やられたくないから、今まで誰にも同じ事はしなかった。
でも今は、これしか手段が分からない。
どうか許してほしい、私は悪くないのだから。
気付いたんだ、私の本当の気持ちに。
きっと私は、気付くのが怖かったんだ。
今の距離感が、関係が、変わってしまって、もう二度と戻らないような気がして。
でもそうやって変わるのは、口に出してから。
気付いただけじゃ、全部は変わらないんだ。
でも、気付く勇気はあっても、動く勇気はまだ無くて。
結局、いつも通りの日々が過ぎてしまうんだ。
宝塚記念が再来週の日曜日に迫る、6月12日火曜日。
授業も終わり、教室でたむろする生徒の声くらいしか響くものはない。カレンチャンはトレセン学園の廊下を歩きながら、水無月を探していた。
その手には、某山梨のテーマパークのペアチケットが握られていた。
それは、わざわざ誰かのために買ったものではなく、昨日たまたま手に入ったものだ。
「福引券? こんな時期にですか?」
商店街の喫茶店で、会計の時に手渡されたのは福引券だった。季節外れにも思えるし、これといったイベントもない。理由が分からず、カレンチャンは首を傾げる。
「お客様感謝祭なの。ほら、いつもと雰囲気が違うでしょ?」
女性の店員が笑いながら、目線を店内に向ける。確かに、いつもとは違う盛り上がり方をしていた。言われてみれば、商店街のあちこちに、『感謝祭開催中!』とか書かれたのぼりもあった気がする。
「それに、宝塚記念も近いでしょ? レースの開催に合わせて感謝祭を開く、っていう初めての試みなのよ」
「へぇ……初めてって、なんか意外だなぁ」
言い方は悪いが、単純な結び付け方だ。既に一度くらいやっていそうなものだが、そうではなかったらしい。
「今日のカレンチャンの場合、福引券は二枚なんだけど……普段ウマスタで紹介してくれているし、特別にっ」
と言って、福引券を三枚手渡してきた。
「え、そんな、申し訳ないですよ。二枚で――」
「サービスサービス、って事。大丈夫よ、貴女が多く貰う事を気にする人なんていないわ。それくらい、貴女に助けられているんだから」
そう言いながら、無理やり三枚目の福引券をカレンチャンに手渡してくる。
「じゃ、じゃあ……」
やっぱり申し訳なさは拭えないが、好意に甘えて三枚の福引券を受け取った。
その後、店員に言われて商店街の真ん中――広場になっている場所に向かう。そこにはいくつかのブースと、福引の会場があった。
「えっと、特賞が温泉旅行券で……一等が遊園地のペアチケット? 一等も随分豪華な気が……」
と思ったら、二等はにんじん料理の詰め合わせだった。言い方はあれだが、差が極端だなぁと思わずにはいられないカレンチャン。
(それなら、一等か二等はゲーム機でもいいんじゃないかな?)
改めて、福引の列に並ぶ。列には制服姿のウマ娘を含め、10人ほどが並んでいた。祈るようにガラポンを回しているが、ティッシュやお菓子といった所謂外れを受け取っている人が多い。
まあ、そう簡単にいいものが当たってしまっては、福引のお楽しみ感が無くなってしまうのはあるのだが。
5分ほどが過ぎただろうか、カレンチャンの前の人がガラポンを回し終えた。残念ながら、ティッシュっとお菓子しか貰えなかったようだ。
「さあ、次の方……ってカレンチャンさんじゃないか。……だからと言って、当たりやすくするなんて事は出来ないんだけどね」
商店街でよく見るおっちゃんが、にこにこしながら声をかけてくる。
「大丈夫ですよ、そんな事してもらわなくても……」
ついつい、そういう言葉が出る。実際、自分だけ変に特別扱いされすぎても、どこか申し訳なさとかが湧いてくるものだ。
「よし、じゃあ特賞目指して頑張ってくれ。特賞が当たったとして、誰と行くのかは……いてっ」
「よしなさい」
何かを口走ろうとしたおっちゃんの頭を、誰かが丸めた紙束ではたく。誰かと思えば、顔なじみの商店街のおばさんだった。紙束を持っている姿は初めて見るのだが、その扱いの様子から何となく察する事ができた。
「旦那が変な事言って悪いね。いけないわよねぇ、歳取ると私も気になっちゃうんだけど、この人は口に出しちゃうんだから……」
「気にしてないですよ、私も気になっちゃうんで」
年頃でもそうでなくとも、誰でも気になる話という事である。
気を取り直して、ガラポンのハンドルに手をかけて回す。まず1つ目は――
「あ~。残念だけど白だから、ティッシュ1つだね」
そして2つ目は――
「これは青色だから、お菓子1個なのよ」
あっという間に、3枚あったはずの福引券は残り1枚になってしまった。
結果が変わるとは限らないが、一度ハンドルから手を離して深呼吸する。そしてもう一度ハンドルを握り、今度はゆっくり回してみる。
ガラポンの中で、球が掻き混ざる音がガラガラと響く。
カランっ――
球が一つ、転がり落ちる。球の色を理解するより早く、球の色を見たおっちゃんとおばさんが小さく息を吸い、そして――
「お、おめでとう〜! 一等の遊園地のペアチケットだよー!」
球の色は、一等の銀色だった。
ガランガランと手持ちのベルの音が辺りに響き、後ろに待つ人やそれ以外の近くで見ていた人も、羨ましそうな顔をしながらも軽く拍手をカレンチャンに送る。
「え、っと……。本当に一等が当たったんですよね……?」
どうにも実感が湧かず、前にいる二人に確かめる。
「本当だよ、カレンチャンさん。一等当選おめでとう!」
「嘘じゃないわよ、確かに一等だわ!」
二人の興奮気味な様子に、ようやく一等が当たったのだと頭が受け入れる事ができた。
「や、やった……!」
運が良かったんだよ、といった簡単な言葉も浮かばないくらいに嬉しくなる。
「で、カレンチャンさん……嬉しいのは分かるけど、次の人に順番を譲ってくれないかな?」
「あっ、すいません……」
おっちゃんに言われて、ガラポンの前から離れる。
「じゃあこれ、一等のペアチケットよ」
おばさんが『一等』と書かれた白い封筒を、カレンチャンに手渡す。
紙切れ二枚――重くないものなのに、やたら重く感じるのは何故だろうか。
「ほらカレンチャンさん、旦那が変な事もう一度聞き始める前に、離れた方が良いわよ」
「あ、ありがとうございます……!」
軽い足取りで、福引の会場から離れる。
――という訳で、水無月を探しているのである。
だが、カレンチャンとしてはそれなりに歩き回っているつもりなのだが、どういう訳か水無月の姿が見つからない。すでに里宮にも聞いているのだが、帰ってきたのは『知らない』という答えだった。