恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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人が持っているのを見て、羨んだ。

だけど、いざこの手に持つと、まだ似合わなかった。

だから今は、ここに置いておこう。

拾って欲しい人は、まだ気づいていないけれど。


第5話 赤を塗って Part3

「はぁ……、チョー眠い……」

 

 里宮さんの腕をどうにかどかして、ベッドから離れて立ち上がる。同じ向きで動かせなかった身体を解すために、少しストレッチをする。

 

 結局、昨夜は一睡も出来なかった。

 

 背中越しに伝わる色々が気にならないように、何かを数えたりしていたら、そのまま日が昇ってしまっていた。なのに、目は思い切り覚めているのが、何とも言えない。

 

 で、肝心の里宮さんはと言うと。

 

「すぅ……」

 

「まだ寝てやがる……」

 

 熟睡である。あえて、ではなくはっきり言おう、飲みすぎであると。これ、昨日あった事とか、ちゃんと覚えてんのかな……?

 

「ほら、未来さん、朝ですよ」

 

 そう言いながら肩を揺するが。

 

「あと……一時間……」

 

「……」

 

 全くもって、起きる気配が無い。かと言って、ここで起きるまで待っていると、二人揃って出勤の時間に遅れてしまう。

 

 俺の服はしわくちゃになってしまったが、里宮さんのお高そうなやつが皺だらけになってないので、まだセーフだ。ハンガーから服を外し、寝室に戻る。

 

「……服着せますよ?」

 

 抵抗も無く毛布を剥がせたので、そこは一安心だ。なるべく触れないようにしながら、ジャージを脱がせて、ブラウスを着せる。スカートは……頑張って、見ないように履かせた。

 

 しかし、そこまでしても、里宮さんはうつらうつらしていて、目がちゃんと覚めているようには見えない。

 

「……はぁ」

 

 溜息をつきながら、リボンタイを首元に巻く。

 

 どうにか里宮さんを、人前に出しても問題ないところまで持っていくことは出来た。朝飯は……どうしようか。

 

 冷蔵庫を覗くと、卵と食パンが結構残っていた。

 

卵を冷蔵庫から出して、水とともに鍋に入れて火をかける。その間に、ボールに水を張って氷を浮べる。皿に食パンを一枚置く。充分茹でた卵を、先程のボールに浮かべて冷やす。そうすれば、殻が簡単に剥せるようになる。

 

 殻を剥がした卵を、別のボールに入れてフォークで潰し、そこにマヨネーズをぶち込む。更に卵とマヨネーズを、潰しながら混ぜていく。

 

 そうして出来たタネを、食パンの上に乗せて、もう一枚食パンをのせる。上からギュッと押して、半分に切り二つに分けると、サンドイッチっぽいものが出来上がった。同じものを更に六つ作り、ラップで包む。

 

 アヤべさんにサンドイッチの作り方を教えてもらってはいたが、まさかこんな形で役に立つとは。人生、何が起きるか分からないものである。

 

 あとは、適当な袋に二つずつ入れれば完璧だ。

 

 玄関から外に出て、朝の陽射しを浴びる。眩しさに目を眇めながら辺りを見回してみたが、特に変わったものはない。むしろ、変わったものがあるのは、俺の部屋だろう。

 

 先週にはアヤべさんを乗せた車のドアを開け、エンジンをかける。暖房は……一応入れておくか。

 

 部屋に戻り、里宮さんのポシェットや俺の仕事道具、サンドイッチを入れた袋を持ち出す。車のトランクにそれらを入れて、トランクを閉める。

 

「……未来さん、行きますよ」

 

「はぃ……ぅん……」

 

 未だに寝ぼけている里宮さんを抱え、車に連れて行く。昨日の夜は、お姫様抱っこの方がいいとか考えてた気がするが、やはり腕が疲れる。助手席に乗せて、玄関の鍵を閉める。自分も運転席に乗り込み、車を発進させた。

 

 いつもと違う朝。しかしそれは、あまり望んでない形になった様な気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 栗東寮は――美浦寮もだが――は、そこまでトレセン学園から離れていないところに位置している。マルゼンスキーのような例外でもなければ、例えシンボリルドルフでも、寮からトレセン学園に向かう。

 

 アドマイヤベガとカレンチャンも、そんな生徒に含まれる。いつも通り、他愛もない会話をしながら歩いていた。

 

「……あら?」

 

「どうしたんですか?」

 

 後ろから聞いた事がある気がする音が聞こえ、アドマイヤベガは立ち止まって振り返る。それにつられ、カレンチャンも振り返る。路地の奥から、一台の車がやって来た。

 

「あれは……トレーナーの……」

 

「お兄ちゃんの? ……なんか意外だなぁ」

 

 その車というのは、先週アドマイヤベガが乗せてもらった、スポーツカーだった。

 

二人はある事に気がつく。何故か、運転席だけでなく、助手席にも人がいた。運転席にいる男は、水無月だろう。だとしたら……。

 

「……誰かしら?」

 

「誰でしょうか……?」

 

 陰で噂が絶えないたづな、という可能性はあるが、二人が想像できる水無月と言えば、そんな気配が微塵にも感じられないものである。二人の頭から、その可能性は真っ先に否定された。なんともひどい話のはずだが。

 

 水無月のスポーツカーは、別にカウンタックみたいに珍しいものでもなく、比較的街中でも見かけるものだ。そのため、見分ける方法は、ナンバーと細かいカスタムの差異くらいだったりする。

 

 そういう訳なので、わざわざ立ち止まってまでその車を見ようとする人は、車が誰のものか分かっている二人しかいない。

 

 さて、皆さんもご存じの通り、ウマ娘は人と比べて様々な身体能力が高い。それはもちろん、五感だって含まれている。その五感には、ご存じ視力がある訳で。つまり何を言いたいのかと言うと、その気になれば、ウマ娘は助手席に座っている人の顔くらい、見分けられるという事だ。

 

 運転席にいたのは、眠そうな顔で、しかし服装はいつも通りな水無月。そして、助手席にいたのは。

 

「「……え?!」」

 

 やたらとおしゃれなかっこうをして、ぐっすりと寝こけている里宮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、見慣れた部屋だった。

 

「えっと……ここは、トレーナー室だっけ……?」

 

 少し頭が痛いが、何とか起き上がる。どうやら、私はソファに寝かされていたらしい。時計は……え、10時?!

 

「……私、どうやってここに……」

 

 服装が、昨日から何も変わっていない。けど、何故か皺はあまりついていない。おかしい、いつもなら、酔って寝た日は服がしわくちゃに……。

 

 机を見ると、何が入っているのか分からない袋が置いてあった。恐る恐る中身を見てみると、卵のサンドイッチが二つ入っていた。それと、紙切れが一枚。

 

「……『昨日はありがとうございました。でも、ほどほどにしてください。朝食は食べられなさそうだったので、サンドイッチ作っておきました。小腹すいたら、今日中に食べておいてください 水無月』?」

 

 あれ、何で水無月さんが、私が朝食食べてないって事知っているんだろう。まあ、こんな時間にここにいるのを見たら、誰だって想像できちゃうけど。……え、待って、それでもおかしくない?

 

「そう言えば、水無月さんと飲みに行ったんだっけ。それで、その後……その後?」

 

 ……酔って、そのまま寝ちゃって、水無月さんにおんぶされて。あれ、ちょっと待って、なんか少しずつ記憶が……――っ!!!???

 

 

 

 

 トレセン学園に、悲鳴が響いたとかなんとか。




里宮さん編となってしまいました。本当はファン感謝祭編のはずだったんですが、筆がのってしまい……。
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