──私は“奇跡“を認めない。
常識では起こり得ない超常現象。人の手に余る厄災を払う神の御業。
人類はどうしようもない絶望に呑まれた時、抵抗することを止め、神に祈りを捧げて奇跡を願う。
神とは全知全能である。人を超越した威信を放ち、人知では推し量ることの出来ない能力を有することで、人類に禍福を降す。世界の絶対者。
それは間違いだ。
私はそんな万能な存在などでは決してない。もし、私が全知全能なる存在ならば、とっくに人類に平和をもたらすことが出来ている。
あの子を失うことも無かった。
私にそこまでの力は無い。神と言われようとも、世界の人々の全てを守護することなど出来はしない。
だからこそ、人類には“奇跡“に頼らない、個人としての力を身に着けてもらわなければならない。
どのような危機的状況でも、自らの力で切り開いて行ける恒久的な力を求める。
──故に、私は“
あんなものは現実を直視できない軟弱者が縋るだけの紛い物だ。
神とは“悪“だ。奇跡とは“妄想“だ。
本来の世界を正しく機能するためには不必要な存在だ。
人類とは本来、自らの力で世界を切り開いていける力と意志を持ち合わせている生き物なのだから。
それを、私が歪めた。
生み出すだけでよかった。干渉する必要なんてなかった。
どんなにボロボロの橋も、彼らは自分たちで補修して渡ることが出来たのに……落ちないように、壊れないように、頑丈な橋を作り出してしまった。
継ぎ接ぎだらけの橋と傷一つ無い橋があれば、誰だって後者を選ぶ。
とっくの昔に気付いてる。
──人類は元々弱くなど無かった。私のせいで弱くなった。
人類を堕落させ、進化を止めた。愛すべき子供達を、憎むべき仇へと変貌させた。
だからこそ、私は正さなくてはならない。
人類をあるべき姿へと戻し、彼らの手によって、私という“悪“が打ち倒されることで、私の宿願は果たされる。
それこそが、私が命をかけてでも、為さなければならない私の贖罪だ。
◇ ◇ ◇
「──このような結果は、私の求めるものではない」
「貴様の求める結果など知ったことか。天之川光輝という、一人の男が起こした奇跡がお前の想定を超えた。それだけのことだ」
表情を歪め、忌々しく吐き捨てるシュパースに、アルディアスは淡々と言い返す。
手段など知ったことか。お前の放った絶望は一体残らず死んだ。それは覆しようのない事実だ。
「私は奇跡を認めない。そんなものはただ運が良かっただけのことです。次、同じようなことが起こったときにも同様のことが起きる保証など何処にもない」
「奴は端から奇跡を期待していたわけではない。自らの出来ることを、意志を貫き通しただけだ。勘違いするなよ? 奇跡が
『奇跡が起こる』と『奇跡を起こす』。この二つは意味は大きく異なる。
光輝はただただ必死だった。勝てるなどとは思っていない。世界を守れるなどと胸を張ることも出来ない。それでも諦めたくなくて、認めたくなくて、我武者羅に足掻き続けた。
もし、光輝が早々に生きることを諦めていたら、この結果は訪れなかっただろう。今も多くの犠牲者が出続けていた。
諦めなかったからこそ、今の結果がある。それは間違いなく光輝の強さがもたらした奇跡だ。
「奇跡とは誰の元にも訪れる現象などではない。最後まで自分を貫いた者に訪れる運命の祝福だ」
「最後まで自分を貫いた者に訪れる祝福……? ありえない。そんなものはただの妄言です! もし、本当にそうだとしたのならば……! それならばなぜ……!」
シュパースは目を吊り上げ、悲鳴を上げるように叫んだ。
「何故!? あの子は死ななければならなかった!!」
「……あの子?」
今まで以上に感情を顕にするシュパースにアルディアスは眉をしかめる。シュパースの言う『あの子』が誰を指しているのか、アルディアスには分からない。
「誰よりも純粋だった! 誰よりも強かった! 毎日を必死に生きてきたあの子が、なぜ報われない!? なぜあんな最後を迎えなければならなかった!?」
一度吐き出したら最後、まるで決壊したダムのように、溜め込んでいた感情の洪水が止まることはない。
「私は!! 私は──ッ!!」
「……」
様子のおかしいシュパースを黙って見ていたアルディアスだったが、徐ろにシュパースに向けて手をかざす。
シュパースの変わりように思うところはあるが、やるべきことは変わらない。この世界のため、人類の平和のために……ここで全てを終わらせる。
「…………認めない」
「何?」
「認めない。認めない。認めない。こんな強さを私は認めない。認めるわけにはいかない……」
先程までの激昂した様子は鳴りを潜め、ブツブツと小さく呟くシュパースにアルディアスが目を細める。
しかし、すぐにその目を大きく見開くこととなった。
──ああ……今回も駄目だった。
「──ッ!?」
瞬間、全身に突き刺さるような強烈な殺気を感じた。
何だこれは? 魔力が膨れ上がったわけではない。闘気も今までと変わらない。
それでも、アルディアスの脳内に最大限の警鐘が鳴り響く。
(殺せ)
(すぐに殺せ)
(跡形もなく殺せ)
(間に合わなくなるぞ)
驚愕。絶句。衝撃。愕然。呆然。
今のアルディアスの胸中はどのような言葉でも表すことは出来ない。
唯一、これだけは言える。
たった今、
ここで止めなければ全てが終わる。
故に、アルディアスはこのタイミングで切り札を切る。
アルディアスの手に一本の直剣が出現する。神山にてハジメ達との戦いで使用した両刃の剣だ。
だが、その見た目は僅かに変化していた。黒一色だった刀身が展開し、蒼く光り輝く魔力光が鍔から剣先まで流れるように奔っている。
刀剣型アーティファクト “クラウ・ソラス“
《輝く剣》の意味を持つこの直剣はアルディアスが作り出したアーティファクトの一つだ。
能力は込められた魔力の増幅及び、その制御。
柄を通して流れてくるアルディアスの魔力を増幅。本人すら制御不能に陥る可能性のある膨大な魔力を組み込まれた術式機構が完璧に制御する。
分かりやすく言えば、RPGで言う、魔法使いにとっての杖のようなものだ。
つまり、この剣を通して発動する魔法は文字通り、アルディアスの全力を意味する。
世界すら滅ぼしかねない魔力の奔流が、“クラウ・ソラス“を通して、更に膨れ上がり、世界を覆い尽くしていく。
そして顕現するは、天を衝く大きさを誇る五十頭百腕の黒の巨人。
扇状に広がっていく巨大な多腕が、空から降り注ぐ光のベールを覆い隠し、地上から光を根こそぎ奪っていく。
炎が揺らめくように原型を安定させないソレは、地上から見上げる角度によって、様々な様相を感じさせる。
ある者は、死神のような残酷無比な喜びに支配された愚者を……
ある者は、鬼のような猛々しい怨恨に押し潰された猛者を……
ある者は、人のような残酷な運命に立ち向かう王者を……
ある者は、神のように天から全てを見届けて嘲笑う狂者を……
「幽閉されし、神の忌み子よ。冥府にて、悪神を照覧せし門の番人と成れ──」
戦場に凛とした鈴の音のような声が響き、
『
夜空が、落ちてきた。
「「「はぁああああああ!?」」」
世界が重力を反転させ、天地がひっくり返ったような感覚に地上に居た者達の絶叫が木霊する。
そう錯覚するほどの巨人の百の巨腕が、シュパースを呑み込まんと降り注ぐ。
それこそ視界一面。などと生易しい表現では足りない。文字通り、空そのものが地上に向けて落ちてくるかのような光景だ。
まさしく天変地妖。災害などではとても言い表せない。説明も理解も出来ない、奇々怪々な人の領域を超えた現象。
地下深くに幽閉されし醜い巨人は、悠久の時を経て、天へと噛みつく。
「闇に呑まれて消えろ」
防御──即死。
回避──不可能。
迎撃──論外。
有機物、無機物関係なく、汎ゆるモノを疾く灰燼へと帰す。冥界を超え、神域へと至る鏡像たる百撃。
世界ごと呑み込む滅びの判決が、シュパースの姿を覆い隠し──
巨人が跡形もなく消失した。
「──────は?」
その唖然とした声を漏らしたのは誰だろうか。地上から見上げていた兵士達の誰かかもしれないし、唯一その光景を見下ろしていたアルディアスだったかもそれない。
つい先程まで、世界を覆っていた巨人の姿が跡形もなく消え去っていた。
まるで最初からそんな存在など無かったかのように、再び光のベールが地上を照らし出す。
「これは……!?」
そんな奇想天外な光景を前に、アルディアスは一種のデジャブを覚えていた。
(間違いない! あの時の……神山と同じ……!!)
神山にて、初めてシュパースと邂逅した際に、アルディアスが発動した“雷槍・赫灼“。
当時は世界を再構築した際に何処かに転移させられたと判断していたアルディアスだったが、後に違和感に気付いた。
あの時、確かにアルディアスは自身の魔法を消された。座標を移されたのではなく、
ただ転移させただけならば、自分の魔力が何処に飛ばされたか気付かないわけがない。だが、世界を光が覆った瞬間、確かに自身の魔法は消された。
そこから導き出された結論は、世界の再構築と魔法の消失は全く別の現象から起こっていたということだ。
しかし、だからと言って対策が出来るかと言えば、首を横に振ることしか出来ない。何せ、何をされたのか分からないのだ。知覚できなかった事象に対して対策を施すことなど無理に等しい。
(やはり、今回も何も感じなかった……何をされた?)
それまで幽鬼のように頭を垂れていたシュパースがゆっくりと顔を上げた。
そこには先程まで張り付けていた薄い笑みはどこにもない。激情の表情はどこにもない。
“無“が……そこにはあった。
【
因果情報への接続を開始。完了。接続状態を維持。
【
因果情報の解析を開始。完了。解析状態を維持。
【
因果情報の更新を開始。完了。常時最適化処理を継続。
【
排除項目の選択。完了。世界への適用を確認。
シュパースが何の感情も読み取れない表情で指先を向ける。
「『堕ちろ』」
「──ッな!?」
その瞬間、アルディアスの体が重力に従い、真っ逆さまに落下していく。
(重力魔法が消された!?)
すぐに自らに魔法をかけ直すが、次は魔法そのものが発動できない。
そのことに困惑するが、すぐに冷静に頭を回す。
(落ち着け。魔力そのものは扱える。しかし、術式が上手く構築できない。ならば……!)
一瞬だけ目を瞑り、意識を集中させたアルディアスが、カッと目を開き魔力を練り上げると、再び、重力に逆らい上昇を開始した。
(ほう? 術式を書き換えましたか。何をされたのかを明確に理解出来ていないはずですが、結果だけを見て、即席の対処方を見つけましたか)
そんなアルディアスの様子にシュパースは只々感心したように見つめていた。だが……
「無駄な足掻きですよ。君では私には勝てない。絶対に」
「言ってくれる。俺ではお前に届かないとでも?」
「そういう意味ではありません。
「何?」
意味の分からない言葉にアルディアスが目を細め、その様子を見たシュパースが口を開く。だが、出てきたのは話の続きなどではなかった。
「『断ち切れ』」
同時に、アルディアスの胸を大きく抉るように真空の刃がアルディアスを斬り裂いた。
殺気を感じたアルディアスがその場で転身したことで内蔵までは届いていないが、それでも痛みに歯を食いしばる。しかし、即座に再生魔法で傷を癒やす。
「『回生せよ』」
が、まるで逆再生のように塞がった傷が再び開く。
「グッ!?」
傷の再生は後回しにし、アルディアスは攻撃に転じる。
『
周囲の空間から吹き出した黒炎がシュパースを呑み込まんと迫る。
「『鎮まれ』」
だが、それもシュパースが言葉を紡ぐだけで消失する。魔力も何も感じられない。まるで魔法の方から消えていったかのように……
もちろん、アルディアスが自ら魔法の発動を解除することなどするわけがない。なのに届かない。
防がれるわけでもなく、弾き返されるわけでもなく、上から掻き消されるわけでもない。
シュパースが一言呟くだけで、世界から拒絶されるかのように消失する。
(何が起きている!? クソッ! 思考を止めるな! 動き続けろ!!)
常識では考えられない現象に、アルディアスはシュパースの動きを欠片も見逃すことのないように観察し続けるが、どれだけ観察しても、今のシュパースは言葉を紡ぐ以外の何かを感じることが出来ない。
(言葉……言霊? いや、それでも一切魔力を感じないのは不自然だ。それに……!)
アルディアスは先程発動した“劫炎“を再び発動させようと魔力を練るが……
(やはり、これも発動しない!?)
一度、シュパースによって消された魔法の使用そのものが出来なくなっている。
重力魔法と同じ現象だ。魔力を込めることは出来ても、術式が構築できない。まるでそんな術式など初めから無かったかのように……
(空を飛ぶくらいの術式なら簡単に書き換えられる。だが、それ以外となると……!)
魔法とは上級魔法になればなるほど、術式は大きく複雑化していく。それを変えるとなると、最早新しい魔法を生み出すようなものだ。
つまり、魔法消失の秘密を見つけなければ、時間と共にこちらの手札が減っていく。
「ならば……!」
魔法での砲撃を止め、一気にシュパースに接近。その手に持つ“クラウ・ソラス“を振りかぶる。
「《阻め》」
ガキィン!!
シュパースとアルディアスの間に突然現れた不可視の障壁によってあっさりと防がれる。
「『落ちろ』」
続いて紡がれた言葉で、アルディアスは横に落ちていく。まるで重力の向きが変わったように。
(クッ、落ち着け! すぐに体勢を立て直して……!)
しかし、そんな余裕をシュパースは与えない。
「『轟け』」
「ガアァア!?」
轟音からの衝撃。まるで脳をシェイクされたかのような不快感にアルディアスの意識が一瞬飛ぶ。
平衡感覚が狂い、どちらが上でどちらが下なのかも分からなくなる。
「『滾れ』」
空間の歪みから吹き出した火炎が激流となってその身を焦がす。
「『迸れ』」
天から降り注ぐ雷が飛び散る刃となってその身を斬り裂く。
「『淀め』」
吹き荒れる息吹がその身を凍てつかせる。
障壁を展開させる暇すら与えない。回復を挟む余地も与えない。常人ならば、たった一発で肉体が消し飛ぶほどの天災がアルディアスに襲いかかる。
パキンッ!!
その時、アルディアスの体から何かの金属が割れるような音が周囲に響いた。それと同時に、アルディアスの懐からこぼれ落ちるネックレスのような装飾品。
その瞬間、アルディアスの体を包み込んでいた守護が解除されたのをシュパースは感じた。
シュパースとの戦いに備えて数々のアーティファクトを制作したアルディアスとハジメだったが、“神“との戦いに備えて、真っ先に準備したのは“神言“の対策装備だ。
エヒトが使用してきた以上、その生みの親とも言えるシュパースが“神言“を使えないとは考えられない。
開戦と同時に“神言“で全軍戦闘不能。などとなってしまったら目も当てられない。
そのために精神を含む、人体に直接影響を与える効果を無効化するアーティファクトを全員に装備させている。
もちろん、アルディアスも例外ではない。それどころか、直接対峙する可能性が高いとのことで、誰よりも強力なものを身につけていた。耐久性も万全のものだったのだが……
それが、今の衝撃で破壊された。
「妙なものを付けているなとは思っていましたが……まあ、これで終わりですね」
シュパースがゆっくりとアルディアスに指先を向ける。
(マ、ズイ……“影星“で……回、避を……)
「さようなら、アルディアス君」
「『爆ぜろ』」
それまでと同様、言葉を紡いだだけ。
それだけでアルディアスの肉体が裂け、全身から噴水のように血を吹き出す。まるで肉体が内側から爆発したかのような現象に、その光景を見ていた地上の者から悲鳴が上がる。
「君ならもしかして、と思っていましたが……」
血を撒き散らしながら墜落していくアルディアスの姿を捉え、シュパースは悲しそうに呟く。
「残念です。本当に……残念です」
落ちていく。落ちていく。何処までも落ちていく。翼をもがれ、真っ逆さまに落ちていく。
煉獄に焼かれた。神雷に打たれた。氷牢に囚われた。肉体が崩壊した。
自分が今生きているのか、それとも死んでいるのか。
意識が明滅するアルディアスにはそれすらも判断できない。
(ま、だ……俺は……)
意識が朦朧とする中、アルディアスは必死に空へと手を伸ばす。
しかし、その手を取れるものは誰も居ない。視界に映るのは、黙って見下ろすシュパースの姿だけ。
『俺の名はアルディアスだ。お前は?』
『……名前、つけて欲しい』
思い出すのは過去の記憶。
『親にとってはな、子供の幸せが一番なんだ』
『必ず私達の元に帰ってきて。約束よ?』
『少しだけ、あたし達にも背負わせて貰えませんか?』
『全てが終わった後、わたくしも遠慮はしません』
『少しは兄貴を頼れ』
『私達、家族でしょ?』
アルディアスの日常。
交わした言葉。
果たされなかった約束。
支えてくれた仲間達。
彼らはこんな自分を信じてくれている。託してくれている。
必ず勝ってくれると願ってくれている。
負けるわけにはいかない。勝たなくてはいけない。俺がやらなければいけない。
(ふざ、けるな……! こんな、ところで、俺は……!)
そんな思いとは裏腹に、体は一切言うことを聞かない。
そのまま意識が深い闇に沈んでいき…………
──無様だな、アルディアス。
声が……聞こえた。
>刀剣型アーティファクト “クラウ・ソラス“
シュパースの造った“フラガラッハ“と対比する形で出したかった。元ネタはケルト神話なんですが、知ったのはファ○コムのゲームから。
>“虚神・百識僧“
実は出るの二回目。