『――やっぱり3人の争いになった、3人の争いになった』
『――もう言葉はいらないか、言葉はいらないか』
『――さあテイエムオペラオー、テイエムオペラオー、トップロード、外からラスカルスズカが迫る』
『――ラスカルが迫る。しかしテイエムだテイエムだ。ラスカルかわして2着~』
4月29日日曜日。京都競バ場。
寸前でかわされて悔しげなトップロード。それとは対照的に、普段のもの――自信に満ち溢れたものとは違う、余裕がありながらどこか満足感さえ浮かぶ笑顔を、スタンドに振りまくオペラオー。
その様子を、アドマイヤベガはスタンドから水無月とともに見ていた。
『高らかに歌うは盾の歌、テイエムオペラオーです』
オペラオーの高らかな笑い声が、少し離れたところにいる二人にも届いた。
「……強くなってるのね」
「そうみたいだなぁ。……これで、アイツの肩の荷もとりあえず軽くなったかね」
アドマイヤベガの呟く声に、水無月が言葉を続ける。水無月の目線は、アイツ――スタンドの最前列で叫んでいる、オペラオーのトレーナーである鏑矢に向けられている。
「さあ、それはどうかしらね?」
「……まあ、な」
2人には分かっている、まだ終わりではない事など。
「しかしまあ、これで重賞三連勝か。快進撃が止まらないな」
「勝手に世紀末覇王だなんて、壮大な肩書きを名乗っているだけあるのかしら」
「かもな。だが――」
水無月はインタビューを受けようとするテイエムオペラオー、オペラオーを見る他のウマ娘達、そしてアドマイヤベガを見て口を開く。
「――王というものは、革命を起こされて王座から追放されるのが、歴史の常ってもんだからな。覚悟してもらわなきゃ、色々困るんだよな」
口元に悪い笑みを零す水無月を見て、ついアドマイヤベガも笑う。傍から見れば似たような悪い笑みだが、2人は気付いていない。
「そうね、……星は常に見ているもの。力を振りかざす王に、罰を下す為に――なんて、言いすぎかしら?」
「いやいや、それくらいの気合いが必要だと思うけど」
拍手を送りながらも、あまり穏やかではない会話をする二人。よく見れば、オペラオーとともに出走したウマ娘たちの目は、普段とは違う光が揺らいでいる。
(おっかないねぇ)
その光が何なのか、それはここ最近のオペラオーの成績や態度から、水無月にも容易に想像できる。言わずとも分かるだろうと思った水無月は、あえてアドマイヤベガには何も言わなかった。
オペラオーを見ようと人が少しずつ流れる中、見るべきものを見た二人は、その流れに逆らって二人は出口に向かう。そんな事をすれば当然、歩きづらいだけでなく、流れに呑みれてしまう事もある。そしてこの時、流れに呑まれたのは――
「……ヤバいっ」
先を進んでいた水無月だった。顔がよく知られているアドマイヤベガを避ける人は多くても、私服のせいで傍から見れば一般人の水無月を避ける人は少ない。
焦って伸ばした手が空を切り、そのまま二人が離れていく。無理に流れに逆らうのも疲れるので、水無月が諦めかけた時。
グッと――
「……気を付けて欲しいものね」
少し小さな手が水無月の右手を掴み、流れから彼を引っ張り出す。
「……すまない」
謝る水無月に呆れた顔をしながらも、優しく手を引き歩き出すアドマイヤベガ。彼女の歩く速さが普段よりも速くなっているのだが、どうにか人ごみを抜けようとする二人は、それに気が付く余裕がない。
そうこうしながら何分か歩いているうちに、ようやく出口にたどり着いた。
たどり着いたのだが――
「……」
「……」
「……あのぅ?」
「……何かしら?」
思わず声を上げた水無月に、怪訝そうな声を返すアドマイヤベガ。
「いや、あの俺からは本当は言いづらいんだけどね? ……手、もう離していただいても構いませんが?」
すでに人ごみを抜けたのに、一向にアドマイヤベガは水無月の手を離そうとしない。それどころか――
「あと言いづらいんですけどね、なんか握る力が強くなってき――痛い痛い! やめて、急に強く握らないで!」
急に強く握ってから、手を離す。
離したら最後、なぜか届かない所に行ってしまう気がした。どこにも行って欲しくなくて、離れたくなかった。
「イテテ、急にどうしたんだ?」
痛みを手を振って誤魔化しながら、アドマイヤベガに声をかける。
「……余計なこと言ったからよ。何か文句でもあるの?」
「えぇ……?」
あまりに理不尽なその答えに、反論も出ず困ったような声が見れる。
(本当の事なんて、言えるわけじゃない……)
その手の形を、伝わる温もりを、ずっと自分の手の平に残して忘れたくない。でもそんな事が出来るほど、手を握れる機会なんてそうそう訪れない。
だからつい――
「ほら、早く帰ってこれからどうするか考えるわよ」
「……へ~い」
これ以上何かを言っても無駄そうなので、水無月は諦めて駐車場に向かって歩き始める。
耳を澄まさなくても、誰の物か分かりきった足音が、水無月の耳に入る。音の響き方もそのリズムも、すっかり聴き慣れたものだ。だけど。
(何か……変わった気がするけど、何が変わったんだろうな)
それは気のせいか、それとも事実なのか。
たとえ事実だとしても、分からない気がした水無月だった。