
「ハジメさん!!」
「彼、アレを防ぎきったの……?」
香織とシアが安堵の表情を見せる中、雫は驚愕の表情を浮かべている。それは他のクラスメイトも同様だった。
そして、表情は変わらずとも、驚愕しているのはアルディアスも同じだった。
「正直……驚いた。まさか、耐えきるとはな」
「ハア……ハア……舐め、ん……な」
「ああ、少々お前を過小評価しすぎていたようだ」
──ならば、倍ならどうする?
次の瞬間、アルディアスの背後に再び魔法陣が出現した。その数は先程の倍、優に100は越えているだろう。
「……は?」
目の前の光景にハジメは言葉を失う。ハジメの視界を覆い尽くす程の光球は、最早光の壁と言っていいだろう。その全てが自分を狙っている。
ハジメはアルディアスの魔法を耐え抜いた後も眼だけは死んでいなかった。残り少ない力でドンナーを握り締め続けた。いつでも奴の喉元に噛みつくために。
しかし、そんなハジメの手からドンナーが、オルクス大迷宮から共にあり続けた
そんなハジメの様子を気にすること無く、アルディアスの腕が徐々に持ち上がり、そして──
「……何のつもりだ?」
それを振り下ろすことなく、ハジメを守るように立ち塞がる一人の少女に問いかける。
「そこをどけ、小娘……死ぬぞ?」
「どきません!」
少女──シアは両手を広げてアルディアスを睨みつける。だが、その体は誰が見ても一目瞭然な程、恐怖で震えていた。
「シア……? 何、してんだお前……早く逃げろ……!」
「嫌です!」
「こんな時に何いってんだ!? 早く逃げろ!!」
「絶対嫌です!!」
「ッ!──何で、そこまで……!」
「好きだからに……大好きだからに決まってるじゃないですか!? この馬鹿!!」
「ッ!?」
ハジメとシアの出会いは、お世辞にも良いものとは言えないものだった。
家族を助けるために“未来視“を使い、命からがらハジメを探し出したシアを当初は見殺しにしようとした。
あまりにしつこかったのと、大迷宮までの道案内を報酬に手を貸したハジメだったが、クラスメイトに裏切られ、奈落の底に突き落とされたハジメは他人を容易く信じることが出来ず、終始シアに対して棘のある対応だった。
そんなハジメに対して、シアは飽きることなく、積極的に関わり続けた。
フェアベルゲンの長老達から家族を助けて貰ってからは、ハジメに対する好意を隠すこと無く伝えるようになった。
心の底から自分を慕ってくれるシアの存在に少しずつハジメの棘も取れていき、気付いたら、シアの他にも変態の竜人と自分を父と慕ってくれる子供が出来た。
誰も信じない。そう決めた筈なのに、いつの間にか自分の周りは常に賑やかな声に包まれるようになった。
口では鬱陶しいと言いつつも、心の底ではそんな状況が心地良いと感じる自分がいた。
しかし、ハジメの魂の根幹に刻まれた他人への不信感は、消えること無く燻り続け、どれだけ親しくしようとも、最後の一枚の壁だけは取り払われることは無かった。
それは、シアとて気付いていた筈。それなのに……それなのに、こんな自分を好きだと言ってくれた。
結局のところ、全ての行動が自分の利益になるかどうかでしか判断できない自分のことを、命を張ってでも守ろうとしてくれている。
(……良いのか、信じても。また裏切られて、自分が傷つくだけじゃないのか……)
目の前の、覚悟を決めた少女の背中を見ても、最後の踏ん切りを付けることが出来ないハジメだったが、自分が知る中で、一番の先生の言葉が蘇る。
──他者を思いやる気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切な尊いそれを……捨てないで下さい。
ウルの街で教師である愛子から掛けられた言葉だ。
それはウルの街にいる人達を見捨てようとするハジメに向けたものだったが……あの先生のことだ。もしかしたら、シア達にも僅かながら壁があることに気付いていたのかもしれない。
(他人を信じるのは恐ろしい。所詮、誰だって一番大事なのは自分だ。裏切られて苦しむくらいなら、最初から信じない方が楽だ。……それでも……例え辛くても、苦しくても、俺を信じてくれる人を裏切るより100倍もマシだ!!)
この瞬間、初めて感じる絶望的なまでの死の気配に……命を賭して自分を守ろうとする
「え?……ハジメさん?」
「……ほう?」
先程まで戦う気力を無くしていた筈のハジメがシアの前に立ち、アルディアスを強く睨みつける。
満足に体を動かすことも出来ず、武器も全て失った。ここから逆転する切り札なんて都合の良いものなどありはしない。それでも、ハジメの瞳から諦めの色は感じられない。
「顔つきが変わったな……何か心変わりでもあったか?」
「フン、そんな大層なもんじゃねえよ。……ただ、男なら、好きな女の前でくらい、カッコつけたいだろ?」
「……ふぇ?……ふええぇぇぇ!? ハ、ハ、ハジメさん今なんて!?」
「……うっせぇ。恥ずいんだから何度も言わせんな」
「もう一回! もう一回だけ!!」
「あー! 今それどころじゃねえだろ!? 後で言ってやるから集中しろ!!」
「絶対ですよ!? 約束ですからね!?」
突然、新婚夫婦のようなやり取りを初めた二人に周りのクラスメイト達は目を点にして固まる。若干一名の目からは光が無くなっていたが……。
シアがハジメの隣に立ち、ドリュッケンを構える。その隣でいつでも“錬成“を発動出来るように身構えるハジメは不思議な感覚に包まれる。
目の前の存在は自分達が逆立ちしたって敵う筈の無い、紛れもない強者だ。その筈なのに何故かシアの隣に立つだけで負ける気がしない。
この時、ハジメはあの時、何故カトレアが自分を前にしても諦めなかったのか……そんなカトレアに何故恐怖したのか、ようやく理解した。
(知らなかったな……誰かの為に戦うってだけで、ここまで力が湧くもんなのか……俺は認めたくなかったんだ。俺が捨てたと思っていた感情が、誰かを想う心が……ここまで人を強くするんだってことを。認めてしまったら俺が俺を否定するようで怖かったんだ)
人の心は簡単に変わる。しかし、人の根幹は簡単には変わらない。クラスメイトに裏切られようとも、奈落の底で死にかけようとも、ハジメの根幹にある、誰かを思いやる心は決して失われた訳では無かった。
顔も知らない他人まで救おうとは思わない。自分はヒーローなんて存在でも器でも無いのだから。それでも……それでも……
「絶対に勝つぞ! シア!!」
「はい! ハジメさん!!」
(自分の大切な人くらい守れるような男になってやる!!)
まるでお互いを支え合うようにして、こちらに戦意をぶつけてくる二人を見て、アルディアスは目を細める。
(……美しいな)
二人を知らない第三者から見れば、彼らの行動は間違っていると断言するだろう。想いの強さが戦局を左右することは珍しくない。しかし、それは敵との力が拮抗している時だけだ。
想いが強い方が勝つ。それならば、負けた方は想いが弱かったと言えるだろうか?
答えは否だ。想いの強さなど、僅かな力の差を埋めるくらいしか使えない。
しかし、アルディアスは二人を称賛こそすれど蔑むことはしなかった。
誰かの為に命を掛けられる人を愚かだとは思わない。
それは、命の価値が小さいこの世界で、何よりも素晴らしいものなのだから。
アルディアスはその光景を眼に焼き付けるように見つめ続け──……
──魔法陣がより一層輝きを増し始めた。
「「ッ!?」」
(……だからこそ、残念だ。お前たちのような素晴らしい者達をここで殺さなくてならないのは……)
幼い頃より戦場を経験してきたアルディアスは、彼らのように尊敬に値する人間を何人も見てきた。そして、たった一人の例外もなく葬ってきた。
(俺は魔人族の王だ。国を、民の命を背負う責任がある。俺の敗北は、魔人族全体の士気にも繋がる。……何よりも、ここで俺が退いてしまったら、俺を信じてついてきてくれた民に……思いを託して散っていった者達に合わせる顔が無い。故に──)
「俺の全力を手向けとして……散れ──強き者達よ!!」
『雨──』
──そこまでだ、アルディアスよ。
「ッ!?」
魔法を発動する寸前、アルディアスの頭に男の声が響いてきた。
突然の事態に、咄嗟に魔法の発動を中断するアルディアス。
「……何だ?」
「どうしたんでしょう?」
突然固まったアルディアスに訝しげな表情をするハジメとシア。
そんな二人を置いて、“念話“の相手に応答する。
アルディアスは“念話“の相手が誰なのか、すぐに気付いた。忘れる筈がない声色。何よりも、魔国ガーランドの魔王であるアルディアスに敬称を付けないのは、たった一人しか存在しない。
(何か御用でしょうか、アルヴ様)
魔国ガーランドの前魔王にして、魔人族の信仰する神、アルヴヘイト。
このタイミングで連絡をしてきたことに違和感を感じつつ、用件を聞く。
──撤退しろ。
(……今、何と?)
──撤退しろと言ったのだ。お前が今、人間族の勇者達と争っているのは知っている。カトレアは無事救出できたのだろう? ならば、もう用は済んだ筈だ。撤退しろ。
アルヴの言葉に僅かに目を見開くアルディアス。ここに自分がいることを知っているのはフリードしかいない。フリードは優秀だ。少しの間、自分がいなくとも国を滞ることなく回すのは問題ない。
……そう、少しの間、アルヴに自分の不在を気付かれないようにすることなど造作もないことだろう。
(こんな短時間でフリードが洩らす訳がない。……つまり、最初から視ていたわけか……)
アルディアスの顔が忌々しげに歪められる。
(しかし、目の前の勇者達は確実に我々魔人族の脅威になります。よって、ここで潰しておくのが最善と愚考します)
──ならん。
(……理由をお聞きしても? 奴らはエヒト神が呼び出した我らの敵では?)
──そのことについて、お前に詳しく話しておく必要がある。戻り次第、私の元に来い。お前の……いや、これからの魔人族にとっても重要な話だ。……私の言葉が信じられないか?
(……神のお導きのままに)
アルディアスの言葉を最後に“念話“が途切れる。
一見、何でも無いように見えるが、長い間仕えてきたカトレアには、アルディアスから抑えきれないほどの怒気が溢れているのが見て取れる。
しばらくすると、アルディアスが持ち上げていた手を下ろし、振り払うような動作を取る。それに連動するように展開していた魔法陣が一つ残らず消滅した。
「なッ!?」
「えっ!?」
驚愕するハジメとシアに背を向けて、カトレアの元に歩き出す。
「アルディアス様?」
「……撤退だ」
「え!? し、しかし……」
「神からのお告げ……と言ったところだ」
「ッ!?」
アルディアスの皮肉めいた言葉で何があったのかを察したのか、歯を食いしばって怒りを露わにするカトレア。
しかし、一番怒りを感じているであろうアルディアスが堪えているのに、臣下の自分が文句を口にする訳にはいかない。
この場を後にしようとするアルディアスの後ろに続く。
「お、おい!」
しかし、突然この場を去ろうとするアルディアスに対して、はいそうですかと流せる訳もなく、戸惑いながらも声を掛けるハジメ。
それに対して、アルディアスは思い出したかのようにハジメ達を振り返る。
「お前達の名は?」
「……は?」
「お前達の名は何という?」
「……何を企んでいる?」
「別に何も企んでなど無いさ。少し野暮用が出来てな、すぐに国に戻らなくてはならなくなった。名前を聞いたのは、単純に俺がお前たちに興味が湧いたからだ。……教えてくれないか?」
「……南雲ハジメだ」
「……シア・ハウリアです」
「ハジメにシアか……覚えておこう。俺の名はアルディアス。ではな、強き者達よ」
それだけ告げると突如、アルディアスとカトレアを中心に突風が巻き起こる。
ハジメとシアが思わず腕で顔を覆い、吹き荒れた風が収まると、すでに二人の姿は無くなっていた。
「……とりあえず、助かったってことか?」
「みたい……ですね」
「……そうか」
自分達が助かったことをようやく理解したハジメは、息を吐くとその場に倒れ込んだ。
「えっ!? ハジメさん!? しっかりして下さい!!」
「ハジメくん!?」
「南雲くん!?」
シアが慌ててハジメの体を支え、香織と雫もすぐにハジメの元に駆けつける。
それは誰がどう見ても、
奇跡的に死者は0ではあるものの、今日の戦いを経て、自分は神の使徒だと、世界を救う選ばれし者だと胸を張る者はいなくなるだろう。
人を殺さなければならないという恐怖。これは、今まで戦いとは無縁だった彼らが受け入れるのは非常に難しいだろう。間違いなく戦線を離脱するものが出てくる。
それに、例え人を殺す覚悟が出来たとしても、彼らの前に立ち塞がる壁はそれだけではない。
魔王アルディアス。
戦争に勝利するということは、かの王を打倒しなければならないということになる。
あの、神のような力を持つ存在を……。
しかし、殆どの者が最悪の状況に絶望する中、成長の兆しを見せた者がいた。
南雲ハジメ。
アルディアスから強き者として認められた少年。
圧倒的な実力差は健在だ。アルディアスはまだまだ力を隠しているのに対して、ハジメは全ての手札を使い切ってしまった。
しかし、この戦いはハジメをさらなる段階へと確かに押し上げただろう。
アルディアスとハジメ。この二人の邂逅がどのような影響を世界に及ぼすのか……
──それは、神にすら分からない。
個人的にはアルディアスの力に絶望感を与えつつ、ハジメを成長させたいと思い、このような形に落ち着きました。
ハジメもトータスでは最強クラスですが、実際はアルディアスの足元にも及びません。つい最近まで唯の高校生だったハジメに対して、生まれた頃より鍛錬を重ね、大迷宮も攻略しているアルディアス。そりゃそうだよね。
感想で多くのアルディアス無双を期待してた方には物足りなかったでしょうか?ご安心ください。これから嫌と言うほど機会があります。