「万象羽ばたき、天へと至れ──”天翔閃”!」
光輝の持つ聖剣が強烈な光を纏い、その光が斬撃となって魔物の群れに襲いかかった。数多の魔物群を抵抗する間もなく両断していく。
「雫! 龍太郎!」
「ええ!」
「おう!」
その脇をすり抜け、雫と龍太郎が魔物に迫る。雫の一閃がすれ違いざまに魔物を一刀両断し、龍太郎の剛撃が魔物を紙屑のように押し潰していく。
「ッ!──雫、龍太郎! 後ろだ!」
魔物を斬り伏せ、残身をとっていた雫と拳を振り抜いた体勢の龍太郎の後ろに大きな影が現れる。5m程大きさを誇る魔物は二人に向けてその拳を振り下ろす。
『『聖絶』』
しかし、その一撃を既に詠唱を終えていた香織と鈴の魔法が防ぎ切る。
「二人共、しゃがめ!」
光輝の声が聞こえた瞬間、雫と龍太郎はその場に伏せて姿勢を低くする。その瞬間、光の斬撃が魔物を薙ぎ払った。
光輝達、異世界組はクラスメイトで固まり、戦場の一角で戦いを繰り広げていた。周りには永山パーティの姿も見え、その後ろでは愛ちゃん親衛隊のメンバーがサポートに回っている。
光輝達異世界組はその心情の差はあれど、実力だけ見ればこの世界でも頭一つ抜けた位置いるほどの実力者だ。一時期は完全にバラバラになっていた彼らだったが、立ち上がった光輝を筆頭に、今度は各々がそれぞれ覚悟を決め、自らの意志で戦いの場に立っている。
ハジメ産のアーティファクトで身を固めた彼らは、国の一個中隊すら容易く蹴散らすほどの戦力を持っているといえるだろう。
そんな彼らの元に”彼女”はやってきた。
「あはっ! やっと会えたよ、光輝君!」
突然戦場に響き渡った少女の声に全員が一斉に肩を揺らした。
一番に反応を示したのは、言わずもがな、鈴だ。
「ッ! 恵里!!」
鈴に続いて彼らが空を見上げると、そこにはクラスメイトの一人──中村恵里が天使達を引き連れて、戦場に舞い降りてきた。
恵里は光輝の姿を捉え、恍惚とした笑みを浮かべるが、その後ろに居るクラスメイト達の姿を見て、意外そうに首を傾げる。
「光輝君はきっと来てくれるって信じてたけど、他の奴らまで来るなんて思ってもみなかったなぁ」
恵里はシュパースから自分が居なくなった後のクラスメイトの動向を簡単に聞いていた。馬鹿共が自分の光輝君に当たり散らかしたことには腸が煮えくり返りそうになったが、同時に好都合だとも思った。
それで光輝の元から去るのなら願ってもないことだ。後は傷心の彼に自分が寄り添って癒やしてあげれば良い。雫や龍太郎辺りはそれでもそばに居るだろうとは思っていたが、どのみち徹底的に邪魔者は排除する予定だったのだ。手間が少し減ったと思えば良い。
しかし、そんな恵里の予想に反して、今の光輝からはそこまでの悲壮感は感じられず、後ろのクラスメイトも光輝に対して不満のような感情を抱いている様子はない。
「なになに? あんなに光輝君を責めまくってくせに、どの面下げて仲間面してんのさ。自分で状況を判断する知能も無くて、いざというときにだけ責任取れなんて勝手なこと言ってたくせに」
嫌悪感を隠そうともせずに言葉を吐き出す恵里に、クラスメイト達は誰も反論できない。光輝に直接謝罪し、こうして再び手を取り合った彼らだったが、一度吐き出した言葉を呑み込むことは出来ない。かつての自分の過ちは今でも彼らの心の奥に燻り続けている。
そんな恵里に他でもない、光輝が声を掛けた。
「恵里。あれは俺が間違っていただけだ。皆は悪くない」
「やっぱり光輝君は優しいなぁ。あんな奴らも許しちゃうなんて」
不機嫌な表情から一変、狂気的な笑みに切り替わった恵里だったが、割り込むように会話に入ってきた鈴に面倒くさそうに表情を歪める。
「お願い恵里! 戻ってきて! 話をしようよ!」
「はあ? 今更何言ってるのさ、鈴。これは戦争だよ? 僕は人類の敵。敵は殺す。それが戦争。そんなことも覚悟せずに
「私は恵里ともう一度ちゃんと話すためにここに来たの! 殺すためなんかじゃない!」
「僕は鈴なんかと話すことはないよ。僕がやることはたった一つ。邪魔者を皆殺しにして、光輝君を手に入れる。そうすることで僕は僕でいられる……そうするしかないんだ」
「……恵里」
恵里の言葉を代弁するかのように周りの天使達が戦闘態勢に移行する。その中心で口元を引き締める恵里の姿を見て、鈴は「やっぱり」と確信する。
「恵里……迷ってるでしょ?」
「……は?」
「これでもずっと恵里のそばにいたからね。こんな私でも少しくらい分かるよ。恵里、何か辛そうだもん」
「何を意味の分からないことを……」
「悩んでるなら話してよ! 辛いなら背負わせてよ! 鈴を……私を恵里の友達でいさせてよ!!」
ブチッ、と音が聞こえた気がした。
それは、勝手に自分の考えを押し付けてきた鈴に対しての苛立ちからか……自分の心を見通されたかのような不快感からか……それとも、一抹の不安と期待からか……
「ああもう、うっさいなぁ。いっつも能天気に笑ってるだけの奴が調子の良いこと言うなよ。知りたいって言うなら教えてやるよ! その身体がぐちゃぐちゃに原型が留めなくなるまで骨の髄に染み込ませてやるよ!! やれ! 人形共!!」
恵里の命令を受け、天使が鈴に目掛けて斬り込んできた。しかし、その刃が鈴に届くことはなかった。
「うぉおおおおっ!!」
雄叫びと共に間に割り込んできた永山の一撃が天使の頭を吹き飛ばした。しかし、敵は一人ではない。入れ替わるように接近してきた天使が永山に剣を振り下ろす。
「させっかよ!!」
それを背後から音もなく接近した遠藤が小太刀で首を跳ね、残された胴体が力を失い、地面に倒れ込む。一気に二体も味方がやられたが、自我のない天使達に動揺は一切無い。それでも一体で向かうことの危険性を本能で感じ取ったのか、今度は三体同時に攻勢を仕掛ける……が、それも上空より飛来した魔力を纏ったナイフによって止められる。
永山達の背後では、ナイフを投げたであろう、園部がキッと天使達を睨みつける。
「天之川。周りの奴らは俺達に任せろ」
「永山……」
永山が光輝の隣に並び、そう告げる。その表情からは、いくら人形とは言え、人と同じ形をした存在を殺したことによる動揺は一切感じられない。
「皆に比べたら劣っちゃうけど、このくらいなら私達でも大丈夫。だから、皆は中村さんを!」
「優花ちゃん……」
力強く宣言する園部の表情は、とても死の恐怖で前線を退いていた者の表情とはとても思えない。その表情に思わず頼もしさを覚える香織。
「つーわけだ。雑魚敵は俺らに任せて、お前らは本命を叩いてこい!」
「…………遠藤!」
最後に背中を押すように告げる遠藤に、龍太郎がニヤリと笑みを浮かべる。自分だけ返答までに少し間があったのはきっと気のせいだろう。まさか、今しがた活躍したばかりだというのに見失うわけがない。そう遠藤は自身に言い聞かせた。
「ここまでお膳立てされて、勝てませんでしたなんて口が裂けても言えないわね」
「っ!──うん……うん!!」
雫の発破をかける言葉に鈴は何度も強く頷く。
彼らの様子を恵里は心底忌々しそうに睨みつける。そんな視線に対して鈴は自信満々な笑みで返す。それが余計恵里の癪にさわる。
「カオリン! シズシズ! 龍太郎君! 光輝君! お願い、力を貸して!!」
「うん!」
「もちろんよ!」
「おうよ!」
「ああ! 必ず連れ戻そう!」
「……ああ、なんだろう? 凄いムカつく。イライラする。うん、一回叩き潰そう。光輝君以外はさっさと殺しちゃおう」
目の前に並び立つクラスメイト達を見て、恵里のこめかみに青筋が浮かび上がる。
何でお前らが光輝君の隣に立つ。そこは僕の居場所だ。お前達なんかが居て良い場所じゃない。光輝君を否定するお前らが隣に立つな。僕なら光輝君の全てを受け入れる。それを光輝君も望んでいるはずだ。
──だから殺そう。僕と光輝君を邪魔する全てを。
初撃は恵里による砲撃だった。
世界を光で塗りつぶすような白の奔流が光輝達に迫る。
『聖絶』
その一撃は寸前のところで鈴が発動した”聖絶”にて防がれた。そのことに一瞬眉を潜めた恵里だったが、すぐに思考を切り替える。
砲撃の影に隠れるように現れた雫が恵里に向けて黒刀を横一文字に振り抜く。ガードするように挟み込まれた恵里の右腕が刃と衝突し──ガキンッと人体からは出るはずのない金属音が響き渡った。
「”
「ッ!?」
「何驚いてるの? まさか、接近さえ出来れば勝てる、だなんて思ってないだろうね?」
刀を受け止めた恵里の腕部はそれまでのシミ一つ無い肌色から一転、真っ白に染まっていた。その接触面からは摩擦による火花が散っている。
(硬い! 刃が通らない!)
「
恵里がボソリと呟くと、今度は恵里の左腕が真っ黒に染まり、前腕の部分から死神の鎌を連想させるような黒一色の刃が現れる。
(避けっ──ッ!?)
「逃さないよ」
その刃から溢れるドロドロとした魔力に嫌な予感を覚えた雫は、すぐさま回避を選択するが、恵里が右腕でそのまま黒刀ごと雫の腕を掴み取ったため逃げることが出来ない。外そうにも万力で挟まれたようにびくともしない。
そのままなすすべもなく斬り裂かれる寸前、雫の前に滑り込む男が居た。
「猛り地を流れる力をここに! ”剛力・流”!」
割り込んだ龍太郎が技能を発動し、恵里の黒鎌を防いだ。先程と同様に甲高い金属音が響くが、その後、バキバキと何かが割れる音がした。
「ぐぅうう!?」
「龍太郎!?」
完全に防いだはずの龍太郎の腕に罅が走り、その隙間から黒い粒子が漏れ出す。
さらなる追撃に移ろうとした恵里だったが、それを中断し、黒鎌を頭上に掲げる。
上空に跳び、上段から振り下ろした光輝の一撃が受け止められる。
「くっ!?」
「ねぇ、光輝君。光輝君は離れててくれないかな? 僕は光輝君を殺すつもりはないよ?」
「悪いがそれは出来ない! 仲間が戦ってるのに、俺だけ逃げるわけにはいかない!」
「どうして? 光輝君が勇者だから? でもそれってエヒトが勝手に決めたことでしょ? 光輝君がこれ以上頑張る必要はないよ」
「勇者かどうかなんて関係ない! 俺がそうしたいんだ!」
「そっか。やっぱり光輝君は優しいね……仕方がない、足の一本くらい斬り落とせば大人しくなってくれるかな?」
「ッ!?」
光輝の聖剣と火花を散らしていた黒鎌が聖剣をすり抜け、光輝に迫る。狙いは言わずもがな光輝の左足だ。
『縛煌鎖・天』
その瞬間、虚空より現れた光の鎖が恵里の四肢を縛り上げる。恵里は魔法の術者である香織をじろりと睨みつける。そのまま恵里の身体をギチギチと締め上げ続けていた香織だったが、突然、鎖が形を崩して崩れ落ちるのを見て目を見開く。
しかし、それでも光輝達の体勢を立て直す時間は出来た。
「香織! 龍太郎をお願い!」
「うん!」
光輝と雫が二人を守るように前に立ち、香織が龍太郎の腕に治癒魔法をかける。だが、この程度の傷ならすぐに治せるはずが、一向に治る気配がない。
「何これ、普通の傷じゃない? それなら……」
治癒魔法での治療は不可能と判断した香織が再生魔法を発動すると、龍太郎の傷が逆再生するように元の色を取り戻していく。
「うわぁ、普通はこれ喰らったら、並の治癒魔法じゃ治療不可能のはずなんだけど。それが神代魔法とかいうやつ?」
「それを言ったら恵里だって。どうしたのその腕? 似合ってないよ?」
恵里は忌々しそうに言葉を投げつけるが、それに反応した鈴が恵里の両手をじっと睨みつける。
「良いでしょこれ。
”聖痕”と”呪戒”。恵里の両腕に宿る力の名称だ。
”聖痕”──ノイントの素体に埋め込まれていた分解能力をシュパースがアレンジを加えて恵里に与えた力だ。その肌に触れた物体の力学的エネルギーを分解することで威力を無くす。
分解能力自身を身に着けた方が良いのではと思うかもしれないが、あれを使いこなすにはそれなりの魔力を扱う才能とそれを使いこなせる肉体が必要だった。才能に関しては申し分なかった恵里だが、肉体に関しては才能だけでどうにかすることは出来ない。シュパースならば肉体を強制的にレベルアップさせることは出来たが、過去の経験からそれを行うのは自身の信条に反するため行わなかった。
戦争で味方の強化を渋るシュパースは、他者から見れば異端なのかもしれないが、シュパースの目的は戦争に勝つことではない。必要以上の施しは行うはずもなかった。
”呪戒”──こちらはシュパースによって自身の能力を引き上げられたことで目覚めた、恵里自身の”降霊術師”としての能力だ。腕を鋼以上の硬度に硬化させ、さらに形を刃物に変えて斬りつけることが出来る。しかし、厄介なのはそれで傷付けた者に対する強烈なバットステータスだ。対象の魂に干渉し、受けた傷を
傷付いた状態が肉体の正常な状態なのだから、治療魔法をかけても治すことが出来ない。最早神代魔法の一つ、魂魄魔法に分類されるほどの魔法だが、恵里自身まだこの力を使いこなせていない。そうじゃなければ、香織の再生魔法でも治すことは出来なかっただろう。
「香織は厄介だなぁ……よし、先に殺っちゃおう」
その言葉に光輝が強く聖剣の柄を握りしめる。そんな様子の光輝に何を思ったのか、再び恵里が光輝に話しかける。
「分かんないなぁ。光輝君だってもう気付いてるんでしょ? その女は光輝君じゃなくて南雲のことが好きなんだよ? そいつは光輝君を捨てたんだ。そんな奴守る価値なんてあるの? こっちにおいでよ。私なら一生光輝君を愛し続けるよ。絶対に離れない」
「……香織が南雲のことを好きなのはちゃんと聞いた……俺は、本当は気付いていたんだ。でもそんなわけ無いって。香織が俺のそばを離れるわけないって都合の良いように思い込んでた。改めて思い出すと馬鹿みたいだよな。香織が俺の幼馴染だからってずっとそばに居るわけじゃない。それどころか幼馴染っていう理由しか思いつかない俺は、ちゃんと香織達のことを見ていなかったんだろう」
「そこまで分かっていながら何で?」
「友達だから」
「──っ!!」
恵里の問いに光輝はあっさりと即答する。その言葉に迷いは一切感じられない。
「友達だから。幼馴染だから。クラスメイトだから。守る理由はそんなものだよ。好きだから、大切だから。不幸になる姿を見たくないから俺は守るんだ。恵里、君も同じだ」
「……」
「正直、俺は君がそこまで好意を寄せてくれるほど出来た人間じゃない。君の気持ちに何て返せば良いのかすら分からないチキン野郎だ。でも、君が大切な仲間だってことはハッキリと言える。俺は皆と……恵里と一緒に元の世界に帰りたい。だから恵里……
「……え?」
聖剣を下げた光輝が深く頭を下げて謝罪した。そのことに恵里は頭が真っ白になった。
──ごめん? 何に対して?
「俺は君が本当に苦しんでいることに気付かず、救った気でいた」
光輝の言葉で恵里は察した。それは光輝と初めてあったあの日のことだ。中村恵里という化け物が生まれた運命の日。
恵里の心臓がバクバクと鼓動する。しかし、それは胸が高まるとかそういった甘い感情などでは無い。恵里の表情はまるで病人を思わせるほどに青白い。
「今までの俺は、何も正しくなんてなかった」
──ダメ……
「そのせいで、恵里をここまで追い込んでしまった」
──それだけはダメだ……
「本当にごめん。今更と思うかもしれないけど、俺はもう後悔したくない。今度は皆と一緒に」
──その先を言われたら、僕は……
「恵里。俺は君にも一緒に居て欲しい。だから一緒に一からやり直さないか?」
「あっ……」
そう言いながら聖剣を持っていない手を恵里に差し伸べる。
辛いこともあるかもしれない。苦しいこともあるかもしれない。それでも人間は失敗から学べる生き物だ。何度転んだって、立ち上がる意志さえ折れなければ何度だってやり直すことが出来る。
一人だったら何処かで挫けてしまうかもしれない。でも、皆が居る。こんな自分をまだ信じてくれる仲間が居る。だから、俺はまた立ち上がることが出来る。
だから恵里。君も大丈夫だ。俺が居る。鈴が居る。香織も雫も龍太郎も、俺達に託して戦ってくれているクラスメイトも君の味方だ。
だから……戻ってこい。
光輝の言葉に同調するように鈴達も真剣な表情を向ける。そこからは恵里に対する拒絶は感じられず、光輝の手を取ることを心の底から望んでいる。
「……」
恵里は只々黙って俯いていた。その肩は小刻みに揺れている。
──そして、恵里の頬を一筋の雫が伝った。
「ッ! 恵里!」
恵里が泣いている。そのことに動揺した光輝だったが、僅かに淡い期待がその瞳に宿る。
自分達の言葉が恵里に届いたのかもしれない。これ以上仲間同士で戦わずに済むかもしれない。これで皆一緒に──
「……なんで?」
「……え?」
しかし、すぐに思い知らされる。自分の大きな勘違いに……
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでぇ!!!」
「え、恵里?」
突然頭を激しく振り乱しながら、壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す恵里に全員が動揺で言葉を失う。
この時語った光輝の想いは、間違いなく嘘偽りない本物だった。光輝は本気でまた恵里とやり直そうと考え、鈴達も全員が光輝と同じ想いを抱いていた。シュパースに与したことで色々なしがらみが出てくるかもしれないが、必ず自分達で恵里を守ろうとする覚悟すら決めていた。
だから手を差し伸べた。過去はやり直すことが出来ない。だから過去を背負い、未来を一緒に歩んでいこう……と。
しかしそれは、
「正しくなかった!? もう後悔したくない!? ごめんってなに!? 今更イチから!? そんなの……そんなのって……! あの日、僕が光輝君に
「ッ!? ち、違っ──」
過去を乗り越え、未来に向けて歩くことは間違ったことではない。それどころか、生きていく上で無意識で行っていくものだろう。
──”あの時こうしていればよかった”。
誰しもが一度は思ったことがあるはずだ。長く生きていればいるほどに、やり直したいと思うことが山積みになっていく。それでも進まなくてはいけない。
ある者は全てを背負い……ある者は全てを捨てて……ある者は選別をして……そうやって人は未来へと生きていく。
しかし、過去に囚われ、未来へ進むことが出来ない者も居る。
恵里にとって、光輝に救われたあの日の出来事は何者にも変えられない……唯一無二の
それを光輝自身によって否定された。正しくなかったと、後悔していると。
もちろん光輝にそんな意図はない。しかし、光輝と恵里では明確に向いている方向が違ったのだ。
──過去を背負い、未来へと歩む光輝。
──過去に囚われ、未来まで侵食する恵里。
両者が交わることは……決して無い。
「もう……いい」
頭を振り乱していた恵里が幽鬼のように頭と腕をだらんと垂らす。その表情はボサボサにかき乱された髪に隠れて光輝達からは確認できない。
「もう、何もいらない」
ゆらっと恵里の頭が持ち上がり、その視線が光輝に突き刺さる。
「え、恵里……?」
その視線に込められているのは……明確な殺意だった。
「
同時に光輝達に叩きつけられる膨大な殺気。何の魔力もこもっていないそれは、光輝達をその場に縛り付けて動かせない。身体が……魂が……受けたこともない殺気を受け、無意識に痙攣する。
そして恵里の口から欲望と怨嗟に塗れた歌が紡ぎ出される。
【
【
【
【
【
【
長文詠唱での高速詠唱。
それは志半ばで散っていった英雄に捧げる
しかし、光輝達の耳には恵里の心が具現化したような継ぎ接ぎだらけの
感謝。怨嗟。期待。失望。羨望。嫉妬。寛容。憤怒。未来。過去。大人。子供。希望。絶望。
光輝という拠り所を失った恵里が内に秘め続けた感情が濁流となって押し寄せる。
『
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」
恵里の感情がごちゃまぜになった
聞くもの全てを黄泉に引きずり込むかのようなうめき声と共に、地面から影で作り上げられた骸骨が姿を現す。
十体……百体……千体……最早数を数えることすら出来ない。見渡す限りの大地全てから闇が漏れ出していく。
「みんな……! みんなみんなみんなみんなみんな!! みんなぶっ壊してやる!!」
万を超える軍勢が光輝達の目の前に現れた。
光輝は今までの自分が決して正しくなんて無かったことを自覚し、ここからやり直すことを決めましたが、恵里に対しては完全に言葉を間違えました。
正直、色々やらかしてきた光輝ですが、前提として光輝があの時、恵里の元に現れなかったら、恵里はそのまま自殺してた可能性が高いんですよね。
どれだけ歪んでいようとも、光輝の存在が恵里の生きる気力になってたわけで、それを本人に否定(光輝にそのつもりは無くとも)されてしまっては……
こればっかりは鈴達も想定出来なかったことでしょう。