彼女は、ある男の子について鏡に聞きました。
次の日、彼女はその男の子に会いに行きました。
帰ってくると、女の子は鏡を割って捨てました。
という訳で、大人気シリーズ(大嘘)第6話。新ヒロイン(?)の登場です。今回は本当にファン感謝再編だったりします。
日曜日はファン感謝祭最終日で、しかも大多数に人々にとっては休日であることから、土曜日よりも多く人が訪れる。
人混みを掻き分けながら、水無月が目的地に向かう。
「楽っつったって、今日じゃなくたってなぁ……」
待ち合わせるだけなら、何もファン感謝祭の日でなくても良い。ど平日でもいいし、休日だろうと水無月が予定を空ければいいだけの事だ。どうしてこの日なのかと言えば、単に水無月が頭が上がらない相手だというわけで。
「昨日の綱引きは見たし、今日の借り物競争も見なきゃなぁ」
土曜日の世代対抗綱引き(三本勝負)では、アドマイヤベガらの世代と黄金世代が対決した。団結力の差なのか、一戦目は黄金世代が勝利した。二戦目は、オペラオーの歌に奮起した(と言うよりはリズムを掴んだ)アドマイヤベガらが勝ちをもぎ取った。
結局、三戦目は黄金世代の勝利となり、アドマイヤベガらは惜しくも負けた。だが、会場は大盛り上がりだったし、アドマイヤベガも満足そうだったので、水無月としては満足の一言である。
借り物競争にはアドマイヤベガだけでなく、カレンチャンも出場する。『絶対に見に来てね、お兄ちゃん?』と言われてしまった水無月には、行かないという選択肢は無くなっていた。
「……情けないままだな、あの日から」
変わっていないのだ、思い出したくもないあの日から。
喧騒に紛れるその声は、誰にも届かないし聞こえない。無論、水無月も誰かに聞いて欲しくて呟いた訳ではない。だから、そんな自嘲気味な声で呟けたのだろう。
水無月が三女神像の前に辿り着く。そこには、彼が会いたい、というか会わなければいけない人物がいた。
(タイミングが悪い……)
人混みの隙間を縫いながら、早歩きで移動するアドマイヤベガ。ウマ娘の小走りは、人より早くなってしまう事もあるので、早歩きくらいがちょうど良かったりする。
アドマイヤベガのクラスでは、催し物としてパフェの屋台を開いている。彼女が借り物競争の準備をしようというタイミングで機材トラブルが起き、アドマイヤベガはその対応に奔走していた。
結果的に、借り物競争の集合時間の十分ほど前まで、対応に当たらざるを得なかった。
(よし、三女神像の横を通って……あれ?)
三女神像のそばに、水無月がいた。それだけならば、差程気にすることでもないし、たまたまだと片付けることも出来る。
だが今回は、訳が違う。
水無月が、見知らぬ女と話していたのだ。しかも、いつも以上に表情がコロコロ変わる。一体、どんな関係だと言うのか。
「……トレーナー」
アドマイヤベガは思い切って、話している水無月に声をかける。声が少し冷たい気がしたが、彼女は気付かないふりをした。
「ん? あ、アヤべさんか。……時間大丈夫か?」
「まだ間に合うわよ。それで……この人は?」
水無月の茶髪と違い、濡れ羽色と言えるような美しい黒髪を、首の付け根あたりで切り揃えている。地味まではいかないが、しかし派手すぎない程度の服を身に纏うその姿は、まるで――
(……そんな訳、ないわよね)
その可能性を、否定する。
否定すると言うよりは、そうでもしないと、どうしてか落ち着いていられなさそうだったから。ズルくて我が儘でも、そうやって否定した。
「あら、貴女がアドマイヤベガさんなの? テレビで見た時から思っていたけど、美人なだけじゃくて、カッコイイ娘じゃない」
「あ、ありがとうございます……」
よく分からないが、突然褒められて、少し狼狽えるアドマイヤベガ。
「それで、結城が迷惑かけてないかしら?」
「え?」
迷惑、と突然言われ、思わず質問に疑問符で返す。
「あのさあ……、なんで母さんはそう思うんだよ」
「え、母さん?」
「そう言えば、まだアヤべさんには言ってなかったな。この人が、俺の母さんだ」
そう言われた女――水無月の母親だという――は、人懐こそうな優しい笑みを浮かべながら、小さく頭を下げる。
「水無月彩結(あゆ)って言うの。よろしくね、アドマイヤベガさん」
「よっ、よろしくお願いします!」
思わぬ人物の登場に、声が上ずるアドマイヤベガ。
「そ、それで、お母様はどうしてここに……?」
「あらあら、お母様だなんて。結城も言ってくれないような言い方、なんか照れちゃうわね」
「言う訳ないだろ……」
呆れたようにボヤく水無月。
「そんなに畏まらなくてもいいわよ。そうねぇ……彩結さんって呼んでくれればいいわ。それで、どうしてここにいるのかって事ね。それは、結城の働きっぷりを見に来たのよ」
「……何でこの日なのか、まだ納得いってないんだけど」
「そう? 貴方に対する周りの人の態度を見れば、大体分かるものよ。周りの人が多い今日こそ、働きっぷりを見るのにいい日じゃない」
「まだまだ、母さんには勝てそうにないなぁ……」
頭をポリポリかきながら、水無月がそう漏らす。どうやら、水無月よりも水無月母の方が色々と、一枚上手のようだ。
「それで、働きっぷりはどうだった?」
「良さそうじゃない、ちゃんと頑張ってるみたいね」
(……いつトレーナーの事を見ていたのかしら?)
アドマイヤベガは、心の中で首を傾げる。
少なくとも、今日トレーナーと一緒に行動した時には、観察するような視線は感じなかった。若干の恐怖を彩結に覚える。
「ただ――」
「「?」」
一区切りつける彩結。
「言いたい事があるなら、ハッキリ言わなきゃダメよ? ハッキリと、ね?」
「……分かってますよ」
その時、アドマイヤベガはあることに気がついた。
「……」
念を押すようなその言葉は、水無月にかけられているように聞こえた。しかし、彩結の目線はアドマイヤベガに向けられている。水無月は、何が悔しいのか目を逸らしていて、それに気がついていない。
「良いわね?」
ウインクする彩結。その顔も、間違いなくアドマイヤベガに向けられていた。
「はいはい……」
「……」
よく分からず、アドマイヤベガも小さく頷く。
その時だった。
「あ、彩結さんだ。こんにちは〜!」
「おや」「あら?」「……え」
三人にとって聞き覚えのある、明るい声が後ろからかけられる。
「こんにちは~! お久しぶりですっ、彩結さん!」
そこにいたのはカレンチャンだった。借り物競争に出るためなのだろう、制服ではなく体操着を着ている。
「久しぶりね、カレンチャン。元気にしてた?」
「はい! 怪我も病気もなく、トレセン学園での生活を楽しんでます! まあ、一つだけ叶わなかった事が……」
カレンチャンの視線に釣られ、彩結の視線も水無月に向けられる。いたたまれない様な雰囲気になったせいで、そっぽを向いた水無月。
「……はい。うん、分かってるから。だからその、やめて……」
「ダメな子よねえ、結城って」
「そんな事ないですよ? お兄ちゃん、今でも私といつも通り話してくれますから」
「変に優しくしないでくれ……」
この会話が、三人だけで行われていたら、あまり変には映らなかったのだろう。
だが、ここにはアドマイヤベガもいる。彼女は、三人の会話について行く事ができず、置いてかれていた。
(何となくは分かるけど、……細かいところまでは分からないわね)
分からないのは当たり前だ。アドマイヤベガが知っている水無月は、二年前からのこの関係と、彼が自ら語った過去だけなのだから。
だったら、小さい頃からの知り合い――水無月は幼馴染と主張している――であるカレンチャンが、水無月の事をより知っているのは、何ら不思議な事ではない。
だけど、だけど。
(なんで……こうも悔しいの? 知らなくて当たり前なのに……?)
間違っているのだろうか、私は。
あの子に問いかけても、あの子はもう答えてはくれない。もしいたとしても、答えてはくれないだろう。だってそれは――
「そう言えば、借り物競争の時間って大丈夫か? 話していて忘れていたけど」
答えが出る前に、水無月が声をかける。言われてみれば、話に集中していて時間を気にしていなかったので、見回して当たりの時計を見る。
「……あ、もう二分前だわ。ほら、行くわよ」
「ほんとだ。それじゃ、カレンたちは今から借り物競争に行くので、ぜひ見に来てくださいね、彩結さん!」
「頑張ってね~」
手を振りながら、彩結が二人を見送る。
「じゃあ、俺も二人の様子見てくるから」
その少し後を追おうとする水無月。その背中に彩結が。
「なら、私も見に行こうかしら」
「……別にいいけど」
「気にしなくてもいいわよ? 少し離れた所で見ているから」
「そこまで気にしてないんだけど……まあ、分かりました」