恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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いつかどこかで見た、自分がやられたくない事。

やられたくないから、今まで誰にも同じ事はしなかった。

でも今は、これしか手段が分からない。

どうか許してほしい、私は悪くないのだから。


第11話 世界は恋に落ちている Part2

「う~ん……、どこ行っちゃったんだろう?」

 

 こういう時に限って、何故か探し人は見つからないものだ。あっちを見てこっちを見て……見つからないまま、悪戯に時が過ぎていってしまう。

 

 幾度目かのホールで、ソファで一人佇むアドマイヤベガを見つけた。

 

 声をかけるのを一瞬躊躇ったが、急いでいることに変わりは無かったので、声をかける事を選んだカレンチャン。

 

「アヤベさ~ん……、」

 

「……カレンさん。どうしたの?」

 

 スマホをいじっていたが、アドマイヤベガはその手を止めて目線をカレンチャンに向ける。

 

「お兄ちゃんどこにいるか知っていますか?」

 

 聞きながら、アドマイヤベガの横に座る。

 

「……トレーナーが、どこにいるのか? ごめんなさい、私も知らないわ」

 

「そうですか……」

 

 いよいよカレンチャン最後のあても外れてしまった。アヤベさんにも何を言わずに行くなんて――分からなくなってしまい、首をひねる。

 

「それで、LANEでもいいのに急にどうしたの? トレーナーにどんな用があるのかしら? よければ、私が伝えてもいいけど……」

 

「実は……商店街の福引で、遊園地のペアチケットが当たったんです!」

 

 ポケットから、チケットの入った封筒を取り出す。念のため中を覗くと、二枚ともちゃんと入っていた。

 

「せっかくなんで、土曜日にお兄ちゃんと一緒に遊園地に行きたいな~……と思って」

 

 ただ一緒に楽しみたいんじゃなくて、もう少しだけ――きっかけがあるのだから、変わってみたかった。

 

 いつまでも、お兄ちゃんにとっての「かわいいカレンチャン」のままではいたくない。わがままで、ズルくて、それでも「お兄ちゃんの」かわいいカレンチャンに――

 

「そう……なの」

 

「はい! だから、お兄ちゃんに直接聞きたいんです。もうお姉ちゃんにも聞いてみたんだけど、お姉ちゃんも知らなくって。もしお兄ちゃんに会ったら、カレンが探しているって伝えてくれますか?」

 

「……分かったわ」

 

 アドマイヤベガは、少し迷うように頷く。それに気付かないまま、カレンチャンは「ありがとうございます~!」と言って、再びどこかへ歩いて行く。

 

「……土曜日」

 

 アドマイヤベガはそう呟きながら、スマホの電源を入れ、スケジュールを確認する。理由は覚えていない。だが、宝塚記念が近いというのに、その日はなぜか予定が無かった。

 

「……」

 

 自主トレをしてもいいが、そこまでしなくても状態が上向いている自信はあった。と言うか、水無月は勝手に自主トレをすると怒るだろうから、する気もない。

 

「…………」

 

 調べてみると、決して手の届かない額ではない。今までの貯金と、レースで買った時の賞金があれば、何の問題もない。

 

「……………………」

 

 問題があるとすれば、一つだけ。

 

 ソファに横向きにポフン、と倒れる。ふわふわに触れても癒されることは無く、スマホを操作する指は震えていた。

 

「私は……悪くない」

 

 

 なら、悪いのは――?

 

 

 浮かんだ疑問を、目を閉じて振り払う。

 

 震える声で、自分を納得させる。そうだ、私は間違っていない。間違っているのは――

 

 

 

 

 

 

「……もしもし? ちょっといいかしら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アドマイヤベガと別れてから30分ほど過ぎたが、一向に水無月が見つからず、流石に歩き疲れてきたカレンチャン。

 

「……もしかして、お兄ちゃん逃げてるの?」

 

 ここまでくると、ありえないとは思いつつもそう疑ってしまう。

 

 二度目の水無月のトレーナー室前。ドアノブを回してみると、鍵がかかっていてドアはあかない。照明がついている様にも見えないので、どうやらここにはいないらしい。

 

「……」

 

 ため息をつく気にもならない。

 

「今日はもう……」

 

 諦めようかな――そう言葉を続けようとした。

 

「あれ、どうしたカレン? アヤベさんはそこにはいないぞ?」

 

「……お兄ちゃん?」

 

 聴き慣れた声が横からかけられる。顔を向けると、そこにはレジ袋を片手に下げた水無月がいた。

 

「どこに行ってたの? さっきから探していたのに、全然見つからなくて……」

 

 アヤベさんも知らないって言ってたよ、と付け加えると、水無月は申し訳なさそうに頭を掻きながら。

 

「ははは……実は、仕事用にエナジードリンクを買いに行っててな。バレるとアヤベさんに怒られるから、黙ってたんだよ」

 

「それは……お兄ちゃんが悪いと思うよ」

 

 カレンチャンも、水無月がストイックすぎるアドマイヤベガの姿を心配していたのを知っている。心配してくれた相手が無茶をするようでは、誰だって怒るだろう。

 

「ところで、なんで俺を探していたんだ? LANEでも大丈夫だと思うんだけど……」

 

 いつ切り出すか迷っていた本題を、水無月から切り出す。と言っても、本人には切り出した自覚など無いのだろうが。

 

「実は……昨日商店街の福引で、遊園地のペアチケットが当たったの! だから土曜日に、一緒に遊園地に行きたいんだけど……予定空いてる?」

 

 チケットの入った封筒を手に、勇気を振り絞って――なぜそう思うのだろうか。お兄ちゃんとどこかに出かけよう、なんて今まで何度も誘った事があるのに。

 

「あぁ~……悪い、土曜日の予定はさっき埋まっちゃったんだ」

 

 だが返って来たのは、残酷な答えだった。

 

「そ、そうなんだ……。……どんな予定なの?」

 

 残念ではあるが、宝塚記念の直前である。突然取材の依頼が舞い込んだ、という事も十分に考えられる。

 

「カレンに合う少し前にな、アヤベさんに誘われたんだよ」

 

「……え?」

 

 何に誘われたのか、まだ分からない。

 

 ただ、その言葉にキュッと胸が締め付けられる。

 

「遊園地に行かないか、ってな」

 

「……――?!」

 

 言っている言葉を、受け入れたくない。脚が一歩、また一歩と後ずさる。

 

「幸い、トレーニングの予定や取材の予定も無い――って、どうしたカレンチャン?!」

 

 気がつけば、カレンチャンは水無月を背に走り出していた。目から零れる熱い滴を、必死で拭いながら。

 

「……どうしたんだよ、一体」

 

 突然の出来事に呆然とする水無月の前に、封筒が小さな音を立てて落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が突き動かすのかも分からない。

 

 それでも、分からない“何か”が、カレンチャンの足を動かす。

 

 見慣れたドアを、手荒く開ける。

 

「――アヤベさんっ!!」

 

 大音声が廊下に響いてしまう事にも構わず、口は止まらない。制服に、床に、涙がシミを作る。

 

 寮室の中にいたアドマイヤベガは、パッと見ると普段と変わりないように見える。だが今は、出会ったばかりの頃とは違う鋭利な空気を纏っていた。

 

「…………何かしら」

 

 声音も、自分が知らないように感じた。

 

「お兄ちゃんを……土曜日に、遊園地に行こうって誘ったでしょ。カレンが……誘うって聞いたから!」

 

 証拠も根拠もない。ただ、どこかで確信していた。

 

「だとして、それが何だと言うのかしら?」

 

「――! ……なんで、なんでカレンの邪魔をするの?!」

 

「……じゃあ、逆に聞くけど――」

 

 

 ――貴女にとって、トレーナーはどういう人なのかしら?

 

 

 静かな問い、というにはあまりにも重さが違う。その言葉に、カレンチャンの口が――

 

「お兄ちゃんは、カレンの――カレンの……」

 

 続かなかった。言い返せるような関係なのか、分からなくて言葉が出ない。

 

 それを誤魔化すように、何とか口を開く。

 

「じゃ、じゃあ……アヤベさんにとってお兄ちゃんは何なの?! アヤベさんのトレーナーってだけじゃん!!」

 

「……そうよ、『だけ』と言ってしまえば。でも水無月さんは、“私の”トレーナーよ。あなたのトレーナーではないわ」

 

「……――!」

 

 決定的な差を突き付けられる。

 

 そんなこと分かっていた。あくまで自分はお兄ちゃんの幼馴染ってだけで、本来はこんなに近くにいられる関係ではないという事くらい。

 

「なら――邪魔をしているのはどっちかしら?」

 

「邪魔なんかしてない! してるのはアヤベさんの方でしょ!」

 

「してないわよ……!」

 

 お互いに睨み合う。

 

 静寂に包まれた部屋に、外の喧騒が忍び込み二人の隙間を満たす。

 

 そして。

 

「もうッ……アヤベさんなんか大っ嫌い!」

 

 耐えきれなかったのか、言わずにはいられなかったのか。先に口を開いたのはカレンチャンだった。頬を一筋の涙が伝う。

 

「……っ、私もそう思っていたところよ!」

 

「大っ嫌い……アヤベさんと一緒になんていたくない!」

 

「奇遇ね。私もあなたの顔が見たくないわ……!」

 

 そうなってしまえばもう、売り言葉に買い言葉である。

 

 2人とも手で持てるほどの最低限の荷物を手に取り、争うように部屋を出る。そして、お互いの姿を見ないように、部屋から離れていった。

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