そうであるならば、流れる時間もまた、昨日とは違うはずだ。
でも、昨日と同じように、時間は流れていく。
昨日の自分と何も変わっていなかったことに、気が付いた。
4月12日木曜日。
(仕事は……終わったかしら。後は、ミークとトレーニングかな)
手際良く仕事を終わらせていた桐生院は、廊下を歩きながら今日の残りの予定を確認する。特に何か誘いがある訳でもないので、家でのんびり出来るかもしれない。
「桐生院さん、……ちょっといいですか?」
「……どうしましたか? 里宮さん」
後ろから声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは里宮だった。焦りとどこか、期待が表情から見て取れた。
「聞きたい事があって……。私のトレーナー室に来てくれませんか?」
「……そうですか、いいですよ」
まさか、刺される訳でもないはずなので、首を縦に振る。
「良かったぁ。あ、じゃあ私について来てください」
そう言って歩き始める里宮の後ろを、付かず離れずの距離で追いかける桐生院。仕事の上で楽になるから、全員のトレーナー室の場所を把握している桐生院なので、その必要はあまり無いのだが。
三階の廊下の東の突き当り。そこが里宮のトレーナー室だ。
里宮に促され、続いて桐生院もトレーナー室に入る。
予想通り、部屋はしっかりと整頓されている。カレンチャンの写真やカレンチャンと里宮のツーショットが置いてあるのも、 まあ予想通りだったりする。
でも、いつもの里宮の様子から考えればありそうなものが、いくつか無いような気がした。
「ところで、聞きたい事とは?」
思い切って、桐生院自ら話を切り出す。
「桐生院さんって、色んな恋愛の悩み事にアドバイスしてくれる……恋愛相談してくれるって聞いたんです。だから、私も相談したいなぁ……と思って」
「そういう事でしたか。大丈夫ですよ、何でも聞いて下さい」
(……そう思われてたの、私って?)
確かに相談されたら真面目に答えていたが、まさかそう思われていたとは考えてもなくて、少し驚く桐生院。期待を裏切るわけにもいかず、力強く答える。
テーブルを挟んで椅子に座り、里宮がお茶を用意してから口を開く。
「実は私、少し前……一昨年くらいから気になっている人がいるんです」
「……はい」
「その人がどうにも鈍感で、全然気が付いてくれないんです」
「…………ほう」
ああもう、何だか頭が痛い。
そう思い始める桐生院。
「せっかく一緒に呑みに行ったのに、自分でその機会を無駄にしてしまって……」
「……そ、そうだったんですね」
里宮の酒癖が悪いことは、桐生院ももちろん把握している。そして最近は彼女も含め、里宮の誘いを断っていたことも。
(大方……呑みすぎたのよね、フラストレーションのせいで)
というか、それが発端となった噂を、本人に確かめている。
「どうにかはっきり伝えたいんです。その……みな、じゃなくて気になる人に」
「……なるほど」
言いかけましたよね今。
(こらえて……笑っちゃだめよ、桐生院!)
全く隠せていなかったことに、里宮は気が付いていないのか、顔は真剣なままだ。桐生院としては笑いたくなるし突っ込みたいが、一応本人は真剣なので必死でこらえる。
「はっきり伝えたいなら、別に大勢の前で告白してしまえば……」
とりあえず、一番大雑把な解決方法を提示してみる。大雑把、と言うよりは、強引に既成事実を作る方法に聞こえなくもないが。
「そ、それは無理です! 人前でなんて恥ずかしくて、その……とにかく無理です!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ里宮。
「まあそうですよね。……そうでもしないと、分かってくれない人もいそうですけど」
でも、知っている人は、そんな事したって分かってくれないのだろうけど。
言ったところで無駄な事なので、黙っておく事にした。
「……いますね、そんな人」
「そういえば、メールとか手紙とかLINEとか、そういう方法は使わなかったんですか?」
「えっと……それはそれで恥ずかしくて」
「……」
桐生院の想像を超えて重症だった。初心とかそういうレベルで測れるのか、かなり微妙なラインだ。
(条件が多くない?)
人前はダメ、かといって文字にするのもダメ。
多い、というよりは面倒くさい、の様な気もするが。
「でしたら、どこか二人きりになれる所で伝えればいいのではないでしょうか」
「そこまでは思いついたんですけど、いい場所が分からなくて……」
「そういう事でしたら……、これでも使ってください」
そう言いながら、桐生院が何かを里宮の前に差し出す。
「え……、いいんですか? こんなもの貰っちゃって?」
それは、だれもがよく知る、山梨県にある某テーマパークのペアチケットだった。多少、というかそこそこ値の張るものであるはずだが。
「大丈夫ですよ、私には誘う人がいないので」
「え、ハッピーミークさんは……」
「三月に、少し寒かったんですが行ってきたんです。その時に、『次は水族館がいい』って言われていて……」
つまり、使いようがない、という事である。
「二人で観覧車に乗って……、なんてベタですけど、そういうのも悪くないと思いますよ」
「あ、ありがとうございます! 私、頑張ってみます!」
妙にうっきうきな里宮。
(……そこまで?)
テンションの上がり具合に、さすがに驚く桐生院。
「そういえば桐生院さん、」
「どうしましたか?」
「貴女は好き……気になる人っているんですか?」
そう聞いてくる里宮の眼には、純粋な疑問と探るような視線が混ざっている。
「いますよ、気になる人」
「だっ……、誰ですか?!」
掴みかからん勢いで訪ねてくる里宮。
それを見て、つい、悪戯したくなったから。
「貴女ですよ、里宮さん」
「えっ……?」
桐生院としては冗談のつもりで言ったのだが、里宮は本当に固まった。それどころか、少し顔が赤くなっている。
「え、いや、その……そういうのは……」
「もちろん、冗談ですよ」
「そ、そうでしたか~……アハハ……。あれ、じゃあ気になる人はいないんですか?」
「いますよ」
真面目な顔をして答えてみると、覿面だったのか、再び掴みかからん勢いになる里宮。
「誰ですか?! 今度はちゃんと答えてください!」
「……秘密です、里宮さんと同じで」
応援されたって、もうどうする気もないし、どうする事も出来ないから。だったら、黙っていた方がいい。
「うっ……、分かりました」
「私の事なんて気にしないで、自分を優先しないとダメですよ。気付いた時には……なんて事も、よくあるんですから」
桐生院が釘を刺すように言う。
「ですね……。じゃあ、午後のトレーニングが終わったら聞いてみます」
「大丈夫ですよ、私に言わなくても。……そういうのは誰かに言う前に、早くやってしまわないと」
「……い、言っちゃった。あ、き、桐生院さん、今の聞いてない事にして下さい!」
慌てる里宮を見ていると何かおかしくて、つい笑いがこぼれる。
「ふふっ、いいですよ。今は、何も……聞いていませんでした」
でも、心のどこかでは分かっていた。
おかしいんじゃなくて、まるであの頃の様だから。懐かしくて、どこか寂しくて、誤魔化すように笑いがこぼれたのだと。
お久しぶりです。生活に慣れなかったり課題があってなかなか書く暇が作れませんでしたが、文芸部の夏部誌用の作品未提出を生贄に書ききりました。これからも投稿はスローペースですが、更新を続けていくつもりですので、よろしくお願いします。