ガチャリ――
「「「誕生日、おめでとう!」」」
「あ、ありがとう……」
トレーナー室に入ったタイミングで、トレーナー室で控えていた水無月やオペラオーやドトウが、クラッカーを鳴らしながら声をかける。突然の事に目を白黒させながらも、アドマイヤベガは少し顔をはにかませながらも答えた。
アドマイヤベガがトレーナー室を見渡すと、そこは別空間が広がっていた。カーテンをかけた部屋はテープで装飾され、普段は作戦会議などに使う脚付きホワイトボードには、『誕生日おめでとう!』などとカラフルな文字で書かれている。
そして、机の上には。
「ケーキ……? トレーナー、食べても大丈夫なの?」
体重管理はウマ娘だけでなく、トレーナーの責任でもある。彼女の先輩で春天を連覇した芦毛のウマ娘も、時々甘いものを衝動的に沢山食べて、担当トレーナーを困らせたという。ウマ娘はカロリーの過剰摂取がヒト以上に身体に反映されやすく、簡単に贅肉になってしまうのだ。
水無月がその辺をちゃんと考えているのは、アドマイヤベガもちゃんと理解している。だからこそ、カロリーの塊の様な物であるケーキを用意していることが、少しばかり信じられなかった。
「気にすんなって。俺がちゃんと考えて作ってきたから、食べても問題ないぞ」
「え、作った?」「お兄ちゃんが?」
信じられないものを見る2人の目線は、流石に水無月の心を抉る。
「あのねぇ……一人暮らしも3年目になろうとしているんだし、それくらい出来るって」
ケーキを切り分けながら、水無月がボヤく。断面を見る限り、粉がダマになっている訳でもない。どうやら、本当に作ってきたようだ。
「ボクからのプレゼントは、テイエムオペラ像だ! ボクの輝きに目が眩まぬよう、気をつけてくれたまえ。ハーハッハッハッ!」
「あ、アヤべさん……。私のプレゼントは、そのぉ……マグカップでしゅ……」
テイエムオペラオーとメイショウドトウから、それぞれプレゼントが渡される。……とは言っても、どうやら片方は置き場所に困りそうなものだが。
「じゃあ、次はカレンの番だね?」
そう言いながら、カレンチャンが左手でアドマイヤベガの右手を取る。首を傾げていると、カレンチャンは右手をアドマイヤベガの右手に重ねた。そして、その手が離れると、アドマイヤベガの右手に何かが握られていた。
「……髪飾り?」
「そう! カレンとお揃いの髪飾りだよ!」
小さな花があしらわれたその髪飾りを、カレンチャンが奪い取って勝手にアドマイヤベガの耳元に付ける。大きさは控えめながらも、アドマイヤベガの何かを程よく引き立てる。流石だなぁ、と感心する一同。
「じゃ、最後は俺だな。アヤべさん、手を出してくれ」
「……いいけど」
水無月に従い、彼女は今度は自分の意思で右手を上げる。その右手に、水無月は小さな箱を載せた。
「え……、何これ? まさか……」
「ま、開けてみてから驚いてよ」
「……そう」
彼女が手に乗った箱の片方の蓋を開けると、その箱の中にはあるものが輝いていた。それを、彼女は慎重に左手で手に取った。
「……指輪、よね?」
「……お兄ちゃん?」
左手に乗る指輪には、小さな青い宝石らしきものが光っている。座金には細やかな装飾が施され、宝石の輝きをより引き立てていた。ドトウだけでなく、オペラオーもその輝きに魅入られている。
「いやおい、水無月何やってるんだい? それって――」
鏑矢が、何かに気づいたのか声をあげる。水無月は頷きながら。
「ああ、これは――
バースデーリングさ」
……。
…………。
…………………。
「「「……え?」」」
「『え?』ってなんだよ……」
そうぼやきつつも、水無月は指輪を手に取ると、アドマイヤベガの左手の薬指にはめた。少し頬を赤らめながら、彼女は手のひらをひっくり返したりして、指輪の存在を確かめるようにそれを見つめる。
「アクアマリンだが……アヤべさんの勝負服を青いし、よく似合ってるな」
水無月は一人で納得している。
温かい目線(一つだけ違う温度の目線があった)のに気が付き、我に返るアドマイヤベガ。そこで、ここまであえて触れなかったものについて、聞いてみる事にした。
「トレーナー……何で指輪が二つあるの? 私は一人しかいないんだから、全く意味がないじゃない……。別に、トレーナーが……そう………」
だんだん声が小さくなり、何を言おうとしていたのか、水無月には聞き取ることができなかった。それについて気にする必要はないか、と思った水無月は口を開く。
「もう一つのバースデーリングは……、あの娘の分だ」
「……!」
「アヤベさんの事を、しっかり分かっている訳じゃないから、図々しいのは分かっている。でも……俺が渡したいんだ。受け取ってくれないか?」
「私が……?」
アドマイヤベガには、妹がいた。いた、というのは、アドマイヤベガが物心ついた時には、既にその妹はいなかったからだ。
彼女は両親からこう聞かされている。
『貴女は双子だったけど、妹の方は体が弱くて、生まれてすぐに死んでしまった』と。
必死に走った。ここにはいない、あの娘の為に。トレーナーに反抗して無理をしたのも、全てはあの娘の為だった。
『あの娘の為に』が呪縛の様に心を縛り付け、無理をした。怪我をした時まで、言い出すことが出来なかった。だから、それを言えた時、心が軽くなった。
『分かった。俺も、あの娘の為に頑張る。だが……アヤべさん、君がそれに囚われてどうするんだ』
『まずは自分の為に、それが出来てから、あの娘の為に走るんだ。自分の為に走れていないのに、別の誰かの為に走るなんて、そんな無茶――俺は見てられない』
そんなこんながあったから、トレーナーもあの娘の事について知っている。つい昨日も、アドマイヤベガとトレーナーは、墓参りに行っていた。
彼女はもう一つの箱も受け取ろうとして――その箱を水無月に返した。
「……? アヤべさん?」
「私は……あの娘じゃないわ。トレーナーの気持ちも分かるけど、やっぱりそこは代えられない」
「……」
「だから、……私が代わりに受け取れる、と自分で認められるようになるまで――トレーナーが預かっていてくれない?」
水無月は少しの間目を閉じて、考え込むようなそぶりを見せた後。
「アヤべさんがそう思うなら……ひとまず俺が預かっておくよ」
そう言うと、水無月はポケットに二つの箱のうちの片方を戻した。
「もうっ! お兄ちゃんもアヤべさんも!」
「「?」」
カレンチャンの声に、二人が振り向く。
「今日はアヤべさんの誕生日パーティーなのに、どうして二人の世界に入ってるの?! ほら、アヤべさんはこっちこっち!」
「あ、ちょっと……」
そう言いながら、カレンチャンはアドマイヤベガをグイグイと押して、脚付きホワイトボードの前に立たせる。
「ほら、ケーキも切り分けたし、早く食べようよ」
鏑矢も促し、アドマイヤベガは前に立つと、ケーキの乗った皿を受け取った。再び声が戻り、トレーナー室には明るい空気で満たされていく。
誕生日パーティーは、滞りなく進む。彼ら彼女らは、日常を離れ束の間の非日常に浸る。心のどこかで、こんな日がいつまでも、と願いながら。