——俺は全てを知っている。
その言葉と同時に二宮は音を立てて立ち上がり、持っていたカップを俺に向かって投げつけた。もちろん俺はそれを真正面から受けるつもりもない。なので飛んできたカップを掴むと同時に、中身…つまり、空中に飛散したコーヒーを全て余すことなく回収する。
え?そんなこと不可能だろうって。いや、できてしまうんだしょうがない。納得してくれ。
「もったいないことをするな」
そう言って二宮のソーサーにそっと置く。
二宮は相変わらず無表情だが、さっきよりも睨みを強くする。静かなる怒りとはこのことか。と言うか意外とこいつは子供っぽいところがあるな。
まぁ、落ち着いて座れよ。と声をかけてやるとすんなり腰を下ろした。周りからの視線が痛い。
「それで、どう言うことだ。知っている?全てだと?アイツの、鳩原達密航者の全てをか」
「……まぁ、情報収集は俺の十八番だからな。それよりも、人の目がある場所でする話でもない。とりあえず移動するか、マスターには話を通してある。席を変えるぞ」
——それ、飲んどけよ。
俺がこの店の店主。つまりマスターに目配せをすると了承の意味を含んだ仕草なのか、奥の通路へ誘導するように顎をクイっと動かす。
その言葉に従い立ち上がる俺と先をゆく二宮。
俺はついて行く前にと、咳払いひとつして、
「お騒がせしまして。申し訳ございません。皆様にはお詫びとしてドリンクを一杯私から差し上げます。どうぞご歓談をお楽しみください」
俺は持っているカバンから財布を出し自分たち分のコーヒー代に1万を置く。もちろん、足りないだろうから後でまとめて払う。これは店への迷惑料も込みだ。釣りはいらない。
俺たちに集まっていた視線は怪訝そうなものから、喜びと混乱を含んだものに変わり即座に店内が春のドリンク注文祭りに早変わり。
そして、俺はそんな中を無言で進んでいく二宮の後を追う。
俺たちが入ったのは店内にいくつか存在する個室の中でも奥にある完全防音の個室だ。
そんなものがあるなんてこの店は本当に便利だ。
改めて注文もした。アイスコーヒーを二つ。
これでも飲んで頭冷やせ。二宮。
「それで話してもらおうか。あんたの知っていること」
「まず、その前に一口飲んどけよ」
お互いにアイスコーヒーに口をつける。俺はストローを使うが、アイツは直だ。こぼすなよ。
「さてと、お前が知りたいのは理由だな。原因だな。何に起因しているのか。だな?早速結論だが、鳩原は身内捜索のため近界へ行った。他の密航者もそんなところの理由だろ。利害の一致故の取引。お互い見事取引成功。弟のため。妹のため、愛する家族のため、誰かのため。全くもって大層な感動させる理由だな。泣けてくるよ」
二宮の睨みが強くなる。
「——そんなことは知っている。俺が聞きたいのはそんな馬鹿なことを考えつき、あの馬鹿を
二宮は激昂する。今にでも掴みかかってきそうな迫力だ。もともと感情を表に出さない人間をこうまで怒らせるとは、焦らせるとは。相当精神的にもきているのか?
「少し落ち着けよ」
全く、今日で何回めのセリフだ。そして、それに従うのかお前は。
存外こいつは素直で扱いやすい。
「お前、『赤信号、みんなで渡れば、怖くない』って言葉知ってるか?日本人独特の集団心理に飲まれた馬鹿者が好む言葉だ。愚か者達の好む言葉だ。どんな悪かろうと、どんなに怖かろうとみんなでやれば一人だけが悪くはならない怖くないなんて言うクソ仲間理論に基づく考えと言っていい」
二宮は俺の言葉を待つ。
「それに飲まれた哀れな子羊、鳩原。いやこの場合は小鳥か。まぁいいさ。例えば、お仲間である一人が結託の後。相談会の際、近界へ行こう。ボーダーは当てにならない。と言ったとしよう。本人が本気でなくても、それを聞いた他の奴らは同調し、賛同する。その同調圧力に鳩原が、全員が屈した。だから本気になってついて行った。それが理由で、事実で結論だ。誰が唆したか、だったか?それなら密航者全員が、己自身に唆されたってところだ」
二宮、お前は知ったようなことを言うと言いたげだが、俺は知っている。アイツが何に悩み苦しみ、迷ったのか。隊長であるお前にも隠してきたその理由を。
お前はアイツのことを冴えない奴と言うのだろうが、アイツはお前以上に思慮深く、考え深く、用心深く、そして脆い人間だ。だからせめて鳩原、お前への手向けとして、お前の幸運を祈っての切り火として真相は墓まで持っていこう。
でっちあげた嘘が真実になるまで黙って置いてやるよ。これは貸しではなく、貸しを返す。そんな行為だとでも思っておいてくれ。
「これで納得できるか?」
そう言って俺は残りのコーヒーを飲み干して、ストローを抜き氷を口に含み、噛み砕いた。
今回の話、そもそも知らないと嘘をついて終わらせろという話なんだが。しかし、鳩原の渡航理由には隊長であった二宮が、アイツを守りきれなかったこいつ自身が、自身の力で、自力で真実へと辿り着かなければ意味がない。
さて、それでは『知らない』というべきだったか?答えはノーだ。この面談持ちかけたのは忍田さんだ。本部長の
俺の目の前に座る少年は、何らかの手がかりがあると聞いてか、それを確かめるために応じたのだろう。これも一つのピース集めの一環だとして応じたのだろう。まったく、俺と提示してやった解答すらもピースの一つとしてしか見ないだろうな。
まぁ、俺のやることはダメ押しにすぎない。既に踏み出しているこいつの足がさらに踏み出しやすいようにするダメ押しでしかない。する必要がないことだ。
「——一応は、それで納得しておこう」
わずかな時間だった。検討の余地ありって感じだな。
「よかった」
二宮の溜め込んだ感情を俺は知ることができない。だから、嘘をついたせめてものお詫びに俺はとびっきりの笑みを浮かべてそう返した。
我ながらキモいと思う。
さて、いくつかの話が終わって少しのんびりする。という選択肢も選ばず、そそくさと荷物をまとめ始める二宮。それに倣い俺も荷物をまとめる。
部屋を出て、二宮には先に外へ出てろと言って会計に向かった。そこそこの金の請求をされた。
部屋代込みだからこんなもんかと思い現金で払うと、あの天使の店員さんから野口さんを一枚多くもらう。間違えていることを伝えると、どうやら二宮が払ったらしい。
——あんたに奢られるつもりはない
だそうだ。貰えるものはもらっておく主義の俺は、まぁいいかと思い受け取っておく。
外へ出ると土砂降りだった。それはもうびっくりするほどの大雨だ。夕立って感じじゃない時間的にはまだ13時過ぎだ。
サラッと黒の傘を持ってきていた二宮。なんでやねん。予報は晴れやったやろ。
俺はというと適当なコンビニに入り傘を買う。てか、二宮お前の後ろ姿完全に喪服姿じゃねえか。くそ、あの服装でも問題なかっただろう。
「それで、どこへいくんだ」
「三門市へ戻る。本部の近くの住宅街にあるらしいからな」
「了解。てか、お前いつのまにかタメ口が普通になってるな」
無視された。敬意を払わんか、小童め。ま、さほど年齢は変わらないからいいけど。変わらない。これ重要。
俺はそのまま駅へ、目的地へ向かうのだった。
——お前、そんな大ごとになるようなこと俺なんかに言って良いのか?漏らすかもしれんぞ?
——いいんです。さとりさんは話さないだろうから。
——なんの確証があって言ってんのかわからねーな。
——私はお伝えしたかっただけですので、それに……
《次は三門、三門。お出口は右側です》
駅に間も無く到着するらしい。
アイツの話に出てきた協力者というやつがどんな奴なのか。ある程度は把握している。確か一人面白い理由のやつがいたな。戦うのでも、救出でもなく。調べるためだとかの理由の奴。
全く、あぁ楽しみだ、そいつがどんな人間だったのか。そして、そいつがそんな狂った判断をするほど守りたかった人間がどんな奴なのか。楽しみだな。
たしか、妹だったか?
報告書にも書いてあったなそいつの家族構成。人間関係。妹、いもうと……あぁ確か名前は、そう、
——
2話を連続して投稿してみました。ま、内容は1話みたいなもので特に理由はないです。楽しんでいただけたら幸いです。