魔導士は爆煙と狂う   作:宝剣サーモンソード

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5話:カゲヤマ危機一髪

 エルザにルーシィに付いて行くよう頼まれたキャロレインは、彼女らを脇に抱えながら、逃走して見失った鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士を索敵していた。

 駅の通路は相変わらず人気が無く、規則的な煉瓦模様の続いており、変わり映えがない迷路のようでひどく殺風景だった。

 

「あのー、自分で歩けるんで……そろそろ降ろしてもらっても」

「オイラも」

 

 丸太のように担がれながら運ばれるルーシィ達は、自分の足で歩くから降ろしてくれとキャロレインに頼んだ。

 

「わかった」

 

 即答したキャロレインは、彼女らをパッと手離す。ハッピーは宙を回転しながら綺麗に着地。

 一方ルーシィは、手を付く間も無くそのまま床とキスを交わすのであった。彼女は額を押さえながら、もう少し優しく扱ってほしいとキャロレインに軽く抗議した。

 

「すまん、次から気を付ける」

「ホントに分かってくれたのかしら……?」

 

 終始ニッコリしたままのキャロレインを見て、ルーシィは本当に理解してくれたのかと怪訝な表情を浮かべた。

 

 ルーシィ達は前を歩くキャロレインに付いて行く。

 平然としているハッピーやキャロレインと比較して、彼女だけは落ち着きなく周囲を警戒していた。逃げたとは言え、鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士がいつ何処から隙を突いて奇襲を仕掛けてくるか分からないとビクビクしていたのだ。

 

「ルーシィ、ビビり過ぎ。略してビリーだね」

 

「ビリーって何よ……逆に言うけど、何でアンタ達はそんなに落ち着いてられるのよ」

 

「慣れです」

 

「率直……」

 

 そう言うものかと諦めたように納得したルーシィ。

 ふと、彼女は気にかかっていたことをハッピーにこっそりと訊いた。

 

「それにしてもあの子、ずっとあんな顔してよく疲れないわね」

 

「キャロはいっつもああいう感じだよ」

 

「あー、エルザが言ってたいつも笑ってるってそういう……何か理由でもあるのかな?」

 

「知りたいか?」

 

 こそこそと会話していたルーシィ達に、ずしりとした声が割り込む。

 ドキリと心臓が跳ねたルーシィが前を向くと、目の前にはずずいと迫るキャロレインがいた。まるで見下ろされてるような錯覚に陥ったルーシィは仰反る。

 

「え、遠慮しときます……」

「そうか」

 

 知りたくないと言えば嘘になる。が、詰め寄るキャロレインから醸し出されるただならぬ雰囲気に、ルーシィは躊躇った。

 そもそも会って間もない少女の事を根掘り葉掘り訊き出すのは良くないし、乙女には秘密の一つや二つは付き物だと、ルーシィは自問自答した。

 

「昔の話だ。小さい村で生まれ育ったオレは、両親と姉の四人で平凡な生活を送っていた」

 

「いや話すんかい」

 

 気遣い返して、ルーシィはそう思った。

 キャロレインは通路を渡りながら話を続ける。

 

「その村の外れには小さな遺跡があってだな。大人達からは絶対に入るなって口酸っぱく言われてたんだが……ある時、オレは好奇心からその遺跡に探検しに行ったんだ。誰にも内緒で、一人でコッソリとな」

 

「遺跡の中は、ボロくなった石壁の隙間から差す日の光以外に照らすモンが無かった。だから、まだ日中にも関わらず薄暗くて不気味だった。湿って滑る石床や、そこかしこに張り巡らされた蜘蛛の巣なんかに苦戦しながら歩いていたら、デカい石造りの箱を見つけたんだ」

 

「多少省くが、その箱……正確には中身に呪いが封じられててな。当時無知だったオレは、好奇心から不用心にもその箱を開けて呪いを受けちまったのさ」

 

「つまり、その顔は呪いの影響って事?」

 

 キャロレインは頷く。

 

「そ、『張面の呪い』ってモンで、後で調べて分かった事だが、コレは当人が長く関わりを持ってるヤツにも感染するそうだ。別に放置したら死ぬって感じの呪いじゃないが、村の間じゃ禁忌(タブー)だったっぽくてな。そんなんで、色々あって村から離れて今は一人暮らし。解呪の方法を探して妖精の尻尾(フェアリーテイル)で魔導士やってるってワケ」

 

「そんな事が……」

 

 ルーシィが抱く村というものの印象は、排他的で独自の掟や規則に厳しくあるというものだった。実際その通りで、中には開放的な村も存在するものの、大抵は閉鎖的である。そんな狭い社会の中で、禁忌を犯した人間がどういう扱いを受けるかなど彼女にとって想像に難くない。

 

 子供ながらに色々苦労してるんだなぁ、と同情を寄せるルーシィであった。

 

「ま、ウソなんですけどね」

「は?」

 

 ルーシィは呆気に取られた。

 何やねんコイツ、真剣に聞いてた自分が馬鹿みたいじゃないかと、ルーシィは額を抑える。すると、先程床に打った時の痛みが彼女を襲った。

 

「はぁ〜騙されたわ……」

 

「ちょっとは緊張解れたか?」

 

「……そうね、私の純真を弄ばれた事を除けばね!」

 

「今の話が本当だったら、オイラ達も既にそうなってるよ」

 

 ハッピーにそう言われて、ルーシィは常に満面の笑みを浮かべるナツ達を思い浮かべる。思考の吹き出しの中で、彼らはニコニコしながら瓶や椅子を投げたり叩きつけあったり、取っ組み合いの殴り合いをしている。

 

(うーん、狂気……)

 

 狂喜入り乱れる暴力的(バイオレンス)な光景は夢にすら現れないような惨状だった。

 

「でもルーシィに純真ってあったんだね」

 

「それどういう意味?」

 

 聞き捨てならないと、ルーシィはハッピーの頬を強く抓る。

 

じょうらんへふ(冗談です)おほらはいへ(怒らないで)

 

 そんなやり取りをしながら、彼女らは通路にある事務室や多目的室、物置に近い部屋まで隅々まで捜索する。中には鍵のかかった部屋も幾つかあったが、キャロレインが無理矢理壁をぶっ壊した。風穴の空いた壁から退出する度に、ルーシィが虚空に向かって何度も謝っていた。

 

 そんな事を続けてしばらく経過したものの、探せど探せど一向に逃げた魔導士は見つからない。

 

「全然見つからないね」

 

「男用トイレに篭ってんじゃね? ……そういやハッピーはオスだろ、ちょっと確認してきてくれ」

 

「オイラじゃ無理だよ。ここはルーシィが適任だと思うんだ」

 

「何でじゃい‼︎ 常識的に考えて嫌よ‼︎ ねぇ、キャロレインさん⁉︎」

 

「むず痒いから敬称は要らん。あと、この非常時に常識とか言ってる場合じゃないと思う」

 

「うえェェん! 味方ゼロ!」

 

 ルーシィは世の理不尽を嘆いた。

 現に、この日まで妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員として色々理不尽を経験している彼女であるが、ここでは一旦省略する。

 

「なあ、真面目な話、エリゴールって奴はマジで呪歌(ララバイ)を放送するのか?」

 

「え?」

 

「いやだって、呪歌(ララバイ)ってのは聞いただけで死ぬ魔法なんだろ? そんなの放送したら仲間も死ぬだろ。そのエリゴールに仲間意識が無ければ話は別だけど……」

 

「言われてみれば、自分達だけ呪歌(ララバイ)を防ぐ方法でもあったのかしら」

 

「音を防ぐとすれば……聴覚保護(ミュート)か?」

 

 聴覚保護(ミュート)とは、読んで字の如く防音の魔法である。安眠用の魔水晶(ラクリマ)として流通しており、かつて隣人の騒音による睡眠妨害に遭った魔導士が、恨言を吐きつつ目を充血させながら二徹して生み出した血と涙の結晶だ。

 一般的なものだと大体5〜7割程軽減できるが、最高級の物となれば音を完全に防げる。現在小型化の開発が計画されている。当然だが魔導士も習得できる。

 

「でも聴覚保護(ミュート)で防ぐにしたって、音を完全に遮るとなると短時間で大量の魔力を使うよ。魔水晶だって中型の設置型で持ち運べるようなものじゃないし、一箇所に集めても効果は重複しない……」

 

「そもそも戦いながら使う魔法じゃないしな」

 

 わざわざ五感の一つを捨てる必要はない。集団戦なら尚更。

 鉄の森(アイゼンヴァルト)の目的は呪歌(ララバイ)を放送する事ではないかもしれない。キャロレイン達は薄々と勘付いたが『じゃあ本当の狙いは?』と聞かれれば、頭を悩ませる程度であった。

 

「取り敢えず、逃げた奴見つけてぶん殴って吐かせるか。それが一番手っ取り早いだろ」

 

 キャロレインがそう言って拳を包む。バシンと高く鳴った掌の音が人気の無い通路の静寂を穿つ。

 

「そう易々と教えてくれるかしら……」

 

「じゃあ吐くまで殴ればいい」

 

 抵抗するなら結構、たとえ気を失おうと殴って目を覚まさせればいいと彼女は言った。

 ルーシィ達はドン引きした。

 

「こわ」

「暴力装置」

「なんか言った?」

「「何も」」

 

 歩きながら振り向くキャロレイン。ルーシィ達はそんな彼女から白々しく視線を逸らしていると、突如、駅全体を揺らすような振動と爆音が轟いた。

 

「なに⁉︎ 何の音⁉︎」

 

「戦闘音だな、東からだ」

 

 このド派手な破壊音はおそらくナツによるものだろう。キャロレインはそう推測し、ルーシィ達と共に急ぎ足で音の発生源に向かう。

 

 その途中で別方向から走って来たエルザとグレイに鉢合わせた。キャロレインは直前で急ブレーキをかけ直立不動のまま急停止。ルーシィ達は、一瞬反応に遅れた為に速度を抑えきれず彼らと衝突した。

 

「うわぷ」

 

「む、キャロ達か。という事は今のはナツで決まりだな」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々は意図せずして合流、そのまま駆け足でナツの元へと向かう。

 

「そういえばエルザはオレ達向かわせた後、何やってたんだ?」

 

「外に出て民間人を避難させていた……念の為にな。ところで、逃げた魔導士は見つかったのか?」

 

「いんや、さっぱりだ。透明化でも使ってんのかってくらい全然見つかんねンだな、これが」

 

 キャロレインは通った道にある部屋はくまなく探したものの、何処もかしこもも抜けの殻で、それらしき人は居なかった事を伝えた。

 

「そうか。いや、気にする必要はない。私達が次に取るべき行動は既に決まっている」

 

「どういう事だ?」

 

 エルザの言葉にキャロレインは疑問符を浮かべた。

 

「立ち止まってお喋りしてる時間は無ぇ、走りながら話すぞ」

 

 それに答えたのは、深刻な表情をしたグレイだった。

 

 

 

 

 ───同時刻、外では巨大な風の壁が建物全体を包んでいた。最早、竜巻と言って差し支えないそれは、エリゴールが発動させた魔風壁という魔法である。

 

「さて……余計な邪魔は入ったが、大方計画通りだ」

 

 エリゴールは上空から建物を見下ろしていた。

 彼は今回の計画において、評議会に感づかれないよう慎重に計画。迅速に行動に移したものの、妨害が入らないとは考えていなかった。

 それでも精々が軍隊、気に留める必要など無いとタカを括っていたのだ。しかし、カゲヤマから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に目を付けられたと聞いた時は、内心冷や汗を流した。

 だが、それも今となってはただの杞憂。こうして閉じ込めてしまえば何という事はないと安堵する。

 

「まさか、魔風壁を使う羽目になるとは思いもしなかったが……まあ良いだろう。これで奴等は籠の中の妖精(ハエ)。アレは内側からでは決して破れぬ嵐の牢。せいぜい己の無力を恨みながら、檻の中で歯噛みしていればいいさ」

 

 エリゴールは悪意に満ちた顔で含み笑いをすると、そのままオシバナの街を後にして何処かへと飛び去って行った。

 

 

 

 

「なるほど、その魔風壁を解く為に解除魔導士(ディスペラー)かも知れないカゲヤマって奴を探してんのか」

 

 キャロレインは事の経緯をエルザから聞いた。エルザは、一人で呪歌(ララバイ)の封印を解いたカゲヤマなら魔風壁を解除できると踏んだのだ。

 

「序でにもう一つ……というかコッチが本題なんだがな。アイツらの本当の狙いは、クローバーで定例会をしてるじいさん達の抹殺。呪歌(ララバイ)の放送は俺達を欺く為のフェイクだった」

 

「え、ギルドマスター達の抹殺って……嘘でしょ⁉︎ 何考えてんのよアイツら‼︎」

 

「まずいよ! もし笛を吹かせちゃったら、ここら一帯のギルドが滅んじゃう!」

 

「定例会で集まった所を狙って一掃ってか……チッ、相変わらず悪知恵だけは一流だな。さっさとそのエリゴールとかいう奴ボコって終わらせるぞ」

 

 その反応はまさしく三者三様であった。

 鉄の森(アイゼンヴァルト)の真の目的を知ってルーシィはあり得ないと憤慨し、ハッピーは最悪の結果を想像して焦りを見せ、キャロレインは怒筋を浮かべながら悪態を吐いた。

 

 程なくして、彼らは大量の破壊痕が残された壁を見つける。それを辿ると、通路の向こうに拳に炎を纏わせたナツを見つけた。彼の奥にはカゲヤマと思しき人物がぐったりとした様子で壁にもたれている。

 

「ナツ! それ以上はいい、彼が必要なんだ‼︎」

 

「うお⁉︎ なんだなんだ、皆して……コイツが必要ってどういう───」

 

 ナツが聞くよりも早く、エルザはカゲヤマの胸ぐら掴むと剣の刃を押し付けて脅しをかけた。

 

「魔風壁を解け。言っておくが拒否権は無い。NOと言う度、貴様の顔に切創が付くぞ」

「うっ……」

 

 エルザの顔は本気だった。冷酷な屠殺者のような視線に、白を切るつもりだったカゲヤマも怖気付く。

 それを見たナツは『やっぱりエルザはヤベェ‼︎』と恐怖に怯えた眼差しを向けた。

 

「わ、わかっ───」

 

 観念したカゲヤマが要求を飲み込もうとした、その時だった───

 

「チェストォォォ‼︎」

 

 キャロレインの蹴りが炸裂。豪速球で繰り出された脚は、カゲヤマの顔面スレスレを通り過ぎて壁をぶち抜いた。彼女の突拍子のない奇行にエルザ達は呆気に取られる。

 そんな中、薄灰色の幕に隠れて咳き込む男の声が一つ。巻き上がった埃が霧散すると、そこには頬を押さえながら腰を抜かす鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士、カラッカがいた。

 

「あーっ! アイツ、さっき逃げた鉄の森(アイゼンヴァルト)の魔導士だよ!」

 

 それを見たハッピーは思わず叫ぶ。

 姿を見破られたカラッカは、戸惑いを隠せずに狼狽えた。

 

「な、何で───」

「バレたかだって? 若干、壁が波打ってたからな……もしやと思ったが、大当たりだ」

 

 一歩、また一歩とにじり寄るキャロレイン。

 顔は笑っているが、声色は標的を追い詰めた殺し屋そのもの。

 

「手前かけさせやがってよぉ、コソコソ隠れてそのナイフで何するつもりだったんだァ……?」

「ひ、ひぃい⁉︎」

 

 キャロレインから溢れ出す未知数の殺気に当てられたカラッカは、既に戦意を失っていた。

 彼は堪らず、思うように動かない足で壁に飛び込もうと逃走を計る。

 

「あっ、待てコラ逃がさんぞボケェ‼︎」

 

 反射的に両手剣を喚び出して攻撃態勢に入るキャロレイン。

 こんな狭い場所で破壊者(デバステイター)を発動してしまえば、攻撃の余波が自分達にも降りかかるだろう。流石にまずいと感じたルーシィ達が彼女を制止する。

 

「ちょっ⁉︎ こんな狭い所でアレやるつもり⁉︎ ねぇナツ! あの子止めてよ‼︎」

「それ俺に死ねって言ってる?」

「おいキャロ止めろ! あんなの放っといていい!」

 

 鉄の森(アイゼンヴァルト)の群勢との戦闘時、ナツとグレイはその場にいなかったものの、その威力は知っていた。

 だが彼らの声は、耳元で唸る両手剣の充填(チャージ)音に遮られ届いていない。

 

「キャロレイン‼︎」

 

 そんな中、エルザの突き刺すような声が彼女の動きをピタリと止めた。

 武器を構えたまま渋々振り向くキャロレイン。

 

「ったく、何だってんだよ……あっ

 

 みるみる青ざめる彼女に連動するように、刃の熱が冷める。

 そんな様子のキャロレインを見たルーシィ達が彼女の視線に導かれると、その先にいたカゲヤマの状態に気が付いた。

 目尻を釣り上げたエルザが指さす先には、彼女に胸ぐらを掴まれたまま、己の死を悟ったかのように健やかな顔で失神しているカゲヤマがいたのだ。

 

「あ、あらぁ〜……?」

「やりやがったアイツ。どーすんだコレ……」

「トドメ刺しちゃったね」

「な、なんてヒドい事するんだ……やっぱキャロもヤベェ……」

 

 一同に立ち込める微妙な空気。

 そんな雰囲気を助長するかのように、壁の隙間から流れる一陣のそよ風が通り過ぎるのであった。




ちくわにわさび醤油漬けて食べると刺身食った気分になれる
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