ライオットブラッド・トゥナイト・キティズスペシャル
〜一歩踏み出せない貴方と〜
なる怪しさ満点のライオットブラッドをやはり暴徒たるもの飲んでおかねばと学校帰りにコンビニで購入する楽郎くん。
通り掛かる玲さん、折半、はんぶんこ。
さぁ御二方、今夜はいい夢を……
フレーバーはちょっぴりオトナなラムレーズン。
二人で分けて丁度いい感じ。
「……にゃん」
目が覚めて視界の端に写り込んだフワフワの棒状物体を見てこんなもの俺の部屋にあったかなと思い、行動を開始しようとして姿見に映った自分の頭上に視線が吸い寄せられた。
そもそも俺の部屋に鏡は無かったような。
ではなくて……ネコミミ。
ネコミミと、ネコしっぽである。
ついでに言うとやたらファンシーなパステルカラーで埋め尽くされた部屋、頭も何故かフワフワするし、ベッドの盛り上がったタオルケットから覗く見覚えのある栗色のエアリーボブと同色のネコミミ……玲さん。
花の形の壁掛け時計は針がない。
扉にはドアノブがない。
窓はパステルカラーの絵の具で塗ったような色で外が見えない。 そもそも外があるのだろうか。
「……夢だにゃ」
ついでに口調。 役満である。
いっそのこと完全に猫型ならまだ動きようもあったものの、残念ながら耳としっぽ以外は完全な人型である。
もちろんHPなどが視界に表示されたりもしないし、メニューが展開されるわけでもない。
クリエイター御用達らしいが慣れてないと自分の悪夢に襲われる羽目になるトラウマ製造機と名高い、お
キョージュが神代初期のマナによる無差別具現化現象と神代人類の思考トレースに役立つと起動してみた事があったそうだが、家内が起こしてくれていなければこの歳になって漏らしていたかもしれない、と結果は惨敗だったようだ。 或いは大成功だったのかも知れないが……VRメニューが展開できない時点でそれではない。 閑話休題。
服は……水色の半袖のパジャマだ。 もちろん俺はこんなの持ってない。
どんな設定だ。 作者出てこい。
普通に考えればここで玲さんを起こすのが正解なんだろうが、見えてる地雷に突っ込む趣味はない。
そもそも何でいるんだ玲さん。 夢だから? 夢なら仕方ないか? 雑ピの新作で夢の話とかあったから思考が汚染されてる。
玲さんが俺に逢いたいから俺がこんな夢を? じゃねぇんだよ。
自惚れるのもいい加減にしろ。
頭を抱えた手がミミに触れる。 ちょっとゾワッとした……感覚あるのかよコレ! シャンフロシステムでも積んでる設定なのか追加パーツが自分の身体であることに違和感はない。 だが、それにしても鋭敏すぎないか? 耳が性感帯なのはケモノジャンルだと常識、とはディプスロの言だが……いやこんなの触らせねーよ。
しっぽも?
動くしっぽ。 動かせるしっぽ。 明晰夢にしてはリアルで、リアルにしてはふわふわしていて。
「何なんだろうなー、ここ……」
「ん、んにゃー……」
見ないふりしてたかったのにな。
眠り姫のお目覚めだ。
「おはよ、玲さん」
「んにゃ?」
まだ寝ぼけているらしく受け答えもそこそこに、ふらりと立ち上がり……ふらりとよろけて、持ち直して。
玲さんってこんな人だったっけ?
もっとしっかりした印象が……いや寝起きの玲さんを知ってる訳じゃないからどうにも言えないんだけど。
けれど今のぽやっとした雰囲気の玲さんにはピンクのパジャマもよく似合っている。 いつもより全体的に幼い印象を受ける中で、存在を声高に主張する胸の膨らみだけが不相応……おい。
そもそもここにいる玲さんは俺の脳が作り出した幻だ。
妙なことにはなってくれるなよ……玲さんのイメージにノイズが混じるのは、なんか嫌だ。
さっきディの字を思い出したのすら後悔が過る。
「らくろーくんがいます……」
舌っ足らずの甘え声が鼓膜を揺らす。
心臓が跳ねるのが分かった。 これは駄目な奴だ、脳味噌何やってくれちゃってんだ。 夢なら忘れてくれよ頼むから!
「玲さん、起きてくださーい」
「ふゎ」
ぽす。 軽い音を立てて胸に寄り掛かって、とまる
やわらかい布ごしにやわらかい感触が伝わる。
すん と鼻を鳴らした。 目の前で髪が揺れる。
寝ぼけ眼で眉を下げて上目遣い、目が合う。 ふわりと笑う。
「らくろーくんのにおいがします……」
まって。 ほんとうに、まって。
おれどうにかなっちゃいそう。
脳内会議で理性が他を殴り倒して復帰した。
待ってたぜ理性!!
「玲さん! 起きて!!」
「ふえっ!? ら、楽郎くん!!??」
さっきまでのふわふわした雰囲気は何だったのか、勢いよく飛び退った玲さんは器用にベッドの上に着地した。
ミミとしっぽの毛を逆立て、目が合って、しぼむ。
しっぽを立てて、目を丸くして、なかなか見ないような驚いた表情をしている。 アドレス交換したときこんなだったかな……ちょっと懐かしいや
「たぶん、ここは夢の中だと思う。 にゃんか変な場所だし、動かずに目覚めるのを待とう」
「……そう、なんですか。 夢の中……」
部屋の中を見渡して、納得したように頷いて、そのまま考え込んだ玲さんは、へにゃりと相好を崩して……ピンと立ったしっぽの先が震えていて
「だったら、何してもいいですよね……」
とんでもないことを言い放って、そのまま俺の胸に飛び込んできた
「れ、玲さん!?」
「ゆめの中で
玲さんの細腕が俺の背中に廻される。
きゅ、と抱きしめられて、はじめて玲さんが震えている事に気が付いた。
「らくろうくん、すきです……」
しん、と静まり返った部屋の中で、その一言はあまりに大きく響いた。
消え入りそうな声が、確かに残る。
さっき見逃してやった感情にバックスタブを食らわされた。
燻っていたそれに名前が付いた。
俺は、玲さんが好きだ。
こんな状況で、だからこそ気付けたそれ。
明朝には忘れているであろう、今だけの恋心を、ほんの少し寂しく思う。 けれど逢瀬はひとときのものだ。
――だからこそ、今を楽しもう。
理性が、享楽と刹那主義に殴り倒された。
そのまま箱に詰められてトロッコに載せられて、明日へと発送されていく。
もうどうにでもなーれ! さっき玲さんも言ったじゃないか。 夢の中なんだから何したっていい!!
「俺も玲さんが好きだよ」
俺にこんな声が出せたのか、そう驚く程に優しく甘い声が玲さんの髪を揺らして届く。
目を丸くした玲さんがいつも以上に頬を染めて、ぎゅう、と抱きしめられる。
そう。 夢の中なんだから。
両想いでいい。
それが当たり前でいい。
「んにゃ……」
パジャマの胸元から露出した鎖骨の辺りに玲さんが頭を擦り付けてくる。 まるでよく懐いた猫のようで、ネコミミが視界に入ってつい笑ってしまう。
小学生の時に親戚の猫屋敷に行った時のことを思い出した。
頭を擦り付けてくるのは甘えているから。
ゆっくり撫でてやりな、と手を取って教えてくれたのを覚えている。
「玲さん。 撫でていいかな?」
「…ん、いーですよぅ、なでてください……」
「ありがと。 触るよ?」
さっき自分のネコミミを触ってみた感覚は、まだ記憶に新しい。
ゾワゾワして、人に触らせる事などさせるものかという決意も新しい。 けれど。
例えばそれが玲さんだったら、どうだろう?
触ってみてほしいと、少し思ったりもする。
玲さんもそうなのだろうか? どうせ夢だ、と口の中で言葉を転がして手を伸ばす。
さら、と玲さんのやわらかい髪を手に取った。
普段は触れるはずもないもの、視界の半分を埋めるそれは、玲さんのものだというただそれだけの理由で、途轍もなく愛おしい。
髪型からしてふわふわなのは分かっていた。
揺れる前髪に目を奪われたのは一度や二度の事ではない。
だから、もうずっと前から玲さんの事を好きになっていたんだと今になって思う。
後悔は、今はしなくていい。
せめてこの感情が朝起きても残っていることを祈って、今はこの部屋の魔法に溺れているだけでいい。
ぴこ、と玲さんの栗色の髪から覗くネコミミに、細心の注意を払って恐る恐る触れる。
「んっ……」
肌の温度をした温かい毛並みは髪とはまた違った触り心地で、毛を梳いてみたり少し逆立ててみたり。
「きもち、いいです……もっと、してください……」
ミミが斜め後ろに倒れて更に撫でやすくなる。
サラサラの髪とフワフワのミミが、ちいさく漏れる玲さんの甘い声が、凶悪なまでに心地良くて脳をぐずぐずに融かしていく
背中に廻された玲さんの腕に、俺のしっぽが絡み付いたのが分かる。
意識してのことじゃない。 けれど悪い気はしなかった。
腕がくすぐったいですよー、そう笑う玲さんは、けれどそれを振り払おうとしない。
いつの間にか玲さんを抱きしめていた俺の左腕に、玲さんのしっぽが触れる。 窘めるように軽く叩いて、寄り添うように巻き付いて。
確かにこれは擽ったい。 けれど胸を満たす愛おしさを失ってまで振り払おうと思う程に耐えられない訳じゃない。
二人でくつくつと笑って、それがお互いの身体を揺らすからもっと笑った。
楽しくなって、愛しくなって、無駄にぎゅうぎゅうと力を込めて抱き合って、身体を押し付け合ってダンスを踊る。
良いことを思い付いた、そう書いてある満面の笑みで不敵に笑う玲さんが、さっと腕を伸ばす。
標的は……俺の頭に生えているネコミミだった。
存在を忘れていたのは幸か不幸か、不意打ちの一撃は俺に膝をつかせるだけの威力を持っていた。
「ぅあっ!? まって、れいさんまって……!」
さっき自分で触った時とは大違いで、ゾクゾクとした知らない感覚が頭を満たしていくよう。
ゆめなんですから、ね? 玲さんの言葉が、甘い囁きがミミから注ぎ込まれていく。 やわらかい胸に抱かれて無様に身体を跳ねさせる俺を、きっと愛おしげに見つめているだろうその顔を拝んでやる事もままならない。
含み笑いが頭に響いた。
やられっぱなしは性に合わない。
あんまりこういう手段は取りたくなかったが、こうなったら解禁だ。 どうせ夢だ、と呪文のように呟き、力の入らない腕を気力だけで動かす。
猫は、尻尾の付け根に神経が集中しているという。
「ふにゃああ!!??」
びくん、と身体を跳ねさせて崩折れる玲さんを抱き寄せて、腕ごと抱きしめて追撃を喰らわせる。
そのたびに甘い声が部屋に響き、ミミを通って頭を揺らす。
もう何をしているのかが分からなくなってくる。 不意に湧き上がった支配欲に身を任せ、ただ腕の中の玲さんを全身で感じて愉しんでいる。
しかし俺の天下も長くは続かなかった。
す、と拘束から抜けた玲さんの腕が俺の腰を打つ。
狙い定められたそれは、やはりというべきか尻尾の付け根を直撃した。
痺れる快感が電撃のように背筋を駆け上がり脳を揺らす。
そこからはもう泥仕合だ。 尻尾を撫でたりミミを食んだり、抱き寄せて、抱き締めて反撃を封じて、言葉にならない猫の鳴き声を口から漏らしながら感情を爆発させて相手を屈服させようとする。 愛おしさと支配欲が螺旋を描いて他の感情を忘れさせた。
身体を走り抜ける快感に何もかも溶かされて立っていられなくなり、二人してベッドに倒れ込む。
押し倒すような形になったのは偶然だろう。 何もかもが優しいこの部屋で、スプリングの軋んだ音だけがやけに生生しく響いた。
唾を飲んだのは俺か、玲さんか。
決して体制のせいだけではない理由で、押し殺したような声で。
あと少し顔を近付ければキスすら出来てしまう距離で、玲さんが囁いた。
「らくろ、くん……ねこって、お鼻をくっつけて挨拶するって、知ってました?」
「……知ってたよ」
詳しい事は小学生には難しいから触りだけ、と5分も10分も語った親戚の言葉を要約すると、猫はお互いの匂いを嗅いで、それでお互いを認識するのだと、それに尽きた。
そう。
鼻も触れ合う距離だ。
この部屋で色々とやった、やらかしたけれど、挨拶は交わしていなかった。
視線が交わって
近付いて
ゼロになる。
猫のような湿った鼻はしていない。
触れている場所からお互いの体温が伝わって、甘いミルクのような匂いが鼻を通り抜ける。
少しだけ、ラムレーズンの香りがした。
どうしてこうなった?