——暗く寒く苦しい冷たい水の中。
ガラス越しに見つめるのは白衣姿の女の子。俺の口元についている装置は一定のタイミングで、空気が出ている。甘い香りの心地よい空気。
女の子は口を動かしている。何か喋ってる……
『もう少し』
……??どういう意味だろうか。
いや、この場合は俺がここから出れるまで、ということだろうか。
あぁ。また眠くなってきた。
——もう少し、もう少しで
——完成する……。
「持ち物……良し」
出発前日の昼。艇のメンテを終え、荷物も入れ終えようやく納得といった感じで近くの椅子に腰を下ろす。
荷物といっても、レーションや非常食などの日持ちする飯が半分を占める。こっちの飯の方が断然に美味い。残り半分の荷物は後でのお楽しみだ。
まぁ不足した物は現地の国で調達できるし、そこまで重要なものは艇にはない。
それに、艇の中では基本的な生活は可能となっているし、いざとなれば数週間は引きこもれる。
船を動かすためのエンジン部分は、まだまだ研究段階ではあるものの、極小化と最良化に成功しているものを使っている。おかげで本部基地で使うものよりも遥かに快適に過ごせる。ま、事故が起きても良いように予備のパーツくらいは積んでおくか……
(まぁ。直せるように修繕機器は積んでいるが、時間がない時もあるだろう)
艇を見て思う。
高圧縮トリオン体。一般的に使われるトリオンを濃密かつ強固にしたもの。それを採用したオリジナルの艇。テスト段階では旋空孤月すら刃が立たない。我ながら良いものを作った。
出立は明日。ようやくだ、ようやく動き出せる。ここまで来るのに三年か。中学生が高校生。高校生が大学生になる期間だ。自分で言うのもなんだが、ほんとよくやったと思う。
(準備も終わったし、玉狛に行くか)
今日は玉狛で出発式をしてもらえるらしい。
酒類も出るのだろうか……歩いて出るとしよう。
「えー。それではさとりの旅の無事と成功を願って……乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
何故だか参加している忍田さんの音頭で全員が持っているグラスを掲げる。
残念ながら酒は出なかった。これなら車を走らせるべきだったな。
「よう。さとり」
「忍田さん。なんであんた来たんだ」
「一応、本部の代表としてだよ。ま、友人としてでも良い……っと。すまないちょっと出て来る」
忍田さんの携帯が鳴り、離席する。
……友人ね。ま、そう言ってもらえるのも、来てもらうのも悪い気はしない。そう思いながら机に並んでいる唐揚げを口に入れる。美味い。
立食会形式のため、それぞれが和気藹々と会話を楽しんでいるが、食べ物はあっという間になくなって行く。
「さとり。お前のお姫様から伝言だ。『死ぬな』だとさ」
俺のってなんだよ。
「死ぬ気はねぇ」
「どうだかな。お前はすぐ無茶をするから心配なんだろ」
……。
「何にしてもお前が無事こっちに戻って来れることを楽しみにしてるよ」
「手土産くらいは持って行くさ」
暫しの談笑が続き栞から呼ばれ、今度は俺が離席することになる。
「んじゃ、こっちからも言伝だ。死ぬかバカ」
そう言って栞のもとへ話に行く。忍田さんの顔は見えなかったが、笑っているような気がした。
「さ、さっちゃん!」
「ほらほら小南〜ちゃんと渡しなって」
桐絵が栞に押されて、こっちへ向かって来る。栞、そのニヤつき顔はやめろ。なんかムカつく。それよりなんだろうか。
「これ、宇佐美と一緒に選んで買ったの。あげる」
手渡されたのは旅の安全を祈願した御守り。水色に金糸で刺繍がされている小さいものだ。
「ありがとう。桐絵、栞。大事にするよ」
旅にも持って行くバックにつけておくとしよう。いや、武器ポーチとかでも良いな……後で考えて収まりのいいところにしよう。
「さとりさん、さとりさん」
栞に名前を呼ばれて耳を傾ける。身長差が結構あるので、若干中腰になる。
「それ本当は小南が作ったんだよ。大事にしてね」
(手作りだったか)
「それじゃ俺からもお返しするか。ちょっと待ってろ」
二人にそう言って、椅子の上に置いてある鞄を漁る。
……っとこれこれ。
「ほい、お返し」
「「何これ」」
声を揃えて二人は首を傾ける。
俺があげたのは黒い玉……卵だ。
「トリオン体に換装してから、それを握ってトリオンを込める。そして出て来た奴に命令。そんな感じで使う」
「何が出て来るの?」
栞が聞いて来た。
「蛇型トリオン兵」
そう言うと二人は小さな悲鳴をあげながら卵を凝視する。
「別段害はないし、本当に必要な時にしか出てこないから、安全だぞ」
「そう言うことじゃないわよ」
「いらないなら、何か別のものを用意するが……」
せっかく作った俺の傑作品の一つだ。ボーダー本部にも提出していない秘蔵品なんだが……
「ありがとう。あたしは、もらっておくわ」
桐絵がそう言ってカバンの中に入れに行った。足取りが軽い、喜んでもらえたのだろうか。
「んー。じゃアタシももらっとくね」
栞は桐絵の後を追うように、その場を去る。何やら話しているようだが、追うこともないだろう。
さて、次はあいつのとこに行ってみるか。
GADWG様、誤字報告ありがとうございます。
三日明けての投稿です。もう一話投稿いたします。
よろしくお願いします。