彼女は、ある男の子について鏡に聞きました。
次の日、彼女はその男の子に会いに行きました。
帰ってくると、女の子は鏡を割って捨てました。
という訳で、大人気シリーズ(大嘘)第6話。新ヒロイン(?)の登場です。今回は本当にファン感謝祭編だったりします。
その後、4人で借り物競走を見ていた。
10分ほどたって、ついに。
『さあ、借り物競走もついに最終組です!』
ウオオオォォ――!
と謎の盛り上がりを見せる観客席。
「はぁ、はぁ……。間に合いましたか〜……?」
ちょうどそのタイミングで、里宮が4人のところにやって来た。
「間に合いましたよ、里宮さん」
「あれ、桐生院さんじゃないですか? どうしてここに……?」
ハッピーミークさん、こんにちは――と言いながら、桐生院に聞く里宮。言外に含まれた意味に、うっすらではあるが桐生院は気が付いた。
(……そう思うのも、仕方ないよね)
苦笑したくなるのを抑える。ここで苦笑――結局は笑いを浮かべてしまったら、どうなるかなんて分からないから。
「ああ、葵ちゃんはさっきたまたま……と、俺に文句を言いたくて合流したんだ」
里宮の疑問を水無月が答える。
「俺が、トレーナー対抗のリレーに参加しなかったから……」
「そういえば! 何で水無月さん参加してくれなかったんですか?! お陰で私、ヘトヘトなんですよ?」
幾許か頬を膨らませて、やはり水無月に文句を言う里宮。何か違うとすれば、文句の内容が少しばかり具体的なところだろうか。
「……『ヘトヘト』?」
「水無月さんが参加しなかったから、私が代わりに参加したんです」
「……あ〜……、何かスマン」
お世辞にも運動が得意とは言えない里宮。そんな彼女に走らせてしまった事に、さすがの水無月も申し訳なさが上回ったのか、素直に頭を下げて謝った。
「……水無月さんがいると思って見に行ったのに」
里宮が俯きながら小さく呟いたその声は、歓声に掻き消されて、ヒトの耳には届かない。
だが、ウマ娘の耳には届く。
(待って、それはどういう――)
思わず凝視しそうになるのを、アドマイヤベガは必死で堪えた。
『――そして、6人目はカレンチャン!!』
アナウンスの声に、水無月とアドマイヤベガ、里宮の視線がグラウンドに向く。遅れて、桐生院とハッピーミークの視線も向けられた。
『さあ、ここで借り物競争係から連絡があります! なんと、最後のお題には、一枚だけ大当たりが入っているとのことです!』
借り物競争係のせいで、余計に盛り上がる観客。しばしアナウンスが空き、一瞬の間観客が沈黙する。
『……ただし、その大当たりが何かは秘密とのことです!』
「……まあ、そうじゃなきゃ意味ないよな」
当たり前すぎるそのアナウンスに、思わず口が出る水無月。
「それにしても、豪華なメンバーですね」
「……すごい」
桐生院とハッピーミークが呟く。実際、最終組のメンバーはシンボリルドルフやオグリキャップ、トウカイテイオー、セイウンスカイ、エイシンフラッシュと無駄に豪華なメンツだ。
「カレンチャン〜! 頑張って――!」
里宮が声を張り上げると、カレンチャンはそれに気が付いて、5人のいる方に手を振る。一応それなりに豪華なメンツの5人に、観客から小さなどよめきが起きる。
『それでは皆さん、スタートラインに着いてください!』
急速に音が小さくなるグラウンド。響くのは、他の場所でのアナウンスや観客の声。
静寂に包まれる数瞬。そして。
――パァン!
というピストルの音と共に、6人のウマ娘達が走り出し、観客席の声が戻ってくる。
抜け出したのはオグリキャップとカレンチャンだったが、短距離の経験の差だろうか、カレンチャンが一歩抜け出す。しかし後続のウマ娘達も歴戦の猛者ばかり。簡単には引き離されない。
カレンチャンがお題の書かれた紙を手に取るのと、残る5人が紙の置かれた机にたどり着くのはほぼ同時だった。
(大当たりがいいけど、無理難題じゃ困るもんね)
正直な話、カレンちゃんとしては、大当たりと普通とどっちも引きたいのである。大当たりなら話題をさらえるし、普通なら簡単にクリアできるだろう。
有り体に言ってしまえば、要は刺激が欲しいのだ。
ピラッ、と紙を開く音が、一人分だけ先行する。
「…………え」
他の5人が紙を開く音と、カレンチャンの呟きが重なる。
「だれか赤い水筒を持っている方がいたら、手を挙げてくれないだろうか」
「ケーキ柄の物を持っている方はいますか?」
「キャロットマンの帽子を被っている子がいたら、ボクのところに来てね! 早い者勝ちだよ!」
「緑色系統の上着を着ている人がいたら、セイちゃんの所に来てくれますか~?」
「ケーキ……いや違った、青い靴を履いている人はいるかな?」
紙を開いた5人は、観客席に向かって声をかける。躊躇いがちに、辺りを見回す観客。しかし、気になって彼女たちへと観客(主に子供)が向かう。
それに対して、カレンチャンはというと。
「……」
その場で俯いて、微動だにしない。
かと思えば、急に辺りをキョロキョロと見まわしてみたりと、挙動不審以外の何物でもない様な事をしている。
「……何をやってるのかしら、カレンチャンは」
アドマイヤベガの疑問ももっともである。
残る5人は順調にお題に合う人を見つけ、ゴールに駆け出している。そのせいで、立ち止まっているカレンチャンは、余計にグラウンドの中でういていた。
「あれ、カレンチャンどうしたんだ……?」
「どうしたんだろう……?」
観客の一部も、異変に気が付いたようだ。
そうこうしている間にも、5人はゴールしてしまう。それでも、カレンチャンはそこから動こうとしない。
三十秒、一分、二分…………それでも動かない。
『あのぉ~……カレンチャンさん、どうしましたか? リタイアでしたら、そう言ってくれれば……』
あまり引き延ばせないのだろう、アナウンスも声をかける。
それを聞いたのか、カレンチャンが一歩を踏み出す。ゆっくりと、そこに足場があることを確かめるかのように。俯いたままで、どんな表情なのかは読み取れない。
カレンチャンが観客席に近づくと、観客がカレンチャンをよける様に移動する。その光景は、あたかもモーセの海割りのようだった。
その割れた先にいるのは。
「あれ、カレンチャン、私たちのほうに来てる?」
里宮が気が付いた。
「じゃあ私たちは関係ないですね。ミーク、少し離れましょう」
「……はい」
桐生院とハッピーミークが数メートル後ろに下がる。残るは三人。
「だとすりゃあ……俺も関係ねえだろ」
そう言って、水無月も桐生院たちのほうに向かう。
「……どっちかな?」
「……どちらでしょうね」
残ったのは里宮とアドマイヤベガ。視線が二人に向けられる。
割れた道を、覚束ない足取りで進むカレンチャン。いつもなら“カワイイ”を見せるために堂々とした足取りが、まるで嘘の様だ。
ゆっくりと近付いていたカレンチャンだが、2人の数メートル前で立ち止まる。
その頃にはもう、観客席の歓声はやんでいた。ただ、カレンチャンの一挙一動に視線が向けられるのみだ。
顔を僅かに上げるカレンチャン。
(……顔が、赤い?)
誰とも言わず、気が付いた。
今の時間は、そんなに暑くはない。だとして、赤面の理由は何だろうか。
カレンチャンの視線が、右に左に落ち着かず揺れて動く。何かを言おうと開かれた口が、しかし閉じて、何も伝えない。
再び顔を俯けたカレンチャンは、ようやく次の一歩を踏み出す。
(私、という事でいいのかしら?)
小さな一歩で、少しずつアドマイヤベガの方に近付く。羨ましそうな目線が里宮から向けられるが、とりあえず無視しておく。
あと一歩程の距離まで、2人が近づく。
「カレンチャン、私がそうなら――」
そう言いながら、右手を伸ばす。
所在なさげに揺れるカレンチャンの右手に触れ――
パシっ
乾いた音は、静かになったグラウンドによく響いた。
「……………………え」
呆然とアドマイヤベガが見る先、カレンチャンの右手はアドマイヤベガの右手を、軽くとはいえ叩いていた。
まるで、触れられるのを拒むかの様に。
異常とも言えるその事態に、誰も言葉を発することが出来ない。縫いつけられたかのように、誰も動けない。
動けない観客達を無視して、カレンチャンが歩き始める。アドマイヤベガ、そして里宮を避けてさらに後ろに向かって。
右手が掴んだのは、同じく呆然としていた水無月の右手だった。
「……え、えっと…………カレンチャン?」
動きを思い出したのかのように、どうにか水無月が言葉を捻り出す。
こくん、とカレンチャンが小さく頷いた。未だに俯いているが、流石にここまで近付けば、水無月にも赤面している事が分かる。
「お題は……何だ? それに、俺じゃなくてアヤべさんや里宮さんの方が……」
「……」
水無月の言葉を無視して、カレンチャンが右手を引っ張りグラウンドに向かう。呆然とする、アドマイヤベガと里宮の横を通って。
「お、おい……」
2人の方に戻ろうと、水無月が微かにカレンチャンに抵抗する。その引かれる右手を、軽く引き返す。
「…………」
「は?」
小さい声が聞き取れず、思わずカレンチャンに聞き返す水無月。
「……お兄ちゃんがいいの」
次ははっきりと聞こえた。
「……」
「……お願い」
その一言を聞いて、水無月は引き返すのをやめた。そのまま、カレンチャンと共にグラウンドに向かう。
グラウンドに戻っても、カレンチャンの足取りは覚束無い。引っ張られる水無月は、その歩みに合わせてゆっくりと歩を進める。
意地を張った子供が親を引っ張り、それに合わせて親がゆっくり歩くような、そんな光景。
「……だから言ったのよ、アドマイヤベガさん」
その様子を見ていた彩結が、遠くにいるアドマイヤベガには届かないと分かっていながら、ポツリと漏らす。
彩結の視線のその先、アドマイヤベガは里宮と共に、何をすることも出来ずその光景を見ていた。右手は、叩かれた時と同じ高さのままだった。
(それにしても……誰だったかしら、見覚えがある気がするんだけど……)
水無月と一緒にいた、白毛のウマ娘とトレーナー。特にトレーナーの方は見覚えがある気がするが、どうしても思い出せない。
(まあ、また今度結城に聞けばいいわね)
面倒なら、また今度にすればいい。そう思い、思い出そうとするのを止める。
誰もが見守った先、ようやくカレンチャンはゴールした。
大方の予想を裏切って、水無月を連れて。
ゴールに司会の一人がマイクを持って向かう。
『さあ、時間がかかってしまいましたが、無事に全選手がゴールしました! 皆さん、拍手をお願いします!』
最終組の6人に、盛大な拍手が送られる。
観客の意図を組んだ係が、水無月の手を強く握っているカレンチャンにマイクを向ける。
『ところでカレンチャン選手、お題は何だったのでしょうか?』
その質問を聞いた観客が、急に静かになる。
「……」
答えないカレンチャン。
困っている係に、カレンチャンがお題の書かれた紙を手渡した。係が紙を開いて、お題を確認すると――
『――何と、お題は「好きな人」だったようです!』
そんなこと言われたら、会場が盛り上がるのは避けられない。今までの静寂が嘘のように、大きな拍手などが響く。
「カレンチャン、大当たりをひいちまったのか~」
「よく頑張ったね~!」
観客から贈られるのは、同情と励ましの声。なおのこと、カレンチャンの顔が赤くなる。
「係の娘、無茶なもん書くんじゃないぞ~」
マイクを向けられた水無月も、明るい声で答えている。会場は、どこか緩んだ空気になっていた。
だが、落ち着いてもいられない人物がいる。
「…………水無月さん、なの?」
そもそも選ばれなさそうだった里宮と。
「……」
そうだと思って手を伸ばしたら、叩かれたアドマイヤベガだ。
二人とも、話は聞いている。カレンチャンと水無月が幼い頃からの知り合いで、お互いが後悔していることを。
だからそういう意味で、カレンチャンが水無月を選ぶ事自体、何らおかしいことではない。
でも、『好きな人』という事で選んだのが、水無月だったのは。
二人に去来する胸の痛みも胸騒ぎも、少しずつ意味は違った。
どう『好き』かなど、他人には分からない、分かりようもないのだ。定義の仕方は、人それぞれなのだから。
説明することのできない沈黙が、二人を包む。
そして、その二人を後ろから見ていたのが。
「……」
「……」
桐生院とハッピーミークだ。
ハッピーミークは、どう声をかけるべきか分からずに黙っているように見える。実際、伸ばしかけた腕を戻している。
だが、桐生院は。
「……結城君、貴方は…………どう思っているの?」
押し黙る二人と、ゴールの近くの二人を見ながら呟く。
瞳に揺れる感情は、怒りと憐憫。それは言葉にも含まれていて。
笑う水無月の姿は、黙る二人とは対照的だ。なおの事、見るのが辛くなる。
だって、まるでそれは――
「いつも、いつも……そうなんだから」
唇を嚙むしかなかった。
「それで…………貴方は……」
続く言葉は歓声に紛れて、誰の耳にも聞こえなかった。
『好き』というたった2音で構成されるその言葉は、様々な意味を内包している事くらい、カレンにだって分かっている。
家族に対する『好き』、友達に対する『好き』、物に対する『好き』、行動に対する『好き』――どれも、意味は全部違う。
なら、カレンがお兄ちゃんに想う『好き』は、どの『好き』何だろう?
お姉ちゃんが『好き』、アヤべさんが『好き』……同じようで、お兄ちゃんに対するものとは、やっぱり全然違う。
ならカレンは、どの『好き』のつもりでお兄ちゃんを選んだんだろう。好きな人、であれば、お姉ちゃんでもアヤべさんでも良かったのに。
彩結さんに聞けば、教えてくれるのかな?
地面を黙って見ていても、お兄ちゃんが笑っているのが分かる。怒っていないのも、迷惑だと思っていないのも、握られた手から伝わる。
じゃあ、カレンの手が伝えるのは何?
自分でも分からない。胸騒ぎが、痛みが、考えをまとめさせてくれない。
(……お願いだから、お兄ちゃん――)
初めて、自分が信じる人に考えが伝わって欲しくないと、心から願ってしまう。
気づいたら、お兄ちゃんの手を強く握っていた。
無意識に叩いてしまった、アヤべさんの手の感触が残らないように。
これどうやって続ければいいんだ?