「右ッ!!」
言葉と共にシアは横っ飛びでその場から飛び退く。
その直後にシアの立っていた地面がまるで隕石でも堕ちたかのようなクレーターが形成される。
「そこっ!!」
すぐに体を捻り、ドリュッケンをクレーターの上辺りに振るうが何の抵抗もなく空を切る。
「あーもうっ!! また空振りました! どうすればいいってんですか!?」
当たらないと見るや、バックステップで距離を取ったシアは地団駄を踏みたい気持ちを押し殺し、苛立ったように叫ぶ。
先程からこの繰り返しだ。敵の姿は見えず、兎人族の耳を持ってしても足音一つ聞こえず、おまけに勘すら働かない。
そんな状況で、何故シアは敵の攻撃を躱し続けられているのか。答えは彼女の持つ”未来視”の派生技能”天啓視”の力のおかげだ。
自分の未来の光景を視ることで、ギリギリ攻撃を躱しているのだ。躱した後にそこに居るはずの敵に攻撃を仕掛けるが、居るであろう位置に当てずっぽうでドリュッケンを振るうしか出来ないので、まともに当てることが出来ない。
それならば、敵の攻撃に合わせてカウンターを仕掛ければ良いのではと思うかもしれないが、この見えない敵は膂力だけで見ればシアの上をいく。シアの”天啓視”では自分の死に様を視ることが出来るが、それがどの位置から、どのような角度で振り下ろされるのかまでは分からない。そもそも姿は見えないのだから。
そんな敵に対して当てずっぽうでカウンターを仕掛ける? 愚策でしかない。カウンターとは相手の攻撃を完全に見切ることで真価を発揮する。せめて敵の居る方向が分からなければ成功しない。
「ホント、勘弁してくださいよ……」
小さく呟くシアの足は僅かに震え、呼吸も荒い。明らかに疲労が溜まっている。
”天啓視”がいくら魔力消費が少なくとも、常時使用し続ければその消費量は馬鹿にならない。更に見えない敵に狙われ続ける状況と自分への攻撃を避けるためとはいえ、自分の死の未来を何度も見せられる現状に、魔力やスタミナ以前に彼女の精神をガリガリと削り取っていた。
しかし、そんな状況でも敵は待ってはくれない。
再び予知に反応があったシアは覚悟を決める。
(どうせこのままじゃ、勝ち目は無い。それなら一か八か……!)
先程までは回避を選択していたシアが目を瞑り、その場で身体を脱力させる。
そして横殴りの一撃がシアの左腕に触れた瞬間──
「──ッ!!」
その場で転身して、無理矢理一撃を回避したシアはその勢いのままにドリュッケンを水平に振った。
ゴァンという金属同士がぶつかりあった音がした後、音を立てて何かが吹き飛ばされた。
「手応えありですぅ!!」
作戦がうまくいったことにシアは拳を握りしめる。
シアはあえて敵の攻撃を躱さずに、攻撃が自分の肌に触れた瞬間にその一撃を受け流し、逃げる隙を与えずに反撃を与える、というものだ。
言葉にするのは簡単だが、思いついてもこんなことが実行できる者がどれだけいるだろうか。敵の攻撃が触れた瞬間に受け流す技術もそうだが、何よりも信じられないのが、喰らえば一撃で死ぬ危険性のある攻撃を避けずに待つという選択肢をとった胆力だろう。
しかし、あくまで一撃を食らわせただけで、手応え的にはまだ仕留められてない。
正直、一回成功させるだけで奇跡のようなものだが、シアは少しも諦めるつもりはない。
「私は絶対生き抜いて、ハジメさんの元に帰るんです! それで、ハジメさんの生まれた世界を見るんです! こんなところで死んでたまるもんですか!!」
声を張り上げ、気合を入れ直すシアだが、敵はそんなこと関係ないとシアに迫る。自我のない魔物にそんな決意を聞く理性などない。
シアの背後から忍び寄った魔物がその腕を振り上げた瞬間──
「ハイパーミレディキーーーック!!」
戦場にはとても似つかわしくない少女の鈴の音のような声が聞こえた途端、シアのすぐ横を何かが高速で横切った。
途轍もない轟音と響かせながら何かが吹き飛ばされ、ズゥンという巨大な質量を持った物体が地面に落下するような音が聞こえた。
「うん、決まったぜ☆ 当てずっぽうだったけど! どうやら自分の音までは消せても、周りの物体の発する音までは消せないみたいだね〜」
ふわりと地面に着地した
金髪をポニーテールに纏め、空色の瞳をした十四、五歳くらいの少女だ。その少女をシアは今まで見たことがない。しかし、その少女が発する声には嫌というほど聞き覚えがある。
「その声……ま、まさかミレディですか?」
「正解正解、大正解! 皆のピンチに現れる美少女戦士、ミレディたんだぞ☆ キュピーン!! はい、はくしゅ〜ぱちぱちぱち!!」
自分でも半信半疑だったが、目の前のイラッとする話し方は間違いなくミレディだ。自分でキュピーンとか言うようなのはミレディだけで十分である。
「って、ちょっと待ってください! その体は!? 何で人の体なんですか?」
「何でも何もミレディさん元々人間だよ? シアちゃんは相変わらずおっちょこちょいだな〜。まあ、ミレディさんの可愛さは人間の枠組みを超えた世界の至宝とも呼べる代物だからね! 勘違いしちゃってても仕方ないかな! ゴメンね、可愛くて!!」
相変わらずの言動にシアの額に青筋が浮かぶが、下手に突っ込んでも二重三重と重ねられるのがオチだ。
それにここは戦場。落ち着け。私は大人。切り替えの出来る大人の女性だ。そう自分に言い聞かせる。
「ところでシアちゃんは何で一人で? あっ、もしかしてまた漏らし──」
「ぶっ潰してやるです!!」
前言撤回。このド畜生は今ここで捻り潰した方が良い。その方が世のためだ。
「どうどう、落ち着きなって。今は人類の命運を決める大事な戦いの最中だよ? 流石に時と場所は選ぼうよぉ」
「キィイイイイイイイ!!」
まるで聞き分けのない子供を落ち着かせるように言い聞かせてくるミレディに、とうとうシアの口から奇声が飛び出た。完全にミレディの掌で弄ばれている。
──ガラッ。
その時、ミレディが蹴り飛ばした方向から瓦礫が崩れる音がした。流石の二人も意識を切り替える。
「それで? その体は何なんですか?」
「これ? これはアルディアス君からのプレゼント」
「アルディアス……さんからの?」
──ハイパーミレディさん
命名はもちろんミレディ本人だ。アルディアスがエヒトの記憶を頼りに創り出した戦闘人形。言ってしまえば、ノイントのような神の使徒と同じだ。但し、神の使徒のように汎用型の量産タイプではなく、ミレディ本人に合わせて造られた専用タイプだ。
ただの人形ではなく、ミレディの戦闘スタイルに合わせた調整が施されている。見た目で言えば、ミレディゴーレムの方が強そうにも見えるが、魔力効率だけでなく、純粋なパワーと耐久もこちらの方がずっと上だ。
「それで……もう、乙女の会話に割り込んでこないでよ。無粋だなぁ」
『壊劫』
それまでのキャピキャピとした声音から一転、背筋が凍るほどの平坦な声がミレディの口から放たれた。
その瞬間、ミレディの目の前の大地が消失した。
「見えない? 聞こえない? 感じられない? うん、確かに凄い隠密能力だね。ミレディさんにもハッキリと位置を掴ませない能力は称賛に値するよ。でも、目に映る光景を全部押し潰しちゃえば関係ないよね?」
魔法の有効範囲の外ギリギリ。地面が陥没し、崖になっている縁から下を覗くと、大地の底まで押しつぶされた地面の一角だけが柱となって残っている。
そこの上には、まるで人型に沿って地面をくり抜いたのようにくっきりと跡が出来ている。恐らくあそこに目に見えない何かが押し潰されているのだろう。
「へぇ? 空間魔法で周囲を固定して止めたんだ。意外とやるね。でも、私を止めるならナッちゃんくらいじゃないと無駄だよ?」
『壊劫』
更に押し込むよう重ねられた重力の圧が柱を上から押し潰していく。ピシピシと柱に罅が入っていく。
「私さ、これでも怒ってるんだよ? お前らの主に好きなように弄ばれてさ。挙句の果てには人類を守りたいだって? ははは、三文役者かよ。素人でももっとマシな脚本考えるよ」
ミレディの後ろにいるシアからは、ミレディが今どんな表情をしているのか分からないが、見なくとも雰囲気で分かる。
(めちゃくちゃ怒ってる)
ゴーレムから人の身体になった影響もあるのだろうか。それまではニコちゃんマークの変化と声音、ゴーレムの小さな身体を忙しなく動かすことで感情を表現していたミレディだったが、人の身体になったことで、僅かな動作の一つ一つにミレディの内側に隠してきた憎悪が感じられる。
それを向けられたわけでも無いのに、シアの背に冷や汗が流れる。
「まぁ、いいや。どうせ自我が無いお前に何を言っても意味ないし」
『壊劫』
三度響いたミレディの声に後押しされるように、柱が粉々に崩壊し、ミレディの前には底が見えない真っ暗な奈落が完成した。
(私が手こずっていた敵をこんなにあっさり……!)
嘗めていたわけではない。理解はしていたつもりだった。それでも改めて目の前の人物の規格外に驚愕する。
これが解放者リーダー、ミレディ・ライセン。
シアが固唾を呑んでミレディの背を見つめていると、不意にミレディがくるっとこちらを振り向いた。
「いやー、ちょっとハッスルしすぎたかなぁ。完全にオーバーキルだね☆」
その声音は既に先程までの平坦なものから、元の軽い口調に戻っていた。
そのことに人知れずシアがホッと息を吐いていると、ミレディがジーとこちらを見つめてきていることに気付く。なんなら「ジー」と口に出している。
「あの、何ですか?」
「はいこれ」
何となくムズ痒くなったシアはミレディに理由を訪ねてみると、ミレディは懐からハンカチを取り出してシアに渡す。
「流石に着替えは持ってないけど、とりあえずそれで拭きな? あっ、そのハンカチはあげるよ。ばっちいし」
シアは今度こそドリュッケンをミレディ目掛けて振り下ろした。
◇
「グォオオオオオオ!!」
竜化したティオが空を舞いながら数多のワイバーンやドラゴン相手に大立ち回り演じる。その牙は輝く翼をあっさりと噛み千切り、その爪は強固な鱗を容易く引き裂く。
ハジメとの大迷宮探索を経験したティオは、他の竜人族よりも圧倒的な力を有し、下手に連携を組ませれば逆に足を引っ張ってしまうため、他の竜人族と離れ、一人で戦場全体の遊撃を担っていた。
しかし、一体一体は脅威にならずとも、何分敵の数が多く、流石のティオも辟易としてきていた。
『面倒じゃのう……いっそこの辺りまるごと吹き飛ばすかの?』
「落ち着け、ティオ・クラルス」
偶然にも自身の主と同じく物騒なことを言い出し始めたティオの耳に男の声が聞こえた。
『ん? フリード殿か。指揮官がこのようなところに来てもいいのかの?』
「構わん。私が居ない程度で崩れる程軟な鍛え方はしていない。それに他にも優秀な奴はいる」
ウラノスに騎乗したフリードは何も問題が無いことを告げた後、空の彼方を強く睨みつける。
「それに、少々気味の悪い奴がここに近付いて来ているのを確認してな」
「気味の悪い奴?」
ティオは首を傾げた後、首を回してフリードの視線を辿ると、それが視界に入った。
”竜”だ。他の竜種と同じく全身を真っ白に染めた竜。純白の竜という点ではウラノスも同じだが、生物としての神秘性を持ち合わせるウラノスと違い、かの竜達は血の気のない蝋人形のような不気味な印象しか感じられない。
『ふむ、随分デカい竜じゃな。そこらの奴らが豆粒に見えるの』
まだ距離はあるが、周囲に飛ぶ他の竜と比べるとその大きさの違いが分かる。まだぼんやりとしか見えないが、かなりの巨体だ。
「竜……だったのならまだマシだったのだがな」
『どういうことじゃ?』
「よく見てみろ」
フリードに言われたとおり、目を細めたティオがじっとその竜を見つめていると、その姿の異様さに気がついた。
純白の鱗と思われていた部分は苦悶の表情の天使の顔が浮き上がることで形を成し、その身を包み込む程の大きさを誇る二対の翼は羽根一本一本が全て血の気のない天使の腕が集まることで構成されている。さらに頭部から尾にかけて無数に埋め込まれた目玉がギョロギョロと激しく動き回る。
肉体の全てを神の使徒の素体で構成された
『ッなんと悍ましい……!』
「奴らが何を連れてこようとも勝手だが、
「クルァ」
まるで竜という種そのものを侮辱するかのような存在に、ティオとウラノスの視線が鋭くなり、フリードも家族同然の相棒を馬鹿にされたような苛立ちを覚える。
「手を貸そう。あの竜の象った紛いものを叩き潰すぞ」
『言われるまでもない。竜人族を侮辱した罪。償ってもらおうかの!』
「クルァアア!!」
天空を統べる覇者が異形の怪物に向けて飛翔した。
>ハイパーミレディさん
ノイントの身体を香織の仮の肉体に当てたハジメと違い、エヒトの記憶を頼りに一から製造したミレディの新しい器。人型な分、小回りも効き、パワーもゴーレム以上に仕上がっている。
製作者(アルディアス)は性能重視で容姿に関しては全く気にしてなかったが、しつこいくらいのミレディからの要望があった。それが自分を忠実に再現しているのか、多少盛っているのかは本人にしか分からない。
>見えない敵
一応これも強化された神の使徒の一人。姿一切出てないけど。