恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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第14話 エブリデイワールド Part3

「……はぁ」

 

 何て顔して電話かければいいんだか。

 

 二人に電話を掛けた時と同じかそれ以上に、指が震えてしまうのは何故だろうか。……違う、里宮さんは同僚のトレーナーだ。電話をかける事に、何ら不思議な事はないし社会的にまずい事でもないんだ。

 

「……もしもし」

 

『――もしもし。ねえ……その、』

 

「?」

 

『何か……私に文句や恨み言の一つや二つ、かけないんですか?』

 

 はい?

 

「えっと、……何でですか?」

 

 あまりに急な話で訳が分からない。

 

『…………水無月さんが何を感じたのかは分かりませんが、私は昨日水無月さんにひどい事を言ってしまいました。だから、嫌われても言い返されても、……何も文句は言えないと思っています』

 

「……」

 

『むしろ、言ってくれた方が……すっきりするというか。ワガママなのは分かっています、けど……』

 

「俺は言わないですよ、そういう事は」

 

 思わず、強い口調で返していた。

 

『どうして……?』

 

「……」

 

『どうしてなの……? 言ってくださいよ、「アンタは悪い人だ」って!』

 

「――っ、言わないって決めている! 逆に教えろよ、俺が貴女にひどい事を言い返して、一体何になるんだ!」

 

 叫ぶような訴えに、朝だとか隣人の存在だとかを忘れ、声を荒げていた。

 

 言い終わってから、耳から離した電話を呆然と見ていた。俺は、……何をしているんだよ。

 

「はっ……はぁっ……」

 

 焦りから小刻みになる呼吸を何とか落ち着けて、もう一度電話を耳に当てる。

 

『――わた、しは……貴方に嫌われたくない。でも嫌われたくないのに、傷つけてしまった……』

 

「……里宮さん」

 

『だから、私は貴方に傷つけられなきゃいけない。傷つけられる事無く許されようだなんて、そんな烏滸がましい事……』

 

「俺は……その程度では、貴女の事を嫌いにはなりませんよ」

 

 傷つけられただけで誰かを嫌いになっていたら、嫌いじゃない人がいなくなってしまう。

 

『やめて下さい……。そんな……事、言わないで』

 

「いくらでも言いますからね。嫌いにならない、って言ってるんですよ。だから落ち着いて下さい」

 

『……』

 

「……」

 

 こうなってしまうと、あとはどちらが根負けするかになる。

 

『…………』

 

「…………」

 

 悲しいかな、俺はこういう沈黙の勝負になれば、そこらの人よりは強い自信がある。強くなれた理由は、……まあ言うまでもない気がしなくもない。

 

『……ごめんなさい。気持ちを蔑ろにして、色々言って、余計に水無月さんを傷つけてしまって』

 

「……本当に、気にしていませんから」

 

『あ、……ありがとうございます。それで、どういう用件で電話をかけてくれたんですか? 私に出来る事だったら、無理のない範囲で協力したいんですけど……』

 

 あぁ……ようやく本題に入れる。

 

「アヤベさんに、カレンを含めた三人で話し合いたい、って提案したんです。そしたらアヤベさんが、『里宮さんも呼んで欲しい』って言ったんです。だから――」

 

『私に来て欲しい、そういう事ですか?』

 

「え、あ、はい。そうです……」

 

 俺が言おうとしていた言葉を遮るように続けられ、戸惑いながら答えた。まあ文脈的に、何を言いたいのかは十分に分かりそうだし、不思議ではない。

 

 だが……何と言えばいいのか、それ以外の理由があるような気がしてならない。

 

『念のため確認しますけど、』

 

「?」

 

『それは水無月さんが考えた、嘘や冗談じゃないですよね?』

 

「……は?」

 

 意味の分からない質問に、少し冷たい声が漏れた。

 

「何でそう言う聞き方をするんですか……」

 

『そう言う聞き方をしたくなるんです、アドマイヤベガさんの提案は』

 

「……どういう意味ですか?」

 

『どういう……意味なんでしょうね。私も言ってみたはいいけど、よく分かんないです』

 

「……」

 

 いや、それでは困るんですよ。納得いかないんすよ。

 

『すいません。昨日から思ったまま言葉を口にしていて、……何でそう考えたのか自分でもよく分かんなくて』

 

「……そうですか」

 

 埒が明かない雰囲気を感じて、これ以上聞き出そうとすることは諦める事にした。

 

『……それで、今日のお昼に食堂に行けばいいんですね』

 

「えっ、あっ、……そうです」

 

 話の内容が突然変わり返事が遅れたが、どうやら里宮さんも来てくれそうで良かった。

 

「……正直、俺一人だけだと不安だったんで、来てくれるのは本当にありがたいです」

 

『なら、……良かったです』

 

「じゃあ失礼します」

 

 そう言って電話を切った。

 

 ふぅ、どうなる事やらと思ったけど、里宮さんにも話を取り付けられたな。

 

「……なあ、」

 

 俺は何に疲れているんだろう。

 

 誰にともなくかけた問いかけの声は、壁に当たって小さくこだまする。分かっている事だ。この部屋に、俺の声に応える者なんて居やしないことくらい。

 

 何か……何か食べよう。何も食べないで過ごしていると、仕事に集中出来ないし、何より昼食の時にお腹に食べ物を突っ込むこと以外考えられなくなってしまう。

 

 カップ麺あったっけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……きっと、この関係が終わってしまうのだろう。終わってしまうのは、私が踏み出す一歩を恐れてしまったから。

 

 でも、ここまで来てしまっても、私はその一歩が怖いままで。

 

 どうして、その一歩が怖いの? 悲しくなるから、それとも辛くなるから?

 

 踏み出さないといけないのに、いつも言い訳ばかりが浮かんでいる。

 

 あの時手を伸ばしたのは……どうしてだったの?

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