そうであるならば、流れる時間もまた、昨日とは違うはずだ。
でも、昨日と同じように、時間は流れていく。
昨日の自分と何も変わっていなかったことに、気が付いた。
日曜日のトレセン学園は、平日に比べると平穏……という訳でもない。
日曜日でも校内に残っている者は、予定が無いとも言うが、逆に言えば校内で楽しむ気である。そういう者達ばかりなので、案外騒がしいのだ。
もちろん、休日だろうとトレーナーと共にトレーニングに励む者もいる事にはいるが、それはごく少数だ。
さすがに日曜日であれば、トレーナーも自由な日である。
昼食の時間、というには少し早い頃。トレーナー室で誰かがポツリと呟く。
「ミークは遊びに行ったし、私はどうしようかしら……」
桐生院もそのうちの一人だ。ハッピーミークは午前中から同級生と共に遊びに行っているので、特に予定は無い。
別に誘い――少し年上の男性トレーナーからの誘いが無かった訳ではないが、全て丁重に断っている。見え見えなそれが、どうにも不快にさせるせいだ。
生真面目な性分なので仕事をしたいが、今週分はとっくに終わっているし、来週分も充分進めている。つまるところ、やる事が無いのだ。
「仕方がない、か……」
桐生院が食堂に向かうと、何人かのウマ娘が食事をしていた。……あるテーブルだけ、料理が山のように積み上がっている。
「……もう慣れちゃったな」
少し迷って紅茶を注文する。カップを受け取り、特に何も入れないで椅子に座り、カップをテーブルに置く。
「……これ単品はちょっと」
何も無いのも寂しいので、再びカウンターに向かう。
チョコケーキかショートケーキか、プリンという選択肢もある。数は少ないが、甘味の種類は多い。
「どうしますか?」
「……そうですね」
迷っていると職員に声をかけられた。
「じゃあ、……ショートケーキを2つお願いします」
「えっと……2つですね?」
2つ、というところを妙に強調されて聞かれる。
「はい」
ケーキを2つ頼む事の何が変だというのか。よく分からず、ムッとした声が出る桐生院。それを職員も感じ取ったのだろうか。
「失礼しました。――どうぞ」
「ありがとうございます」
プレートにケーキを2つ置いてもらうと、桐生院はカウンターを離れる。
レジで支払いを済ませ、机に向かおうとした。
「…………」
何となくそんな気がして、水をコップに汲む。それもプレートに乗せて、テーブルに戻った。椅子に座ると、なぜかため息が出た。
「結城君も里宮さんも、どうしてるかな……」
どちらかにLINEで聞くのも何だか迷惑がかかりそうで、聞くに聞けない。どうしようもなくそう呟く。すると。
「あの、……トレーナーが今日何をしてるのか、知ってるんですか?」
「……アドマイヤベガさん」
桐生院の左隣に、アドマイヤベガが立っていた。何も手に持っていないあたり、たった今食堂に来たようだ。
「……知ってるんですか?」
「知っていますよ。……アドマイヤベガさんは知らないんですね」
桐生院がそう答えると、アドマイヤベガは少し眉を寄せる。
「トレーナーが昨日の夜に電話で、『明日は予定があるから、アヤべさんは適当に暇潰してくれ』とだけ言って、今日の朝からどこかに出かけているんです。予定が何かを聞いたんですけど、はぐらかされて……」
そう言う間にも、アドマイヤベガの眉は寄っていき、深い皺が刻まれる。
「……そうでしたか」
(アドマイヤベガさんに言わなかったのね。……結城君たら、何を思ってそんな事……)
今の桐生院には、その理由が分かるほどの情報を持ち合わせていない。頭の中で悟られぬよう、考える事しか出来なかった。
「まあ立ち話というのも大変ですし、一旦座って下さい。……ケーキもありますし、食べてもいいですよ」
「……ありがとうございます。あの、お金は……」
「気にしないでください。私の奢りってことで」
桐生院が、アドマイヤベガに微笑みかけた。
流石に譲れない線が大人にはある。その線が高かれ低かれ、無いよりはマシだろうが。
椅子に座ったアドマイヤベガは、ケーキを一口食べて、置いてあった紅茶を口に含む。絡まっていた甘いものが熱い紅茶に流される感覚に、いくらか焦っていた頭が落ち着く。
ややあって、アドマイヤベガの方が口を開く。
「それで、トレーナーは今日何をしているんですか?」
「教えるつもりはあるんですが……私からも一つ、聞いてもいいですか?」
逆に質問を試みる桐生院。
わざわざ聞く必要があるか、と言われると、それはないだろう。分かってはいても、聞きたいことを我慢せずに聞いてしまうのが、人間の性というものだ。
「……何ですか」
アドマイヤベガの声音には棘があった。眉が寄っているあたり、少しイラついているのかもしれない。
「カレンチャンさんには、聞いてみなかったんですか? 結城君の事も里宮さんの事も分かっているはずですし、アドマイヤベガさんとは同室だと思うんですが……」
「……それ、は……。カレンさんには…………」
伏せ目がちに目を逸らすアドマイヤベガ。何か言いにくい事があるかのように、唇だけが動く。
「聞いていない……という事でいいんですね?」
さすがにそれを追求するような大人ではいたくないので、桐生院は事実確認を優先した。まあでも、聞けなかった理由が何となく分かっていた、というのもあるのだが。
「……聞いてません。これで満足ですか?」
再び声に棘が戻る。そんなアドマイヤベガをまっすぐ見ながら、桐生院は言葉を返す。
「『満足』……というのはちょっと違うんですが、それだけ聞きたかったので、これ以上は聞きません」
「……」
「それで、結城君がどこに行ったか、なんですが……」
そこで言葉を止める。ここでパッと言えればいいのだが、今回は事情が事情……というか、この事態を招いたのは桐生院自身である。別に桐生院が悪いわけでもなければ、水無月と里宮が悪いわけでもない。ましてや、アドマイヤベガですらそうだ。
つまるところ、それぞれの感情や考えが交錯した結果、桐生院が口を開くのを一瞬とは
いえ躊躇わせたのだ。
「結城君は、里宮さんと遊園地に行ってますよ」
でも、約束した以上は言わなければならない。
その言葉を聞いたアドマイヤベガは、眉間に皺を寄せる。
「……里宮さんと?」
「はい。……ついでに言うと、カレンチャンさんは二人とは一緒じゃないですよ」
まあカレンチャンについては、桐生院もついさっき校内で見かけたし、言わなくても彼女は分かっているのだろうが。
「そうだったんですか……。……遊園地?」
「千葉の方ではなく、山梨の方です」
いらない気もするが、何となく付け加える桐生院。まあ、どちらに行ったのか次第で、印象はずいぶんと変わるものだが。
「……トレーナーが最近、そういうところのチケットをもらったとか、聞いた事ないんですが」
「そうだと思いますよ。チケットを渡したのは、私ですから」
「……、は? 今何て言いましたか?」
少し身を乗り出してくるアドマイヤベガ。声の棘の形は、いつしか変わっていた。
「ですから、私が遊園地のチケットを渡したんです。まあ……私が渡したのは里宮さんですけど」
「……桐生院さんが里宮さんにチケットを渡して、それでトレーナーが――」
顎に手を当て、何かを考えるアドマイヤベガ。無言でその様子を見守る桐生院。
いつの間にか、ケーキも紅茶も無くなっていた。
だが、水はまだ残っている。
「……分かりました。今日どんな感じだったかは、トレーナーが帰って来てから聞いてみようと思います。わざわざ教えてくれて、ありがとうございます」
「気にしないで下さい。分からない事があれば、遠慮せずに聞いてくれれば――」
桐生院は言葉を続けようとして、口が止まる。自分がそんな言い方をしていいのか、分からなくなったから。
でも、言葉は続けざるを得なかった。
「――……出来る限りお答えします。それが……大人の役目ですから」
「では、また何かあったらお聞きしますので」
アドマイヤベガはそう言って立ち上がると、校舎に繋がる出口へ向かう。その背中は、いつもの堂々とした背中と違い、どこか寂しさがあった。
「はぁ……」
その姿が完全に見えなくなってから、桐生院はポツリと呟いた。
周りには聞こえても、彼女には届かない、届きようもないと分かっていながら。『言ってくれれば』だなんて、言い訳をしながら。
「……言ってくれれば、貴女にだって渡せたんですよ」
当たり前の事だった。渡せない理由なんて、彼女の手には最初からないのだから。
お久しぶりです。生活に慣れなかったり課題があってなかなか書く暇が作れませんでしたが、文芸部の夏部誌用の作品未提出を生贄に書ききりました。これからも投稿はスローペースですが、更新を続けていくつもりですので、よろしくお願いします。