恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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第9話 春の歌Part1

『――やっぱり3人の争いになった、3人の争いになった』

 

 

『――もう言葉はいらないか、言葉はいらないか』

 

 

『――さあテイエムオペラオー、テイエムオペラオー、トップロード、外からラスカルスズカが迫る』

 

 

『――ラスカルが迫る。しかしテイエムだテイエムだ。ラスカルかわして2着~』

 

 

 4月29日日曜日。京都競バ場。

 

 寸前でかわされて悔しげなトップロード。それとは対照的に、普段のもの――自信に満ち溢れたものとは違う、余裕がありながらどこか満足感さえ浮かぶ笑顔を、スタンドに振りまくオペラオー。

 

 その様子を、アドマイヤベガはスタンドから水無月とともに見ていた。

 

『高らかに歌うは盾の歌、テイエムオペラオーです』

 

 オペラオーの高らかな笑い声が、少し離れたところにいる二人にも届いた。

 

「……強くなってるのね」

 

「そうみたいだなぁ。……これで、アイツの肩の荷もとりあえず軽くなったかね」

 

 アドマイヤベガの呟く声に、水無月が言葉を続ける。水無月の目線は、アイツ――スタンドの最前列で叫んでいる、オペラオーのトレーナーである鏑矢に向けられている。

 

「さあ、それはどうかしらね?」

 

「……まあ、な」

 

 2人には分かっている、まだ終わりではない事など。

 

「しかしまあ、これで重賞三連勝か。快進撃が止まらないな」

 

「勝手に世紀末覇王だなんて、壮大な肩書きを名乗っているだけあるのかしら」

 

「かもな。だが――」

 

 水無月はインタビューを受けようとするテイエムオペラオー、オペラオーを見る他のウマ娘達、そしてアドマイヤベガを見て口を開く。

 

「――王というものは、革命を起こされて王座から追放されるのが、歴史の常ってもんだからな。覚悟してもらわなきゃ、色々困るんだよな」

 

 口元に悪い笑みを零す水無月を見て、ついアドマイヤベガも笑う。傍から見れば似たような悪い笑みだが、2人は気付いていない。

 

「そうね、……星は常に見ているもの。力を振りかざす王に、罰を下す為に――なんて、言いすぎかしら?」

 

「いやいや、それくらいの気合いが必要だと思うけど」

 

 拍手を送りながらも、あまり穏やかではない会話をする二人。よく見れば、オペラオーとともに出走したウマ娘たちの目は、普段とは違う光が揺らいでいる。

 

(おっかないねぇ)

 

 その光が何なのか、それはここ最近のオペラオーの成績や態度から、水無月にも容易に想像できる。言わずとも分かるだろうと思った水無月は、あえてアドマイヤベガには何も言わなかった。

 

 オペラオーを見ようと人が少しずつ流れる中、見るべきものを見た二人は、その流れに逆らって二人は出口に向かう。そんな事をすれば当然、歩きづらいだけでなく、流れに呑みれてしまう事もある。そしてこの時、流れに呑まれたのは――

 

「……ヤバいっ」

 

 先を進んでいた水無月だった。顔がよく知られているアドマイヤベガを避ける人は多くても、私服のせいで傍から見れば一般人の水無月を避ける人は少ない。

 

 焦って伸ばした手が空を切り、そのまま二人が離れていく。無理に流れに逆らうのも疲れるので、水無月が諦めかけた時。

 

 グッと――

 

「……気を付けて欲しいものね」

 

 少し小さな手が水無月の右手を掴み、流れから彼を引っ張り出す。

 

「……すまない」

 

 謝る水無月に呆れた顔をしながらも、優しく手を引き歩き出すアドマイヤベガ。彼女の歩く速さが普段よりも速くなっているのだが、どうにか人ごみを抜けようとする二人は、それに気が付く余裕がない。

 

 そうこうしながら何分か歩いているうちに、ようやく出口にたどり着いた。

 

 たどり着いたのだが――

 

「……」

 

「……」

 

「……あのぅ?」

 

「……何かしら?」

 

 思わず声を上げた水無月に、怪訝そうな声を返すアドマイヤベガ。

 

「いや、あの俺からは本当は言いづらいんだけどね? ……手、もう離していただいても構いませんが?」

 

 すでに人ごみを抜けたのに、一向にアドマイヤベガは水無月の手を離そうとしない。それどころか――

 

「あと言いづらいんですけどね、なんか握る力が強くなってき――痛い痛い! やめて、急に強く握らないで!」

 

 急に強く握ってから、手を離す。

 

 離したら最後、なぜか届かない所に行ってしまう気がした。どこにも行って欲しくなくて、離れたくなかった。

 

「イテテ、急にどうしたんだ?」

 

 痛みを手を振って誤魔化しながら、アドマイヤベガに声をかける。

 

「……余計なこと言ったからよ。何か文句でもあるの?」

 

「えぇ……?」

 

 あまりに理不尽なその答えに、反論も出ず困ったような声が見れる。

 

(本当の事なんて、言えるわけじゃない……)

 

 その手の形を、伝わる温もりを、ずっと自分の手の平に残して忘れたくない。でもそんな事が出来るほど、手を握れる機会なんてそうそう訪れない。

 

 だからつい――

 

「ほら、早く帰ってこれからどうするか考えるわよ」

 

「……へ~い」

 

 これ以上何かを言っても無駄そうなので、水無月は諦めて駐車場に向かって歩き始める。

 

 耳を澄まさなくても、誰の物か分かりきった足音が、水無月の耳に入る。音の響き方もそのリズムも、すっかり聴き慣れたものだ。だけど。

 

(何か……変わった気がするけど、何が変わったんだろうな)

 

 それは気のせいか、それとも事実なのか。

 

 たとえ事実だとしても、分からない気がした水無月だった。

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