……。
はぁ……あーやってしまった。最悪だ。最低だ。子供に当たるとか、一番やっちゃいけないことだ。
自分がされて嫌なことはしちゃいけない。誰でも知ってることなのに、なんでやっちゃうかな。
「いやー珍しいものが見れたよ」
笑いながら扉を開けて、俺の横に立つおっさん。
「——林藤さん。ごめんな、せっかく付き合ってくれたのに。桐絵にも悪いことした。反省してる」
桐絵が強くなったのは知っている。レイジも悠一も京介も……みんな強くなっていく。年下に嫉妬みたいな真似するのは恥ずかしいけどな。
だけど違う。強さは関係ない。あいつらには覚悟が……いや、この場合は俺にか。
「はははっ!お前の年齢と精神がバラついてるのは知ってる。お前が気にしていることも、想像は付く。そのことを小南はわかってないみたいだが、ちゃんとお前の言葉で伝えてやれ」
「ムキになったのは俺だ。ガキじゃねぇんだ、もっとやり方があったのに。せっかく教わったのに」
あぁ。そうだ。こんな時のやり方も何もかも教えてもらったのに……??
——え、誰にだ……?
まただ、またこの感覚。頭に靄がかかるような。
「お前が——みたいに上手くやれるわけがないんだ。あいつと違ってお前は普通の人間で、小南も普通の女子高生だ。普通の人間は普通の人間同士、話せば分かり合えるさ。お前の言葉で十分伝わる」
そう言って、おっさんは戻っていく。
「あ、そうだ。さとり。小南は部屋にいるからな。話があるなら今日中にな」
その場に扉が閉まる音だけが響く。
わかってる。知っているよ。
深呼吸をする。胸いっぱいに空気を入れ気持ちを落ち着かせる。
屋上の扉に手をかけ、開ける。階段を降りる廊下に出て、右へ曲がる。
ノックは三回。
「——桐絵。入るぞ」
って鍵かけてるし。ま、返事もなしに入るのはアレか。ドアノブ越しに、桐絵が開けようとしているのが分かる。
「そのままでいい。聞いてくれるか?」
おかしいよな。なんでもできるなんて言われるのに、お前に話しかけるだけでこんなにも集中しなきゃならないなんて。
「……あのな、俺。お前に死んでほしくない」
壁に背を任せ、寄りかかりながら床に座る。
「でも、死ぬことよりも。俺はお前に人を殺してほしくない。その手を血で汚してほしくないんだよ」
トリオン体の人を切ってもその人は死なない。それは切る側も同じだ。だが、戦場は違うトリオン体が壊されたらその場で殺される。
死ぬ危険度というものが段違いに近界では高いんだ。
ま、ベイルアウト機能なんてものがあるこっち側ではその可能性が低い。
だからこそと言うべきか、こいつには、この玄界でボーダーやってる奴らには、死の恐怖ってものが少ないのかも知れない。
「もちろん、他の子供たちにも同じ思いだ」
だが、それは死ぬという恐怖が薄いだけということであって、
「なぁ桐絵。お前、人を殺したことはあるか」
小さな声で、ない。と返ってくる。
そりゃそうだろうな。
「だろうな……でもな、俺はある」
桐絵の驚きがドア越しにでも伝わってくる。いつもはあんなに活発なのに、そんな反応もできるんだな。
「トリオン体が壊れ、中の人間と目が合う。相手は完全に戦意を失っている。それでも、殺さなければならない。なぜか分かるか?」
返事はない。
「理由は復讐されるからだ。そいつが逃げる、トリオンが回復するまた、戦地に赴く。どちらにとっても終わりのない地獄だよ、戦争は……攻める側だった俺が言えたことじゃないが」
「ま、今の戦争は知らないが、前はそうだった。俺がまだ十三の時だ。今でもすげぇ後悔してる。初めて人にナイフを刺した時なんて吐きそうだった。そりゃもう、顔中ぐちゃぐちゃだよ。ははっ」
「あんな思い。お前らにはさせたくない。というか、絶対にさせない」
天井を見つめるしかなかった。自分のことはあまり話したくない。こんな過去自慢できるわけがない。もっと胸張って生きてきたって言いたいが、過去の俺がそれを許さないし、認めない。
扉の向こうから、啜り泣くような声が聞こえる。なんでお前が泣くんだよ。
「なぁ桐絵。お前が俺のこと嫌いになってでも、お前が着いてくるって言い続ける限り、俺は……お前を拒絶しなきゃならない」
どんなに酷い言葉を浴びせようと、どんなに嫌な思いをお前にさせようと。お前があんな目に遭うくらいなら、お前から嫌われた方がマシだ。
寄りかかっていた扉が動き出す。思わず俺は、体を反らせ上を見上げる。
「……わかった。もう行くなんて、言わない」
鼻が真っ赤だぞ。
「ああ。そう言ってくれると助かる」
立ち上がってくしゃっと頭を撫でる。
「……痛い」
「せっかくの顔が台無しだ。顔でも洗ってくるか?」
さらに激しく頭を撫でる。
こいつはこいつなりに考えが思いあったのだろう。あの時ついて行くと言った顔には、確かに覚悟があった。遊びだなんて思わなかったよ。
桐絵は、俺の言葉に頷いて、洗面台まで駆け足で行く。その足が階段の踊り場にかかりそうな時、こっちを振り返ってこう言う。
「さっちゃん……ありがと」
目元を赤らめたその笑顔は、俺には眩しすぎだ。
「いやしかし、さと
はぁ。いつからいたんだこの小娘は……
「なんだよ、ゆり。いつからいた」
「え?そんなの『そのままでいい。聞いてくれるか』のあたりからだよ」
「ほぼ最初どころか、まじの最初じゃねぇかよ」
そしてそのモノマネはなんだ、クソほど似てねぇ。
「でも、本当に君に桐絵ちゃんを拒絶するなんてこと、できるのかな?」
「わかった、わかった。降参だ」
「お?それはできないって認めるってこと?」
こいつわかってて言ってるだろ。
「盗み聞きなんて悪趣味やめとけ、下にみんないるんだろ。俺挨拶して帰るわ」
桐絵が降りていった階段をたどるように廊下を歩き出す。
「まったく、素直じゃないなぁ」
その言葉は俺には届かなかった。
旅に出なければいけない理由がそこにはある!?
林藤ゆりさんは今後しっかりと出てきます。