恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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いつの日にか知った、貴方の事。

でも今となっては、それすらも最低限の事のようで。

きっと私じゃない誰かなら、知らない貴方の事を知っている。

でもそれは、私じゃない誰かだって同じ。


第12話 366日 Part1

 この時間にこんな所に来るなんて、トレーナーを始めた頃なら想像すらできないだろう。がまあ、現実なのだから驚くしかない。

 

「――あぁ、水無月さんですね。こちらの通用口からお入りください」

 

「分かりました」

 

 栗東寮の警備員さんに言われて、通用口……というか鉄製ゲートの一部になっている小さなドアを押して開ける。

 

 たづなさんに来るように指定されたのは、栗東寮一階の管理室。確か、寮の運営に関する業務を寮長が行うための部屋、だったはずだ。

 

「なんたってこんな時間に……?」

 

 腕時計にちらりと目をやると、短針が差しているのは10と11の間。当然ながら日はとっぷり暮れていて、街灯という名のイルミネーションがそこらじゅうで輝いている。

 

 こんな時間に呼び出される事など、今までほとんどなかった。しかも呼び出される場所が、基本的にトレーナーが入る事は許されていない寮舎だとは……。

 

『何をやらかしたというんだい――』

 

 呼び出されたことをLANEで鏑矢に報告したら、呆れた顔が見えそうなメッセージが返ってきた。奴の事だ、俺が事案を起こしたのだと確信していそうで困る。う~ん……何にもやっていないはずなんだけど。

 

 まあ残念ながら、やらかした事に気がつけないのが人生というものだ。……そういう事を言ってしまうと、随分やらかしてしまったような気もしなくはない。

 

 栗東寮の玄関に入り、来訪者用の下駄箱に靴を入れてスリッパを取り出す。照明はセンサーで付くタイプのもの以外、あえては点灯していないようで、廊下は非常口にマークが照明代わりになっている。

 

 そんな廊下にはドアが並んでいるのが暗がりでも分かるが、玄関に近い一室と廊下の奥の方の一室のドアから光が漏れている。どちらが管理室なのかと言えば、まあドアに『管理室』というプレートがかけられている、手前の部屋の方だろう。

 

「……ここでいいんだよな?」

 

 入ってはいけない、そんな聖域のような場所であるが故に、ドアノブを握ろうとする手が僅かに躊躇いを見せる。

 

 がしかし、ここで躊躇ったところでもどうしようもないし、呼び出された理由が分からんままなので、思い切ってドアノブを捻る。

 

「……失礼します」

 

「やあ。夜遅くに申し訳ないね、水無月トレーナー」

 

「え?」

 

 思わぬ声がかかる。

 

 寮長室にいたのは、栗東寮の寮長のフジキセキだけでなくたづなさんにエアグルーヴ、ナリタブライアン、そして――

 

「……なんで貴女がここに?」

 

 シンボリルドルフがいた。つまり、今の寮長室には生徒会室のメンバーが勢ぞろいしている事になる。

 

「トレセン学園に所属する生徒の問題だからね、生徒会が関わるのは当然というものだろう?」

 

「生徒の問題……? 俺が何かをやらかした、という訳ではなく?」

 

「おや? 貴方には、そう思うようなことをした自覚があるのかな?」

 

「自覚なんて無い……。人は誰しも、気付かぬうちに道を踏み外したり過ちを犯したりする、そういう生き物だろ」

 

 自覚のある問題行為や悪意なら、それは救いようのないものだ。だがこの世の中、必ずしも救えない過ちばかりではない。……それが許される過ちであるとは限らないが。

 

「なるほど、君はそう考えるのか」

 

「悪いか?」

 

 いまいち何を言いたいのか分からない会話に、若干の苛立ちを感じる。

 

「まあ……水無月トレーナーだけに話を聞くつもりはないのでね、焦る必要はないよ」

 

「……焦っている訳ではないが、俺だけじゃない?」

 

 どういう意味……なんだ。呼び出されたのは俺だけじゃないって事は、割と面倒くさい事が起きているのか?

 

 僅かに軋む音を立てたドアを横目に、誰かが管理室に入ってくる。

 

「こんばんは~……ってあれ、水無月さん? どうしてここにいるんですか?」

 

「えっ……里宮さん?」

 

 入ってきたのが思いもよらぬ人物――里宮さんだったせいで、呆けた面になっている気がする。

 

「さて、本題に移るとしようかな。フジキセキ、説明をお願いしてもいいかな?」

 

「任されたよ。……それで、本当に二人とも身に覚えはないのかい?」

 

 フジキセキが顎に手を当てながら、覗き込むように俺たちの顔を見てくる。

 

「えっと……私今来たばかりで、本当に何も分からないんですが……」

 

 そうじゃないですよね? という言葉を暗に含んだ目線を、里宮さんから贈られる。どことなく気まずさを感じ、顔を逸らしながら答える。

 

「俺だって何にも知りませんよ……」

 

「……本当ですか?」

 

「本当……って言ってるんですよ」

 

 疑念の声に、思わず声音が荒くなる。

 

 しまった、と思ったが里宮さんは気にせずなのか気にしないふりなのか、特に俺に何かを言う事はなかった。そのまま視線をフジキセキに戻す。

 

「身に覚えがあると、こちらとしても助かったんだけど……まあ本当に与り知らぬ事なのかは、これから分かるだろうからね。とりあえず、話を聞いてもらおうかな」

 

「「……」」

 

「簡単に……というよりは、そうとしか言えないんだけどね。君たちの担当のカレンチャンとアドマイヤベガが、どうやら喧嘩してしまったようでね」

 

 フジキセキは苦笑いしながら理由を告げる。

 

「喧嘩……ですか?」

 

「どうして……」

 

 思うがままの言葉が漏れる。

 

「今は二人とも、別の娘の部屋にいるんだ。部屋の娘たちが説得しようとしたんだけど、うまくいかなかったようでね。その結果、生徒会だけでなくお二人も呼ぶことになったのさ」

 

「そう、ですか」

 

「……カレンチャン。アドマイヤベガさんも……」

 

 つまり、寮長案件では済まなさそうな問題だったから、俺達だけじゃなく生徒会の面々も来ていると。そういう事なら、この状況も納得できる。

 

「それで、今日二人は彼女たちと何もなかったのかな?」

 

 その声とともに、シンボリルドルフが俺たちの瞳を覗き込んでくる。どこかうすら寒いものを感じるのは、俺の気のせいなのだろうか。

 

「私は……カレンチャンに、水無月さんの居場所を聞かれましたよ。理由は教えてくれなかったんですが、随分慌てているような気がしたけど……」

 

「……」

 

 急に居心地が悪くなる。全員の視線が一斉に自分の顔に集まれば、それは当然というものだ。……いくつか冷たい視線が混じっているような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか。本当に……俺は。

 

「ほら、水無月さんも何があったのか教えてくださいよ。私だけじゃ、……色々ズルいじゃないですか」

 

「……『ズルい』、か。まあうん、それもそうか」

 

 言葉の意味が分かるような分からないような、けど何となく言いたい事は分かった。

 

「今日は……確か電話でアヤベさんに遊園地に行かないか、って誘われていいよって言ったんだよな。それでその後、カレンチャンにも遊園地に一緒に行かないかって誘われて、アヤベさんと行くから無理だ、って言ったら急にどこかに行っちゃったんですよ。そうそう、遊園地のペアチケット入ってる封筒を落としてて……――あれ?」

 

 首を傾げながら頭をひねって思い出していると、管理室の空気が変わっていたことに気が付いた。

 

 それは、さっき里宮さんから視線を向けられた時に感じたものを、遥かに超える居心地の悪さ。

 

「水無月さん……」

 

「……なんすか?」

 

 いつも通り答えるつもりが、咎めるような視線に、足が無意識に下がる。

 

「何で……どうして、貴方って人は――!」

 

 ばっ、と振り上げられた里宮さんの右腕が視界に移る。避ける事は叶いそうになく、衝撃に耐えようと目を閉じた。……だが、いつまで経ってもその衝撃は訪れない。

 

 恐る恐る目を開くと、その腕をたづなさんが掴んで止めていた。

 

「止めないでくださいたづなさん! これじゃ、なんの意味も――」

 

「こんな事をしても、解決にはなりませんよ。今は……駄目なんです、里宮トレーナー」

 

 窘めるような目線で、俺を一瞥した後里宮さんの方を向く。

 

 なおもその腕を振り降ろそうとしていたが、やがてその力が抜ける。所在なさげに、力の抜けた腕が垂れた。

 

「という訳だ、水無月トレーナー。今は我々女性陣だけで話したいから、一旦部屋から出てくれないかな」

 

 黙って見ていたシンボリルドルフが、ゆっくりと口を開く。

 

「……いや、俺だって何かしら――」

 

「一旦部屋から出てくれないかな、水無月トレーナー?」

 

 追い出されようとしている理由が分からず、思わず反論しようとした。しかし、シンボリルドルフから送られた目線に込められていた感情は――

 

「……これ以上ここに留まろう、と言うのであれば、私は里宮トレーナーを止めはしない」

 

 憐憫と同じくらいの……怒り。

 

 それは、俺以外の人全員の目線に込められていた。

 

「分かりましたよ……、俺が出ればいいんでしょ? 出れば……」

 

 居心地の悪さ、それを作り出していた視線に負け、そう口にしていた。

 

 さっさと身体の向きを変えて歩き出し、管理室のドアノブに手をかける。もう一度あの視線を受けるのが怖かったから、振り向くのはやめた。




これからはハーメルンでPixivより先に公開する事が増えると思います。
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