魔導士は爆煙と狂う 作:宝剣サーモンソード
当方? 当方はうっかりヨーグルトを食い過ぎた結果、腹を下してくたばってたんだ。
笑えよ
エリゴールは峡谷に架けられた橋をなぞって、風の魔法を脚に纏い宙を飛翔しながらクローバーへと向かっていた。
彼の目的は定例会で集まっているギルドマスター達の殺害。その動機は、自分達の権利と生活の自由を奪った者達に対する復讐であった。
相手はギルドマスター。それも一人ではなく、大多数。エリゴールと言えど、まともに戦えば間違いなく敗れるであろう強大な相手。しかし、それを容易く討てる必殺の手段が今、彼の手元にあった。
いかに実力者揃いとは言えど、長年培ってきた暗殺の経験と技術を総動員すれば、バレずに笛の音色を聴かせることなど簡単だろうと彼は考えた。
(俺達の権利と生活を奪いやがった老ぼれ共め、待っていろ……)
エリゴールは、口から溢れ出てしまいそうな程に籠もった負の感情を滾らせる。しかし、そうなった原因は違反行為を続けた末の結果なので、そこに正当性なんかは勿論無い。所謂、ただの逆恨みなのだ。
彼がそんな恨みを募らせていると、遠くで聴き覚えのある声が彼の耳に届いた。
「オォォォ‼︎ 全・速・全・開ッ! これがハッピーの───」
それはエリゴールの遥か後方から豪速球で現れた。
「MAXスピードだァァァァッ‼︎」
次の瞬間、エリゴールは頬に痛烈な衝撃が走る感覚を覚え、橋へ墜落した。この期に及んで一体誰だと苛立ちを覚え、立ち上がるエリゴール。しかし、内心では誰が来たのかなど大方予想がついていた。
「しつこいぞ……
「はンッ! ハエは鬱陶しいんだよ、そよ風野郎! じっちゃんの元へは行かせねぇぞ‼︎」
爆速で魔導四輪を発進させていたキャロレインは、前方に二つの人影を捉えた。
一人は腕に炎を纏い、また一人は鎌を持った独特な服装の男であった。
(あ、ナツとハッピー見っけ。あの鎌野郎は……エリゴールか)
キャロレインが操縦レバーを引いて急ブレーキをかけると、魔導四輪は耳を塞ぎたくなるほどの金切声を上げ、後輪を浮かせた後にナツの数メートル後方で停車した。
その際、「ぐぇッ⁉︎」や「ぎゃんッ⁉︎」といった押し潰されたような声が響いたが、キャロレインは全く気にしていなかった。いや、聞こえていなかったというのが正しいだろうか。
ナツはいきなり背後から迫ってきた魔導四輪に驚いて、思わず「うおッ⁉︎」と声を漏らした。
建物に閉じ込めたにも関わらず、続々と現れる
あと一歩という所で水を差された彼は、何度も絡み付いてくる
「次から次へと……カゲヤマ達は一体何をしている……?」
「
キャロレインは後部座席に振り向いて目を配せる。
腕を組み、瞑想するように目を閉じて座るエルザを除いて、全員目を回しながらぐったりしていた。
「あー……絶賛昏倒中だ。で、オレとしてはとっととお前ぶっ飛ばして帰りたい訳なんですが」
「キャロ! 手ェ出すんじゃねぇ! アイツは俺がぶっ倒すんだ!」
キャロレインとエリゴールの間にナツが割って入る。
彼はエリゴールと一対一で決着を付けたいようで、手助け無用といった様子で二人の間に立ち塞がった。
「ふーん。じゃ、頼むわ」
「なんだ、アッサリしてんな……」
「男同士の決闘に横からチョッカイ入れるつもり無いんで。つっても事が事だからナツが無理だったら勝手にあの鎌野郎ブチのめすから、そこんとこ宜しく」
「あんな奴なんかに負けねーよ、俺は」
二人から離れた位置でその会話を聞いたエリゴールは、一人で十分だと遠回しに言ったナツに対して、随分軽く見られたものだと心中で腹立たしさを覚えた。
「ク……ククッ……図に乗るなよ、
そう言って両腕を広げたエリゴール。すると、彼に吸い込まれるようにして周囲の空気が流れていく。彼は瞬く間に完全に風に包み込まれた。風の鎧を纏うその風貌は、まさしく竜巻人間といったところである。
「炎は向かい風に勝てねぇ。貴様の炎如きじゃあ俺には届かねぇ……悪いが、時間が無いんでな……コイツを使わせてもらうぞ」
エリゴールは遥か上空へ飛び立つと、懐から髑髏が付いた枯れ木のような笛を取り出す。
「大変だ! アイツ、
「ふん……卑怯とは言わせまい。使える物は何でも使うのが、戦で勝つ術よ……」
あたふたしながらキャロレインの上着の袖を掴むハッピーだったが、しかし彼女はサングラスをかけて紙パックの牛乳をストローで啜りながら操縦席で寛いでいた。
そんなキャロレインを見たハッピーは、呑気に観戦してる場合じゃないと突っ込んだ。
「
「だらぁぁぁッ!」
エリゴールが笛に口を当てる寸前、ナツは手足に纏った炎をジェットのように噴射させ上空へひとっ飛びすると、炎の鉄拳をもってエリゴールを殴り付けた。
ナツが纏う炎は
まさか、とダメージを負った事に一瞬困惑したエリゴール。
しかしすぐに気を取り直して体勢を整え、身を翻してナツの追撃を躱す。
「……あの魔導四輪にはお前の仲間が乗ってるんだぞ。なのに吹くのか? それをッ!」
ナツは仲間を顧みないエリゴールに対して、燃え盛るような憤りを覚えた。
怒りによる力の増幅とは案外侮れないモノである。先程、魔法を無力化させられたのにも関わらず、
「どうやら、貴様の言う仲間と俺の言う仲間の意味には齟齬があるようだ。仲間というのは、
同じギルドの仲間を手に掛けるつもりかと怒鳴るナツに、エリゴールは自身の役目を果たせないものは不要だと言い払った。
「よく言うぜ、躊躇ってたクセに……」
冷酷な物言いをするエリゴールだったがしかし、キャロレインには見えた。
「エリゴールゥゥゥッ‼︎ テメーは
一方、ナツは仲間に対して薄情な発言をするエリゴールに対してぶち切れた。
怒れるナツの全身から噴出した炎は、瞬く間に彼を包んで巨大な火柱を立ち昇らせる。
その熱気は溶岩にも負けず劣らず、ナツのすぐ側に敷かれた鋼鉄製のレールは今にも溶けてしまいそうな程の赤熱を帯び、彼の足下にある枕木はあっという間に炭化した。
睨み合う竜と死神。
仕掛けたのは、互いにほぼ同時であった。
「火竜の鉤爪ッ‼︎」
「風刃脚ッ‼︎」
豪火と嵐。繰り出された蹴りが交差、砲撃にも等しい炸裂音が響く。
それと共に生まれた衝撃波は空気を裂いた。
「うおォォォォォォ‼︎」
「カアァァァァァッ‼︎」
互いに蹴り上げた脚を押し切らんと咆哮を上げる。それは深い谷底に残響した。
二人は競り合いの末に、双方弾けるように飛び退いて後退。
息を吐く間も与えないと、今度はナツが一手早くエリゴールの元へ飛び込み、怒りのままに殴る蹴るの激しいインファイトを繰り出す。
反応に一瞬遅れたエリゴールは数発攻撃を受けるも、その後はナツの攻撃を的確に捌いていく。
絶え間無く迫り来る乱打の一つを、エリゴールは掌で受け流した。
それによって軌道を逸らされた事により、体勢を崩して前のめりになったナツ。
エリゴールはその隙を逃さず、回し蹴りで彼を線路の橋から叩き落とした。
「おわぁ⁉︎ 落ちるぅぅ」
「ナツー!」
この高さから落ちてしまえば助からないだろうと勝ちを確信し、笑うエリゴール。しかし次の瞬間、炎が橋に張り付くいたかと思えば、ナツを宙から引き戻したではないか。
「あっぶねぇ……成る程な、火の質を変えるとこういう事もできるんだな」
困惑を浮かべるエリゴールに構うことなく、復帰したナツはお返しとばかりに彼に飛び蹴りを放つ。
それはエリゴールの
(
エリゴールは
そんな彼に対して、ナツは訝しげな表情を向ける。
エリゴールは考えた。攻撃を防げないのなら、わざわざ魔力を消費して風の鎧を纏う意味などない。それよりは魔力を攻撃に転換させた方がマシだろうと。
要は短期決戦に切り替えたのだ。
「どうやら、とっととケリを付けねばならんようだ。喰らうがいい……全てを切り裂く風翔魔法。
そう言ったエリゴールは浮遊しながら胡座になると、両手を広げる。
周囲の風が引き寄せられたかと思えば、彼の手の平の上で小さな竜巻が渦巻き始めた。
「
「ヤッベ、ここ射程範囲内だぞ」
「終わりだ‼︎ 背後の
エリゴールが二対の竜巻を合掌で纏める。
そのままナツに向けて二本指を斜め十時に構えると、重なり合った場所からそれは放たれた。
一見、極太の照射に見えるが、その正体はきめ細かく密集した風の刃の螺旋。
その螺旋が幾つも重なり合っている為に、一本の光線と錯覚してしまうのである。
木材、石、鉄を裂きながら激しい轟音を上げて流れる
ナツは、眼前に大口を開けて自身を喰らおうとする髑髏を幻視した。彼の本能が死を刺激する。
「やらせるかァァァッ‼︎」
しかし、ナツは迫る臆する事なく巨大な炎の弾丸となって正面から飛び込んでいった。彼に恐怖は無い、あるのは怒り。ただそれだけ。
ナツが
「なッ……真っ向から弾かれている⁉︎ バカな、あり得ん‼︎」
その光景を見たエリゴールは予想外の出来事に頭が真っ白になった。
風は気圧の低い方へと流れて行く。
ナツが全身に纏う超高温の炎が瞬間的に空気を熱した事によって、急激な上昇気流が発生。それによって生まれた低気圧が、
……と、ハッピーは自信満々に解説した。
「急に賢くなるじゃん、ハッピー」
「昔、暇潰しで読んだ本にそう書いてあったんだ。確かタイトルは『タコでも分かる気象のしくみ』だったっけ……」
極太な風の奔流を突き破り、火球と化したナツがエリゴールの目と鼻の先に現れる。
「テメェの仲間すら蔑ろにしやがって……そんな奴の魔法で……そんな
(これ程の強大な炎の魔法……まさか)
エリゴールはスローモーションとなった視界の中、記憶の引き出しから一つの答えを導き出した。
(実在したのか⁉︎
それは感情に呼応する炎、竜を討つ豪火。
「ッらァァァ! 火竜の
ナツは、竜角の如き鋭い頭突きをエリゴールの胴体へめり込ませ、そのまま天高く彼を垂直にカチ上げた。
雑な回転を描きながら空に打ち上がったエリゴールは、白目を剥いてそのまま落下し鈍い音を立てて再起不能となった。
エリゴールの懐から転がり落ちた
勝負あり。
「う、んん……さっきから凄い音、何……?」
「くっそ……相変わらずとんでもねぇ操縦しやがって……」
目を回していたグレイ達が、轟音に叩き起こされてゆっくりと目を覚ます。
頭を押さえながら、おぼつかない足で立ち上がった彼らが見たモノは、半透明の壁の向こうに佇むナツと、戦闘不能になったエリゴール。
グレイは、自分達がへばってる間に白黒決まったらしいとすぐに理解した。
彼らの気も知らずに魔導四輪に向かって歩いて来たナツだったが、半透明の壁に阻まれて顔面がビタンと張り付く。
「うごッ、なんだこの壁」
「あー悪い、魔導障壁展開したまんまだったわ」
キャロレインは、発進レバーの隣にある『壁・緊急用』という文字が書かれたテープが貼ってあるスイッチを押す。
すると、カチリと小気味いい音が鳴って、魔導障壁は円状に収縮した。
「その装置って、確か《NBC》が提供してるんだったか……」
グレイが呟く。
「NBC?」
「私、それ知ってる。最近有名になった会社なのよ。まあ、知ってると言っても魔導ビークルに搭載できる魔導障壁の性能が評価されて、急成長したって事位だけなんだけどね……。で、それを持ってる人達が万が一に備えてって事で、けっこう需要あるみたい」
初めて聞いたと首を傾げるキャロレインに、まだ呂律の回らない口調でそう説明したルーシィ。
キャロレインは三対六枚の羽を持つ蝶のような紋章を見降ろす。
《ニュー・ビヨンド・コーポレーション》通称《NBC》
ビークル用魔導障壁以外にも家電や電子
「何だソレ、超うさんくさ」
「このご時世じゃ、情報外に洩らしたくないって気持ちは理解できるなぁ。見ての通り、近頃闇ギルドがチラホラと活発だからな。そういう連中に技術目当てで目ぇ付けられたく無いんだろ」
キャロレインはなんとなく不信感を抱いたが、グレイは下手に知られたくないんだろうと何処となく察した雰囲気でそう言った。とはいえ、お互い深くは考えていない上での発言である。三人の会話を、ナツは何の事やらさっぱりというような顔で聞いていた。
キャロレインはそんな会話を早々に切り上げ、
「小難しい話はよく分からんけど……そんな事より、なんで俺よりお前らの方が満身創痍なんだよ」
「あぁ? お前今までどこ見てたんだよクソ炎……」
「ホント、死ぬかと思った……もう二度とキャロレインの操縦する魔導四輪には乗らない、決めたわ……」
「キャロが……操縦……? ウッッッッッッ‼︎」
ナツは泡を吹いて背面から仰向けに倒れた。
効果音を付けるなら、ドサッというよりはビターンといった音が合うだろう。
「倒れちゃったんですけど⁉︎」
「拒否反応さ、キャロの世紀末的操縦を想像体験した所為でキャパシティがぶっ壊れたんだ」
「そんなに⁉︎ ……いや、乗り物に対して貧弱過ぎるナツならあり得るかも」
ナツは前に一度、悪戯が過ぎて
後にナツは、
それを聞いたルーシィは「かわいそう」とは言ったものの、その声色は淡々としていた。日頃ナツに散々振り回されていた所為で、心の隅で気持ちスッキリしたのだろう。彼女にも、案外腹黒い一面はあるのかもしれない。
「すまない、少々眠ってしまったようだ」
二人の後方で、目を瞑っていたエルザがゆっくりと瞼を開けた。
それに気が付き、体調は大丈夫かと心配するルーシィに彼女は問題無いと答えると、辺りを忙しなく見渡し始めた。
その様子を見たグレイは、どうかしたのかとエルザに訊いた。
「その……カゲヤマの姿が無いのだが」
「えっ⁉︎ ……あ、いない。どこにも」
「まさか四輪から振り落とされたか⁉︎」
「それは無いよ。オイラ、さっき座席でぐったりしてるカゲヤマを見たもん」
「じゃあ一体……」
いつの間にか行方を眩ませたカゲヤマ。
そんな時、キャロレインが手持ち無沙汰と言った様子で戻ってきた。
「おーいナツ……って何で倒れてんの」
「おうキャロ、
「いや、それがさ……無いんだよ。転がってた場所はレールの内側だったから、谷底に落ちてるって事はないんだろうけど。どこ探しても見つからないから、ナツが持ってねーかなって……」
「そうか……起きるんだナツ、キャロはお前が
エルザは倒れるナツを抱き上げると、水揚げされた魚の尾の如く素早い目覚ましビンタを彼の頬に打った。
彼女なりに手加減しているつもりなのだが、やられる側からすれば溜まったものではない。
「ウッ……俺は……
ナツはその言葉を最後にくたばった。……死んでしまったわけではない。
想像乗車による極度のストレスと、エルザの往復ビンタによる心身への負担で半死半生といった所が事実。
「そういえばカゲヤマは……?」
「キャロも気付いたか。カゲヤマは消えた。いつの間にかな……」
疑問符を浮かべるキャロレインにグレイは答える。
この短時間で消えたカゲヤマと
「……なーんか嫌な予感するぜ」
「奇遇だなキャロ、俺もだ」
「多分、みんな同じこと考えてると思う」
「杞憂、だと良いんだけど。この流れでそれは微妙なトコよね」
カゲヤマは密かに
「くっ……私が魔力切れを起こしてダウンしなければこんな事には……なんて不甲斐ない、殴ってくれ‼︎」
「いや何でよ‼︎」
「クッソ、こんな事なら縄でキッッツく縛っとくべきだったわ。あンの野郎マジで……‼︎ 四輪出すぞ、座りなァ‼︎」
額に怒筋を浮かべたキャロレインは、誰が言うよりも早く操縦席に腰掛けレバーに手を添えた。
言葉が詰まったようにハッピーに助けを求めるグレイとルーシィ。しかし、彼は何をするでも言うでもなく、ただ不憫そうに彼らを見つめるだけであった。
魔導ビークルの操縦席に座ったキャロレインは誰にも止められないのだ。
「オ、オイラは乗り物ダメなナツを連れていかなきゃだから……後ろから付いて行くよ」
「そうか。では、ナツを頼んだぞ」
翼を生やし、間接的に同乗を拒否するハッピー。
ナツを任せたと言ったエルザに彼は心底安心した様子で頷き、グロッキー状態のナツを掴み上げる。芸は身を助ける。
「まだ間に合う! 急ぐぞ!」
「任せな! オレの
キャロレインの手首にはめられた
魔導四輪が咆哮を轟かせる。
「ずるいぞハッピー……」
「ね、ねぇハッピー。二人以上ってイケる……?」
「無理、重くて飛べないよ」
一筋の希望に賭けたルーシィを、ハッピーは容赦なく打ち砕いた。
グレイの顔に生気は無かった。まるで運命を受け入れるかのように、遠くを見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
ルーシィは半泣きでもう勘弁といった様子で車体の鉄パイプにしがみついている。
「目標クローバー‼︎ 快速発進‼︎ おっしゃ行くぜェェェ‼︎」
キャロレインが叫んだ次の瞬間、ハッピーの体を軽々吹き飛ばしてしまう程の風圧が発生。
オリ主が千差万別なら、その物語もまた同様である
知らんけど