「今日はオムライスの気分だから。よろ〜」
床で寝転んでネットでオンラインゲームをしながら、僕にそう言ったパツキンの女の子。背中思いっきり踏み込んだろか全く。
「…そろそろ自分で何かするって気はないの?」
「無い。ネトゲより優先すべきものなんてあるわけ無いだろ」
「誇るな駄天使」
この怠惰の限りを尽くす少女の名前は、
ただのクラスメイトなら良かったが、このガヴリールはただのクラスメイトでは無い。加えて言うなら、人間ですら無い。
彼女は天使なのだ。
びっくりした。家の扉開けたら隣で翼を生やして頭上に綺麗な輪っか浮かせてるんだから。何事だって思ったよ。
きっとそんな始まりの出会いが無ければ、彼女が天使だと言う事も、そして彼女の周りに集まる数人の存在が天使や悪魔だという事も、知る由も無かっただろう。
一応、他の一般人には言わないように釘を刺された。というか、言って信じて貰えるかも怪しいけど。
それがきっかけで、ガヴリールと関わる事が多くなった。終いには、「隣人だし飯を恵んでくれよ」と言う始末。引きこもり予備軍と言われても仕方ないレベル。
「はぁ…」
溜め息を吐きながら、僕は夕飯のオムライスを作り始めた。彼女は見向きもせず、ネトゲに集中している。
もし、僕や彼女の友人のヴィネットが来なければ、彼女はどうなるのだろうか。ヴィネットは時々様子を見に来るが、僕は隣人だから毎日ガヴリールの部屋に訪れている。
この間だって、僕は用事で帰るのが遅くなった。自分の部屋の鍵を開けようとすると、隣からガヴリールが出てきた。
「帰って来るの遅い。何してたんだよ」
「まぁちょっとね。個人的な用事があったんだよ」
「ふーん…。何の用事か知らないけど、それって私の世話より重要な事なの?」
と、不機嫌そうに言ったのを覚えている。
聞くと、帰ってずっとネトゲをしていたそうだ。僕が来るからと思い、夜ご飯の用意を一切していなかった。
呆れながらも、結局なんだかんだでガヴリールの世話?をしている僕もどうかと思うけど。
「そろそろ出来るから、キリの良い所で終わらせなよ」
「んー」
今更なのだが、異性が毎日のように部屋に上がる事に、ガヴリールはなんとも思わないのだろうか。はたまた、異性とすら見られていないのだろうか。男と見られていないのは、恋愛感情抜きでショックなのだが。
オムライスが完成したので、部屋の中心に設置されているローテーブルに皿を置いた。
「いただきます」
ガヴリールはまだ終わらないのか、ネトゲを続けている。僕は先にオムライスを頂く事にした。
「早く食べなよ」
「もうそろそろ終わるから。……よしっ、やっと倒したぞ」
どうやらクリアしたようで、パソコンを開きっぱなしにしてもう一人前のオムライスの前に座った。
スプーンを卵の膜に差し込み、ご飯と共に口内に運んだ。食べると、少しだけ彼女が笑みを浮かべる。
「やっぱ〇〇の作る飯は美味いな〜」
「そうかい。そりゃどうも」
会話が終了。無言で僕達は夕飯を食べ続けていく。
ガヴリールも僕も、そこまで口数が多いわけじゃない。傍から見ても、特別仲の良い関係には見えないだろう。一緒に居る事は確かに多いが、だからと言って会話を交わし続けるコミュニケーションはあまりしない。
「あ、そうだ。明日ちょっと帰るのが遅いから、夕飯は自分で作りなよ」
「は?明日なんかあるのか?」
「サタニキアの用事に付き合わないといけないらしい。なんでも"私の舌に合う美味なるメロンパンが近くのパン屋で店売されていたのよ"とかなんとか言ってた」
「あんなバカに構う必要無いだろ。時間の無駄だ」
「まぁそうだけどさ。断ったらほら、あいつごねるだろ。それに別に断る理由も無いし」
最近はずっとガヴリールに付きっきりの事が多かったし、偶には別の人とどこかに行くのも良い。厳密に言えば人じゃなく悪魔なんだけども。
「断わる理由あるだろ。私の世話は?」
「偶には自分の事は自分でしてくれよ。天使とはいえ、高校生だろ」
「…なんだよそれ。お前、あいつに贔屓するのかよ」
またガヴリールが不機嫌になってしまった。
いつもこうなる。ガヴリールは自分の思い通りにいかないと拗ねる傾向がある。特に、今みたいに自分より他人を優先した時とか。
嫉妬だったら可愛らしいが、生憎嫉妬されるような好かれる男じゃない。
ガヴリールと僕の関係は単なる隣人でクラスメイト。以下でも以上でもない。ガヴリールが僕の事を好きならば隣人以上の思いがあるのだろうが、彼女に好かれるような事をした記憶が無い。
故に嫉妬される事は無い。
「別に贔屓じゃないだろ。その理屈で言うなら、僕いつもガヴリールに贔屓してると思うけど?」
「してない。足りない」
「足りないってなんだよ」
なんだかんだで自堕落な生活を送る彼女の世話をする僕も僕だが、彼女も中々傲慢な人間、いや天使だ。
というか、最早悪魔と認定しても良いのではないか。「人間うじゃうじゃ居てうぜぇ」みたいな事吐かしてたし。ヴィネットの方が余程天使に見えるよ。
「とにかく、明日はガヴリールの面倒は見る事が出来ないから」
しかし、僕は気付かなかった。こちらを見るガヴリールの、闇を携えた瞳を。
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翌日。
普段通り、天使と悪魔を交えたクラスで学校生活を送っていた。
「〇〇!今日が何の日か分かっているわね?」
「やっぱやめない?また犬にメロンパン持ってかれて騒ぐサタニキア見るの飽きたんだけど」
「飽きたって何よ!わざと持って行かれてるわけじゃないのよ!」
「仲良いですもんね〜。あ、いっその事サターニャさんと犬でお笑いコンビとやらを結成してみては?」
「嫌よ!なんであの犬と組まなきゃならないの!」
いつもの休み時間。ガヴリールの席の近くには人が集まる。細かく言えば、人(仮)だ。ガヴリールの前に僕が、左にはヴィネット。少し斜め前にサタニキアが居て、他クラスからラフィエルがやって来る。
これがいつもの休み時間。
「とにかく、今日の放課後はちゃんと来て貰うんだから!忘れたりしたら許さないわよ!」
「〇〇も大変ね。サターニャに目をつけられて」
「それな」
「それなじゃないわよ!地獄を統べるこの私の護衛に就く事が出来るのよ?光栄に思うものでしょ!」
「全然。むしろ即クビを願う」
給料とか退職金とかそんなん要らないから、さっさとクビにして欲しい。誰が好き好んでこんな残念悪魔の護衛に就きたいと思うだろうか。
「きぃー!ほんっと生意気!」
「はっ」
「鼻で笑うなー!」
残念な奴ではあるけれど、これはこれで一緒に居て楽しく思える。この子達がいつまで現世に居るのかは分からないけど、一緒に居る間はこの時間を大切にしよう。
「……ふん」
しかし、相変わらずと言うか、その場の空気に混じらないで楽しく無さげに窓の外を眺めているガヴリール。そんなガヴリールに、ヴィネットは気を遣って話し掛けた。
「どうしたのガヴ。今日は元気無さそうだけど…」
「…別に。つか私が毎日元気な様に見えるのかよ」
「見えないわね。でも、今日は一段と元気が無い様に見えるわよ」
「だったらそれは気のせいだろ」
ガヴリールはヴィネットにも冷たく接し、席を立ち上がった。
「トイレ行って来る」
それだけ言って、ガヴリールは教室から出て行った。
もし今不機嫌なのが女の子の日であれば、あまり突っかからない様にしよう。余計に怒らせるのも身体に良くないし。
その放課後。
「〇〇!さっさと着いて来なさい!」
「えぇー」
「えぇーじゃないわよ!急がないとキングデビルメロンパンを買い損ねてしまうわ!」
「ネーミングセンスよ」
サタニキアは僕の右腕を力強く掴んで、強引に引っ張って行く。
どうせ買っても犬に奪われるだけなのに。学習しないのだろうかこの悪魔は。
「あの2人、なんだかんだで仲良いわよね。ガヴ」
「…あのバカが擦り寄ってるだけだろ」
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気に入らない。
なんであいつばかりに構うんだ。あんなバカは放って置けば良いのに。なんでそう優しくするんだよ。だからあいつは調子に乗って擦り寄るんだ。
私は〇〇に優しくして貰っているサターニャに、そして私を放ってサターニャに構う〇〇に対して憎しみを抱いた。
最初の出会いは、私が神足通を使おうとした所を〇〇に見られた時だった。大体同じアパートに住んでいる人間なんて覚えてないし。
それから一緒のクラスになったのも相まって、話す機会が少し増えた。特別やたらと絡んで来る奴じゃないし、最低限の会話程度で済む関係だった。
しかし。
『これ余ったから食べてくれない?普通に作り過ぎた』
〇〇は夜飯の余りを私に差し出して来た。家が隣でクラスが一緒だから、頼れると考えたんだろう。私も丁度腹が減っていたし、〇〇がそう言うのであればと、受け入れた。
〇〇の料理は美味かった。いつも冷凍食品やカップ麺で済ませていたからか、誰かの手作り料理がとても美味く感じた。
そこで頭の良い私は考えた。
〇〇に飯を強請れば、ただで食わせて貰えるのでは無いか。冷凍食品もカップ麺も金が掛かるし、同じ金を使うならゲームに使いたい。
『〇〇。金が無い。どうせ料理作るなら私の分も作って』
『え…?まぁ、別に良いけど…』
特に親しいわけでも無いから、〇〇はきっぱり断らなかった。しかし、私と過ごす時間が段々と長くなっていき、私という人間が理解し始めた頃。
『そろそろ自分で何かしない?』
『やだ。私は今、画面の向こう側に居る仲間を救済しなければならない。天使としての仕事を全うするのに忙しいんだよ。だから頼むわ』
〇〇は文句ばかりを言っていたが、それでもなんだかんで作ってくれていたのだ。
もし天界に帰るなら、こいつも一緒に連れて行けたら良いのに。
そう思った。私の家に呼び込んで、専属の使用人として扱ってやりたい。家事全般を〇〇にやらせれば万事解決。私に尽くしていればそれで良いのだ。
しかし最近、〇〇は帰って来る事が遅くなった。やれ委員長と勉強していただの、やれヴィーネの買い物に付き合っていただの。いつも同じ時間に夜ご飯を食べていたのに、帰って来るのが遅いせいで食べ始めるのも遅くなった。
あいつは何してるんだ。私に尽くす以外に、大切な用なんてあるのか。〇〇は私だけに尽くしていれば良いんだ。他を優先する必要なんて無いんだ。
『明日ちょっと帰るのが遅いから、夕飯は自分で作りなよ』
今日は、私よりもサターニャを優先した。
あのバカなんてそこら辺に放って置けば良いだろ。メロンパン買ったって、芸の様に犬に取られるんだから付き合う必要が無い。なのに律儀に付き合って。
ふざけんな。誰の許可を得てあいつを連れ回してるんだ。あいつの時間は全部私のだぞ。私以外の奴に費やす時間なんて1分も無いんだよ。私だけの為にお前の時間を使えば良いんだ。
気に入らない。気に食わない。
どうすればあいつに私だけに時間を使わせられる?どうすれば私だけに尽くしてくれる?どうすれば私だけを優先する?
「……あ」
良い方法を考えた。
一般的な天使なら、まず間違い無く思い付かないし、使わない方法だろう。だが私は違う。駄天使なんだ。
この方法なら、〇〇は私に従うしかない。
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結局、メロンパンは犬に奪われて涙したサタニキア。僕も並んで購入していたので、半分千切ってサタニキアにあげた。
『流石は私の下僕ね!』
いつから護衛が下僕にジョブチェンジしたのだろうと、深くは突っ込まないで置く事にした。それから、サタニキアの自由奔放な放課後に付き合った。
結果、夜の9時を過ぎた。
「明日が休みで良かった…」
疲れた身体でアパートに帰って行く。自分の部屋の鍵を開けて、電気を点けると。
「おかえり、〇〇」
「うわッ!」
部屋には何故か、ガヴリールが居た。普段の様に、ジャージ姿でパソコンを操作している。
どうやって入って来た、は最早問うまい。天使の力か何かでこの部屋に侵入したのだろう。
しかし、何故ここに居るのかを問わねばならない。
「なんで居るのかな?」
「良いじゃん。隣の部屋のよしみなんだから」
「隣の部屋のよしみって言い訳はこういう時に使えないんだけど。いやほんとに。なんで居るの?」
「…なあ」
「…どうしたの?」
「サターニャと出掛けて、楽しかったか?」
ガヴリールは画面を眺めながらそう尋ねた。彼女の後ろ姿しか見えない為、表情が分からないのだが、声色だけは普段よりも低く、そして冷たいものだとすぐ分かった。
「私を放置してさ、サターニャと出掛けた気分は?」
「…夜ご飯作らなかった事を怒ってる?」
「それだけじゃない。この間だって委員長と勉強して帰って来るの遅かったし、ヴィーネと買い物して帰って来るのも遅かった。…私を放って置いて」
「いやちょっと待って。放って置くも何も、僕ガヴリールの私生活を支えるわけじゃないんだよ?というか、自分の生活ぐらい自分で…」
すると、ガヴリールはどこからとも無くラッパを取り出した。なんだあれ。というか何急にラッパを取り出して。
「これさ、"世界の終わりを告げるラッパ"なんだ。まだ〇〇には見せた事無かったね」
「……は?」
「これ吹けば、世界はものの一瞬で壊滅する。勿論、人間全員死ぬ事になる」
ガヴリールはパソコンを閉じて立ち上がる。そしてこちらに振り向いたその表情は。
「ッ!!」
狂気と闇が込められた昏い目。悪魔よりももっと凄みのある威圧感。元天使だとは考えられない。
「別に人類なんてどうでも良いんだよ、私からすれば。うじゃうじゃ居てウザいだけ。だからこれを躊躇いなく吹く事も出来る」
「…何がしたいんだよ」
「〇〇が私の言う事だけ聞いてくれれば、それだけで良い。私の言う事は絶対だ。断れば〇〇だけじゃない、世界の人間全てが無に還る。あっ言って置くけどハッタリとかじゃないよ?神足通を見てるんだから分かるでしょ?私が人間と違う存在だって事」
「…おかしいだろ、世界を巻き込んで。そこまで僕を従わせて何になるんだ」
するとガヴリールは口角を吊り上げて、こう返した。
「〇〇は私だけに尽くせば良い。〇〇の時間は私だけの為にある。委員長でもヴィーネでもサターニャでもラフィの為でも無い。お前の時間は死ぬまで…いや、死んでからも私のものなんだよ。お前の時間を私以外が独占するのがイラつくんだ。だから私の言う事を聞かせる。学校の中に居る間は好きにしても良い。だが放課後からは全部私の為の時間だ。勿論、学校に行くまでの時間もな。休日は全部私だけの為に使え。他の奴に費やす時間は要らない」
僕はそんなガヴリールの姿を見て、後悔した。関わった事じゃない。彼女を甘やかし過ぎた事だ。
一見、嫉妬による愛だと思う人が居るだろう。
しかし、ガヴリールから一切の愛を感じない。これは愛とかそんなロマンチックなものじゃない。
依存。この単語が当てはまるかも知れない。
彼女の私生活の家事全般を僕がやっていたせいで、ガヴリールにとってそれが当たり前になってしまった。
自分の為だけに尽くしてくれる。そんな人間が居るなら、勿論手放すわけが無い。自分以外の誰かに尽くす事に嫌悪感を抱く。
「な?〇〇は、私の為だけに尽くせば良い。ただ私だって悪魔じゃない。1日中私だけに尽くせなんて言わない。〇〇がしたい事だってあるだろうし、買い物とかしないと私がお前の晩飯食えないからな。…でもそれ以外はダメだ。今後、サターニャやヴィーネから誘われたら断れ。じゃないと、お前のせいで世界が滅びる事になる」
お前のせいで。
僕はその言葉が胸に痛いほど効いた。もしガヴリールの言う事に従わなければ、僕のせいで世界が滅亡する。あのラッパの効果が本当かどうかも分からないが、少なくとも神足通という技が存在する。そんなラッパがあっても不思議じゃない。
僕には家族も居る。委員長みたいな友人だって居る。僕の選択ミス一つで、彼ら彼女らが殺されるわけにはいかない。
僕がガヴリールに返した言葉は。
「……分かった。これからはガヴリールの言う事になんでも従う。だから、そのラッパは仕舞ってくれ」
「〇〇は物分かりが良くて助かるよ。じゃ、これから私の為に働いてくれ。…もし断ったら、分かるよな?」
「…あぁ。断らない」
彼女は"駄天使"と自称するが、僕から見たら"堕天使"だ。僕はこの天使と一緒に、堕ちる所まで堕ちて行くのだろう。
僕が死ぬまで……いや、きっと死んでからも。
僕とガヴリールはずっと一緒なんだ。