彼女は、ある男の子について鏡に聞きました。
次の日、彼女はその男の子に会いに行きました。
帰ってくると、女の子は鏡を割って捨てました。
という訳で、大人気シリーズ(大嘘)第6話。新ヒロイン(?)の登場です。今回は本当にファン感謝再編だったりします。
最悪だ、と言わざるを得ないことになっている。
「事実無根なのによぉ……!」
昼の食堂で、思わず呟いた。刺さる視線が痛い。
今日の朝、自分の車で里宮さんと一緒に出勤し、寝ている里宮さんを抱えてトレーナー室に連れて行った。
そしたら、である。
俺と里宮さんが、夜にあんな事やこんな事をやった――という噂が、トレーナー間で広まってしまった。何故そうなる? 早とちりが過ぎると思うんだが。というか、何でそんな噂があっという間に広まるんだよ。
「ファン感謝祭の前だって言うのに、君は一体何をやってるのさ」
隣の鏑矢が、いつもの調子で聞いてくる。
「だ・か・ら! 何も無かったんだって!」
「……そこまで大きい声で騒がなくたって、それくらい分かるから」
どうやら、鏑矢は俺の言う事を信じてくれるらしい。
「酔っ払って、仕方がなく家に連れて行った――って事は変じゃないんだけど、僕に聞いてくれれば、里宮さんの家の場所くらい教えてあげられたのに」
「……日を跨いでいたんだぜ?」
「物は試し、って言うじゃないか。水無月って、変なところで常識があるような行動をするよね」
酷い言われようだ。そんなに常識が無いような行動をしていたっけ?
「……場所知ってるって事は、送った事あるのか?」
気になって聞いてみると、鏑矢は珍しく憂鬱そうな顔をしながら。
「あるよ……。あれは、半年くらい前だったかな。飲み会で、寝ちゃった里宮さんを誰が送るのか、じゃんけんで決めるはずだったんだ」
「……それで?」
「だけど、その日は車で来ていた僕は、全く酒を飲んでいなくてね。強制的に僕が送る事になってしまったんだ」
「……」
同情しかできない。
「言ってる事は支離滅裂だし、声をかけても……はぁ」
「俺と同じ、だな……」
「時々、里宮さんが休んで君がカレンチャンのトレーニングする事、なかったっけ?」
「一ヶ月くらい前にも、そんな事はあったな」
鏑矢は乾いた笑いを浮かべながら。
「あれはね……酔っ払って寝た里宮さんが、出勤し忘れるからなんだよ」
「あー……そういう事ね……」
つまるところ、鏑矢は里宮さんが飲みに行く誘いを断られる理由が、分かっていたのだろう。それで、厄介事を俺に押し付けた、という訳だ。まあでも、あれを見ると怒る気にはなれないが。
溜息をつきながら、飯を食べようとする。
「おや、噂をすればなんとやら……ってやつかな?」
「は?」
鏑矢の視線につられて振り返ると、里宮さんが空き席を探していた。服装は、昨日から変わっていなかった。まあ、昨日のことを考えれば当たり前だけど。
目線が合う。
謎の沈黙と静寂が、二人の間に訪れる。
「あ〜……こんにちは」
かける言葉が思いつかず、適当な挨拶をした。すると。
「あ、あの……ゴメンなさい!」
顔を赤くすると、飯食ってないだろうに、食堂から飛び出して行った。何となく伸ばした手が、所在無さげに宙に残る。
「……えぇ?」
「……どうすんのさ」
俺の声がけに対する里宮さんの行動は、もちろん食堂にいた大半の人達に見られている。トレーナーだけではなく、ウマ娘達にもだ。
「人の噂も七十五日、とは言うけど、何日残るのかな?」
「一分足りとも残らんで欲しいわ」
楽しげに言うでないわ。
悪事ではないから千里を走る事はないだろうが、一度流れた噂というものは、尾ひれがつきながら広がっていくものだ。そもそも、最初の段階で噂の内容が事実でないのが、尚のことタチが悪い。
仕事以外の悩みを抱えることになるとは、思いもしなかった。
「トレーナー?」
「お兄ちゃん?」
「……はい」
何故、俺が怒られているみたいになるんです?
たまたま廊下ですれ違ったアヤべさんとカレンチャンに呼び止められ、立ち止まって振り返る。二人とも耳は絞られ、目は半眼である。……眠そうな方のではなく、怒っている方の半眼だが。
「えっとですねぇ、俺はまだ仕事があるんで、早う解放していただけますと……」
「そんな事言って欲しいんじゃないわ」
「あの話、どういう事なの、お兄ちゃん?」
あの話、とは噂の事だろう。だけども、あれは俺悪くないと思うんだよね。噂の内容はさておき。……にしたって、生徒にまで広まっているとか、どういう事なのよ。
というか、というかである。
「二人には関係なくない?」
「「別にいいでしょ?」」
二人の圧に、サクッと負けました。
「……はい、ちゃんと説明します。だからその、ゴミを見るような目で見るのはやめて……」
かくかくしかじか、何があったのかを説明すると、ピリついた空気がどうにか霧散した。
「ふぅん、そういう事だったのね」
「カレンたち、噂に流されちゃってたんだ……」
「噂を信じる前に、ちゃんと本人に確認しろよ……」
フェイクニュースというのは、きっとこんな感じで広まるのだろう。世の中の現実の一つを、たった今垣間見た気がする。
「俺の噂を気にするのは構わんが、ちゃんと準備しているんだよな?」
思春期なのだから、そういう噂に流されてしまうのは分かる。だがだからと言って、本来やるべき事をおろそかにするべきではない。……かくいう俺も、羽目を外されて、本来の事がおろそかになりかけているのだが。
「それくらい、やってるわよ」
「カレンくらいになれば、噂を気にしながらでもちゃんと出来るよ?」
「……ならこれ以降は、噂に流されないでくれよ」
そう言って、二人と別れる。
ひそひそと俺の方を向きながら話す人が見えるが、とりあえず無視しておこう。自分が注目される人間だなんて、意識するだけ無駄な事だ。
「あ、こんにちは。葵ちゃん」
廊下の角を曲がったところで、高嶺の誰かとかではなく、桐生院葵を見つけた。
「こんにちは、結城君。あの噂……どこまで本当なの?」
もはや、今日は出合い頭に質問されるのが恒例なようだ。いちいち答えるのがめんどくさくて仕方がないが、要因は何であれ、この結果を招いてしまったのは自分の行動のせいだ。……行動を反省する余地はないんだけど。
「『どこまで』?」
「だって、結城君ってそんな事出来なさそうじゃない。だから、どこまでなのかな……って」
「それは……まあ出来ないな。どこまでも進んでないよ」
チキンだし、そもそもそういう関係はいらないとしか思えない。
「まあそうよね……。あ、別に悪口じゃないからね?」
「……分かってるよ」
そういう事は理解しているし、何より葵もそんなつもりはないはずだ。多分、トレセン学園にいる人の中では、俺の事をよく分かっているし。
「それじゃ、まだ仕事があるし、いろいろ資料を集めて研究しなくちゃいけないから。また後でね」
「根を詰めすぎて、倒れたりすんなよ?」
去年、桐生院はハッピーミークの為に資料集めやら何やら――とにかくトレーナーとして頑張りすぎた。その結果、過労で倒れてしまったのである。
「そうなったら、去年みたいに助けてくれればいいでしょ? 結城君も、変な噂には気をつけてね」
「まあ……そうだな」
まあ確かに、その第一発見者は俺だった。
苦笑いしながら答えると、葵は俺の答えに満足したのか、俺の横を通ってどこかに向かう。まあさっきそう言っていたし、トレーナー室に行くんだろう。
「どこまで、ね……」
自嘲気味に呟く。廊下を歩いたり走ったりする人は他にもいるが、小さな声は誰にも聞かれなかったようだ。どうせ俺はもう、一歩も進む気はないのだ。
ため息をついてから、ゆっくり歩き始める。
「さて、俺も仕事しなくちゃなあ」
ファン感謝祭の時くらい、仕事から解放されたい。金曜日から三日間ファン感謝祭があって、木曜日はトレーナーも参加してリハーサルとか打ち合わせをするので、水曜日――今日中に終わらせる必要がある。
そうは言っても、とりあえずアヤベさんは大阪杯に勝てたし、今はトレーニングメニューを考えたり、メディアの対応を整理することがメインだ。そこまで慌てなくても、落ち着いていればすぐに片付く……はずだ。
ファン感謝祭とは言っても、結局は文化祭である。自分の今までの文化祭を振り返っても、まあ普通に楽しんだ覚えしかない。彼女たちにも、普通に楽しんでもらいたいものである。
「くぁ~……、ダメだ……。眠い」
とりあえず、眠くならずに仕事をする方法を調べた方がよさそうだ。