個人的にはこんなタイミングで誰だ!? って感じにしたかったんだけど、どうやっても言葉遣いから個性が滲み出てしまった。案の定バレバレですね。
「……ここは」
闇に覆われた漆黒の世界。
いつの間にか、暗闇に一人佇んでいたアルディアスが周囲の様子を確認すると、すぐにこの場所に見覚えがあることに気付く。
「これは、俺の精神世界……か?」
かつて、一度だけ入ったことのある、自身の内側。
シュパースとの戦いの渦中だったはずの自分が何故このようなところにいるのか……
そのことを疑問に思っていると、不意に背後に気配を感じたアルディアスがバッと後ろを振り返る。
そこには一人の青年が立っていた。
肩に掛かる程の白銀の長髪に、青の瞳。白の法衣を羽織る二十代前半の男だ。
一見すると、物腰の柔らかそうな印象を感じるが、その顔に浮かぶこちらを嘲笑するかのような笑みが全てを台無しにしている。
「お前は……誰だ?」
「誰とは随分な言い草だな。私はお前のことを欠片も忘れたことなど無いというのに」
それだけでアルディアスは気が付いた。目の前の男の容姿に見覚えは無かったが、その声と魔力を忘れるわけがない。
無意識の内に拳を握りしめ、沸々と湧いてくる怒りを何とか抑え込む。
「何故お前がここに……! いや、何故生きている……
創造神エヒトルジュエ。アルディアスによって魂を粉々に破壊されたはずの男が五体満足で姿を現した。
「所詮貴様の力など私を滅ぼすには至らなかったということだ……と、言いたいところだが、この状態は私としても不愉快極まりない結果だ」
ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべていた表情から一変、忌々しそうに表情を歪めたエヒトの姿に眉をひそめていると、以前までのエヒトとの違いに気が付いた。
(神性を感じない?)
エヒトは性格が歪みに歪みまくった救いようのない外道だが、元人間とは言え、曲がりなりにも神だ。その身からは溢れんばかりに感じられた神性が、今のエヒトからは一切感じられない。
その時、アルディアスは一つの仮説に辿り着いた。
“封神黒鎖“
アルディアスがエヒトの魂を拘束し、消滅させるために使用した概念魔法だ。
その効果範囲はアルディアスが指定した対象
この概念魔法を、エヒトルジュエという“神“を殺すために使った。
あの時、確かに創造神エヒトルジュエは死んだ。つまり……
「意外だな。お前に人間としての部分が残っていたとは」
エヒトの魂は完全に“神“に昇華していたわけではなかった。
そう考えれば、エヒトが生きていることにも説明がつく。あの時は、まさかエヒトの正体が元人間だとは想像もしていなかった。していたとしても、わざわざ人間の部分を残していたとは思わなかっただろう。
「ちっ、あのくそジジイめ! 中途半端な昇華をしおって! 私ならこのような半端な真似はしないというのに!!」
「……案外、ワザと残していた可能性もあるな」
「何だと?」
「奴はお前という敵を生み出すことで人類の成長の足掛かりとしようとした。お前の性格を知っていたのなら、敢えて残していた可能性もあってもおかしくはない」
「……ちっ」
アルディアスの説明に何かを言い返そうとしたエヒトだったが、自分でも納得出来てしまう理由だったのか、舌打ちをしながら顔を背ける。
「……で、貴様は何を企んでいる?」
瞬間、アルディアスから濃密な殺気がエヒトに叩きつけられた。
エヒトが生存している理由は分かった。だが、自分に気付かれないように息を潜め続け、このタイミングで干渉してきた理由は何だ?
「また、俺の身体を奪おうとするつもりか?」
「ふん、それが出来ればとっくにやっている。今の私は肉体だけでなく、魂の器すら失った魔力の残滓のようなものだ。干渉は出来ても、支配など不可能だ」
「ならば今更何のようだ」
「……手を貸してやろう」
「……何?」
「あのジジイを殺す手助けをしてやろうと言っている」
アルディアスは思わず己の耳を疑った。
共闘? 俺とコイツが?
アルディアスにとって、エヒトとは絶対的な敵対者。同胞の仇であり、死んで尚も憎しみを募らせている存在だ。
そして、それはエヒトにとっても同じはずだ。自分を殺したアルディアスのことが憎くて仕方がないはず……
そんな男からの共闘の申し出に、まず、アルディアスの頭に浮かんだのは、大きすぎる疑惑だ。
「何のつもりだ? お前を殺した男に手を貸すと?」
「正直、今すぐにでも貴様を八つ裂きにしてやりたいが、それ以上に優先すべきことがある」
「それが、シュパースを殺すことだと?」
「ああ、思い出すだけでも忌々しい……!」
目を吊り上げ、怒りを顕にするシュパースは、ここに居ない神に対しての恨み言を口にする。
「この私を……上位者たる私を利用していただと……! ふざけるなよ! 私こそが絶対者! 世界を統べる神に相応しい存在だ!!」
創造神として君臨し続けた輝かしい歴史……それがシュパースによって意図的に作り出された仮初めの玉座だったという事実がエヒトには何よりも我慢ならなかった。
エヒトは魂を破壊されたことで、シュパースに掛けられていた認識阻害が解かれ、記憶を取り戻していた。
アルディアスを通して、神山でのシュパースの話も把握しているらしい。
“利用されていた“。その事実は“殺された“以上にエヒトのプライドを刺激したようだ。
「その話を信じろと?」
「ならばどうするつもりだ? 奴に何をされたのかも理解できないようなお前にどうにか出来るとでも?」
「……奴のアレを知っているのか?」
「アレは“理への干渉“だ」
「“理への干渉“?」
「フン。貴様らのような下等種が分からなくとも無理はない。理とは世界に満ちる情報そのものだ。それは物質であり、生命であり、星であり、時であり、境界でもある」
エヒトの生まれた世界は、トータスよりも魔法技術が発展した世界だった。その発展は凄まじく、数百年単位の延命すらも可能とするほどだった。
そして、発展し続けた技術は遂に世界の理にまで干渉することに成功した。
いつの時代も、世界を越えようとも、研究者というのは好奇心を抑えきれないものだ。新しい玩具を与えられた幼子のように、理の干渉技術はいたずらに弄られていった。
そして、好奇心の赴くままに弄り回した結果、理が崩れ、世界そのものの崩壊を招く結果となった。
それが、エヒトの世界が滅ぶことになった原因だった。
「理とは言わば、世界の法則そのものだ。火は何故熱いのか。氷は何故冷たいのか。魔法は何故発動するのか。人は何故生きているのか。全ては理によって形作られている」
理に干渉し、魔法術式を消し飛ばす。すると、術式自体がこの世界から存在しないことになり、発動すら出来なくなる。
理に干渉し、大気の情報を書き換える。すると、ただ肌を撫でるだけだった空気が、肉を抉る鎌鼬の刃に姿を変える。
他にも属性情報を書き換え、何もないところから爆炎を吐く。雷を降らす。身体を凍てつかせる。
例えを出せば切りが無い。言ってしまえば何でも出来る力。それが“理の改変“だ。
「お前の肉体が炸裂したのもそれだ。アーティファクトで防護していたようだが、破壊されたことでその隙間を狙われたな。分かるか? 奴がその気になれば、人の生死……いや星の命運すらも“一言“で終わる」
正直、即死しなかっただけでも儲けものだな。そう続けるエヒトにアルディアスはしばらく考え込んだ後、口を開く。
「……お前の世界でも“理への干渉“を行っていたと言ったな? ならば、お前にも同じことが出来るのか?」
「出来る……それなりの時間と労力を使えばな」
“理への干渉“とは、言い換えれば世界を創り変えると同義だ。それだけのことを成すためには、エヒトでもそれなりの下準備が必要だった。
間違っても一言で情報の改変を行うことなど出来はしないし、戦闘中に使うなど不可能に近い。
「“理への干渉“を行うには、世界へと意識を繋げ、対象の情報を正確に読み取り、それを取り込む。そして書き換える、もしくは削除することで初めて成立する。その過程を省略することは私を含め、到達者の誰もが出来なかった」
「到達者?」
エヒトの居た世界には“到達者“と呼ばれる者達が居た。魔法が発達した世界に置いても、他者を寄せ付けない魔法の才を持ち、魔法の真髄を個人で扱うことが出来る者達の総称だ。
エヒトを含む彼らは、理に干渉し、異世界への転移すら可能にした。その力で崩壊する世界からの脱出を図った。
「待て。異世界への転移はシュパースの手によるものではないのか?」
エヒトの語る到達者という存在に、アルディアスは待ったを掛ける。
エヒトはシュパースによってこの世界に召喚されたものと推測してきたアルディアスだったが、エヒトの話を信じるのなら、到達者と呼ばれる彼らは自らの力でこの世界に転移してきたことになる。
「その理に干渉すれば、異世界の存在の認識すら可能ということか?」
「……さあな。やろうとも思えばやれなくもないだろうが、私達はいつの間にか知り得ていたこの世界の座標に転移しただけだ。忌々しいが、既にそのときには奴から干渉を受けていたのだろうな。到達者全員が」
何度も言うが、転移魔法を発動するには、転移先の座標を正確に把握する必要がある。しかし、当時のエヒト達は世界を越える転移魔法を完成させ、その術式に何故か知るはずのないトータスの座標を設定した。
そのことに到達者の誰一人として生涯違和感を抱くことはなかった。エヒトとて、アルディアスに魂のほぼ全てを破壊されてようやく矛盾点に気付くことが出来た。
つまり、エヒト達はシュパースによってこの世界に召喚されたのではない。道筋を示すことでこの世界におびき寄せられたということだ。
記憶を取り戻した今なら昨日のことのように思い出せる。
世界を越える転移魔法を作り出し、意気揚々と座標を設定している自分の姿が。
何故座標を知っているのかなど、一切疑問に持つことなく、まんまと奴の思惑に踊らされていた愚かな姿が。
歯を食いしばり、憤怒の表情を浮かべるエヒトになんとなく、自分よりもシュパースを優先しようとする理由に少しだけ納得した。
エヒトの記憶を覗いたからこそよく分かる。コイツは自尊心の塊だ。自身が頂点でなければ納得がいかず、他者に見下されることを何よりも嫌う。
自分を殺したアルディアスへの恨みももちろんあるだろう。だが、それよりも長きに渡り、良いように操られていた。何よりもそれに何の疑問も抱かなかった自分の間抜けさが怒りを助長させているのだろう。
「……話を戻すが、お前は“理への干渉“を行うにはそれなりの時間と労力がいると言ったな。だが、シュパースはそれに該当しない」
「当たり前だ。そもそも世界の法則を変えるのだぞ? 人一人が簡単に変えられるものではない。だが、奴だけは話が別だ。この世界は奴が創り出したものだ。奴からしてみれば、自分で生み出した法則を書き換えているだけに過ぎん」
エヒトとシュパースの大きな違い。それはこの世界が誰の創作物かという点だ。一から情報を把握しなければいけないエヒトと違い、この世界の全ての情報を把握しているシュパースではスタートから大きすぎる差が存在する。
そうせ説明するエヒトだったが、アルディアスは目を細めてエヒトを睨みつける。
「……いや、それだけじゃないな。その理屈でいけば、魔人族や亜人族は貴様の好き勝手に弄れるはず……俺に負けることもなかったはずだ」
自分の創作物ならばシュパースにも遅れは取らない。遠回しにそう告げたエヒトだったが、アルディアスはエヒトの記憶から魔人族や亜人族がエヒトの手によって作り出された合成生物だと言うことを知っている。
その理屈で言えば、エヒトは魔人族であるアルディアスに遅れを取ることなど無いだろうし、何よりもシュパースは半分エヒトの手が加わっている
「確かに創造主かそうではないかの差もあるのだろう。だが、何よりも純粋な生物としての差……それは後天的に神に至っても埋められなかったようだ」
「……」
「お前達が使っていた“神言“。恐らくこれは“理への干渉“の下位互換で生み出されたものだな?」
「チッ!」
神の御業に相応しい影響力を振るった“神言“。だが、これは神の威光を示すためのものではなく、神の領域に届かなかった、人が扱うために生み出されたものだった。
もし、聖教教会の人間が知れば、衝撃でその場に倒れていたかもしれない。
「ッ!──そうか……! シュパースの力に対抗するには別にこちらが理に干渉する必要はない」
「相変わらず、ムカつくぐらいに察しが良い奴だな。だが、それに気付いたのなら理解したはずだ。奴を殺すには私の力が必要だと」
言葉にせずとも、アルディアスはエヒトの力を借りることの有用性を理解した。確かに、今シュパースを倒すためにはアルディアス一人ではどう足掻いても不可能だ。
それはアレーティアやミレディの力を借りても同じ結果になるだろう。
しかし、エヒトなら……アルディアスの一部でありながら、明確に自我を保っているエヒトならその方法が実践可能だ。
ぶっつけ本番で、危険も大きい。しかし、確かにやる価値はある。
だが……
「…………」
「どうした? 何を悩む必要がある? どうするかは貴様の勝手だが、他に手があるのか?」
エヒトの言う通りだ。今のアルディアスにはエヒトの手を借りる以外に方法が無い。
しかし、それを理解していたとしても、目の前の男の手は取るのはどうしても躊躇われる。
「貴様はこの世界を壊し、多くの同胞を殺した」
「それが何だ。貴様とて人間族を数え切れないほど殺しただろうが。どんな理想を語ろうが、所詮殺しは殺しだ。私達は自らの欲望を満たすためにそれを躊躇なく選べる。同じなんだよ私とお前は」
「今この場で殺すぞ。今度は魔力の欠片も残さずに」
「ハッ、やってみろ。それならそれで、貴様の守りたいものが全て壊れていく様を、あの世で嘲笑って見ていることにしよう」
それもそれで中々愉快な光景だ。そう続けるエヒトにアルディアスは無意識に魔力がジワジワと漏れ出すのを感じる。
自分の行動が正義などと語るつもりはない。自分の大切なものを守るために、他者の大切なものを奪う。そのぐらいの覚悟はとうに出来ている。
人間族を属国として取り込んだのも、シュパースとの戦いの未来を見据えて行動したに過ぎない。
そうでなければ、死傷者を抑えての吸収などというリスクを抱えることはしなかった。敵国にどれだけの死者が出ようとも、魔人族の安寧を最優先に行動をしていただろう。
だが、それでもコイツと一緒にされるのは我慢ならなかった。
ここが自身の精神世界だからなのか、アルディアスにはエヒトが嘘をついていないことが感覚で理解できていた。
こちらを陥れるためではなく、本気でシュパースを第一に殺してたいと思っている。だが、同時に、例えアルディアスがこの話を受けなくとも、それはそれで構わないと考えている。
(……それでも、やはりコイツと手を組むなど──)
アルディアスが選択肢の無い選択に葛藤していると、不意に声が聞こえてきた。
『諦めるな!!』
「ッ!?──この声……フリードか!」
すると、それに続くように仲間達の声が木霊する。
『耐えろ! 一秒でも良い!! 耐え続けろ!!』
『耐えろっつっても、あんなのにどうすりゃいいんだよ!?』
『あいつ……! 一歩も動かないってのがミレディさんムカつく!!』
『それなら好都合! 少しでも時間を稼いで!! そうすればきっと……』
『アルディアス様が来てくれる!!』
『アルディアスが来てくれる!!』
「──ッ!?」
戦っている。フリードが、ハジメが、ミレディが、アレーティアが……シュパースと戦っている。
そして信じていてくれている。必ず、俺が戻ってくると。一度敗れた俺を……待っていてくれている。
「…………ハァーーー」
仲間達の叫びを聞いたアルディアスは瞬時に頭を冷やし、冷静さを取り戻す。
そうだ。俺には待っていてくれる仲間がいる。信じていてくれる家族がいる。ならば、多少の憎悪など呑み込んでみせよう。
アルディアスはエヒトの姿をじっと見つめた後、淡々と歩み寄っていく。
そのままエヒトの隣で足を止めた後、顔を向けることもせずに口を開く。
「…………精々足を引っ張るなよ」
それだけ告げると、エヒトの返答を聞かずに、歩き去っていく。
「ふん、こちらのセリフだ。私の力を使うのだ。無様な真似だけはするなよ」
やれやれと言った様子で肩をすくめるエヒトもアルディアスの後を追って、暗闇を進んでいく。
顔を合わせることはしない。手を取り合うこともしない。歩調を合わせることもしない。
それでも、互いが別々の景色を思い描きながらも、世界を超えて、魔の天才同士が、同じ方向に向けて初めて一歩を踏み出した。
アルディアスとエヒト。一度限りの異色のタッグがここに誕生した。
>無事だったエヒト
四話で死んだと思われてたエヒトが五十話で復活。アルディアスの中ということで、嘘は一切言ってません。エヒトってプライドの塊だから、単純に殺された以上に何千年も利用され続けていたという方がムカつくんじゃないかなと思いました。
>理の干渉
原作でハジメとエヒトの決戦時に語られた内容を独自解釈で組み込みました。
理の干渉は恐らく神代魔法のことだと思うんですけど、当小説では神代魔法や概念魔法の上に位置する文字通り世界の法則を生み出し、創り変える力にしました。
>アルディアスとエヒトの共闘
あくまで目的の一致からであって、助け合うというような意志は欠片もありません。