恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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いつの日にか知った、貴方の事。

でも今となっては、それすらも最低限の事のようで。

きっと私じゃない誰かなら、知らない貴方の事を知っている。

でもそれは、私じゃない誰かだって同じ。


第12話 366日 Part3

 ――ここは?

 

 

 どこが終わりなのかも分からない暗闇の中に、一人立っていた。伸ばした手が壁に当たる事はなく、空を切るのみ。

 

 足音が聞こえた。

 

 助けを求めようと振り返った。

 

 

『お前に、助けを求める権利なんてあるのかい?』

 

 

 ――……っ!

 

 

 そこには、もう一人俺自身がいた。

 

 目元はさらに暗い闇に包まれ、目線の先を知ることは出来ない。

 

 

『逃げてばっかりのくせに、いっちょ前に助けばかり求めている』

 

 

 ――怖いんだよ。

 

 

『怖いんじゃなくて、逃げているだけじゃん』

 

 

 ――違う。怖いんだ。

 

 

『そんなの嘘だ。だって俺は、過去から目を背けているだけ』

 

 

 ――違う!

 

 

『言い訳ばかりだ、俺は何時だってそう。傷つきたくないからって、傷つけたくないからって……そうやって、逃げているだけ』

 

 

 ――だから、俺はっ……!

 

 

『何故逃げる? 何故誤魔化す? 何故言い訳をする? そんな事をしても、行いは正当化されないのに』

 

 

 ――俺は、そんなつもりなんて……!

 

 

『お前なんて、いるべきじゃないんだ。消えたところで、何も変わりはしない。……そうだ、お前なんて消えてしまえ、消えてしまえ、消えろ、消えろキエロキエロキエロ――』

 

 

 闇に中から伸びるいくつもの手が、声と共に俺の首にかかり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ、はぁ、はぁ、はあ……」

 

 がばっ、と体を勢いよく起こす。

 

 目の前に広がるのは、暗がりの中の自分の部屋の壁。押した手に変えるのは、ベッドに敷かれた布団の柔らかさ。

 

 壁にかけている時計(時針に蓄光剤がついている)の指し示す時間は、午前5時ごろだろう……か。見間違いでなければ。

 

「あれは……悪夢?」

 

 それにしては、随分とリアルだったような。

 

 怖くなって辺りを見回すが、人影などは無く、独りである事を嗤う様に沈黙が返ってくる。

 

 

 ――そんなの嘘だ。だって俺は、過去から目を背けているだけ

 

 

 

「……っ」

 

 どこかからそんな声が聞こえた気がして、慌てて両耳を塞ぐ。目を閉じて蹲る。

 

「違う……違う! 俺は、目を背けてなんて……!」

 

 その声を振り払おうと、必死で言葉を振り絞る。誰かが発した訳ではないのだから、無駄でしかないと言うのに。

 

 俺の息遣いが響く部屋に、ピアノの軽やかな音が割り込む。

 

 ベッドの下に落ちていたスマホを、腕を伸ばして拾い上げる。画面を見ると、ちゃんと日が進んで水曜日になっている事が分かった。それに、この音は目覚ましじゃない……。

 

「誰だこんな時間に……」

 

 こんな朝っぱらから電話をかけた主は――

 

「……」

 

 名前を見て、一瞬『拒否』を押そうかと迷う。だが、相手はそんな事をしても意味がない……いや、諦めないだろうと思い、『通話』を押した。

 

「おはよう、……葵ちゃん」

 

『おはよう結城君。……色々と、大丈夫そうね』

 

「え?」

 

 何がどう大丈夫だと言うのか。訳が分からず、間抜けた声で返す。

 

「里宮さんから聞いたの、アドマイヤベガさんとカレンチャンさん……喧嘩しちゃったって」

 

「……」

 

 どう返事をしたものか分からなくて、声が出ない。

 

『ねえ結城君、何があったのか……教えてくれない?』

 

 スマホ越しの声に、心が揺らぐ。

 

 何時までも優しさに縋ってはいけないと分かっていながら、縋ろうとする弱さが憎らしくてたまらない。

 

 秘めていなければ――どこかでそう思っていたはずなのに、ぽつり、ぽつりと言葉が口から漏れる。

 

「……昨日の事なんだけど――」

 

 俺の独り言のような説明を、邪魔もせずに最後まで聞いてくれた。

 

 そして――

 

『そう、そういう事があったの……』

 

「……別に、俺は悪い事なんてしてない。してないのに――」

 

 俺のそんな、怯えるような震えた声が、静かな部屋で木霊する。

 

『うん……結城君は、何にも悪くない。皆が感情的なだけで、何にも……何にも……』

 

 まるで子供をあやすような優しい声が、俺の言葉を遮るように耳朶を打つ。

 

『悪くはないのよ。……だけど、』

 

「?」

 

『いつまでも”悪くない”人じゃいられないから……、どこかで変わらなくちゃいけないの。私も、……結城君も』

 

「…………」

 

 俺は……だって、何も……。

 

『別に今すぐじゃなくたっていいんだけど、……ね?』

 

「……俺は、俺は――」

 

『とにかく、ちゃんと二人の話を聞いてあげてね? きっと最初はなかなか教えてくれなくても、根気強く接してあげれば大丈夫だから』

 

「あぁ……分かったよ」

 

 プツン、と電話が切れる。耳から離したスマホの画面を、しばし無言で見つめていた。

 

 電話帳を開く。

 

 あまり多くない名前の中で、『アヤベさん』と『カレンチャン』の文字が、何故か浮き上がっているように見えた。

 

「俺は、……先に誰にかけるべきなんだ」

 

 画面をタップしようとする右手が震える。

 

 どちらを選んでも問題ないはずなのに、選んだら二度と何かが取り戻せないような、そんな気がした。

 

 いまだ震えが収まらない指で、『通話』ボタンを押す。

 

 幸いな事に、相手は数コールで出てくれた。何を言えばいいのか、まったく確証はない。だから、とりあえず当たり障りのない言葉を選ぶ。

 

「……もしもし、今だいじょ『――ッ』」

 

 ブツっ、と電話を切られた。

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