だけど、いざこの手に持つと、まだ似合わなかった。
だから今は、ここに置いておこう。
拾って欲しい人は、まだ気づいていないけれど。
「はぁ……、チョー眠い……」
里宮さんの腕をどうにかどかして、ベッドから離れて立ち上がる。同じ向きで動かせなかった身体を解すために、少しストレッチをする。
結局、昨夜は一睡も出来なかった。
背中越しに伝わる色々が気にならないように、何かを数えたりしていたら、そのまま日が昇ってしまっていた。なのに、目は思い切り覚めているのが、何とも言えない。
で、肝心の里宮さんはと言うと。
「すぅ……」
「まだ寝てやがる……」
熟睡である。あえて、ではなくはっきり言おう、飲みすぎであると。これ、昨日あった事とか、ちゃんと覚えてんのかな……?
「ほら、未来さん、朝ですよ」
そう言いながら肩を揺するが。
「あと……一時間……」
「……」
全くもって、起きる気配が無い。かと言って、ここで起きるまで待っていると、二人揃って出勤の時間に遅れてしまう。
俺の服はしわくちゃになってしまったが、里宮さんのお高そうなやつが皺だらけになってないので、まだセーフだ。ハンガーから服を外し、寝室に戻る。
「……服着せますよ?」
抵抗も無く毛布を剥がせたので、そこは一安心だ。なるべく触れないようにしながら、ジャージを脱がせて、ブラウスを着せる。スカートは……頑張って、見ないように履かせた。
しかし、そこまでしても、里宮さんはうつらうつらしていて、目がちゃんと覚めているようには見えない。
「……はぁ」
溜息をつきながら、リボンタイを首元に巻く。
どうにか里宮さんを、人前に出しても問題ないところまで持っていくことは出来た。朝飯は……どうしようか。
冷蔵庫を覗くと、卵と食パンが結構残っていた。
卵を冷蔵庫から出して、水とともに鍋に入れて火をかける。その間に、ボールに水を張って氷を浮べる。皿に食パンを一枚置く。充分茹でた卵を、先程のボールに浮かべて冷やす。そうすれば、殻が簡単に剥せるようになる。
殻を剥がした卵を、別のボールに入れてフォークで潰し、そこにマヨネーズをぶち込む。更に卵とマヨネーズを、潰しながら混ぜていく。
そうして出来たタネを、食パンの上に乗せて、もう一枚食パンをのせる。上からギュッと押して、半分に切り二つに分けると、サンドイッチっぽいものが出来上がった。同じものを更に六つ作り、ラップで包む。
アヤべさんにサンドイッチの作り方を教えてもらってはいたが、まさかこんな形で役に立つとは。人生、何が起きるか分からないものである。
あとは、適当な袋に二つずつ入れれば完璧だ。
玄関から外に出て、朝の陽射しを浴びる。眩しさに目を眇めながら辺りを見回してみたが、特に変わったものはない。むしろ、変わったものがあるのは、俺の部屋だろう。
先週にはアヤべさんを乗せた車のドアを開け、エンジンをかける。暖房は……一応入れておくか。
部屋に戻り、里宮さんのポシェットや俺の仕事道具、サンドイッチを入れた袋を持ち出す。車のトランクにそれらを入れて、トランクを閉める。
「……未来さん、行きますよ」
「はぃ……ぅん……」
未だに寝ぼけている里宮さんを抱え、車に連れて行く。昨日の夜は、お姫様抱っこの方がいいとか考えてた気がするが、やはり腕が疲れる。助手席に乗せて、玄関の鍵を閉める。自分も運転席に乗り込み、車を発進させた。
いつもと違う朝。しかしそれは、あまり望んでない形になった様な気がする。
栗東寮は――美浦寮もだが――は、そこまでトレセン学園から離れていないところに位置している。マルゼンスキーのような例外でもなければ、例えシンボリルドルフでも、寮からトレセン学園に向かう。
アドマイヤベガとカレンチャンも、そんな生徒に含まれる。いつも通り、他愛もない会話をしながら歩いていた。
「……あら?」
「どうしたんですか?」
後ろから聞いた事がある気がする音が聞こえ、アドマイヤベガは立ち止まって振り返る。それにつられ、カレンチャンも振り返る。路地の奥から、一台の車がやって来た。
「あれは……トレーナーの……」
「お兄ちゃんの? ……なんか意外だなぁ」
その車というのは、先週アドマイヤベガが乗せてもらった、スポーツカーだった。
二人はある事に気がつく。何故か、運転席だけでなく、助手席にも人がいた。運転席にいる男は、水無月だろう。だとしたら……。
「……誰かしら?」
「誰でしょうか……?」
陰で噂が絶えないたづな、という可能性はあるが、二人が想像できる水無月と言えば、そんな気配が微塵にも感じられないものである。二人の頭から、その可能性は真っ先に否定された。なんともひどい話のはずだが。
水無月のスポーツカーは、別にカウンタックみたいに珍しいものでもなく、比較的街中でも見かけるものだ。そのため、見分ける方法は、ナンバーと細かいカスタムの差異くらいだったりする。
そういう訳なので、わざわざ立ち止まってまでその車を見ようとする人は、車が誰のものか分かっている二人しかいない。
さて、皆さんもご存じの通り、ウマ娘は人と比べて様々な身体能力が高い。それはもちろん、五感だって含まれている。その五感には、ご存じ視力がある訳で。つまり何を言いたいのかと言うと、その気になれば、ウマ娘は助手席に座っている人の顔くらい、見分けられるという事だ。
運転席にいたのは、眠そうな顔で、しかし服装はいつも通りな水無月。そして、助手席にいたのは。
「「……え?!」」
やたらとおしゃれなかっこうをして、ぐっすりと寝こけている里宮だった。
目が覚めると、見慣れた部屋だった。
「えっと……ここは、トレーナー室だっけ……?」
少し頭が痛いが、何とか起き上がる。どうやら、私はソファに寝かされていたらしい。時計は……え、10時?!
「……私、どうやってここに……」
服装が、昨日から何も変わっていない。けど、何故か皺はあまりついていない。おかしい、いつもなら、酔って寝た日は服がしわくちゃに……。
机を見ると、何が入っているのか分からない袋が置いてあった。恐る恐る中身を見てみると、卵のサンドイッチが二つ入っていた。それと、紙切れが一枚。
「……『昨日はありがとうございました。でも、ほどほどにしてください。朝食は食べられなさそうだったので、サンドイッチ作っておきました。小腹すいたら、今日中に食べておいてください 水無月』?」
あれ、何で水無月さんが、私が朝食食べてないって事知っているんだろう。まあ、こんな時間にここにいるのを見たら、誰だって想像できちゃうけど。……え、待って、それでもおかしくない?
「そう言えば、水無月さんと飲みに行ったんだっけ。それで、その後……その後?」
……酔って、そのまま寝ちゃって、水無月さんにおんぶされて。あれ、ちょっと待って、なんか少しずつ記憶が……――っ!!!???
トレセン学園に、悲鳴が響いたとかなんとか。
里宮さん編となってしまいました。本当はファン感謝祭編のはずだったんですが、筆がのってしまい……。