年始は色々忙しくて全く執筆出来ませんでしたが、今年もちょくちょく書いていく予定ですのでどうかよろしくお願いします。
内容が思った以上に長くなったので前編後編に分けました。
ギャグ100%回。キャラ崩壊注意です。
──バサバサバサバサッ
それは紙束が盛大に床に巻き散らかされて発生した音だ。
元凶である男──フリードはしかし、眼下の惨状を気にすることもなく、眼を見開いて目の前の人物にわなわなと語りかける。
「……今、何とおっしゃいましたか?」
「ん? 聞こえなかったのか?」
唇が震え、表情も青褪めつつある兄の姿に首を傾げるも、男──アルディアスは再び同じ言葉を告げた。
「“ばれんたいん“とは何だ?」
聞き間違いでは無かったその言葉に、フリードは白目を剥いた。
バレンタイン。それはハジメ達の故郷、地球で開かれるイベント。
一般にカップルが愛を祝う日とされていて、日本では女性が男性にチョコレートなどの菓子類を贈る日とされてきた。
(“ばれんたいん“……!? あんな残虐で恐ろしいものにアルディアス様を関わらせるわけには……!!)
もう一度言う。バレンタイン。それはカップルが愛を祝う日である。間違っても残虐で恐ろしいものなどではない。
何故フリードがここまでバレンタインという行事に焦燥感を顕にするのか。
その理由を説明するには一ヶ月程遡ることになる。
◇ ◇ ◇
──一ヶ月前。
「……で? こんなところに集めて何をするつもりだ?」
魔国ガーランド。その王城の食堂にて、ハジメは頬杖をつきながら言葉を吐き出した。
ハジメが座る長机には、この世界での名だたる長達が集結していた。
「私はリリアーナに呼ばれてきたのだが……」
「俺も同じようなもんだ。トレイシーが来いって言うからよ」
「お二人もか? 私もアイリーに呼び出されたのだ」
人間族の国を治める3人の長。エリヒド、ガハルド、ランズィは自身の娘たちに呼ばれただけで、何も詳細は聞かされていないようだ。
「私もアルテナから来て欲しいと頼まれたのだ」
「どうやら各々が似たようなものらしいな。私はヴェンリから連絡があった」
森人族の長、アルフレリックに竜人族の長、アドゥルも同じような理由だと告げる。
彼らの話を聞き、この場で唯一詳細を知っているだろう人物にハジメは視線を向けた。
「一体何だってんだよ、フリード?」
「どうも試食会らしい。私もアレーティアに聞いただけだが……」
「試食会?」
「ああ、先程名前が挙がった者たちに加え、アレーティアとカトレアを含めた7人のな」
「何で?」
「お前が原因だ。正確にはシア・ハウリアだがな」
「シアが?」
首を傾げるハジメにフリードはこの状況の経緯を語りだす。
始まりは、シア・ハウリアからもたらされた一つの情報からだった。
『ハジメさんの故郷ではバレンタインデーというものがあって、女性が好きな男性に手作りのお菓子を贈る日らしいんですよ!!』
ハジメに地球の話を聞いてきたときにふと話題に上がったらしいのだが、年頃の女性のシアにはそれが猛烈に突き刺さったらしく、すぐにアレーティア達に共有された。
そして今は12月中旬。時期的には間に合うが、
「──と、言うわけだ」
「何が──と、言うわけだよ。俺関係ねえだろ」
「トータスに“ばれんたいん“なる催しはないからな。唯一知っているお前の意見も聞きたいらしい」
試作品を提供するメンバーに自分は関係ないだろと苦言をこぼすハジメだったが、バレンタイン経験者として意見を求められているらしい。
「いや、経験者っつっても俺は……いや、何でもねぇ」
そもそも今まで母親からしか貰ってねぇと告げようとしたハジメだったが、虚しくなるだけなので止めた。彼は今までそういった行事とは無縁だったのだ。
試食会という言葉にそういうことかと納得する者が居る一方、表情を強張らせる者や、首を傾げる者が居たが、そのことにハジメやフリードは気が付かなかった。
そうこう話している内に食堂と調理場を繋ぐ扉が開かれ、料理をトレーに載せた金髪の少女が現れた。
「おまたせ」
「最初はアレーティアか」
「ん、自信作。食べてみて」
全員の前に置かれていく料理を見て、ほとんどの者が首を傾げるが、唯一ハジメだけが目を見開いた。
「これ、まさかチョコレートか!?」
「ちょこれいと? 何だそれ?」
目の前の黒い物体の正体を知っているらしいハジメにガハルドが問いかける。
「あ、ああ、チョコレートってのは俺の世界の菓子の一つで、バレンタインの贈り物では定番の菓子なんだ。でもこの世界には無かったはずだが……」
「シアに話を聞いて独学で作ってみた」
「まじか、流石稀代の魔法使いってか? まさかチョコが食えるなんて……」
「よく分からんが、お前がそこまで言うならちょこれいとってのはさぞかし美味ぇんだろうな」
「折角だ。頂くとしよう」
ハジメの目が僅かに輝いている光景に、期待に胸を膨らませた彼らは一斉にそれを頬張る。
カリッとした食感の後、その中から滲み出すトロトロの液体。硬めの固形物で隠されていた液体が口いっぱいに広がり、ねっとりとした
(((まっず!!???)))
いや、泥みたいというか、これ泥じゃね? という疑問が彼らの頭に浮かび上がる。
こんなものがお前の故郷では人気なのか?という恨みがましい視線を一気に受けたハジメはブンブンと首を横に振った。
「な、なあアレーティア? これ、俺の知ってるチョコレートとは少し違う気がするんだが……?」
「ん? やっぱり完成にはまだ足りなかったみたい。シアに聞いたとおりトロトロとしてるけど、まだ茶色みが足りない気がしてた」
「「「……」」」
その言葉でハジメは気付いた。チョコレートを知らない者も気付いた。
こいつ、話を聞いたときの感覚だけでこれ作りやがった、と。
不味いわけである。チョコの原料のカカオ以前に、砂糖すら入っていない。というか何入ってるんだこれ?
気にはなったが、知るのも何だか怖かった彼らはスルーした。
「とりあえず、ちょこれいとを知ってるハジメには試作品を沢山作った。食べてみて、近いのを教えてほしい」
「…………え?」
突然ボロボロと虚空から現れる黒い物体の数々。悍ましい気を放つそれは、もはやダークマターの一種に見える。
「ま、まてまてまて、まさか俺一人で!?」
「? ちょこれいとを知ってるのハジメだけ」
「それは仕方がないな」
「ああ、仕方がない」
「興味があったがそういうことなら仕方がない」
「て、てめぇら!?」
瞬時に状況を把握した彼らは、誰からともなくその流れに乗ることにした。
流石は国を統治する面々だ。状況判断は一瞬だった。それだけあの黒い物体はもう一つとて口に入れたくなかった。
「さ、どんどんいこう」
「ちょ、待っ! てめぇら絶対許さねぇからな!! 覚えと──あっ、待ってアレーティアさん!? お願い待ってくださ──アッーーーーー!!???」
南雲ハジメ リタイア
食堂の端にハジメの亡骸を横にした彼らは、各々黙祷を捧げた。
「必要な犠牲だった」
「ああ、あれが最善だった」
生きるためとは言え、最も若い少年を見殺しにしてしまったことに少々の罪悪感が漂うが、ガハルドとフリードだけはあれは避けられない犠牲だったと割り切った態度を取っていた。
アレーティアは白目を剥いて動かなくなったハジメに首を傾げたが、もしかして故郷の味に感動したのかもしれないと感想は後でもらうことにしたようだ。
彼女に聞いたところ、次はアルテナらしい。
「アルフレリック殿」
エリヒドが嘆願するかのようにアルフレリックの名を呼ぶ。
出だしこそアレだったが、そちらの孫娘さんは大丈夫か、と。
「……あの子の両親が亡くなってから、私は二人に顔向け出来るよう、精一杯あの子を育てたつもりだ。族長の娘としてだけでなく、一人前の女性となれるように……時には厳しくも接した」
「「「おおっ!」」」
アルフレリックの言葉に生き残った面々に喜色が宿る。
そこまで言うのならきっと期待できるのだろう。
「お待たせしました」
そうこうしている内にアルテナが料理を持ってやってきた。
「特製まふぃんですわ」
配膳されたのは、手のひらサイズの大きさのケーキだ。ふっくらと焼き上がっており、出来立てなのか、湯気が立ち上っている。完璧。完璧である……その上からかけられた、
「「「……」」」
全員の視線がアルフレリックに集中する。
そんな状況の中、アルフレリックは自嘲するように息を吐いた。
「必ずしも、努力が報われるとは限らないということだな」
(((この糞ジジイ!!)))
全員の心の声が一致した瞬間だった。
「アルテナよ。このグツグツしている赤いものは何かな?」
「シアさんに聞いたのですが、あちらの世界ではいちごという果物をソースにして掛ける風習があるようです。それで形から入ってみようと思いまして! 火にかけて上からかけてみました!!」
(((どんな火にかけたらこんな灼熱地獄みたいになるんだ!? それで結局この赤いの何!?)))
結論。この物体もアレーティアのちょこれいとと同じ、彼女たちの感性から作られた謎の物体だった。
めちゃくちゃ食べたくなかったが、目の前で期待の眼差しを向ける少女の圧にNOと言えなかった大人たちは恐る恐るそれを口に運んだ。
「ホワァアアアアアアッ!?」
アルフレリックの口から聞いたことも無い奇声が上がった。
他の面々も表情を真っ赤に染めながら、今にも崩れ落ちそうな体を両腕で必死に耐え忍ぶ。
マフィンにかかっている赤い何かにさえ気をつけていればと身構えていた彼らに、マフィンの中から洪水のように吹き出す赤いドロドロが襲いかかる。
まるで口内を焼き焦がされるような激痛。人の痛覚の限界を越えた辛味が彼らの意識を飛ばしかけるが、辛味の奥底から微かに感じられる甘味が、砂漠のオアシスの如く彼らを正気に戻す。
それは咎人が堕ちると言われる八大地獄の一つ、焦熱地獄そのものだった。
「まあ、お祖父様ったら。そこまで大声を上げるほど美味しかったのですか?」
「ふぅうう!? ふしゅぅうう!?」
「皆様もお熱いですので、お気をつけてお食べ下さい」
熱すぎて食べられない。そう一言言えば済むが、純粋無垢な笑みを浮かべるアルテナを前に、彼らの取れる選択肢は一つだった。
何とか地獄の灼熱を飲み込んだ彼らに、アルテナは満足そうな表情で空になった皿を片付けて戻ったいった。
「し、死ぬかと思った」
「う、うむ……亡くなった父の面影を見た」
「竜人族はブレスで己の口を焼かぬよう、人の状態でもある程度の耐性があるのだが……」
ランズィ、エリヒド、アドゥルは何とか乗り切ったことに大きく息を吐きながら安堵する。
「おい、アルフレリック! てめぇの孫娘の教育はどうなってやがる!」
「……アルフレリック殿?……ハッ!?」
ガハルドが鬱憤を晴らすようにアルフレリックに怒鳴りつけるが、肝心のアルフレリックは目を閉じたまま微動だにしない。そのことに疑問に思ったフリードが首を傾げていると、すぐに異常に気付いた。他の面々も同時に気付く。
「アルフレリック殿!? しっかりしろ!?」
「おい、アルフレリック目を開けろ!! こんなとこで終わるほどヤワじゃねえだろ!?」
かつてはアルフレリックたち獣人族を奴隷扱いしていたガハルドがアルフレリックの肩を掴んで激しく揺さぶる。
それでもアルフレリックは動かない。
「アルフレリック? 嘘だろおい……? 返事をしろアルフレリック! アルフレリッーーク!!」
机に置かれていたアルフレリックの腕が、力なくだらんと投げ出された。
アルフレリック・ハイピスト リタイア
部屋の隅の亡骸が一人増えたことで、残された彼らはダラダラと嫌な汗を流しながら、机を挟んで向き合っていた。
ちなみに次はリリアーナの番らしい。
「エリヒド殿……」
フリードに名を呼ばれたエリヒドが俯いていた顔をあげると、その場に居る全員が懇願するような表情で自身を見つめていることに気付く。理由は言わずもがなだろう。
「……すまない。娘がどの程度の料理の腕前なのかを私は知らない」
「ちっ、もう神頼みしか無いってか?」
「やめろ貴様。縁起でもない」
自信の無い様子のエリヒドに、ガハルドは匙を投げるが、この世界の神の真実を知る立場からすれば、神頼みなど碌な結果を生まないような気がしたフリードがそれを咎める。
ガチャリ、と扉が開く音に、彼らはビクリと肩を震わせた。もうトラウマになっている。
「お待たせしました。どうぞご賞味下さい」
現れたリリアーナによって配膳されたのは、丸く切られたロール状の何か。もしここにハジメがいればロールケーキという単語が出ただろうが、それが分からない彼らは恐る恐る目の前の何かをじっくり観察する。
見た目はとにかく白い。ふわふわとした生地でクリームのようなものを巻き込むように包んでいる。特に危険性は感じられないが、今まで経験が彼らのに二の足を踏ませている。
「リ、リリアーナ? これは見たこともない菓子だが……」
「はい、香織や雫達の世界で、ろーるけーきと呼ばれるものです。
「な、なるほど?
その一言は彼らを萎縮させるには十分だった。今までと共通点がありすぎる。それでも食べるしかない。
これがハジメだったらとっくに逃走していただろうが、残った彼らはせっかく少女たちが思い思いの料理を作ってくれている手前、不味いからいりませんとは言えなかった。
唯一ガハルドだけは堂々と退出しそうなものだが、それでフリードを含む各国の長達に恨まれ、後々面倒なことになることは目に見えていたため、行動に移せないでいた。それになんか敵前逃亡みたいで嫌だった。
結局彼らは震える手を無理やり押さえつけて料理を口に運んだ。
ガキンッという金属音が5つ響いた。
(((硬ッ!!???)))
一体誰が想像しただろうか。こんな見た目ふわふわしているものが鉱石のような頑強さを兼ね備えていることなど。しかも白く見えていたのは外の薄皮だけで、中身は闇のような漆黒の何かが見える。
それに硬いのは確かなのだが、口の中ではふわふわとした感触が確かにある。そんな馬鹿なと恐る恐る歯を立てれば再び鳴る金属音。もはや概念魔法すら見劣りするほどの未知なる現象である。
「リリアーナ? これは一体?」
「旨味を凝縮してみました」
(((凝縮というか圧縮では?)))
流石に物理的に噛めないものを食べることは出来ない。
各々が静かに皿を遠ざける中、エリヒドはせめて娘に何か労いの言葉をかけようとする。
「リリアーナ? その……非常に申し訳ないのだが……ッ!?」
その瞬間、エリヒドは目撃した。
一瞬見せた、愛娘の寂しそうな表情を。
「……彼らはどうやら体調がよろしくないようだ。折角の娘の手料理。残すのも勿体ない。私が全て頂こう」
「「「なっ!?」」」
フリード達が言葉を失っている間にエリヒドは他の面々の皿を引き寄せ、そのふわふわの鉱石モドキを口に放り込んでいく。
次々と口に運ばれていく光景に彼らは驚愕する。人の歯で噛み砕ける硬さではない。それをエリヒドはごきゅごきゅっと丸呑みにしていく。今まで苦労を掛けた愛娘のためならば、これくらい造作もないことだった。
「んぐっ、んぐっ……ぶはっ! はあはあ……」
「ど、どうでしょうかお父様……」
「異世界の料理……中々独特な味わいだったが、愛娘の料理が美味しくないわけがない。ありがとうリリアーナ」
笑みを浮かべながら感謝を告げるエリヒドの姿に、リリアーナは笑顔を浮かべながら調理室に戻っていった。
「……フリード殿、リリアーナはもう戻っただろうか?」
「あ、ああ。見て分かる通りもう居ないが……?」
「そうか……」
「エリヒド殿?……まさか!?」
おかしなことを聞くエリヒドに全員が怪訝な表情を見せるが、隣に座っていたランズィが異常に気付いた。
エリヒドはまるで虚空を掴むように腕を彷徨わせる。
「私はどうやらここまでのようだ。もう皆の顔もまともに見えない」
「気をしっかり持つんだエリヒド殿!!」
ランズィがエリヒドの手をガシッと掴むが、その手から伝わる体温が、既に手遅れだということを嫌でも伝えてくる。
「後のことは、頼みましたぞ」
「エ、エリヒド殿ぉおおおお!!」
エリヒド・S・B・ハイリヒ リタイア
──後編に続く。
各々の料理の腕前は完全にオリジナル設定です。
>本日のお品書き
・どきどきわくわくチョコレート
・ふわふわマフィン 煉獄ソースを添えて
・腹黒ロールケーキ