エピローグを分けるのは嫌だったので一話にまとめたのですが、文字数が過去最高の16000字を超えてます。ご了承ください。
「長い……とても長い戦いでした」
広場に集まった人々の鼓膜を、壇上に上がった少女の澄んだ声が震わせる。
「邪神の遊戯によって、世界が憎しみの連鎖に囚われ幾星霜……多くの命が失われました。多くの涙が流れました」
その声色は悲しみによるものなのか、小さく震えている。
それにつられるように、聴衆も俯きながら瞳に涙を浮かべる。同時に、自分達などのために涙を流す女神の慈愛に溢れた心に感激する。
「それでも、私達は前を向かなければならないのです。亡くなった者達の想いを背負い、私達はこの世界で生きていかねばなりません」
涙が溢れないように、上を向いた少女に呼応するように聴衆も顔を上げる。
「今この時を持って、私達は共に歩みだします。両者、前へ」
少女の声に応えるように、壇上の脇から若い青年と妙齢の男性が姿を表す。
「人間族代表、ハイリヒ王国現国王エリヒド・S・B・ハイリヒ。貴方は魔人族との和平の儀を行い、かの種族と手を取り合うことを望みますか?」
「うむ。“豊穣の女神“の名において誓う」
「魔人族代表、魔国ガーランド現魔王アルディアス。貴方は人間族との和平の儀を行い、かの種族と手を取り合うことを望みますか?」
「ああ。“豊穣の女神“の名において誓おう」
「両者の言葉。確かにこの私が聞き届けました。では、友好の証を」
その言葉にエリヒドとアルディアスは歩み寄り、“豊穣の女神“──愛子の前で握手を交わす。
その瞬間、広場が震えるほどの歓声が木霊した。
誰も彼もが思い思いに声を上げる中、握手を交わす両者の前で、愛子もパチパチと手を叩く。エリヒドとアルディアスに隠れて聴衆からはその表情は見えないが、その顔色は白を通り越して土色に変化してきている
(むっ、マズイ。そろそろ限界かもしれん)
その姿を横目に確認したアルディアスは、愛子の限界を感じ取った。
この広場には人間族に魔人族、さらには亜人族改め獣人族に、見届人として竜人族が集まっている。
どの世界でも、時代の変わり目とは静粛に、されど盛大に行うものだ。
人間族と魔人族の長きにわたる戦争の終結。亜人族の奴隷制度の完全撤廃。竜人族を含めた全種族の同盟関係の構築。
それらは全て、“豊穣の女神“の御前において約束された。
そう、この長ったらしい式典の最初から最後まで、愛子は壇上に拘束されていた。
愛子は思う。教師という職業柄、人の前に立つことには慣れている。慣れているが、これは無いだろう……と。
なんせ、目の前に広がるのは学校に通う生徒達とは比べ物にならないほどの人、人、人。小さな子供も居れば、自分の一回りも二回りも年上の老人もいる。それが一人残らず自分を崇め讃えているのだ。
自分の一言で歓声を上げ、自分の所作一つで感激する。
地球にいるお母さんへ
お元気ですか? 突然姿を消してしまい、さぞ心配をかけていることかと思います。私はあれから波乱万丈の生活を送っています。辛いことも、苦しいこともたくさんありました。それでも生徒達と力を合わせて乗り越えることが出来ました。
それに、私の知らない内に生徒達も大変立派に成長していたようです。
特に南雲君は何か凄くなったというか格好良くなったというかちょっとドキッとしたというかあれは反則ですよあんな風に優しく声を掛けられたら誰だってでも私達は生徒と教師だし大人としてそれはさすがにでも卒業さえすれば年齢的にもそこまで気にしなくてもいいんじゃでもシアさん達がいるしあれ他にもたくさん居るなら私も、etc……
……コホン、なんでもありません。とにかく色々お話したいことがたくさんあります。近い内に必ず帰ります。しかし、どうしても助言して欲しいことがあるのです。
私はどうやら世界を統べる神様になったようです。どうすればいいですか?
──P.S
私は一つ学びました。ただ立っているだけで良い。それが一番しんどいです。
◇ ◇ ◇
人類の命運を賭けた戦いから一ヶ月が経過した。
あの決戦から数日は、負傷者の治療や死者の弔い、さらに避難民の誘導など慌ただしい日々の連続だったが、各種族の代表が指揮を執ることで想定よりもスムーズに戦いの後処理を進めることが出来た。
そして今日、“豊穣の女神“として名を馳せた愛子の元、バラバラだった各種族の同盟を結ぶ条約の確立が約束された。
憎しみの連鎖は断ち切られた。だが、憎しみそのものが無くなったわけではない。これからもきっと多くの壁に阻まれることだろう。それでも今日、この瞬間に、何千、何万年と停滞し続けた人類の歴史が確かに動き始めた。
その光景をガハルドは黙って見つめていた。
そんなガハルドにランズィが声を掛ける。
「どうした、ガハルド殿? 何か心配事でも? やはり貴国は亜人族……失礼、獣人族に対して思うところがあるのだろうか?」
「ん? ああ、いや、そういうわけじゃねぇんだ。確かに色々と面倒ではあるが、それはとっくに覚悟は出来てた」
ハイリヒ王国やアンカジ公国は、元々亜人族への差別意識はあっても、直接干渉する機会は少なかった。
しかし、ヘルシャー帝国は違う。彼らは亜人族を国の労働力として活用していたために、奴隷制度の廃止は直接国力の低下に繋がってしまう。
そのことで、懸念が出ているのかと思ったランズィだったが、ガハルドとしては、魔人族に敗れ、魔人族と亜人族の同盟が決定した時点でこうなることは分かっていた。今更だろう。それよりも……
「今まで俺は、武力こそが国を強くするための力だと信じてきた」
どれだけ綺麗事を並べようとも、力無き言葉に価値はない。それは今までのトータスの歴史が物語ってきた。
だからこそ、ガハルドは誰よりも力を求めた。それが帝国の繁栄、ひいては自らの覇道に繋がると信じて。
故に、この数ヶ月の出来事はそれまでのガハルドの価値観を大きく変えた。
「力ってのは、単純な腕力や軍事力だけじゃねぇんだな」
小さく、されど自分に言い聞かせるように呟いたガハルドの言葉に答えたのは、年長者たるアルフレリックとアドゥルだ。
「別段おかしなことではない。力とは何なのか、国とは何なのか、私も未だに分からない」
「私もだ。だが、そこで立ち止まらずに、模索しながらも歩み続けたのが彼なんだろうな」
アドゥルの言葉に、三人が彼の視線を追うと、そこには壇上で佇むアルディアスの姿があった。
「無論、彼一人の功績と言うつもりはない。だが、今この光景があるのは、間違いなく彼が手探りで先頭を歩き始めたからだろう」
一寸先も見えない闇の中へ踏み込むのは、並大抵の覚悟では出来ない。何度も壁に当たったことだろう。何度も足を踏み外したことだろう。それでも、彼の背中を見て多くの者が感化され、その後に続いた。
「本当に凄いな、彼は」
その言葉に同意するように、各国の長達も首を縦に振る。年齢だけで見れば、自分達の息子や孫と遜色ない青年に対して、彼らは憧れにも似た感情を抱いていた。
「……ふむ、ところで、同盟強化に関してなのだが、お三方はどうお考えだ?」
しばらく続いた沈黙を破ったのはアルフレリックの唐突な一言だ。
「どう……とは?」
言葉の意味が分からず首を傾げるランズィ。隣にいるアドゥルも同じような様子だ。
しかし、ガハルドだけはその意味を正確に汲み取っていた。
「婚姻か?」
「「──ッ!!」」
ニヤリと笑みを浮かべながら告げるガハルドに、ランズィとアドゥルもはっとしたように表情を変える。
同盟を組むに当たって、その証として王族や貴族同士で婚約を結ぶことは珍しくない。相手は言うまでもなく、トータス随一の力を持つ魔人族の王、アルディアスだろう。
「私は孫娘のアルテナが彼にピッタリだと思うのだが……年齢も近いし、彼らも幼い頃から知った仲だ。アルテナ自身も彼に想いを寄せている。悪くはないだろう」
「おいおい、それならうちだってトレイシーっていう娘が居るぞ? 少々やんちゃだが、見目はいい。アイツならアルディアスの隣に立っても目劣りしないだろう」
胸を張りながら自らの孫娘を自慢するアルフレリックに対抗するように、ガハルドが自分の娘の名を出す。
余談だが、実際にトレイシーをアルディアスに紹介した際には、いきなり目をギラつかせた金髪縦ロールが大鎌を振り回し、一瞬でアルディアスに沈められるという珍事が起こるのだが、それは遠くない未来の話。
「ふむ、アイリーにもそういった話を始めても良いかもしれないな。アルディアス殿なら任せられる」
「ティオを……と言いたいところではあるが、どうやら別に想い人が居るようだ。ヴェンリ、は流石に年が離れ過ぎか?」
さらにランズィはそろそろ年頃の娘の相手に良いのではないかと思案し始め、アドゥルは既にハジメに想いが向いているティオを脇に置き、ティオの乳母で従者を務める女性の名を出す。年齢は離れているが、種族の違いがある以上、そこまで気にする必要もないかもしれないと切り替える。
「「「「むっ」」」」
その瞬間、四人の間に剣気な空気が立ち上り始める。
同盟強化のための婚姻となると、政治的な意味を多分に含んでいるのだが、彼らにその意図はあまりない。
大事な孫娘の初恋を叶えるために。
貰い手のいないであろう娘の将来を憂い。
どうせ嫁に出すなら信頼できる元に出したい親心から。
孫娘に付きっきりで縁がなかった従者のために。
各国の長の間にバチバチと火花が飛び散っていた。
(カリスマもあり、国民からの信頼も厚い。それでいて己の功績に驕らず、謙虚で好感が持てる人柄。彼ならリリアーナを任せられるのでは?)
壇上脇でそんな争いが起こっていることなど露知らず、エリヒドは呑気にそんなことを考えていた。
◇ ◇ ◇
“豊穣の女神“の御前で行われた式典も無事終わり、今日ばかりは街の復興作業を止め、国を挙げての宴会が開かれていた。
数多の種族が肩を組み、美食を味わい、酒を飲み交わす。念のために、巡回を行う兵士の姿もチラホラと見えるが、今のところ問題が起こっている様子はない。それだけ“豊穣の女神“の影響力が凄まじいということだろう。
その中には、光輝達異世界組の姿もあった。
とは言え、全員というわけではない。この場にいるのは決戦に参加したメンバーだけだ。戦いの場に居なかった生徒達は未だに王城から出てきていない。光輝達は直接彼らを誘ったのだが、あの小悪党組でさえ、遠慮して来ることはなかった。
いや、遠慮とは少し違うかもしれない。戦いが終結した後、彼らは人伝に戦いに赴いた彼らの……何よりも光輝の活躍を知った。当時はその報告にすら彼らは憤慨した。自分達をこんな目に合わせておいて、自分はまたご機嫌取りか、と。
しかし、何もしない時間は彼らに自分の行いを振り返らせるには十分だった。確かにキッカケこそ光輝だったが、それについていったのは自分達だ。それを棚に上げ、一方的に光輝を吊し上げ、罵倒する自分達の姿のなんと醜いことか。
そんなこともあり、彼らは今、王城にこもったままだ。言ってしまえば、光輝に合わす顔が無いだけだ。あれだけ言ってしまった手前、謝るに謝れなくて二の足を踏んでいる。
光輝としては、あのときのことは自分の至らなさが招いてしまった自分の責任だと想っているため、彼らに申し訳無さがあっても、怒りなど微塵も抱いていないのだが……
そんなすれ違いな状況だが、雫達はそこまで重く受け止めておらず、今の光輝ならきっと悪いようにはならないと信じているため、あえて手を出さずに見守ろうという判断に落ち着いた。
最初は自分なんかが……と宴会に参加することに消極的な光輝だったが、周りの笑顔につられて、今では表情に笑みが溢れている。
「おお、勇者殿! 楽しんでおられますか!」
「ささ、どうぞこちらに!」
「ぜひ、その武勇をお聞かせください!」
「ゆうしゃさま〜!」
「え、えっと……あ、ありがとうございます」
同じ戦場の戦った兵士から非戦闘員。挙句の果てには、小さな子供までもが光輝の姿を見つける度に声をかける。
行く先々で声をかけられてきりがないのだが、光輝は彼らの熱に押されながらも、律儀に一人一人に対応していく。
そんな光景を雫達は呆れながらも笑みを浮かべながら見守っていた。
「たくっ、この一ヶ月ですっかり元通りだな」
「ホントね。また調子に乗らなきゃ良いけど」
「二人共そんなこと言いながら、顔がニヤけてるよ?」
「「うっ!?」」
チヤホヤされる光輝に、苦言とも捉えられる言葉を吐き出す龍太郎と雫だったが、表情の緩みを鈴に指摘され、頬を僅かに染める。
何だかんだ言って、光輝の功績が認められるのは幼馴染としても嬉しいのだろう。以前のように勇者だからという理由だけで持ち上げられているだけではないのも理由の一端だ。
「光輝君が褒められるのが嬉しいなら素直にそう言えば良いのに……ね? そう思わない、
鈴の言葉に答えるように、鈴の背中から黒髪のナチュラルボブの少女──恵里が姿を現す。
「……別に僕は」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃってぇ。鈴達と一緒に居るの、悪くないんでしょ?」
「うぐっ!? 忘れろ!! 一文一句記憶から消せ!!」
ニヤニヤしながらからかってくる鈴に、恵里は顔を真っ赤に染めながら声を荒げる。
(ああくそっ!? 何で僕はあんなことを!! これも全部、あのクソジジイのせいだ!!)
あの決戦の日。確かに恵里は一度死んだ。
しかし、戦いに決着がついたと同時に、まるで時間が巻き戻るように傷が癒え、止まったはずの鼓動も時を刻み始めた。そんなことが出来るのは一人しか居ない。
(最初から僕を殺す気は無かったってことか)
果たして最初からそのつもりだったのか……それとも何か心変わりがあったのか……本人が居ない今となっては確認する術はない。
(話を聞くだけで、干渉はしないとか言ってたくせに……今更僕が幸せになれるとでも思ってるの?)
心の中で悪態をつく恵里に対して、鈴が明るく話しかける。
「あははっ! でも良かったよね。正直、何かしらの罰は覚悟してたんだけど」
「そうね、そればっかりはアルディアスさんに感謝しなきゃね」
「……ふん」
恵里の蘇生に涙を流しながら喜んだ彼女達だったが、だからといって、恵里が人類に敵対した事実は変わらない。
せめて少しは減刑が認めて貰えないかと、アルディアスの元に直談判に向かった光輝達だったが──
『何を訳の分からないことを言っている。シュパースの隣に居た女のことは俺も覚えてはいるが、髪の色からソイツとは似ても似つかないぞ』
『え? あ……いや、それは──』
『それに、その女ならカトレアから始末したと報告を受けている。そうだな、カトレア?』
『はい、間違いありません。状況が緊迫していたため、生け捕りは出来ませんでしたが、確実にこの手で息の根を止めました』
『そういうことだ。戦いの後で混乱する気持ちも分からなくはない。しばらくはゆっくり身体を休めると良い。そこの少女共々な』
それだけで光輝達はアルディアス達の気遣いを理解し、その時はただただ黙って頭を下げ続けた。
恵里の存在は、アルディアスを含む、各国の代表以外には知らされておらず、髪と瞳の色が違うだけで印象はガラッと変わるため、普通に街中に出ても騒ぎになることは無かった。
(全く、どいつもこいつも勝手なことばかりしやがって)
世界を危険に晒した。人類を裏切った。友達を傷つけた。こんなバカ女、さっさと捨てちゃえばいいのに。
ムカつく。大人ぶってお節介を焼いてくる奴が。
ムカつく。前と変わらず普通に接してくる奴が。
ムカつく。それを嬉しいと感じてしまっている自分自身が。
(そんなに言うならなってやるよ。“私“なりの幸せってやつを掴んでやる。だから……)
雲一つ無い空を見上げ、そこから見守っているかもしれない誰かに視線を向ける。
(せいぜい指を咥えながら見守ってなよ、
恵里が一人思いにふけていると、ようやく光輝がこちらに戻ってきた。
「ふう、ようやく解放されたよ」
「おう! モテモテだったな、色男!!」
「別に誘ってきた女の子と一緒に居ても良かったのよ?」
「光輝君、小さな女の子に求婚されてなかった? この罪作りな男め!」
「え!? いや、違うぞ!? あ、いや、迷惑ってわけじゃないけど……!?」
ようやく人の波から解放され、戻ってきた光輝を迎えるのは幼馴染達による弄りの嵐。
こっちでもか。と、若干辟易した様子を見せる光輝に更に笑みを深める雫達。
恵里はそんな彼女らの間に割り込み、光輝の腕を絡め取る。
「へ? え、恵里?」
「ん? 何、光輝君?」
「いや、その……近くないか?」
「別におかしくないでしょ。私は光輝君が好きなんだから」
「でもそれは……」
自分が考えなしに恵里の事情に入り込んでしまったせいなだけで……
「あのね、一応言っておくけど、どんな意図があれ、あの時光輝君が私を見つけてくれなかったら、今の私は居ないよ? それこそ、あのまま自殺してたかもしれない」
確かに、恵里の愛情は歪んでいた。でもそれは母親からの虐待と、光輝が自分を見てくれない不満が精神に影響を及んだ結果、変質してしまっただけの話だ。
あの日、命を捨てようとした
その時感じた胸の高鳴りは、間違いようも無い……恵里にとっての確かな初恋だったのだから。
「今度は回りくどいことなんてしない。私がどれだけ光輝君のことが好きなのか、正面からこれでもかとぶつけるから……だから、覚悟してね」
そう言って、恵里は笑った。
それは、元の世界で見せていた、どこか遠慮がちな笑みではなく、この世界で見せた嘲笑的な笑みでもない。年上の女性を彷彿とさせるミステリアスな笑みだった。
勘違いの無いように補足しておくが、恵里は香織や雫と比べても、引けを取らない美少女だ。今までは目立たずに光輝のそばに居るために、鈴の背中に隠れていることが多く、話題に上がることは無かったが、秘めたるポテンシャルは二人にも決して劣らない。
しかもそんな人物から至近距離で、尚且つ、今までとは違う、妖艶の雰囲気を纏わせた少女に正面から好意を向けられたらどうなるか……
「──っ!?」
結論。光輝も年頃の少年だったということだろう。
ぼんっと光輝の顔が真っ赤に染まり、視線はキョロキョロと忙しなく動き続ける。
「……? 光輝君?」
「あ、え……と、お、おれ……」
「おーい、勇者殿! こっちで一緒に祝杯を挙げないか?」
「あ、は、はい! 今行きます!!」
不審な動きを見せる光輝に恵里が首を傾げていると、タイミングが良いのか悪いのか、光輝を呼ぶ声がした瞬間にこれ幸いとそちらに駆けて行ってしまった。
「逃げたわね」
「何言ってんだ? 光輝は呼ばれたから向かっただけだろう?」
「はいはい、龍太郎はちょっと黙ってなさい」
一瞬の表情の変化で光輝の機敏を察知した雫が、ジト目を走り去る光輝の背中に送る中で、そう言ったことに疎い龍太郎が空気の読めてない発言を発する。
これだから男は。と雫がため息をつく中で、恵里は「相変わらず光輝君は誰にでも優しいなぁ」とズレた感想を抱いていた。
「……ねえ、恵里? 今の……わざとじゃないよね?」
「? 何が?」
「ううん、何でも無い……はぁ」
光輝の心情が全く伝わってない親友の姿に、鈴も大きくため息をついた。
もし、恵里が面倒なことはせず、正面から想いをぶつけていれば、世界を巻き込む争いにまで発展しなかったのでは? という思いを胸に抱きながら……
◇ ◇ ◇
「パパ! 今度はあっちに行ってみたいの!」
「ん? ああ、いいぞ」
場所は代わり、ハジメ達一行も今だけはリラックスした雰囲気で宴会を楽しんでいた。とは言え、もっぱらミュウの行きたい場所にハジメがあっちやこっちに引っ張られているだけなのだが。
「相変わらずハジメさん、ミュウちゃんには甘々ですねぇ」
「父と呼ばれることに抵抗を持ってたことなぞ、幻のようじゃの」
「今じゃ誰がどう見ても親子にしか見えないよね」
「あらあら、久しぶりにパパと一緒にいれて嬉しいのね」
人間族だけでなく、魔人族に獣人族、さらには竜人族の名産の食べ物はミュウにとっては好奇心を刺激される物ばかりだったらしく、ニコニコと両手に様々な食べ物を抱えている。
ついつい我が子の可愛さにハジメが何でも与えてしまい、それをシア達に注意されるといったことを繰り返していると、目の前から見知った人物がこちらに歩いてきているのが見えた。
「むっ、南雲ハジメか」
「フリードか。珍しいな、アンタがアルディアスのそばに居ないなんて」
「別にいつも一緒に居るわけではない。それよりも、ここでお前に会えるとは、ちょうど良かった」
ハジメの中ではアルディアスの後ろに着いていた印象が大きかったフリードが、アルディアスの後ろどころか、部下もつれずに歩いている姿に首を傾げたが、それを簡単にあしらったフリードはハジメに用があるようだ。
フリードからの用事にハジメが再び首を傾げていると、続いて出てきた言葉に目を見開いた。
「お前達を元の世界に還す算段に目処がたった」
「ッ!? 本当か!?」
「ああ、まだ実際の検証が必要だが、後はお前達の協力があれば問題ないだろう」
「そうか……そうか! だが、てっきりこの世界のことが落ち着いてから手をつけ始めるのかと思ってたんだが……」
「アルディアス様は約束を違えないお方だ。今もご協力頂いている愛子殿のためでもある。アルディアス様にアレーティアとミレディ。魔法の扱いに長けた三人が合同で進めたのだ。キッカケさえ掴めば引き寄せるのは簡単だ」
フリードの話によると、ミレディ達解放者が残した概念魔法の一つに“導越の羅針盤“というアーティファクトがあるらしい。本来はエヒトらが住まう神域の場所を感知するために生み出された物だが、それを使い座標さえ特定することが出来れば、ハジメ達の帰還に対する強い意志を媒体に世界を繋ぐ扉を再現できる……らしい。
「……いや、あっさり言うけどよ、それって新しい概念魔法作ってるようなもんだろ? 大丈夫なのか?」
「アルディアス様はエヒトの記憶を持っておられる。必然、お前達を召喚した転移術式も理解している。それに、アルディアス様曰く、神を相手に反逆することに比べたら、この程度造作もない、とのことだ」
「あー、ありがたいんだが……ホントどんどん何でもアリになってくるな」
確かにあんな化け物の相手を再びすることに比べたらそうかも知れないが、それでも世界を越える手段をあっさりと見つけ出すアルディアスに表情が引き攣るハジメ。
それでも帰還の方法が見つかったことに喜びを顕にする。実際は検証もまだのため、確立したわけではないのだが、それでもアルディアスならきっと……と無意識に期待しているのだろう。
ハジメと同じ異世界組の香織も笑みを浮かべ、シア達も未知なるハジメの故郷に思いを馳せる。
「とりあえず、それだけは伝えておきたかった。それと、ここからは私個人の用事だ……南雲ハジメ、歯を食いしばれ」
「──は? ぐっ!?」
突然告げられた言葉にハジメが固まっていると、左頬に鋭い痛みが走り、そのまま壁に叩きつけられた。
「ハジメ君!?」
「ちょっ!? いきなり何するんですか!?」
「フ、フリード殿!?」
「パパー!?」
「あ、あらあら」
ハジメがいきなり殴り飛ばされるという事態に驚愕しながらも、シアと香織はフリードを強く睨みつける。すぐさまハジメの元に駆け寄ろうとしたミュウだったが、とりあえず状況が分かるまでは娘を前に出すわけにはいかないと、レミアが抱き上げることでそれは叶わなかった。
そんな状況の中、ティオだけは困惑した様子でフリードを見つめる。他の面々と比べてフリードと関わることが多かった彼女は、フリードが何の理由も無くこんなことをするとは思えなかったからだ。
「ってえな……! てめぇ、いきなり何を──」
もちろん、そんなことをされて黙っているハジメではなく、すぐにフリードを睨みつけながら口を開いたハジメだったが、瞬く間に距離を詰めてきたフリードに胸ぐらを掴まれる。
その視線には殺気すら混じっており、流石のハジメも「あれ、俺なんかしたかな?」と少し不安になる。
「……貴様があの変態を作り出したらしいな」
ハジメから視線を外さずにフリードが指差す方向には、困惑した様子で状況を見守っていたティオの姿。
指差された本人は「え、妾?」と不思議そうに首を傾げている。
「いや、作り出したっつーか、初めからそうだったっつーか──」
「き・さ・ま・だ・な」
「あ、はい、そうです」
何となく嫌な予感がしたハジメは、あれは初めからそうだっただけで、自分のせいでは無いと否定しようとするも、覇気を増したフリードの言葉に思わず敬語で返事を返す。
「貴様のせいで、私がどれほどの被害を被ったか……思い出すだけでも身の毛がよだつ」
フリードはあの戦いの中で一瞬とは言え、ティオを眷属化している。
その一瞬で、フリードの頭に流れ込んできたティオの本質とも呼べる心からの願望。
それの何と悍ましく、恐ろしいものだったか。人とはここまで堕ちることが出来るのかと、一周回って感心しそうになったくらいだった。
「分かるか? それをダイレクトに受け取ってしまった私の苦悩が。貴様に『ピー』されたいだとか、貴様と『ピー』で『ピー』を『ピー』だとか、挙句の果てには『ピー』からの『ピー』を『ピー』で『ピー』した後に『ピー』を入れて『ピー』するだとか……もはや精神汚染されたかと思うほどのこの屈辱……!!」
流石のハジメでも反論が一つも出てこなかった。それどころか、心の底からフリードに同情した。そんな心持ちの中、よくぞ戦い続けたものだと称賛の言葉すら送りたくなった。
フリードに敵意を向けていたシアと香織も「うわぁ」と隣の変態に引いた様子を見せ、この場で唯一の幼子のミュウはレミアがその両耳を塞ぐことで成長の妨げになることを防いでいた。
肝心の変態は、自分の心の内をハジメに聞かれるという恥辱……恥辱? に身をくねらせながらいやんいやんと悶えていた。
「わ、妾の秘めたる想いを勝手に暴露されるとは……! なんと鬼畜なことを!!」
「いやいや、元々秘められてないですし、というか、心の中でそんなことまで考えてたんですか!?」
「フリードさんがあそこまで怒るのにも納得しちゃったよ」
普段から変態極まりない行動を取り続けていたティオだったが、言葉に出ていることが未だに序の口だったことに驚愕するシアと、流石にそれを聞かされることになったフリードの行動に納得する香織。
ついさっきまで加害者だったフリードが、今では完全な被害者として扱われていた。
「命令だ。アレを少しはマシなレベルまで矯正しろ」
「ちょっ、アレは矯正できるような代物じゃ──」
「アア?」
「……ガンバラサセテイタダキマス」
怒れる魔国の将相手に、ハジメは無力だった。
「矯正!? つまりご主人様からあんなことやそんなことを!? そ、想像しただけで……ンッッ!!」
「……道のりは長そうですね」
「……そもそも無理じゃないかな?」
頬を高揚させて興奮する変態の姿に、シアと香織は大きくため息をついた。
◇ ◇ ◇
「ミィイイレェエエディイイイ!!」
「おっと、カトレアちゃん、そんなに怒ったら小ジワが増えちゃうよ?」
「キィイイイイイイイイイ!?」
奇声を上げながらカトレアがミレディに襲いかかるが、ミレディはヒョイヒョイと難なく躱していく。
「ええと……落ち着いてくださいませ、カトレアさん。ミレディさんも悪気が在るわけじゃ……」
「悪気が無かったら尚更たちが悪いと思いますけど……」
「そうですわね……」
そんな光景を見つめながら、アルテナが何とかフォローに入ろうとするが、リリアーナの指摘にガックリと頭を下げる。
この一ヶ月、アルテナはアレーティアからミレディのサポートをするように頼まれていた。というのも、多忙だったアルディアスの負担を少しでも取り除けないかとアレーティアに相談したところ、この仕事を頼まれたのだが、今思い出すと、アレーティアはどこか笑いを堪えているようだった。
念のためと、アルディアスからの指示でそばに付いたカトレアと、決戦を通して仲良くなったリリアーナの補助を受けることで何とかやって行けているが、最近は「これ、決戦の準備以上に大変なのでは?」と思い始めているほどだ。
(いやいや、弱音を吐いちゃダメですわ! こんな人の面倒をアルディアス様にお任せするわけにはいきません!!)
当初は、かつて少ないながらもエヒトに立ち向かった人々のリーダーと聞いて、粗相の無いようにしなければと息巻いていたアルテナだったが、今ではこんな人扱いである。
「こんな人って酷いなぁ。これでも私凄いんだよ? チョンチョン」
「うひゃあ!? 突然後ろに現れないでください!! というか、心を読まないでください!!」
そんなことを考えていたアルテナの後ろにいつの間にか回り込んでいたミレディがアルテナの脇を突っつく。
「うんうん、いい反応だ。ところで君もカトレアちゃんと一緒でアルディアス君が好きなんでしょ?」
「ななな、何を言ってんだいアンタは!?」
「そそそ、そうですわ!? 何故そのようなことを!?」
「お二人共、そこまで動揺されては自ら白状しているようなものですよ」
というか、この二人はもしかして、アルディアス様への恋心を隠しているつもりだったのだろうか? 付き合いの短い自分ですらすぐ察することが出来たのだが……
「どうどう、落ち着いてよ二人共。アルディアス君との距離を縮める上で、今最大の難所を教えてあげようと思ってさ」
「「最大の難所?」」
「そのようなことをご存知なんですか?」
「もっちろん!! こう見えて何千年と生きてるからね! 年長者の特権ってやつだよ!!」
アルディアスが18歳である以上、必要な知識は過去十数年の物ではないだろうか? という疑問が三人の頭に浮かぶが、アルディアスと同じ、逸脱者としての視点が何かに役立つのかもしれないと、カトレアとアルテナはゴクリと唾を飲み込む。
「さて、皆知っての通り、この度人間族と魔人族との和平が決まったわけだけど、仲良くしましょうって握手をして万事解決! ってわけにはいかないのは皆分かってることだよね?」
「それは……そうですね」
ミレディの問い掛けに、リリアーナは言葉に詰まりながらも肯定する。
数千年もの間、争い続けていたのだ。今こそ共に戦ったことが彼らの中に団結力をを生み出しているが、和平に否定的な意見ももちろんある。
「ですので、これはゴールではなくスタートです。人間族と魔人族。そして獣人族、竜人族。トータス全ての種族が手を取り合って生きて行ける世界の実現のために」
「うんうん、良い意気込みだね。そして王族である君は率先して魔人族との共存を示していかなくてなならない。そうだね?」
「はい、もちろんです!!」
王族である自分が先頭立って魔人族の方と交流を図る必要があるのは語るまでもないだろう。父はもう年だし、母も前に出る人ではない。ランデルもまだ幼い。これから先のことを考えれば、自分が率先して動くべきだろう。
「ほほう、つまり国のためになら粉骨砕身何でもやるつもりだと?」
「え? ええ、そのつもりですけど……」
でも何故だろう。あからさまにニヤリと黒い笑みを浮かべたミレディの姿に途轍もない嫌な予感がするのは。
「アルテナちゃん、カトレアちゃん、聞いたかい? 魔人族との融和のために、リリィちゃんは何でもする覚悟らしいよ?」
「それは素晴らしい心掛けなのではないでしょうか?」
「そんなことより、いい加減言いたいことを言え。まどろっこしいんだよ」
「つまり、リリィちゃんはアルディアス君に嫁ぐことも視野に入れているってことさ」
「「ッ!?」」
「──ッ!? あ、いや、ちょっと待ってください!?」
ここに来てようやくミレディの思惑をリリアーナは理解した。
確かに国同士の繋がりを強化するために、王族同士で婚約することは十分有り得ることだ。リリアーナも可能性は考えていたし、どうやら父はアルディアス様のことをかなり気に入っている様子だった。
リリアーナも直接言葉を交わした回数こそ少ないが、彼が人格者であることは疑いようもない事実だし、正直今まで出会った男性と比べても、断トツと言っても良いほど好印象を抱いている。
しかし、今は状況が悪い。
「それはあくまで一つの選択肢というか!? 別に決まったわけじゃ──」
更に言葉を続けようとしたリリアーナの左肩がガシッと掴まれる。
「リリィさんもアルディアス様を狙っていらっしゃるの?」
振り向いた先にいたアルテナは満面の笑みだ。しかし、リリアーナの掴まれた肩が万力のようにギリギリと締め上げられる。
「ア、アルテナさん落ち着いて。私は別に──」
しかし、その言葉も右肩をガシリと掴まれたことで途切れる。
「実際アンタはどう思ってるんだい姫さん?」
反対を振り向くと同じように満面の笑みのカトレア。しかし、リリアーナの掴まれた肩が(以下略
「リリィさん?」
「姫さん?」
「あ、あ、あ……あ! アルディアス様!」
「「え!?」」
リリアーナの指差す方に慌てて視線を向けた二人だったが、そこには誰もおらず、視線を戻すと、一国の姫とは思えない全力疾走で逃走するリリアーナの姿が。
「お待ち下さい!!」
「待ちな!!」
「覚えていなさい、ミレディ・ライセェエエエエエン!!」
「ははははっ! 頑張ってねぇ!」
自分をハメた諸悪の根源に向けて恨みを叫びながら逃走する王女を、心底愉快そうに手を振りながら見送るミレディ。
三人の姿が視界から消えた後、ミレディは一人、空を見上げ小さく微笑んだ。
「ああ、平和だなぁ」
自分達が喉から手が出るほど求め続けた世界が、今ここに完成されつつある。
数多の種族が手を取り合い、笑い合うことが出来る世界。神によって理不尽に命を奪われない世界。
最悪、自分の身を犠牲にしてでも。と、覚悟していたが、結局生き残ってしまった。
ならば、代わりにこの世界を見守ろう。逝ってしまった皆の分まで……
「それに、あの娘らをからかうの面白いしねぇ」
どちらが本分なのかは、彼女しか分からない。
◇ ◇ ◇
そんな地上の光景を空高くより、見下ろしている青年がいた。
青年──アルディアスは小さく笑みを浮かべている。
「ここにいたんだ」
「アレーティアか。すまない、何か用だったか?」
「ううん、特に用は無いけど……」
「どうした?」
不自然に途切れた言葉に、アルディアスが不思議そうに首を傾げる。すると意を決したように、アレーティアが口を開く。
「……ある程度国が安定したら、一つ、実験がしたい」
「実験?」
「うん、固有魔法を弄れないか試したいんだ」
「……“自動再生“か?」
アルディアスの指摘にアレーティアは頷く。
「“自動再生“。この固有魔法の影響で私は一生年を取らない……ううん、取れない。実は昔からずっと考えてたんだ」
この魔法の真髄は傷がすぐに再生しないことでも、魔力が在る限り死なないことでもない。年齢を重ねることが出来ないことだ。
12歳という若さで発現してしまったせいで、これ以上の肉体的な成長は見込めないが、魔法という戦闘スタイル故、あまり関係なく、同時に老いという衰えがない。いつまでも全盛期の力を維持することが出来る。
しかし、それは友人、仲間、家族。親しい者達の死を見送らなければいけないということだ。さらには自分の子供や孫がシワシワになっていく中で、自分だけが変わらず存在し続ける。それの何と寂しいことか。
王族として、絶対的な王として君臨していた時代にはそんなことを考えることは無かった。だが、自分の隣に立ってくれる人達と触れ合ってしまったからこそ、出てきてしまった欲と不安。
「私はそんな人生嫌。皆と一緒の時間を過ごして、皆と一緒に年を取っていきたい」
そして、願わくば、あなたの隣でずっと……
「そうか、ならば俺も手を貸そう」
「……いいの?」
「ああ、家族の頼みだ。断る理由がないな。それに……」
アレーティアから視線を外したアルディアスは眼下の広大な世界を視界に捉える。
その視界に入れた世界から、多種多様な色彩の文様が浮かび上がる。
それは紛れもなく、
「頂きはこの目で見た。そこに確かに存在するのなら、辿り着くことは不可能じゃない」
“理への干渉“
あれは決して神にしか使えない技などではない。エヒト達到達者は、神に至る前から“理への干渉“が可能だった。あくまで戦闘に組み込められる熟練度まで使いこなせていたのが
無論、そこに辿り着くまでの道は長く険しいが、既にアルディアスはその領域に片足を踏み入れている。
まだその存在を捉えることが出来ただけで、干渉するには程遠いが、それでもキッカケは掴んだ。後は自分の中の
「アルディアス?」
「……いや、何でも無いさ」
首を傾げるアレーティアに何でも無いとアルディアスが首を振ると、そのままじっとアレーティアを見つめ始める。
自分の魔法の師であり、家族を失った自分のそばに寄り添ってくれた女性。孤独でモノクロだった旅が彼女が居ただけで色鮮やかに変わった日を、アルディアスは忘れない。
「え? あ、えっ、と……な、何?」
「安心しろ。俺はどこにもいかないさ。ずっとアレーティアのそばにいる」
雲一つ無い空の下、アルディアスは心の底から笑みを浮かべた。
──ずっとアレーティアのそばにいる。ずっとアレーティアのそばにいる。ずっとアレーティアのそばにいる──……
(まさかこれは、プロポーズ!?)
突然の告白に、アレーティアの脳内の至る所でオーバヒートを起こした。
(え、ちょ、心の準備が!? いや、嬉しいけど!? 嬉しいけど!? 正直予想もしてなかったと言うか……な、なんて返せば……! もちろん答えはイエスだけど!? せめて……せめてもう少し国が安定してからかなとか思ってて何も考えてない!? イタタ、胸が、胸が痛いんだけど!?)
それでも流石は元王族。現実時間で一秒にも満たない時間で混乱を収めたアレーティアは、落ち着いた態度で、あくまで外見上は余裕のある年上の女性として立ち振る舞う。
「……私もアルディアスと──」
「やはり、家族としては早く良い人を見つけて欲しいしな」
「……」
瞬間、アレーティアの脳が冷水を浴びせたかのようにスンッと冷静になる。
分かっている。分かっていた。アルディアスの中では未だにそうなのだろう。アルディアスはただ家族の幸せを弟として願っているだけなのだ。そこには善意しか無い。それでも、それでも……
「ふん!!」
──ガツンッ!
「……なぜ俺は殴られたのだろうか?」
「自分の胸に聞いたら?」
「?」
「はぁ、それよりも、そろそろ皆が心配する。戻ろう?」
「ああ、そうだな」
先に降下していくアレーティアにアルディアスも続くが、不意に止まり、そろそろ日が沈みつつある空を見上げる。
「……よく見ておけ。お前が生み出した
答えはない。だが、それで構わない。
すでに約束はした。後はそれを果たすのみ。
物語は終わらない。この地に生きとし生ける者たちが居る限り、これからも多くの
世界は終わらない。この地を望むものが居る限り、彼の意志が途切れない限り、存在し続ける。
ありふれた日常を守るために。
立ち上がった男がいた。
彼は全知などではない。
彼は全能などではない。
彼は神などではない。
彼は“魔人族の王“であっただけのこと。
少し違うのは、ほんの少しだけありふれない力を持っていただけの話。
彼が求めるはありふれた日常。
彼が願うのは今代の平和。
彼が託すのは未来への希望。
その意志が受け継がれていく限り、きっと世界は回り続ける。
沈みゆく太陽が一日の終わりを世界に告げる。
西の空に残る淡い夕焼けは、どこかの不器用な神の瞳のように、黄昏れに揺らめいていた。
ふぅ〜、何とか書き切ることが出来ました。
これにて完結です。幕間を含めて全55話。執筆期間9ヶ月というかなり短い内容ですが、個人的には満足です。
魔人族のオリ主っていないよね?っていう思いつきで書き始めたこの作品。思いつきで書き始めたせいか、実は設定がコロコロ変わってます。(当初の予定だとアルディアスが主人公兼ラスボスだったり)
さて、感想でもちょくちょく意見を頂いていたアフターですが、個人的にもちょっと書いてみたいなという気持ちがある一方で、満足してるからこそここで終わらせた方が良いのでは?という気持ちがせめぎ合っています。
なので、とりあえずここで一旦は完結させて、自分で満足のいく内容が出来たら不定期に投稿という形にしたいと思ってます。
内容としては
・アルディアス地球に行く。
・アルディアス(幼)の冒険。
・トータスでのその後。
この辺りが浮かんでますが、中身はまだ全く考えていないので納得出来ずに投稿しないという可能性も十分あります。投稿されてたらラッキーくらいに考えて頂けたら幸いです。
それでは、ここまで読んでくださった読者の皆様。本当にありがとうございました。