恋するカレンチャン   作:高崎ヒビキ

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それは、知らない方が幸せかもしれない。

だけど、それを人は求める。

傷つくことがあると、分かっていても。

傷ついた果てに得られるそれが、素晴らしいものだと信じているから。


第3話 さよならと言わないで Part1

 この時期の朝の風は、温かさとどこか、突き放すような冷たさがある。少し使い古したコートの襟を寄せ、寒さを堪えようとする。

 

 成功裏に終わったアヤベさんの誕生日パーティーの翌日。昨日がたまたま特別だったというだけで、日々は変わることなく流れてゆく。

 

 トレセン学園の校門に、ウマ娘たちが入っていく。マフラーを付けたり手袋をしたり、人によってはポケットに手を突っ込んだりと、寒さをどうにかやり過ごそうとしている。

 

 そんな彼女たちの後ろから、俺もトレセン学園に入ろうとする。

 

「……?」

 

 歩きながらトレーナー室に向かう俺に注がれる目線が、普段とどこか違う気がした。何と言うのか、珍獣を見る目というか、噂の何かを見る野次馬のような。……何か顔についているのだろうか。顔を触ってみるが、特におかしな感じはしない。

 

 釈然としないまま、トレーナー室に入る。ストーブの電源を入れ、冷え切ってしまった部屋を暖め始めた。机に家から持ってきたパソコンを置いて、こちらも電源を入れる。

 

 暖まり始めたトレーナー室に、キーボードを叩く音が小さく響く。

 

 仕事を始めて三十分ほど、もう授業は始まった頃だろうか。そんな事を考えていた時、メールが来た。

 

「……たづなさん?」

 

 理事長秘書のたづなさんからのメールだった。内容は、今すぐ理事長室に来い、というものだった。秋川理事長やたづなさんがトレーナー室に来ることはあったが、このような形で呼び出されたのは初めてだ。

 

 はて、なぜ直接呼び出されるのか。何かをやらかした覚えはないし、週刊誌に何かを嗅ぎつけられたわけでもない。……嗅ぎつけられるものなどないが。

 

 寒いのは嫌だが、仕方なく廊下に出て理事長室に向かう。授業間の休みの時間や昼頃は、どこからかウマ娘たちの明るい声が聞こえるものだ。しかし授業中であれば、廊下に漏れるのは教師の声だけ(という訳でもないが)。

 

 階段をのぼり、理事長室の前に立つ。重厚そうな扉が、今はなぜか怖い。『解雇ッ!!』とでも書かれたセンスを持った理事長が、笑顔で待っているのだろうか。……それはそれで怖い。

 

「水無月です、失礼します」

 

 そう言いながら理事長室に入ると、秋川理事長は机に座っている。特に雰囲気に変化はないようだ。

 

 だとすれば……。

 

「水無月さん?」

 

「……はい」

 

 横に立つたづなさんの纏うオーラが、どこか違う気がした。

 

「えっと……俺が何をしたんですかね?」

 

 覚えのないものはない。

 

 そういう意思を込めて、たづなさんに返事をする。

 

「……水無月さんの事なので、きっとそういう事ではないと思うんですが、」

 

「?」

 

「これ、覚えはありますか?」

 

 たづなさんが、画面にひび一つ入っていないスマホを見せる。ウマスタグラム……のようだが、それが何だというのか。

 

 そこで何が映っているのかを理解した瞬間、俺の動きが止まる。

 

「……あぁ。これですか」

 

 それは、俺が昨日アヤベさんにプレゼントした、バースデーリングだった。『♯トレーナーのプレゼント』だそうだ。コメントの数は、一桁も一桁な俺と違い、どえらい事になっている。

 

「これは、昨日アヤベさんにプレゼントした、バースデーリングですよ」

 

「……バースデーリング、ですか」

 

 かくかくしかじか二人に説明し、何かは分からないが誤解は解けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末に高松宮記念が控える、22日の木曜日。

 

 普通のウマ娘なら、まあレースに備えた練習をするのだろう。だが、カレンチャンは、いつも通り。

 

「アヤベさ~ん!」

 

「……何かしら」

 

 アヤベさんに絡んでいた。

 

 まあ確かに、レース前だからといって、緊張しすぎるのは良くないのだけど。

 

「こんにちは、水無月さん」

 

「あ、里宮さん。こんにちは」

 

 邪魔するのもあれだし、遠巻きに二人を見ていると、カレンチャンの担当トレーナーの里宮さんが声をかけてきた。俺と同期の女性トレーナーで、昨年にはカレンチャンとスプリンターズステークスを制している。

 

 ……どうでもいい事だが、確かに美人さんではある。ストレッチ素材のパンツに、白いシャツ。その上から、薄い桃色のカーディガンを羽織っている。スニーカーにポニーテールで、健康そうな見た目だ。

トレーナーの間で流れる『里宮トレーナーはモテる』という噂が流れるのも、当然のような気がしてしまう。

 

「あの……うちのカレンチャンが、迷惑していますか?」

 

「そんな事ないですよ。カレンチャンがいたから、アヤべさんも笑ってくれるようになったので」

 

 何がどう見ればそう思うのか分からないが、ちゃんと事実を伝える。カレンチャンがアヤべさんに絡んだおかげで、最初の頃とは随分雰囲気が変わった。

 

「それにしても、随分余裕そうですね」

 

「あぁ……そうかもしれませんね」

 

 俺の言葉に、里宮さんが苦笑いする。

 

 前走オーシャンステークスで、カレンチャンは微妙に伸びあぐね四着に敗れた。高松宮記念に出走予定のメンツの中では、明らかにカレンチャンが格上ではある。しかし前走の敗北が、一抹の不安をファンに与えた。

 

 緊張しすぎるのは良くない。だが、あそこまで余裕そうだと、かえって心配してしまうのが人の性だろう。

 

「もし良ければ、一緒に行きませんか? 高松宮記念に」

 

「……予定は無い、からなぁ」

 

 里宮さんにそう誘われる。

 

 3月の最終日曜日に行われる高松宮記念に対し、アヤべさんが出走予定の大阪杯は4月の最初の日曜日に行われる。つまり、ちょうど大阪杯の一週間前になる。もちろん、アヤべさんに連闘させるつもりは無いし、そんな予定もないので行くことは出来る。

 

「水無月さん、カレンチャンの知り合いでしょう? 心配なようですし、一緒に行くのも悪い話じゃないと思うんですが……」

 

「まあ、知り合いですね」

 

 知り合い、というより、家族ぐるみの付き合いがあるレベルだが。

 

 カレンチャンのトレーナーではない以上、関係ないと言い張ることも出来る。だが、気にならないと言ったら嘘になる。

 

「……せっかくなので、行かせてもらいます」

 

 まあ、言われなくとも誘われなくとも、行く予定ではあったのだけど。

 

 ……だとしたら、なんで俺は行くか迷うような素振りを見せたのだろう。まあ、……そういう事なのだ。

 

 怖いから、近付きたくないから、嘘をつき欺瞞する。身勝手極まりない行為に、反吐が出そうになる。自己防衛――そういえば聞こえはいいが、それは醜い自分を着飾るものでもあるのだ。

 

「良かった。じゃあ、LINEの交換しておきましょう」

 

「……『良かった』?」

 

 その言葉の真意を問おうとする前に、スマホの画面を突き出される。ここまで来て拒否する事も出来ず、バーコードを読み込む。ピロン♪ という音とともに、『友達が追加されました』という通知が来た。

 

「LINE……交換してなかったんですね、俺達って」

 

「……私が交換しよう、って言っても『まあまた今度』って、水無月さんがかわし続けてたんですよ」

 

「……そうだっけ?」

 

 言われてみればそんな気もする。正直なところ、同期トレーナーのグループLINEに入っていれば、事は足りるのだ。人とわちゃわちゃするのも苦手なので、飲み会にも行ったことは無い。

 

 人と必要以上に繋がりを持つことに、いまいちメリットを感じられない。……まあ、里宮さんとの繋がりは、意味の無いものではないと思うが。

 

 そんなやり取りをしていたのに気が付いたのか、二人がこちらを見ている。何かマズイ話をしていたわけではないが、一応手を振ってみた。カレンチャンは振り返してくれたが、アヤべさんはぷいっとそっぽを向いている。

 

「……あの感じだと、心配しなくても良さそうだな」

 

「やっぱり、そう思います?」

 

「そう思いますよ」

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