【完結】魔人族の王   作:羽織の夢

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VS恵里 決着です。


第四十四話 【求めた繋がり】

 僕にとって、光輝君はまさに絶望の縁から救ってくれた王子様(ヒーロー)だった。

 お父さんを亡くし、お母さんから否定され続ける日々。お父さんの分までちゃんと生きようと思っていたのが、いつしかお父さんじゃなくて僕が死ねば良かったのにと考えるようになっていた。

 それなのに……

 

「死ねよ! みんな死ねよ! 死ね死ね死ね死ねぇ!! 死んじまえ!!」

 

「光輝、龍太郎、掠ってもダメよ!」

 

「ああ!」

 

「おう!」

 

 恵里の右腕から漆黒の鎌鼬が吹き荒れる。それを隙間を縫うように躱していく光輝達。

 少しでも掠れば致命傷は免れない悪魔の一撃も、我を失いつつある恵里が繰り出す攻撃はどれもが単調で読みやすい。

 

 ねえ、何で一緒にいてくれないの? 僕は君さえいてくれれば他に何もいらなかったのに……

 君が隣に居てくれるだけで僕は満足だった。本当にそれだけだった。

 

「アンタら、前衛のサポートは見てから動いてちゃ間に合わないよ! 常に二手先まで予測して行動しな!」

 

「「はい!!」」

 

 後方にて香織と鈴による補助が光輝達の攻撃の勢いを増加させている。光輝達が反応しきれない攻撃を的確に防いでいく。

 周囲に残していた骸骨もカトレアの魔物によって完全に抑え込まれて、恵里のサポートに入ることが出来ない。

 更に恵里を攻めあぐねさせているのがカトレア自身が発動する魔法だ。オルクス大迷宮で見たものの上位互換だと思われるそれは、実体の持たない骸骨させも石化させ、魔物達によってあっさりと砕かれていく。

 自身の”聖痕”ならあんなもの通さない。とは考えるが、背を守る仲間がいない恵里は、行動不能になった時点で負けが確定する。そのせいで迂闊な手に走れない。

 

 カトレア(ソイツ)には背中を任せるのに、何で僕はダメなの? 僕の方が光輝君のこといっぱい知ってるのに。

 

「私が一撃入れる! 龍太郎!」

 

「任せとけ! 光輝、お前もしっかり決めろよ!!」

 

「ああ! 龍太郎もドジるなよ!!」

 

 龍太郎が先頭を走り、その後を雫と光輝が続く。

 それを見た恵里は正面からの迎撃を選択する。

 

「纏めて消えろ!!」

 

 ノーモーションで放たれた極大の閃光が三人を纏めて呑み込んだ。その光の奔流は遥か彼方まで突き進んでいく。呑み込まれたら最後、細胞一つ残さず粉々に消し飛ぶほどの絶死の閃光。

 

 普通ならば……の話だが。

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

 先頭を走っていた龍太郎が腕を交差させ、光の奔流を切り裂きながら突き進み続ける。

 

「な、何で!?」

 

「嘗めてもらっちゃ困るぜ!! この程度、屁でもねえんだよ! ダチを失うことに比べたらな!!」

 

 ダチ? 違う、そんなこと思ったこと無い。脳に筋肉しか詰まってないオマエは本当に扱いにくかった。光輝君の親友じゃなければ、関わり合いたくもない人種だ。

 

「恵里! 覚悟しなさいよ!!」

 

 龍太郎の背に追走していた雫が跳び上がり、腰に構えた刀の柄に手を添える。

 

「馬鹿の一つ覚えかよ! 効かねぇんだよ!」

 

 恵里は右腕の”聖痕”を広げ、肉体の八割を白く染め上げる。オマエの攻撃がこの鎧を通すことはない。無駄な足掻きだ。

 

「”八重樫流柄打術 鎧通し”」

 

「ガァアア!?」

 

 神速で打ち出された黒刀の柄が恵里の脇腹に叩き込まれ、意識が飛ぶかと思うほどの衝撃がその身を襲った。血反吐を吐きながらも歯を食いしばり、恵里は雫を睨みつける。

 

「ぼ、僕の”聖痕”をどうやって……!」

 

「その力がどれだけ強力だろうとも、中身は人のままなんでしょ? それならやりようはある!」

 

 ”八重樫流柄打術 鎧通し”

 高速で抜刀した刀の柄をすれ違いざまに敵の腹部に叩きつける。その名の通り、衝撃を着用する鎧を貫通させ、生身の肉体に直接ダメージを与える技だ。

 初めて刃を合わせた際に、雫はその感触から、腕そのものを変異させているのではなく、鎧のように魔力を纏わせていることに気付いた。

 魔法の鎧にも聞くか一種の賭けだったが、雫は賭けに勝ったようだ。

 痛みで”聖痕”の制御が緩まり、肌の色が元に戻っていく。

 

「これで色々言ってくれたことはチャラにしてあげる」

 

「雫ぅううう!!」

 

 いつだって光輝君の頼りにされているオマエが羨ましかった。文句を言いつつも、決して光輝君を見捨てようとしないオマエが理解できなかった。

 

「恵里!!」

 

「ッ天之川光輝ィイイ!!」

 

 雫の影に隠れていた光輝が姿を現し、聖剣を上段に構える。振り上げた聖剣からは天を分かつような眩い光が吹き上がる。

 

「必ず助ける! だから、少し我慢してくれ!!」

 

「ふざけんな! 何様だよ、オマエはァアア!!」

 

「ハァアアアアア!!」

 

 眩い閃光が収縮し、光で出来た刃を生み出す。それが恵里を斬り裂いた。

 

「ッ!?」

 

 痛みはない。出血も無い。しかし、同時に自分の中の何かが失われていくのを感じる。その光は決して恵里を傷つけること無く、むしろ暖かく包み込むような──

 

「いらねえんだよ!! 今更そんな温かみなんて!!」

 

 そのまま甘い誘惑に身を任せて目を瞑ってしまいそうな身体に鞭を打ち、聖剣を振り下ろした状態で固まる光輝を睨みつける。

 

 僕は君の存在だけが唯一の生き甲斐だったんだ。君が居なかったら、僕はとっくに自ら命を絶ってる。だから……お願いだから、僕を……

 

「死ねぇえええ!!」

 

 左腕より発動された”呪戒”が禍々しい形の剣を生み出し、光輝に襲いかかった。

 その刃が光輝の身体を真っ二つにすると思われた直前、それは現れた。

 

『聖絶』

 

 香織の唱えた”聖絶”が恵里の”呪戒”を完全に受け止める。またしても邪魔が入ったことに恵里は半ばヒステリック気味になって叫ぶ。

 

「香織ィイイ!! オマエはいつまで僕の邪魔をすれば気が済むのさァアア!!」

 

「恵里が戻ってきてくれるまでだよ!! だって友達でしょ!!」

 

 苛つくんだよ。僕はオマエが一番嫌いだった。幼馴染だからって理由だけで、光輝君にそばに居ることを望まれているオマエが……望まれていながら離れようとするオマエが……

 

「でも、やっぱり最後は親友に任せるべきだよね!!」

 

「は?……ッ!?」

 

 意味の分からないことを叫ぶ香織に訳が分からなかった恵里だったが、すぐに気付く。

 

(鈴はどこだ?)

 

 香織の隣で前衛の三人のサポートをしていた鈴の姿がない。さっきまで居たはずのそこには”聖絶”を展開し続ける香織とニヒルな笑みを浮かべるカトレアだけだ。

 その瞬間、恵里は思い出す。かつて、オルクス大迷宮でカトレアに追い詰められた時のことを。

 

 何故、僕達は追い詰められた? そんなの決まってる。カトレアが魔物の姿を固有魔法の”迷彩”で隠していたせいで戦力差を見誤ったからだ。

 それならどうして今までカトレアはその固有魔法を魔物達に使わなかった。初めから使えば、少しは戦いを有利に進められたはず……

 

「──ッ!? まさか!!」

 

 恵里が何かに気付くと同時に恵里の顔に影が落ちた。

 慌てて恵里が上を向くと、そこには拳を振りかぶりながら、こちらに向けて落下してくる鈴の姿があった。

 その背後には三本足の巨大な鴉が羽根を広げ、存在をアピールするかのように宙を飛び回っている。

 

「固有魔法”迷彩”は触れたものにも効果を発揮する。忘れたのかい?」

 

「しまっ──」

 

「うぉおおおお!! 歯ぁ食いしばれ!! この大馬鹿野郎ぉおおお!!」

 

 鈴の渾身の右ストレートが恵里の頬に突き刺さった。

 薄れゆく意識の中、恵里は最後の力を振り絞って手を伸ばす。

 

 鈴……オマエの能天気振りにはいつだって辟易してた。親友だなんて思ったことは無い……でも、僕は……僕だって……

 

 伸ばした手を誰かが掴んだような気がした。

 

 

 ◇

 

 

「……普通さ、女の子の顔をグーで殴る? そこはせめてパーじゃない?」

 

「だって、恵里ビンタされたくらいじゃケロッとしてそうだったし、五体満足なんだから文句言わないの」

 

「いつから鈴はそんなにバイオレンスになったのさ」

 

「恵里にめちゃくちゃ言われたせいで色々吹っ切れたんだよ」

 

 鈴の渾身の右ストレートを喰らった恵里は、一瞬気を失っていたが、数分もすればすぐに目を覚ました。しかし、起きたときには既にロープでぐるぐる巻きにされ身動きが取れなくなっていた。ご丁寧に特殊な素材で造られたロープは魔力を霧散させる能力を秘めているらしく、魔法を発動しようとしても、形になる前に魔力が霧散してしまう。

 簀巻き状態で地面に転がされた恵里が初めて見た光景は、満面の笑顔で自分を見下ろす鈴の姿だった。光輝達はまずは鈴に任せるつもりなのか少し離れた位置でこちらの様子を伺っている。

 

「それで、勝負は鈴達の勝ちだね。じゃあ、約束通り戻ってきてね」

 

「そんな約束した覚えないんだけど?」

 

「ほら、生かすも殺すも勝者の自由って言うじゃん? だから恵里に拒否権はありません」

 

「横暴すぎない?」

 

 鈴と何気なく会話を交わす姿からは先程までの狂気じみた雰囲気は感じられない。まるで鈴の拳で心に巣食う闇が吹き飛ばされたかのように穏やかだ。

 しばらく無言で見つめ合う二人だったが、おずおずと鈴が口を開く。

 

「ねえ、恵里。鈴ね、あれから色々考えたの」

 

「……何を?」

 

「鈴は本当に胸を張って恵里の親友だって言えたのかなって。私、恵里のことそこまで詳しく知らないなぁって」

 

「そんなの当たり前だよ。どんなに仲良く振る舞っても所詮は赤の他人。本当に心の底から分かり合うことなんて出来るわけがない」

 

 血の繋がった家族ですら、そうなんだから……

 ボソッと呟いた恵里の言葉は、光輝達には届かなくとも、鈴の耳には届いた。

 

「うん、そうだね。きっと相手の全部を知り尽くすなんてことは出来ないと思う。誰だって秘密にしてることの一つや二つはあるもん。でもさ、知ろうと歩み寄ることは出来る」

 

「詭弁だね。そんなのただの自己満足に過ぎない」

 

 鈴の言葉をバッサリと切り捨てる。

 仮に歩み寄ったとして、相手は本当にそれを望んでいるのか? 友人だからといって、触れてはいけない境界線は存在する。友人だからこそ、あえて避けるべきものじゃないのか?

 そう続ける恵里に鈴は「それも正しいと思う」と肯定する。

 

「いや、そもそも正解なんてないんだ。相手の心を完璧に把握するなんて誰にも出来ないんだから。だから、皆間違い続けるんだよ」

 

「間違い続ける?」

 

「うん。何度も間違えて、何度もぶつかり合って、そうやってお互いを知っていくんだと思う……私は怖かった。嫌われるのが嫌だったから、いつも笑ってた。そうすることで誰にも近づきすぎずに、常に誰かのそばに居た。それが一番楽で、寂しくなかったから……」

 

「……」

 

 鈴の独白に恵里は何も答えない。周りの人間を良いようにコントロールしてきた恵里には、鈴が誰にも自分の内側を見せずに、八方美人を演じていることにも気付いていた。その能天気の性格が都合が良かったから指摘しなかっただけだ。

 

「でも、それじゃダメなんだ。誰かを知りたいなら、まずは自分を見せなきゃダメだったんだ。だから、鈴はもう一度恵里とやり直したい。恵里が何を思って、何をしたいのか。ちゃんと教えて欲しい」

 

「やり直せると本当に思ってるの? 人類の敵になった僕と」

 

「もちろん」

 

 躊躇いもなく頷く鈴の表情を、じっと見つめていた恵里は一つため息をついた後、ポツポツと語り始める。

 

「……小さい頃、お父さんが私を庇って車に轢かれたんだ──」

 

 そこから語られるのは、若干五歳で体験するにはあまりに醜く、悍ましく体験談。

 かつて、自殺をしようとしていた恵里を止めた光輝も、端折りに端折った説明を聞いていたが、自分が理解していたと思い込んでいたそれが、酷く幼稚で愚かな思い込みだったと気づき、強く拳を握りしめる。その怒りの矛先はかつての自分自身にだ。

 しかしだ、仮に全ての事情を漏れなく聞いていたとしても、当時の光輝にはとても信じられなかったことだろう。父親を目の前で失い、悲しみに暮れる娘を更に追い詰めるような真似をする母親がいるなどとは。

 

「でも、全部を裏切って、人類の敵に回って、それでお父さんは何て思ってるのかなって。最近そんなことばっかり頭を過るの」

 

「……どこか様子がおかしかったのはそのせい?」

 

「……命を張ってまで助けた娘が、世界の反逆者になって……どんな気持ちなのかな?」

 

 その言葉に鈴はどう答えればいいか分からなかった。

 そんなことはない。今も恵里のお父さんはきっと恵里の幸せを願ってるはずだ。

 言葉で告げるのは簡単だ。しかし、母親に裏切られた恵里には父親だから、という理由で軽はずみな発言をしても届くことはないだろう。

 かといって、会ったこともない恵里の父親が何を思い、何を願っていたのかなど、鈴達には知る由もない。

 言葉に詰まり、何を言えば良いのか分からない鈴と、全てを語りきった恵里の間に沈黙が落ちる。

 

 

 それが、運命の分かれ目だったのかもしれない。

 

 

「だから、もう疲れちゃった……」

 

「……え?」

 

 そばに居た鈴ですら聞き逃すほどの小声で呟かれた言葉。

 首を傾げた鈴が何と言ったのかと聞き直そうとした言葉に被せるように、恵里は言葉を紡ぐ。

 

「恵里、今何て──」

 

「”神罰をここに”」

 

 恵里が小さく言葉を口にした瞬間、鈴の頬に赤い血が飛び散った。

 

「…………え?」

 

 頬を血で赤く染めた鈴だったが、鈴自身は傷一つついていない。何故ならば、その血は()()からの返り血なのだから……

 

 

 

──恵里の胸を光り輝く刃が貫いた。

 

 

 

「ゴフッ!」

 

「え、恵里ぃいいい!!」

 

 衝撃で僅かに浮かび上がった後、力なく横たわる恵里の身体を鈴が慌てて支える。その様子を離れて見守っていた光輝達が蒼白になりながら駆け寄ってくる。

 

「恵里!? 恵里!?」

 

「何だってんだ!? どこからの攻撃だ!?」

 

「そんな!? 何も感じなかったわよ!?」

 

「誰だ!? 誰が恵里を……!!」

 

「落ち着けアンタら!! アンタ! 香織だったね! すぐに治療を始めな!! 他の奴らは周囲を警戒!!」

 

「わ、分かりました!!」

 

 カトレアの指示に従い、恵里を囲うように背中合わせで光輝達が固め、香織がすぐさま再生魔法を発動させる。

 本来ならすぐに効果が現れるはずのそれは、淡い光を放つだけで、何の変化を起こさない。

 

「何で!? 再生魔法は発動しているのに!? 何で治らないの!?」

 

「恵里!? しっかりして!? 恵里!?」

 

 再生魔法が効かない。その事実を受けて、カトレアの脳裏にある存在が浮かび上がる。

 

(神代魔法を打ち消すほどの事象。そんなのそこらへんの雑魚共が出来る芸当じゃない。こんなことが出来るのは……!)

 

 カトレアが上空を強く睨みつける。そこには、自らの敬愛する主と激しい閃光を放ちながらぶつかり合う神の姿があった。

 

(アルディアス様を相手にしながら、こちらにわざわざ意識を割くなんて無駄をするとは思えない。つまり、魔法を撃たれたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 そもそもカトレア達魔人族は、人間族に比べて魔力の扱いに長けてる分、魔力の察知も機敏だ。そのカトレアが、”外”からの魔力反応に気付かなかった。しかし、”内”から発動されたのなら話は別だ。

 恵里には魔法の発動を阻害する特殊な拘束具を取り付けていたが、(アレ)相手に通用するとは思えない。

 

 香織が必死に再生魔法を発動させ続け、鈴が必死に呼びかける中、恵里は空高くで戦うシュパースの姿をぼんやりと見つめる。その瞳には怒りや恨みなどの感情は無く、只々申し訳無さと感謝の念が滲み出ていた。

 

(ありがとう、シュパース様。私のワガママを聞いてくれて……)

 

 思い出すのは開戦の4時間前の会話。

 

『もし、私が全部を諦めた時……シュパース様に終わらせて欲しい』

 

 あの神様は確かに人類のことを憎んでる。だが、同時に心の底から人類を愛している。愛があるから憎しみが生まれ、憎しみがあるから愛が生まれる。なんて矛盾なんだろう。

 

 そんな()()()()()に介錯を頼むなんて、僕の性根は本当に腐ってるらしい。でも……ごめんなさい。もう僕は頑張れない。だって、僕には何も無いから。

 

 本当はとっくに気付いてた。全てを壊して、光輝君を手に入れても、きっとそれは僕の望んだものじゃない。僕をあの日救った男の子はそんなことで手に入れられるような存在じゃない。

 

 でも、だったらどうしたら良かったんだろう? 優しかったお父さんは死んで、優しかったお母さんはいなくなった。どうやってもあの頃の幸せな日々は戻ってこない。僕はどうすれば良かったの? 

 どうすれば、僕は幸せになれたの?

 

 それとも、僕には最初から幸せになる資格なんてなかったのかな。お父さんを殺した僕には、幸せになる権利なんてなかったのかもしれない。

 それならそうと初めから教えてくれれば良かったのに。それを知っていれば、最初から期待なんてしなかった。お母さんに殴られて、罵倒されて、誰の記憶に残ることも無く、ひっそりと終えることが出来たのに。

 希望なんて、抱かなくて済んだのに……

 

──ああ……ホント、寂しい人生だったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恵里っ!!」

 

「っ!……すず?」

 

 そのまま瞼を閉じかけた恵里だったが、目の前に飛び込んできた光景に僅かに目を見開く。

 

「泣い、てるの……?」

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら鈴は必死に恵里の手を握って呼びかけ続けていた。その光景に恵里は困惑する。

 

「嫌だ! 死なないで!? 死んじゃやだよっ!?」

 

「すず……」

 

「お願い!! 治って! 治ってよぉ!!」

 

「かおり……」

 

 隣では香織が涙を流しながらも必死に魔法をかけ続ける。そんなことしても無駄なのに、何でそこまで……

 

「香織っ! 何とかならないの!? お願い、お願いだからぁ……!」

 

「クソクソクソ、クソッタレがぁああ!! どこのどいつだぁあああ!!」

 

「隠れてないで出てこい!! 許さない! 絶対に許さない!!」

 

「しずく……りゅうたろう……こうき、くん……」

 

 三人ともこちらに背を向けているせいで表情を見ることは出来ないが、声はこれでもかと震え、激しく肩を上下させている。僅かに啜り泣く声も聞こえてくる。

 

「な、んで……皆が、泣くのさ」

 

「っそんなの……そんなの恵里に死んでほしくないからに決まってるよ!!」

 

「……僕が…死んだら、悲しい……の?」

 

「当たり前だよ!! 恵里は鈴の大切な親友なんだもん!!」

 

「……親友」

 

 鈴の言葉に恵里は呆然としながら、目の前の光景を他人事のように受け止めていた。

 同時に思い出すのは、シュパースに細工を施してもらった後の会話の記憶。

 

 

 

『──これで後は、”キーワード”を口にするだけで自動で発動します……ただ、一つだけ覚えておいてください。人の価値など所詮あやふやなもの。例え、自分ですら明確に判断することは出来ません』

 

『何が言いたいのさ』

 

『この魔法を使用することがあったら、少し良いんです。周りの光景を目に焼き付けてください。もしかしたら、今とは違う景色が広がっているかもしれません』

 

『……裏切り者が死んで清々するんじゃない?』

 

『本当にそう思ってます?』

 

『……』

 

『もし、誰か一人でも君の死を悲しんでくれたのなら、それは、君の人生は決して無駄ではなかった証です』

 

『……ふん、死んでからそんなこと知っても意味ないよ』

 

『ですね。本当に……生きるというのはままならないものです』

 

 

 

(シュパース様……どうやら僕の人生は無駄じゃなかったみたい)

 

 ようやく気付いた。ようやく気付けた。

 何も無いと思ってた。家族を失い、幸せを失い、日常を失った。あの日を境に全てを失い、運命にも見放された哀れな子供。

 

 でも、そんな子供も友人には恵まれていたらしい。

 

 いつも馬鹿丸出しなくせに、いつだって皆を守ろうとしていた龍太郎。

 常に前を歩くくせに、ちゃんと後ろまで気遣いを回してくる雫。

 誰かが傷つけば、真っ先にそばに駆けつけてくる香織。

 いつだって誰かを助けようと必死で、必ず手を差し伸ばしてくれる光輝。

 

 そして、ずっと隣に居続けてくれた鈴。

 

 普通に学校に行って、授業を受けて、休み時間には馬鹿みたいな話で盛り上がって、放課後は寄り道をしながら帰路につく。

 そんなありふれた日常が、僕は何だかんだ好きだったんだ。

 

 未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。学生時代に毎日顔を合わせ続けた友人と、理由もなく疎遠になるなど、きっと大人になれば珍しくないんだろう。

 でも、今だけは……この瞬間だけは、何も考えずに……

 

 恵里の視界に広がる光景。先程までは微塵も感じることが無かった、自分と彼らとの繋がりが、今ならハッキリと目に映る。

 

(僕は……とっくに一人じゃなかった)

 

 恵里は自分の愚かさに内心で苦笑した。

 僕は今まで何を見ていたんだろうか。そうか、僕の本当に欲しかったものはとっくに手の届くところにあったんだ。それに気付かず、自分で踏み潰すところだった。

 

 恵里は薄れゆく意識の中、必死に口を開く。最後にこれだけは伝えたかった。

 

「すず……君達と、居た時間。まあ、悪くは、なかった……よ」

 

「恵里ぃ! やだ!? そんな最後みたいなこと言わないでよぉ!!」

 

 こんな時になっても憎まれ口が出てくる性格の悪さに、自分で呆れる。

 全く、最後くらい自分の気持を真っ直ぐ伝えられないのか。本当に歪んでるな、僕は……

 

 そのまま深い地の底に意識が沈んでいくのを感じながら、恵里は自分にきっかけを与えてくれた、今も一人ぼっちな(ヒト)のことを思い浮かべる。

 

(ああ、叶うならどうか……あのヒトが最後くらい、誰かのそばに居られますように……)

 

 その願いを最後に、恵里は瞼を閉じた。

 

「えりぃいいいいいいいいいいい!!」

 

 鈴の悲痛な叫びが戦場に木霊した。




 三話にまで及んだ恵里との戦いですが、書いてて思ったのは、やっぱり子供のころの環境って大切だなって思いました。
 光輝も恵里も元々は純粋で善性な子供だなぁと。亡くなってしまった光輝の祖父は仕方がないと思いますが、恵里の母親は救いようもない人間なんだと改めて感じました。

 つまり恵里の母親が全ての元凶。
 
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