恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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第2話 ヒトリゴト Part1

 今日は3月5日。つまり、アヤべさんの誕生日の一週間前である。

 

 気付いているかもしれないが、一応内緒で誕生日パーティーを予定している。オペラオーやドトウさんを、彼女達のトレーナー経由で誘ってみたところ、いい返事を貰うことが出来た。もちろん、カレンチャンも誘っている。

 

 ケーキは11日に家で作って持ってくるつもりなので、注文する必要があるのはおかずとかだ。ウマ娘は人よりも胃の容量が大きいので、ある程度考慮しないといけない。

 

 つまるところ、人は誘えたし食事の準備もできた。じゃあ何が足りないのか、と言えばもちろんあれである。プレゼントである。とは言っても、俺は男として生を受けた以上、はっきり言って女性にはどんなプレゼントが良いのかなんて分からない。

 

 あーでもないこーでもないと頭を捻りながら、トレセン学園の道をふらふら歩く。冷たさも混じる春風は、身も心も引き締めてくれる。まあ引き締まったところで、何がいいのか困っていることに変わりはないのだが。

 

 ぶっちゃけ、家族以外に誕プレを渡したことが無いので、アヤベさんに何を渡せばいいのかなんて分かる訳がない。え、カレンチャンには渡さなかったのかって? いや、確かに渡しはしたが、あれは小学生の頃だった。その頃の記憶の、一体何が参考になると言うのやら。

 

 ……あの頃なら、それこそ鉛筆でも良かったのだが、今はそうにもいかない。今まで恋愛なんてものには縁のない無味乾燥な人生だったが、正直困ることなどなかった。……まあ、無かったからこそ今困ってるんだけど。

 

「――……ちゃ~ん。お兄ちゃん!」

 

「うひゃっ?! ……びっくりした、カレンチャンか」

 

 大きな声で呼ばれたので、びっくりしながら前を見ると、カレンチャンが不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「びっくりした、なんて言ってるけど、」

 

「?」

 

「お兄ちゃんが前を見ずに歩いていたから、カレンにぶつかりそうになったんだよ?」

 

「そりゃ……俺が悪かった……」

 

 全くもって、この癖がどうにも抜けない。歩きながら何かを考えていると、いつの間にか前を見ずに歩いている癖だ。最近は歩きながらこれほど考えることは無かったので、この癖を知ってるのは、カレンチャンくらいだろうが。

 

「それで、お兄ちゃんは何を考えていたの?」

 

「実は――」

 

 という訳で、かくかくしかじか簡単に理由を説明した。

 

「なるほど……。お兄ちゃんって、そういうの苦手そうだもんね」

 

「……おぅ」

 

 納得されてしまった。

 

「それで、プレゼントか……。お兄ちゃんのプレゼントがカレンのと被っちゃったら、アヤベさんも困るよね」

「だろうな。で……、何がいいと思う?」

 

 カレンチャンはウマスタグラムで300万フォロワーを誇るので、当然流行なども(少なくとも俺なぞよりは)詳しいはずだ。俺なんて、アカウント作ってから数年経つってのに、あんまり写真を投稿しないのもあってまだ三桁だからなフォロワー。

 

 いや、確かに写真の内容は……話の内容逸れるからやめよう。

 

 まあとにかく、何か参考になる意見があればいいなあ、と思ってのことだ。

 

「例えば……、ハンカチとかってどうかな?」

 

「……ハンカチ?」

 

「そうそう。自分で買ってると、どうしても同じようなものばっかりになっちゃうから、たまには違うものがくると気分転換になると思うよ」

 

 それに、とカレンチャンは何故かウインクしながら。

 

「どうせお兄ちゃんのことだし、カレン以外の女の子にプレゼント渡した事ないでしょ?」

 

「うっ……」

 

 全くもってその通りだったせいで、思わず呻いてしまった。何だろうか、そう思わせるものが、俺からにじみ出てしまっているのか。……それはそれで悲しい。

 

「どう? 参考になった?」

 

「ああ、おかげで何とか決められそうだよ。カレンチャンも、来週は頼んだぞ?」

 

「ふっふ〜ん、カレンがお兄ちゃんに負けるようなプレゼントを選ぶとでも? お兄ちゃんこそ、アヤべさんより驚かないでね?」

 

「そりゃ流石にないと思うけど……」

 

 このまま雑談をしていてもいいのだが、ぶっちゃけグラウンドが近づいている。あんまり話していると、こっちの計画がアヤべさんに漏れてしまうかもしれない。まあ、アヤべさんの事だし、気づいていても知らないふりをしてくれてるのかもしれないが。

 

「グラウンドも近いし、この話は終わりにするか。トレーニング頑張れよ」

 

「お兄ちゃんも、アヤべさんに嫌われないように頑張ってね?」

 

 そう声をかけ合い、それぞれの場所へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ハンカチなんて言って、それをあっさり信じちゃうところも、昔から何も変わっていない。分かっていれば、それがおかしいなんてすぐに気づけるはず。

 

 むしろ、なんであの時カレンはハンカチなんて勧めたんだろう。お姉ちゃんに聞かれたら、絶対にそんなこと言わないのに。

 

 ……“なんで”、じゃなくて、もしかしたら、心の奥底では――

 

 

 違う。そんなの違う。

 

 お兄ちゃんはアヤべさんのトレーナーで、アヤべさんのトレーナーはお兄ちゃん。カレンはなんにも関係ないんだから、気にすることなんてない。気にしちゃいけない。

 

 だけど……だけど。やっぱり気になっちゃう。

 

 ……おかしいの? そんなカレンは、おかしいのかな? でも、誰にも答えて欲しくない。答えなんていらないし、知りたくもない。

 

 それが本音だから、心に蓋なんてしていない。嘘なんてついてない、嘘なんて――

 

 ……ああ! もうやめ!

 

 言い聞かせるように、自分の両頬を叩いて気合を入れる。横にいるお姉ちゃんが驚いちゃったから、慌てて適当な嘘をついた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ……結局、のところ。

 

「ダメだ分からん」

 

 アヤべさんの誕生日の2日前の土曜日に、予定を空けてデパートにやって来た。カレンチャンのアドバイス通り、ハンカチを選ぼうとした。

 

 そこで問題が起きた。……いや、起きたというのはちょっと違う。どちらかと言うと、予測出来たはずなのにうっかりしていた、だろう。

 

 要するに、ハンカチの材質やら種類やら色々ありすぎて、『まあ、これでいいや』なんてノリで決められなくなったのだ。自分が買う時は、いつも同じメーカーの同じ色のハンカチばかり選んでいたので、気にしたことがなかったのも痛かった。

 

「はぁ〜……どうするか……」

 

 デパートにある椅子に座って、大きなため息をつきながら呟く。俺をアヤべさんのトレーナーと知っているのか、『頑張って下さい』みたいに声をかけてくれる人もいるが、その数はわずかだ。いやまぁ別に、それで一向に構わないのだが。

 

 トレーナーという存在は、ウマ娘達にとっては大きいものなのかもしれない。だが、あくまで俺個人の意見だが、トレーナーはある意味裏方の存在なので、そこまで目立つべきではないと思っている。

 

 だったらウマスタはやめるべきなのだが、認められないのは癪だな。そう思ってしまう、ずるい自分がいるのも自覚している。

 

 ……関係ない話はここまでにしよう。今考えるべきは、アヤべさんのプレゼントである。

 

 よし、諦めよう。ここは他の人の意見も聞いてみよう。さて、スマホを出して……。

 

「もしもし?」

 

『……なんだ、水無月か』

 

 テイエムオペラオーのトレーナーで、俺や里宮さんと同期の鏑矢慎人(かぶらやまこと)に電話をかける。声が気持ち不機嫌そうなのは、俺の気のせいだろう。……そう信じたい。

 

「えっと……何か不機嫌そうなのは……?」

 

『どうせお前の聞いてくることなんて、ろくなことじゃないのは分かっているからな』

 

「おい、何だその言い草はコノヤロウ」

 

 ……はて、一体いつ俺は鏑矢に迷惑をかけたのだろうか。全く覚えがないのだが。

 

『それで何の用だ?』

 

「ほら、明後日はアヤべさんの誕生日だろ? パーティーをするのは知ってるだろうけど、その時に渡すプレゼントが決められないんで、助言していただけるとありがたいなぁ、と」

 

『ふぅん……。僕に聞く前に、誰かに聞いたりしたのか?』

 

 鏑矢に聞く前に、誰かに聞いたのかと言われると。

 

「カレンチャンに聞いたけど」

 

『…………』

 

 ん?

 

「どうした、急に黙って?」

 

『……ちょっと待ってくれ』

 

 電話の向こう(?)から、鏑矢が深呼吸するのが聞こえる。いや、俺の返事のどこがおかしかったのか。ありのままに答えただけなんですが。

 

『もう一回聞くぞ。誰に聞いたって?』

 

 さっきも答えたはずだが、もう一度言えっていうんだし、一応答えよう。

 

「……カレンチャン、だけど」

 

『分かった、ギルティ』

 

「はぁ?」

 

 鏑矢にもう一回答えたところ、ギルティ=有罪などと言い出しやがった。いやいや、何だよ。聞きやすいカレンチャンに聞いたことの、何がおかしいっていうんだ。

 

「……どこら辺がギルティなんだ?」

 

『いや、逆に聞くけどさ、何でギルティだって思えないんだ?』

 

「はい?」

 

 分かってたら困らないんだよ。そういうのも込めて、適当に返事をする。

 

『……もういい。何でギルティなのかは、いったん後回しにしようか。それで、誕プレは何がいいか、って事ねぇ。カレンチャンに何を勧められたんだ?』

 

「ハンカチなんだけど」

 

『……ハンカチ? それ本当か?』

 

「あのねえ、俺が言うこと何でも嘘だと思うのやめよう?」

 

 一応、トレーナーである以上、なるべく誠実に生きようと思っているんだ。あんまり疑われると、流石に俺でも凹むぞ。

 

『で、君は材質がなんだ柄がなんだエトセトラ……と困ってると』

 

「……何で分かるの?」

 

『日頃の君を見ていれば簡単に予想できるけど?』

 

「……」

 

 俺って……そんなに分かりやすい人間なのだろうか。

「まあ、そういう訳で、助言していただけるとありがたいなぁ」

 

 俺が電話越しに頭を下げると、それを感じ取ってくれたのか、ため息をつきながら。

 

『君は今、デパートにいるんだろう? だったら、ひとまず歩き回ってみたらいいんじゃないのか。どうせ午前中だから、時間もあるんだし』

 

「……なるほど。んじゃそうするか。悪ぃな、せっかくの休日に時間取らせちゃって」

 

『気にしなくていいさ。その代わり、ちゃんと選べよ?』

 

「へいへい」

 

 電話を切り、ポケットに手を突っ込み背中を丸めながらブラブラ歩き出す。幸い人が多すぎないので、間を縫ってするすると進むことが出来る。

 

 給料はほとんど使っていないので、多少値の張る物でも買うことは出来る。買えるからと言って、下手に買うと一気に懐は寒くなるのだが。

 

 確かに、カレンチャンのオススメに縛られずに歩いてみると、デパートに色んな店があることが分かる。いや、デパートなんだから当たり前だろ、とか言わないでね? まあハンカチ以外にも小物はあるんだし、拘りすぎたのはいけなかったなぁ。

 

 一階から二階、三階……と上がっていくと、売られているものも高くなっている気がする。うん、どんどんゼロが増えているよ。懐に痛い額になってるよ。

 

 最上階の五階にたどり着いてしまったので、仕方なく五階を歩き回る。無駄にお高そうなレストランとか、ブランド物を置いてるファッション関連(?)の店まで、自分には縁のなさそうな店が並ぶ。

 

 そうやって歩いているうちに、ある店が目に入る。

 

 その店、というのは。

 

「……ジュエリーショップ、か」

 

 まあつまり、ネックレスや指輪などを売っている店である。

 

 こういうデパートで見た事が無い訳ではないのだが、如何せん縁がない。……円が無いのも間違いではない。0が5つも6つも並んでいるのを見ると、『誰が買うかコノヤロウ』と思ってしまう。

 

 普段ならわざわざ寄る所でもないのだが、何故か気になって店内に足を運ぶ。煌びやかな宝石やネックレスといった装飾品が、照明をキラキラと反射して眩しい。

 

 買えない、とは言っても、宝石とかに惹かれない訳ではない。図鑑とかで見られる輝きなど、本物に比べれば何段も劣ってしまう。本物が目の前にあれば、ついつい見てしまう、というのが人間の性だ。

 

 買うかも分からずうろついていると、

 

「お客様、今日はどのようなお品をお探しでしょうか?」

 

「あ……」

 

 いつの間にか、営業スマイルを分かりやすく貼り付けた、スーツ(いや、ジャケット?)を着た女性が近くにいた。ここまで近づかれても気が付かなかったあたり、どうやら相当夢中で棚を覗いていたようだ。

 

「……えっと、あ〜。……誕生日のプレゼントとして、渡せる物はないかな……と」

 

 俺が言葉を選びながら答える。

 

「そうでしたか。……彼女さん、でしょうか?」

 

 まあ確かに、こんな店に来て『誕生日のプレゼント』とか言ったら、彼女なのかと思うのは自然な事だろう。そういう訳ではないのだが。

 

「アハハ……、彼女じゃないですね。年齢=いない歴ですから」

 

「そ、……そうでしたか…………」

 

 余計な事を付け加えたせいか、店員さんが何とも言えない顔をしている。ごめんね、俺のしょうもない遍歴を聞く羽目になって。

 

「彼女ではなく…………、教え子ですね」

 

「え、……教え子?」

 

「あ、そういう良くない関係とかじゃないですよ?」

 

 俺が事実を言った瞬間、店員さんの目が、ゴミを見る目というか性犯罪者を見る目というかに変わる。当たり前の事だが、別に俺とアヤべさんとの間に、何かマズイ関係がある訳ではない。あると言っても、それはトレーナーと担当、というごく当たり前の関係だ。

 

「……もしかして、」

 

「?」

 

「アドマイヤベガさんのトレーナーの、水無月さんですか……?」

 

 思い出すような素振りをしながら、店員さんは俺の顔をジロジロと見る。まあ、思い出せないのも無理はないだろう。だがしかし、取材であまり目立たないようにしているとは言え、そこまで覚えられない存在なのだろうか?

 

「あぁ……はい、アドマイヤベガの担当トレーナーの水無月です」

 

「やっぱりそうでしたか!」

 

 ……やっぱり? 気づいてたの、最初から?

 

「先月は中山記念勝利おめでとうございます。次は大阪杯でしたよね? 応援してます!」

 

 中山記念で3着以内(ローカルシリーズ所属の娘は2着以内)に入ると、阪神競馬場・芝2,000mのGI大阪杯の優先出走権が与えられる。優先出走権はファン数に関係なく与えられるので、出走する娘はもちろん優先出走権を目指して走るものなのだ。

 

 アヤべさんの場合は日本ダービーを制しており、ファン数などの条件はクリアしているので、中山記念に出走しなくても大阪杯に出走できる。

 

 じゃあわざわざ出走なんてしたんだ、と言うと……というのはまた今度にしよう。

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 面と向かってここまで強く応援された事はあまり無かったので、つい言葉が出るのが遅れる。店員さんもそれに気が付いたのか、息をつくと。

 

「では、アドマイヤベガさんに誕生日プレゼントをお渡ししたい、という事ですね」

 

「はい。……何がいいでしょうかねぇ」

 

「そうですね……。誕生日プレゼントで人気なのは、ネックレスですね。アドマイヤベガさんは誕生日が3月ですので、こちらのアクアマリンのネックレスはいかがでしょうか?」

 

「なるほど……」

 

 店員さんが指した先に、そのネックレスはあった。俺たちの話を聞いていたのか、アクアマリンのはまったネックレスは、他のネックレスよりも輝いているようにも見える。

 

 アヤべさんがつければ確かに似合うのだろうが……、何か違うんだよなぁ。

 

 他に何かないものか、と他の商品を見ていると、ある物が目に止まった。

 

「すいません――」

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