だから怖くて、どことも分からない場所に隠そうとした。
でも同じ場所に、同じものを隠している人がいた。
そしたら私は、これをどこに隠しておけばいいのだろう。
「それで、何か問題は進展したのかな?」
「……進展、なのかね」
鏑矢の言葉に水無月が首を傾げながら返す。
3人ずつ向かい合わせで合わせて6人座れる食堂の机で、水無月は真ん中に、鏑矢は右隣に座っていた。
ちらっと鏑矢が目線を向ける先――二人に反対側には、黙って定食を食べているアドマイヤベガがいた。頑なに二人の方を見ようとせず、下を向いたままである。
「まあこの後、カレンも里宮さんも来る予定だからな。一発で解決、と言うのは難しいだろうけど……何にも変わらないってことは無いんじゃないか?」
「……どうだか、ねえ」
「何だよ……」
含みを持たせた鏑矢の言い方に、水無月が眉を顰める。朝の三人への電話でただでさえ疲れたというのに、これ以上面倒な事は勘弁だった。
「はぁ……」
唐揚げを食べようとする手もそこそこに、思わず天を仰ぐ水無月。その視界に、求めていた姿が映る。
「愛しの里宮さんかな?」
「……ふざけた事言ってんじゃない。それにお前はこの後退散してもらうからな」
事態を理解しているのか、揶揄う様な鏑矢の言葉に冷たく返していた。そして、自らの行いに気づいた水無月が慌ててかぶりを振る中、左隣に里宮が座った。
「あっ、里宮――さん?」
「…………」
声をかけるが、スルーされてポカンとなる水無月。鏑矢も何かを言おうと口を開くが、どうしてかその口を閉ざした。
アドマイヤベガは顔を上げようとはせず、里宮も手をギュッと握って太腿の上に置くだけで、喋りもしなければ目線も机の一点――誰もいない席に向かって向けられていた。
「(あのさ、これは想定通りなのかな?)」
「(……そんな訳あるか)」
「(まあ、それもそうだよね……)」
「(むしろ想定って何だよ……)」
聞こえている可能性が高いのは承知で、小さな声で言葉を交わす。
普通に話し合えるとは思っていなかったが、しかしこんな感じになるとは思ってはいなかった。だがまあそれは、想定と言うものではないとも思うが。
スマホの通知音に気がついて、水無月がポケットからスマホを取り出す。ロックを解除してアプリを開くと、『食堂の目の前まで来た』とカレンチャンからメッセージが来ていた。
「……なんでわざわざ?」
送る意味があまりなさそうなメッセージに、思わず首を傾げる。
ふと横眼で見ると、里宮が水無月のスマホの画面を覗き込んでいた。
「水無月さん、――いえ、結城さん」
「えっと……どうしたんですか、そんな不退転の決意を固めたような顔をして……?」
声をかけられた水無月は、唐揚げを口にしようとしていた手を下ろし、隣に座った里宮の方に顔を向ける。
里宮が何も持たずに隣に座っていた事に、水無月が違和感を抱く間もなく口を開いた。
「私、結城さんの事が好きです」
突然の爆弾発言に、食堂にいる声が届いた全員が固まった。
食堂の入り口にいたカレンチャンは、呆然と立ち尽くす。
昼食を食べていたアドマイヤベガは、ポロっと箸を落とす。
ただ一人、鏑矢は目を静かに閉じるだけ。
カラン、と乾いた音が響くが、誰もその音をきっかけに動こうとしない。いや、自分が静寂を破るきっかけになりたくない――と言うのが本音だろうか。
「私……別に冗談でもないですし、罰ゲームなんかじゃありません。これが、嘘偽りのない、私の本当の気持ち」
そう言いながら、下ろされていた手を取る。逃げようとしたその手を、押さえつけるように胸に当てた。
担当ウマ娘とトレーナーという関係より、トレーナー同士という関係の方が、圧倒的に有利なのは分かっていた。でもそれを使うのは、二人に対してどこか申し訳ないような気がして。だから、怖くてそのカードを切れなかった。
「結婚を前提に、お付き合いしませんか?」
だけど隠し続けようとするより、遠回しに理解してもらうとするより、はっきり言ってしまえば楽だったのだ。今のタイミングがあまりにもズルい事なんて、分かってはいたけれど。
しばしの沈黙。笑うべきか尋ねるべきか、はたまたそれ以外か――誰もが迷っていた。
と、突然。
「う……っ、」
「え?」
意味の分からない声に、疑問の声が漏れる。
「うぅぅ……やめろよっ! もうっ……俺は、俺は、嫌なんだよ………………!」
震える声で、まるで突き放すように否定の言葉を叩きつけた後、水無月は食べていたものを片付けるでもなく急に立ち上がり、里宮の手を振り払って飛び出した。
再び沈黙が支配する。最初に沈黙を破ったのは。
「ったく……どこに行くんだ、水無月!」
水無月の隣に座っていた鏑矢だった。
「里宮さん、本当に悪いけど後片付けお願いします。あいつを追いかけてくるんで」
「……分かりました」
そう言って立ち上がった鏑矢は、まだ手も付けていない昼食を置いて水無月が向かった先へと走っていく。
ようやく、時が動き始める。
興奮冷めやらぬ中、しかし里宮に声をかけようとする者はいない。
「まだ、変われないの……」
後から聞こえたその声の主を、知っていた。
だから、呼び止めた。
「――桐生院さん」
「何ですか?」
定食を手に持つ桐生院は、伏し目がちに目線を逸らしていた。
「いい加減……? 違う、黙っていないで教えてください。水無月さんと昔何があったんですか?!」
思いもよらぬ大音声に、里宮自身も驚いた様子だったが、それは桐生院も同じだった。
(もう、弱気だったころの里宮さんじゃない……)
ちらっと桐生院が横を見ると、未だに固まっているアドマイヤベガが視界に映った。訳も分からず、起きた現実が流れ去るのを待つように。振り返ると、カレンチャンは目線こそ里宮に合わせているが、何かを否定するように首を横に小さく振っている。
いつか言った、『話せる時』が今なのかは分からない。それでも、話すことを決意した。
今話さなければ、誰も、何も、変われないから。
「もう、黙っていても意味なんてないですよね。……お隣失礼します」
どこか諦めたような、しかし重荷から解放されたような顔で桐生院が隣に座る。
「どこからお話ししましょうか。……私と結城君が初めて会ったのは何時なのか、からが良いのかな?」
「……いいから、早く教えてください」
「私が結城君と初めて会ったのは、小学生の頃です。1年生からずっとクラスは一緒だったので――」
「え、待ってよ……桐生院さんはカレンより前からお兄ちゃんの事知ってたんですか?」
いつの間にか近づいていたカレンチャンが、二人の話に割り込む。ついでに、アドマイヤベガは聞き耳を立てるだけで、それ以上近づこうとはしていない。
「同じくらい……だと思いますよ。結城君、よくカレンチャンさんの事を話していましたね」
「……」
「私は結城君と帰る方向が違ったので、カレンチャンさんの家族とはほとんどお会いしていません。だから、カレンチャンさんとはお会いしたことは無いと思います」
「……ふぅん」
良かったような、いやそれはそれで何か違うような。
整理の仕方が分からず、分かった風の息を漏らす。
「そう言えば少し前に、里宮さん私に聞きましたよね。『気になる人は誰なのか』……って」
「……はぐらかされたと思いますけど?」
手繰り寄せた記憶の中では、露骨に肩を落としていたような。
「私の気になる人……好きな人は、昔から結城君です。私が初めて恋をした、高校生の頃から変わらず」
息を吐くように自然に出たその言葉に。
「「「――ッ」」」
三人が息を飲む音が重なる。
だが、次に続く言葉を予想できたのは、食堂で耳を傾けていた中には恐らくいなかっただろう。
「そして結城君の初恋は私で……、初めての失恋も私なんです」